聖女外伝2
まずは、情報収集をしなくてはならない。
(ここがどこなのか、私がどうして、この場所に連れてこられたのか、きちんと聞かないと)
そう思った由依は、世話をしてくれていた女性にいろいろなことを質問してみることにした。立場もあるだろうから、答えられることだけでかまわないと告げると、彼女はほっとしたように頷いてくれた。
「ここの地名は?」
「この国は……」
どうやら由依がたどり着いたのは、ティーマ王国という国らしい。
ここは、そのティーマ王国の王城である。
この大陸には全部で五つの国が存在しており、この国はその中でも一番古く、長い歴史を誇る国のようだ。現在の国王で三十六代目だが、高齢であり、そろそろ引退を考えているらしい。
その国王の最後の大仕事が、聖女召喚という儀式だった。
このティーマ王国では、五百年に一度、聖女召喚の儀式が執り行われることになっていると、侍女が話してくれた。
「聖女とは、どんな存在なの?」
「聖女様は、大神官様の召喚によって、こことは異なる世界からいらっしゃった聖なる存在です」
「……異なる、世界」
詳しく聞いてみると、遥か遠い昔、この大陸には魔物が存在したらしい。その魔物はあまりにも強く、ティーマ王国だけではなく、人類そのものが滅ぼされそうになった。
そのときに、当時の大神官が神に祈り続け、神託によって授かった召喚の儀式によって、聖女が誕生したのだ。
聖女は聖なる魔法を使うことができた。その魔法によって、魔物は滅び、この大陸は平和になったのだという。
そして長い歴史の中で、魔物はもう絶滅し、人類を脅かす存在はなくなった。そして平和が続く中で、人類も魔法という手段を失ったという。
そんな中で、召喚の儀式だけがこの国に代々受け継がれていたのだ。
「魔法がもう失われているのに、召喚の儀式は実行することができたの?」
「はい。聖女召喚の儀式を授かった大神官様の墓所には、五百年に一度、聖なる花が咲きます。その花を使って、召喚の儀式を執り行うそうです」
「……そうなのね」
由依は頷いた。
この世界から魔法という手段は失われてしまったが、その花には召喚の儀式を行えるくらいの魔力が込められているようだ。
最初に聖女召喚を行ったという初代の大神官が、そうなるように魔法をかけたのかもしれない。
その聖なる花が咲かないと儀式が行えないというのならば、五百年に一度という期限は、今までもきっちりと守られてきたのだろう。
(私が、その儀式で召喚された聖女だということ? でも、私には聖なる力なんてないわ)
向こうの世界でも、ごく普通の会社員だった。聖女といわれるような、特別な存在ではない。
きっと間違いに違いない。
大神官の魔法も、何百年も過ぎてしまえば、精度が落ちることもあるだろう。由依はそう結論を出す。
(間違いだってわかれば、家に帰してもらえるかしら。明日も朝から仕事だし、今週は会議もあるのに)
少しでも早く誤解を解いて、元の世界に戻してほしい。
そう思っていたのに、由依の部屋には侍女以外の人はなかなか訪れない。
待ちきれなくて、誰か事情を詳しく知っている人に会わせてほしいと頼んでも、伝えておきます、と言われるだけ。
そうしているうちに夜になってしまう。
明日の朝には説明があると思います、と言われて、仕方なく今夜はここで過ごすしかないと覚悟を決める。
改めて周囲を見渡してみると、さすがに王城だけあって、美しい部屋だった。絢爛豪華というわけではないが、歴史を感じさせる優雅な調度品。足が沈むほどの、柔らかな絨毯。そして、由依ひとりのためとは思えないほど広い。
仕事帰りでスーツのままだったので、部屋着を借りて着替え、ダブルベッドよりも大きい寝台に横たわった。
手足を伸ばして、その寝心地の良さを存分に楽しむ。
(いつも、ソファーで寝落ちしちゃっていたから、こんな柔らかいベッドに寝るのなんて、久しぶり……)
色々と考え込んでしまい、眠れないかもと思っていたが、予想に反してすぐに意識が沈んでいく。
こうして、異世界で過ごした初めての夜は、あっさりと更けていった。




