表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化・コミカライズ】異世界でレシピ本を作ろうと思います!  作者: 櫻井みこと
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/50

充実した異世界での日々・9

 どこまでイケメンなんだろう。

 不用意に踏み込んだ琴子を責めるどころか、優しく労わってくれる。

 アドリアンは琴子が泣き止んだことを確認すると、もとの席に戻り、考え込むような表情をしていた。

琴子はそんな彼の様子を見守る。

 彼が自分の内側にある問題と、向き合っているようだと察したからだ。やがてアドリアンは顔を上げると、まっすぐに琴子を見つめる。

「……俺が、こんなふうになったのは十歳の頃からだ」

「十歳?」

 静かに聞こうと思っていたのに、彼の言葉に思わず声を上げてしまった。

 今のアドリアンは、二十代前半ほどだろう。

だとしたら、もう十年以上も続いていることになる。それだけ続いているのなら、もうその食生活は習慣になっている。それにマリアも、具材は多くならないように、それでも栄養が取られるようにとスープにはかなり気を遣っている様子だったので、それほど心配することはないのかもしれない。

 でも、今の状態をアドリアンが望んでいないのなら、それはやはり改善すべきことだ。

 次の言葉をどうするべきか、悩んでいる様子のアドリアンを、琴子はそっと促す。

「きっかけは、何だったんですか?」

 話したくないなら、それでいい。

 でも話すことで、少しでも心が軽くなるのなら。そう思ったからだ。

「……俺の、十歳の誕生日だった。普段はほとんど会わない母が、会いに来てくれた。誕生日を祝うために来てくれたと知って、母にはあまり好かれていないと思っていたから、嬉しかったな」

 アドリアンは、どこか遠くを見るような目をして、淡々と語り出す。

「祝いだと、母はたくさんの手料理を作ってくれた。料理が好きな人でね。弟や妹にはよく作っていたらしいが、俺に作ってくれたのは初めてだった。だから余計に嬉しくて……」

 そこまで話すと、アドリアンは深く溜息をつく。琴子は思わず労わるように、彼の背に手を添えていた。原因は間違いなく、その母の手料理なのだろう。

「アドリアンさん」

 あまり好かれていなかった母が、今まで弟と妹にしか作らなかった手料理を作ってくれた。それから彼は、簡素なパンとスープしか食べることができなくなったのだ。そこまで聞けば、彼の抱えるトラウマの正体が何となくわかった。

 でもそれは、想像するだけで胸が痛くなるようなことだ。だからもう言わなくてもいいと伝えたいのに、それを言葉にすることができなかった。だから、アドリアンの言葉を止めることはできなくて。

「母の料理には毒が入っていた。かわいがっていた弟を、どうしても跡継ぎにしたかったらしい。何とか命は取り留めたが、それ以来、手の込んだ料理を食べることができなくなった」

 そう語ると、アドリアンは目を閉じる。

「……ごめんなさい」

 ようやくそう言えるようになった琴子が、震える声で謝罪する。

「いや、こんな話を聞かせてしまって悪かった。子どもの頃の事件を、十年以上も克服できないなど、情けないことだ」

「そんなことありません!」

 琴子は思わず、アドリアンの言葉を否定するように大きな声を出していた。

「情けないだなんて、そんなこと言わないでください。一生忘れられなくなっても、無理はないくらいです。だから……」

 子どもだったアドリアンは、どれほどつらかっただろう。

 そう思うと苦しくて切なくて、涙が溢れる。

「だから……」

「琴子」

「ごめんなさい。わたしが泣くなんて、変ですよね。でも、切なくて……」

 泣きじゃくる琴子を、アドリアンが優しく抱き締めてくれた。

「すまない。こんな話を聞かせてしまって」

「アドリアンさんは悪くないです。謝らないでください。わたしはただ、そんなことをした人が許せなくて」

 どうして自分の子どもに、そんなひどいことができるのか。

 許せない。あまりにも自分勝手すぎる。

 しかも料理をそんなことに使うなんて。

 料理は、相手のために作るものだ。

 食べる人に対する愛情を形にしたものが、料理だと思っている。

 だから余計に許せなくて。

 琴子はアドリアンの胸に縋ったまま、声を上げて泣き続けていた。

「……すみませんでした」

 どのくらい、泣いてしまったのかわからない。

 琴子はひりひりと痛む目もとを抑えながら、小さく呟く。アドリアンの白い騎士服に、握り締めた皺ができてしまっている。

「いや、琴子を泣かせてしまったのは俺だからな。大丈夫か?」

「頭、痛いです」

 そう言うと、彼は琴子を慰めるように優しく肩を抱く。

「俺のために泣いてくれる人がいるなんて、思わなかった。ありがとう、琴子。少し気持ちが楽になったよ」

 今までとは違う、柔らかな声。

 楽になったというのは、本当のことかもしれない。

「アドリアンさん。……お母様は、その後、どうされたのですか?」

「父が醜聞を嫌ったので、事件は公にはなっていない。だからその後は地方の領地で、弟や妹と一緒に暮らしていると思う。十年以上も会っていないから、弟たちと会ってもわからないかもしれないな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ