070 アンドロイドは電脳兎に未来を語った。
最終回
―――― 俺の人生はゲームしか無かった。
そんな事を思ってた過去が痛々しいと感じるぐらい自分は変わったと実感する。
でも嫌いでは無い、その言葉にある卑屈と気概が今の俺を良くも悪くも形成したのだから。
ジョーカー、ダキニとの戦いから二カ月が経った。
この戦いは"機械道化師の乱"として世界を騒がせたが、我らが傭兵団"虹の剣"の活躍は惑星、帝国共に箝口令が敷かれ無かった事にされた……。
でもそれで良かったのかもしれない、虹の剣と言う小さな組織がこれ以上目立つ事は得よりも弊害が増えそうだから。
情勢が落ち着くまで暫くは傭兵団としての仕事は休業となるだろう。
だからと言ってこの二ヶ月間、何もしてなかった分けでは無い。
戦いが終わってセレーネに直帰した後、俺は仲間に改めて自分の事を話し、元の世界に戻って"鍵山白華"としてのけじめを付けたい旨を伝えた。
当然必ず戻ると念押したがヘカテーがその場で、後から酒を飲んだテレイアにグズられ大変だったが、最終的に納得して貰えた。
その後アクランドのコロニーからラゴスゲートを開く装置をセレーネに持ち運び、ロネーズさんとコハクさんとベスタが装置の解析と調整をして使用可能までに漕ぎつける。
昨日は基地で送別会が行われた、今日は俺が元の世界に帰る日だから――
『俺が居た世界には二年帰省する、でもこちらの世界での経過時間では半年後、それで合ってる?ベスタ』
「そうじゃ、本当はもっとα時間軸を短くして早く帰って貰う様にしたかったのじゃが……四分の一が限界じゃな」
『半年なんてあっと言う間だよ』
「アイリスが居ない半年間は退屈過ぎて体感十年ぐらいになるんじゃないかしら?」
『テレイア、そう言ってもらえるのは嬉しいけど、評価が高過ぎて戻って来た時が怖いよ』
「ふふっ、その期待通り今まで以上に面倒事に首突っ込んで、色々仕事増やしてあげるから……楽しみにしててね!」
『あぁ、きっと楽しみになるんだろう……必ず、果たすよ――』
虹の剣の仲間達に別れの挨拶を済ませ、最後にベスタが抱きかかえた"兎型のドロイド"に向かって話しかける。
『その身体で不便してないか?黒兎』
《物が巧く握れないですが、この身体が落ち着くのです》
『そうか……人型で居た時期よりも長いもんな』
《ええ、でも今後色々とお手伝いをしたいので人型機器を用意して欲しいとロネーズに頼んだのです、少年タイプの物を》
『良いじゃないか!あぁ……でもある人に"いたずら"されるのが心配だから、俺が戻ってからにしよう』
「しません!…………タブン」
即座に反応したケレスから黒兎の貞操を護る為にも必ず戻って来ないとな。
《アイリスが居ない間、虹の剣は私が護ります、ですから安心して行ってください》
『勇ましいな黒兎、でもぶっちゃけクレインやヘカテーの方が強いぞ』
《ぐぬっ……精進します》
「こらアイリス!一々茶々を入れるな!なのだ」
「はぁ……アイリスはそういう大人げない所がある……ある」
クレインとヘカテーに叱られ頭をかいて誤魔化した後、黒兎のもこもこした手を摘まんで別れの言葉を贈る。
『またな、俺の過去でもあり、一部でもあり、最高のベストフレンド!』
《イエス、アイリス!貴方に旅の幸福を―― 》
俺は仲間達に手を振り、研究室に行くとSF映画に出て来る"コールドスリープ"マシンの様なものに入れられた。
「ラゴスゲートを開いたらゴーストハックシステムで貴方の魂を第三世界……貴方からしたら基準世界かな?そこに転送する」
『難しい話は分からないので、任せますよロネーズさん』
「……貴方には詫びと感謝しか無い、勝手に被検体とした後、魂まで連れて来てしまった」
『良いんですよ……結果論かもしれないけど、俺はこの世界に来て楽しかったし、奇妙な青春も味わえた』
『ロネーズさんは俺とジョーカーと黒兎を好転させる、運命のトリガーを引いてくれただけなんだ――』
「とても大きな運命だったよ、アクランドの悲願を果たしてくれた……本当にありがとう」
『面と向かって褒められ慣れて無いから照れ臭いですね……ロネーズさんも俺の悲願である父の居場所を教えてくれたので、それでトントンって事で』
「やれやれ、調子が狂ってしまうよ……じゃあ、そろそろ起動させようか」
『お願いします――』
俺の身体のプラグに何らかのコードが繋がれると、部屋の中心部にある巨大な天体望遠鏡の様な装置が動き出して俺に照準を定める。
ラゴスゲートという物が見られると期待していたが、全身麻酔をかけられた様に俺の意識はここで途絶えるのであった――。
………………
…………
……
目が覚めると、俺は懐かしき六畳の部屋で寝そべっていた。
「成功した……のか――」
ゆっくり起き上がると腰痛と眩暈が起こり、生身の身体である事を実感する。
「あぁ、いてててて…………ふぅ」
あの日のままの部屋、床に散らかったエナドリの缶、机に置かれた食いかけのカップ麺、潰れたティッシュ箱。
義務づけられた心臓の鼓動と呼吸、長時間ブルーライトを浴びた疲れ目、カフェイン足りて無い時に来る片頭痛、脇腹のかゆみ、ゲームばっかやってた手首の痛み、首の裏にあるイボ、これら全てが愛おしく、涙が溢れて来た。
血と肉と皮と骨、五臓六腑である事が……俺の魂に染みいる。
俺はここに存在し、生きていたんだ――
気持ちが落ち着いて最初にした事は、母に電話をする事だった。
「……あ、母さん?……う、うん久しぶり」
「まぁそれなりに元気だよ、そっちは?……うん、うん」
「来週辺りさ……家、行っていいかな?……え?そうじゃないけど、たまには顔でも見せようかと」
「うん……うん……大丈夫、じゃあ土曜日に行くから……うん……じゃあ、ありがとう――」
電話を切った後、緊張で激しくなった鼓動を一息ついて落ち着かせる。
「ふぅ……こんな簡単な事が、以前の俺には出来なかった」
虹の剣の仲間達に見せつけられた強い生き様が、俺に勇気を与えてくれた。
この世界でやる事は父との再開だけじゃない、鍵山白華として成すべき事を果たす――
「とは言ったは良いが、まずは部屋の掃除だな……ん?」
部屋を見渡した時、付けっぱなしだったゲーム用モニタに虹色に輝く文字で『WINNER』と表示されている事に気づく。
俺は苦笑を浮かべると、モニタに向けて親指を立ててこう言った。
「俺の、勝ち――」
………………
…………
……
二年後――
目を覚ますと俺が寝かされてる容器の廻りに、懐かしき仲間達が総出で取り囲んでいる。
まるで出棺でもされるかの様式にビビッて飛び起きた瞬間、仲間達が歓声を上げ一斉に抱き着いて来た。
『わっ!ちょっと、久々で大勢にグイグイ来られるの慣れてないから!恥ずかしいし、くすぐったいし!』
『どさくさでアソコ揉みしだくのやめて!一人は分かるけど、もう一人誰だやってんのは!』
やれやれ、この雰囲気……機械の身体、よく見える視界……俺は戻って来たんだな――
《おかえりなさい、アイリス》
頭の中に直接響き渡る黒兎の声、これも懐かしい感覚。
ただいま黒兎、皆も元気そうで良かったよ。
《はい、何度か不届きな帝国貴族がテレイアを誘拐しようと襲って来ましたが、一丸となって撃退しました》
そんな事が……まぁ皇帝唯一の実子だから権威目的で狙われるのは当然か――
黒兎の話では半年間でこの世界の情勢は色々な変化があったらしい。
レベリオ帝国では春日十士の謀反、マルブルをトップとした組織が民主化を掲げ全ての貴族に称号剥奪を命令、反抗した貴族相手に戦闘を行っている。
生き残っている春日はケレスを除いて3人しか居ないが、マルブルを慕っていた元帝国軍人や突如表舞台に現れた自分を"ルドラ・キャロル"と名乗る少年の協力により順調に領地統一を進めているらしい。
テレラ惑星同盟も内乱が起きたが、大佐に復帰したナバイが破竹の勢いで鎮圧を進めている。
なんでもナバイ軍にとてつもない天才パイロットが入隊したらしく、たった一機で連隊を行動不能にしたとか。
《そのパイロットの名前は"ニャンニャン"、見た目は猫耳金髪巨乳の女性、実弾射撃の精度は神憑り的……らしいです》
へぇ~……なんだろう、悪寒がして来た。
《それとあくまでも噂ですが、アルクトスにいる元キャロル候補がラゴスゲートを悪用して"異世界の軍勢"を揃えてるとか――》
なるほど……まだまだこの世界は、俺達……宇宙傭兵団の出番が多そうだな。
《アイリスは……》
ん?
《会えたのですか……その》
会ったよ……話をして、一緒に旅行も行った。
うん……そうだな、俺の二年間も語るとするか――
《ぜひ、聞きたいです……あっ!?》
どうした?
《この身体がハッキングを受けています、我々の会話の傍受のみですが》
《この通信IP、履歴が残ってる……これは――》
【ジョーカー】「…………」
ははっ、……いいよ……聴かせてやろうよ。
一人の真っ直ぐで不器用だった人間の、余所から見たら平凡かもしれない、勇気を出した大冒険の物語を――
俺は脳内でゆっくりと語り始めた。
二つのAIに読み聞かせる、二人が見る事が出来なかった、未来の話を――――
―――― アンドロイドは電脳兎の夢を見ず、
―――― されど、アンドロイドは電脳兎に未来を語った。
………………
…………
……
―――― True End
――――――――――――――――――――――――――――――――
―――― ここは終末間近の世界
殺人AIダキニが人類の99%を抹殺、僅かに生き残った人類は廃コロニーや小惑星などに隠れ潜んで暮らしていた。
とある小惑星の基地の中で車椅子に乗った老婆が、巨大な天体望遠鏡の様な装置を眺めている。
「ついにこれを見つけて起動するまでに至ったのに、ラゴスゲートの穴は拳大にしか開けない……」
「ゲートを使って、こんな世界から人々を逃がしてあげれると思っていたのに……」
うな垂れた老婆に車椅子を引いていた、もう一人の老婆が声をかける。
「テレイア様、物質は無理でも通信ならば別世界に送れるのでは?」
「……そうねケレス、繋がった別世界にダキニを倒せるテクノロジーやヒントがあるかもしれない、希望は薄いけど、やってみましょう」
ケレスが通信機器を動かし始めて暫くした時、不気味なノイズと共に音声の様な物が流れ始めた。
『……ザザザ……ニ……ン…………ゲン……』
『……ミツケタ、コロス』
「っ!?」
二人は強化ガラス越しから見える外の宙域に、一機のGSが猛スピードで基地に向かって来るのに気づいた。
「……ダキニ!」
「テレイア様、直ぐに脱出を!」
「ダメっ……間に合わない!」
ダキニが操る無人機が基地に砲撃をしようとした瞬間、突如現れたGSが無人機の頭を掴んで地面に叩きつけた。
「っ!?……あの機体は、"グレイ・クロウ"」
「案山子喰らい―― "ジョーカー"!」
【ジョーカー】「こっちを見ろダキニィ!てめぇの相手は俺だろうがぁ!」
クロウと呼ばれた機体は無人機を素手で手足を引きちぎり、身体を八つ裂きにしてばら蒔いた。
【ジョーカー】「お前は全然強くならねぇな、あぁ~つまんねぇ……ほんとつまんねぇよ!クソ!クソ!クソ!クソが!」
『……ザザッ……ザ……――』
ダキニはジョーカーに恨み言も残さずに、無言で通信から去って行く。
「ジョーカー!貴方はいつまでダキニを殺し続けるの!?」
【ジョーカー】「あぁ?……その声……聞いた事ある様な……誰だっけ……」
「ダキニの案山子を幾ら潰しても意味が無い事は、貴方が一番分かってるでしょ?」
【ジョーカー】「……俺が出来る事はこれしか無い、それに……"約束"したからな」
【ジョーカー】「俺に一度でも勝ったら、ダキニを殺すと言う約束を――」
「あの時の約束……あなたに勝った■■■■はもう死んだわ!」
【ジョーカー】「そんな事知るか!あいつは……ずっと俺に挑んでは負けて……挑んでは負けて」
【ジョーカー】「四十年かけてようやく勝った!この俺に初めて土を付けたんだ!」
【ジョーカー】「あいつが生涯を持ってかけた約束を、果たすべきが俺が起動し続ける意味だ――」
「ジョーカー、それは今の貴方にとっての呪いよ……」
【ジョーカー】「ふっ……あんたに言われたく無いよクーヤ、少し見ない間にダキニが狙うまでもない様な婆さんになっちまってさぁ」
「そうね……私は死ぬことが出来るけど、貴方は永遠にダキニと戦い続ける……それでいいの?」
【ジョーカー】「一度決めた事は実行する、それが機械ってもんだろ?」
「……ジョーカー」
【ジョーカー】「そろそろおいとまする、もう二度と会う事は無いだろう――」
グレイ・クロウは背部から何らかの超兵器である"灰色の霧"を噴射して機体を覆うと、中の機体は霞がかったまま、ゆっくりと消えて行った。
「ケレス、ラゴスゲート……異世界からの反応は?」
「…………ありません」
「そう…………もうこの世界はどうする事も出来ないのね――」
「私達が五十年以上追い求めていた物が……こんなちっぽけな意味の無い穴!」
激昂したテレイアは懐から七色に輝く石をゲートの穴目掛け投げつける。
「テレイア様、それは大切な物では!?」
「テレラで買った安物の御土産よ、色が見え難くなった私にはもう不要だわ……砕け散ってしまったでしょう、余計な掃除の手間増やしちゃって申し訳無いわ」
「いいえテレイア様、"命中"です、石は穴に入って行きました――」
「えっ!?」
――――――――――――――――――――――――――――――――
某世界、某所
ゴミが散らばる部屋でひたすらゲームに励む青年、名前は鍵山白華、現役プロゲーマー。
「ほらほら、そんな射撃じゃ当たらないよ、あ~そこでEMPは意味無いって!ほれほれ……はいおしまいっと」
「はぁ……キング帯で近接縛りしても敵が居なくなっちゃたなぁ……つまらんっ!」
「こんなんじゃ俺の技術も成長しない、なんか伸びしろがあるもん無いかなぁ……」
その時、白華の背中に鈍器で殴られた様な強い衝撃が走った。
「いっ!?痛っ!!えっ……何?え?」
白華が後ろを振り返っても誰も居ない、ふと下を見ると散乱する空き缶に紛れて虹色に光る卵サイズの玉が落ちている事に気づいた。
「何だこれ?棚から落ちて来たのかな……ガラス玉、こんなの家にあったか?大会の記念品か何かで貰ったやつかな……」
「くそー痛ぇ……ゲームだったら背後の攻撃でも避けれるのに」
(否、出来るか……前方に集中してる時に、意識外から凄腕の第三者から攻撃されたら――)
「――あったな、伸びしろが……ソロプレイ専門だった自分に無い物が」
「さっそく練習するか、えーとチーム戦……ろくろくマッチ」
「仲間とか要らん、他5枠は複垢で埋めちまおう、ソロでチームをぶっ潰す――」
――――――――――――――――――――――――――――――――
「はぁ……あんな石を異世界に飛ばしても何も変わらないわね……せめてベスタが生きていたら――」
「テレイア様!ゲートに反応が!?」
「えっ!?」
拳大の小さなラゴスゲートの内側から、白い人工物がこちらの世界に投げ込まれた。
「これは……"メモリースティック"?」
「何かが書かれてます」
メモリースティックの表面には手書きのペン字でこう書かれてあった。
「"キャロル・ラフマー入り"…………」
「"虹の剣ベスタより"――――」
………………
…………
……
観測者が居なくても、彼の者達の物語は終わらない
そこには誰にも縛られない、無限の選択肢があるのだから。
―――――― to be continued
最後まで読んで頂き
ありがとう御座いました。




