聖女外伝1
異世界レシピに登場している王妃、由依の話です。
眩しくて、目が眩む。
瞼を閉じていても感じる光に、由依は手のひらで目を覆いながら、身を守るようにうつ伏せになった。
(眩しい……。ここは、どこなの?)
強すぎる光にすべて焼かれてしまったように、何も思い出せない。
混乱する思考を必死にまとめながら、今までのこと、そして自分のことを少しずつ思い出そうとした。
(私は……)
名前は、江藤由依。
東京都内に住むOLで、残業帰りで電車の中にいたはずだ。
(そう。もう真夜中近くだったはず。それなのに、この光は何?)
真昼だとしても、あり得ないくらいの光だった。
ふと思ったのは、乗っていた電車のこと。
もしかしたら、その電車が事故にあってしまったのだろうか。
(ああ、そうだったら悲しいな。私の人生はまだこれからだったのに)
ふと、幼い頃から今までの人生が瞬時に思い浮かぶ。
これが走馬灯というものなのだろうか。
社会人になってから、毎日遅くまで働き、誰よりも早く出勤していた。会議のある前日は資料作りに没頭し、出張にも頻繁に出かけていた。
親や友人は働きすぎだと心配してくれたが、やりがいのある仕事だったし、とても充実した日々だった。
今思えば、少し頑張り過ぎていたかもしれない。
でも仕事が楽しかったから、いつだって全力で毎日を過ごしていた。
旅行や友人達との遊び、そして恋は、これからいくらでもできる。
だから、今は一番やりがいのある仕事を頑張ろう。そう思っていたのに、まさか事故にあってしまうなんて思わなかった。
(こんなに短いのなら、もっと人生を楽しんでおけばよかった……)
そんなことを思いながらも、だんだん眠くてたまらなくなっていた。
少しずつ意識が薄れていく。
眠ったら、このまま死んでしまうかもしれない。
そう思ったけれど、眠気がひどくてそれに逆らうことができない。
由依はそのまま、意識を手放していた。
次に目が覚めたときは、ぐっすり眠ったあとのような爽快感があった。
何だか身体も軽いようだ。
最近、仕事が忙しすぎて寝不足だったのかもしれない。
ゆっくりと目を開けた由依は、自分の周囲を大勢の人間が取り囲んでいることに気が付いて、驚いて飛び起きた。
「な、なに?」
瞬時に、事故にあったかもしれないことを思い出す。
だから最初は、ここは病院で、看護師や医師に囲まれているのかと思った。だがよく見れば、彼らは医療関係者ではなく、それどころか日本人でもなさそうだ。彼はなぜか、ひどく感動したような面持ちで、こちらを見つめていた。
動揺しながらも周囲を見渡してみれば、煌びやかな西洋風の建物が目に入る。
大理石のような床。見事な彫刻が施された柱。眩いばかりに煌くシャンデリア。以前、社員旅行でヨーロッパに行ったときに見た美しい古城のようだ。
呆然としている由依の前に、取り囲んでいた人達が次々に跪く。
よく見れば彼らも色彩豊かな外国人で、服装もこの古城に似合った美しいものだった。
「尊き聖女様。我らの願いを聞き入れ、召喚に応じていただき、心より感謝申し上げます」
その中でも威厳のある老人が、朗々とした声でそう言った。服装からして、神官のように思える。
「聖女……。召喚?」
声はしっかりと聞き取れるのに、意味を理解することができずに、由依は首を傾げる。
妹が好きだった小説に、そんなものがあったと思ってみるものの、自分とは無縁だった世界だけに、なかなか受け入れることができない。
「……ごめんなさい。少し、混乱していて」
それでも、周囲から注がれる視線に何か言わなくてはと、必死にそれだけを告げると、神官らしき老人は、深く頷いた。
「召喚された聖女様は、混乱されることもあると記されておりました。部屋をご用意いたしますので、どうぞゆっくりとお休みください」
「あ、ありがとうございます」
とにかく今は、少しゆっくりと状況を整理してみたい。
そう思っていた由依は、その申し出を有り難く受け入れることにした。
美しい豪奢な部屋に通され、かえって落ち着かない気持ちになりながらも、侍女らしき女性に淹れてもらったお茶を飲む。
香りの良い紅茶が、由依を少しずつ落ち着かせてくれた。
周囲を見渡して、じっくりと観察してみる。
西洋風の建物。メイド服の侍女。剣を帯びた騎士。
そして、聖女召喚。
夢を見ているのかもしれないと思っていたが、こうしてお茶を飲んでいるし、会話もできる。
こんなことはありえないと否定するのは簡単だが、現実味があるのもたしかだ。
お茶を飲み終わる頃には、この世界のことを知り、聖女と何なのかしっかりと理解してみようと心を決めていた。




