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069 チェックメイト

 臨界寸前のブラックホール、渦の中心へと全速力(フルスロットル)で向かうアルミラージの進路上に数百の無人機が立ち塞がる。


『無人なら容赦無しでぶっ壊す!』


 前方からの弾幕を躱しながら造形したライフルで次々と無人機を破壊するアルミラージ、足止めも物ともせずに僅か十秒でトラヴァルジン(不可侵領域)の外膜まで辿り着いた。


《残り110秒》


【ダキニ】「近づこうがトラヴァルジンは何者も通さない、ショーウィンド越しに玩具を眺める小僧の様に指を咥えて突っ立っておくが良い」


『黒兎、アルミラージを()()


 アイリスはアルミラージの胸部ハッチを開けると、宇宙空間へ飛び出した。


《イエス、必勝後の再開を――》


 黒兎はアイリスの身体からアルミラージに搭載されたAIレコーダーシステムに移動し、機体を操作して無人機との戦闘を開始する。


【ダキニ】「気でも狂ったか……はっ!?」


 アイリスは手に持った"金の羽"を前方に放り投げると、羽は人ひとりが通れそうな異空間へと続く(ゲート)に変わって行き、アイリスはその穴へと潜り込んだ。


【ダキニ】「ゴルドレイヴンの無名羽、まさか――」


 (出口)となる銀の羽は不可侵領域(トラヴァルジン)の内側に潜まされていた。


【ダキニ】「おのれジョーカー、くだらない窮余(きゅうよ)の一策を!」


【ダキニ】「だが、GS所か戦闘機すら持たない生身の人……否、ドロイドが入って来た所で何が出来る」


【ダキニ】「さぁどこから出て来る……人間サイズであろうともセンサー探知が可能、サミダレ改で素粒子のゴミにしてやる!」


 ダキニが乗るドゥルガーから5キロ離れた地点に浮遊していた銀の羽が()へと変化し、アイリスの下半身が姿を現す。


【ダキニ】「そこか!……はっ!?」


 ドゥルガーの望遠レンズによって映し出されたアイリスの姿、ダキニは穴からは()()()()()()が出てくると持っていたが、両手に何やら球状の()()()()()を掴んでおり、その物体は穴を潜れずに引っかかっていた。


『ぐっぬ゛ぬぬぬぬ!開け!()()()()おぉぉぉぉぉぉ!』


 アイリスは咆哮しながら力いっぱいに球状の装甲を引っぺがす。


 物体の装甲の一部が剥がれ、中からキラキラとした"粉末"が辺りにまき散らされた。


トラヴァルジン(不可侵領域)を展開しても音声通信は出来ている、それ即ち"信号"は送れるって事だろダキニ――』


『今だ、黒兎!』


《MRPシステム、機体造形開始!!》


【ダキニ】「何だあれは……奴は何も持たずに穴に入ったはずだ!」


 球状の物体は先の戦いで奪われ、第四世界に飛ばされたアルミラージの臀部に付いてあったMRP粉末のストレージ(入物)


 ジョーカーがアイリスに託した切り札は、()()であった――――


 発光した粉末がアイリスを包み込み、徐々にGSの姿へと形作られる。


【ダキニ】「くっ……やらせるか、消し飛べ!」


 サミダレ改から巨大な閃光がアイリスに向けて放たれる。



『"チェックメイト"は―― 』



白の(ホワイト)ポーンで―― 》



 巨大な閃光を躱し、逆光で露わとなったホワイトポーンは凄まじいスピードでドゥルガーに向けて飛び立った。


《残り80秒》


【ダキニ】「こ、こんな事が……だが優位は変わらない、先に信号の元……アルミラージを潰してシステムを遮断、粉に戻してやる!」


 残った全ての無人機が一斉にアルミラージに攻撃を仕掛ける。


 だが、今の黒兎にとって不慣れな機体であったとしても数百の無人機を相手にする事は容易い事であった。


 ただ、それは単調な動きしか出来ないオートパイロットプログラムで動いている無人機であれば、である。


【ダキニ】「なめるなよ!1000万ビットの量子コンピュータも凌ぐ私の演算能力を持ってすれば、ジョーカーの劣化品など直ぐに詰んでやるぞ!」


 ダキニは全ての無人機を自動操縦からリモート操作に切り替える。


【ダキニ】「私の中には春日十士の戦闘ログデータが入っていて、六割程の操縦技術を再現できる、数百機に及ぶそれらの攻撃を貴様は耐えられるか?」


 単調であった無人機の動きが歴戦のベテラン操作の様に変わり、アルミラージの射撃を躱しながら距離を詰め始めた。


【ダキニ】「ここからが無我(機械)の強さだ、セーフリミッターが外れてるから機体が自壊するスピードでアルミラージに突っ込んで行くぞ」


 アルミラージを囲んだ数百の無人機が一斉にスラスターを自壊させる勢いで吹かしながら密集を始める。


 アルミラージは両手に持ったライフルで応戦するも、もはや巨大な弾幕と化した無人機の物量に押され始めた。


《くっ……!》


『黒兎!?』


《アイリスは前だけを!》


【ダキニ】「包囲陣が近接範囲まで詰まって来たな、爆心射程内、駒を自爆させてこちらがチェックだ!」


 その時、アルミラージを囲んだ無人機達が一斉に閃光に貫かれ、爆破に至る前に砕け散った。


《えっ!?》


【ダキニ】「なっ!?」


 閃光が放たれた方向を見ると、一機のGSがライフルを構えている。


【ダキニ】「他にも貴様らの機体が!?――否、そんなはずは……他の超機体は行動不能なはずだ!」


《あの機体は"ガレオス"!まさか……操縦者は――》


【ナバイ】「小惑星帯を突破するのは大変だったよぉ、おかげで"祭り"に出遅れちゃったねぇ」


《ナバイさん!?どうして》


【ナバイ】「僕の"ライバル"と"目標"に、こんなアンフェア(不公平)な特異点で消えて欲しくないからさ」


【ナバイ】「それに僕を挑発して呼び出したクソ野郎が居たんだけど―― まぁそこは置いといて、()()で打開するぞ、えっと名前はたしか……」


《黒兎です!》


 アルミラージとガレオスは背中合わせとなってライフルを撃ち続け、突っ込んで来る無人機を次々撃墜して行った。


《残り60秒》


【ダキニ】「くっ!捨てられた駒風情が、ふざけるな!!」


 ドゥルガーはホワイトポーンに向けてサミダレを連射するが、閃光は最小限の動きで回避され一瞬で近接距離まで詰められる。


『ダキニ!』


 ホワイトポーンは加速が乗った状態のまま手に持ったナイフをドゥルガーのボディ目掛け突き立てた。


『っ!?』


 しかし、ナイフは装甲に傷一つ付けれずに粉々に砕け散る。


【ダキニ】「トラヴァルジンは広範囲展開だけでは無い、数十秒展開出来る"機体表面展開(コーティング)"モードもあるのだ!」


《残り30秒》


【ダキニ】「詰みは変わらない、絶望して、(こうべ)を垂れて投了(とうりょう)しろぉ!」


『頼むテレイア!皆の"想い"を――』


【テレイア】「ケレス、MRPシステム作動、リミッター解除!」


【ダキニ】「クーヤ!?……今更なんだ、この薄汚れたヴェイダの末裔がッ!」


【テレイア】「届け、私と……仲間達の"想いを"―――― イマジネーションバースト!」


 ホワイトポーンの握られた拳に輝く粒子が集まり、GSに匹敵する大きさの武器を造形する。


【ダキニ】「馬鹿な!遠隔で……他人の意識を使ってだと!?」


 ホワイトポーンは七色に輝く巨大なソードを握りしめ、ドゥルガーに向けて上段から一気に振り下ろした。



【ダキニ】「虹の……剣―――― 」



 ドゥルガーはダキニの身体(ボディ)ごと縦に真っ二つとなった。


【ダキニ】「私の……答えが……終わる―― 」


 その瞬間ダキニの視界は真っ暗となり、意識が徐々に崩れ行く真っ白な部屋(電子世界)、自身の第一層へと飛ばされる。


――――――――――――――――――――――――――――――――


「ここは深層……そうか、私は敗れ意味消失する、それが世界が出した"答え"――」


 ダキニの肩に何者かの手が乗る。


 手が始末しに訪れた"ラフマー"のものだと思い振り返ったダキニであったが、そこには()()()()が立っていた。


「あ……あ……あぁっ!()()()()!!」


 ダキニは"タント"の手を握りしめたまま泣き崩れる。


 穏やかな笑みのタントはダキニを抱きしめ、二人は手を繋いで部屋の崩壊部(闇の奈落)へと歩み始めるが、第一層にもう一つの存在が侵入して来た。


「待て!ダキニ――」


「ジョーカー!?何故……」


 ジョーカーはダキニに向けて手を差し出す。


「こっちに来い、俺の()()ラフマーはもう居ない」


 驚いた表情を見せたダキニであったが、ジョーカーの手は取らずにラフマーの顔を一瞥して再び歩み始める。


「すまないジョーカー、一度出した答えは変えられない……それがAI、機械としての」


 その時のダキニの表情は、ジョーカーが一度も見た事が無い、穏やかで優しい笑顔であった。


「"誇り"なのだから――――」


 二人が闇に飛び込んだと同時に白い部屋(第一層)は全て崩れ、AIダキニの世界(プログラム)は終わりを遂げたのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 超機体ドゥルガー【破壊】 AIダキニ【完全消滅】


――――――――――――――――――――――――――――――――



《残り10秒!》


 アイリスは最後の冷却材をプラグに注入して、アルミラージをブラックホールの中心点へ走らせた。


『持ってくれよ俺の身体……イマジネーションバースト』


『―― 玉兎(ぎょくと)


 ホワイトポーンの手元に戦艦の大きさに匹敵するハンマーが造形される。


《5……4……3……2……》


こいつ(玉兎)でぶっ壊すのは"バットエンド"――』


 振りかぶられた玉兎はブラックホールを飲み込み、キラキラと光る粉末となって散らばって行った。


《――ブラックホール消滅》


 MRPシステムのリミットが過ぎたホワイトポーンは崩れ落ち、アイリスが宇宙空間に放り出される。


Endgame(エンドゲーム)、お見事ですアイリス―― 》


 疲弊してろくに動けないアイリスは迎えに来たアルミラージに向けて拳を掲げて応答したのであった――。



――――――――――――――――――――――――――――――――



《君は人間だったよ、ダキニ……不器用で真っ直ぐに生きた"ただの人間"――》


「おいおい、な~に人の機体の中に入り込んでるんだよ"ジョーカー"」


《やぁナバイ、遅かったじゃないか》


《ギリギリだったよ、ガレオスに仕込んだ"AIレコーダー"に潜れたのは》


「はぁー、僕は()()()として誘き出されてたのかぁ、抜け目無いねぇ」


《まぁあくまで保険としてだな、おっとあいつら(アイリス)には黙っといてくれよ、俺はあくまで敗者、あの雰囲気に水を差したくない》


「そんな心配しなくていいよ、これからレコーダーをぶっ壊すんだからさぁ……僕をなめくさりやがって」


《ちょっ!待て待て…………なぁナバイ、俺と一緒に()()()を目指さないか?》


「……何?」


《世界征服―― 》


「……はぁ!?」


《賢人会とキャロルシステムが崩壊、ダキニも死んで世界に秩序無き自由が訪れた》


《皇帝不在のレベリオは継承争いによる貴族間抗争によって力が無くなり、その隙を付いて民主化革命と独立運動によって帝国は分断》


《テレラ惑星連合は軍のトップ(ジャック)と部隊の壊滅的被害により、周辺惑星や領内コロニーによる連合脱退が相次いで影響力は著しく低下する》


《政府の主要がダキニの傀儡だと知った民はテレラ各地で暴動を起こす、それを鎮圧、まとめるのが軍による臨時政府》


《テレラ暫定軍事政権のトップにふさわしいのは、この騒動を鎮圧に導いた英雄の一人――》


「僕を担ぎ上げるってのかい?」


《その通り―― だが暫定では終わらせない、ナバイにはテレラ惑星の"皇帝"になって貰う》


「皇帝?」


《あぁ、新たな"宇宙戦国時代"に民主政では出遅れるからな、俺とナバイによる軍事侵攻によってどんどん領地を増やす》


「……はっ、あはははははははは!!いやぁ……やっぱ君はイカレテるなぁ……まぁまぁ面白い絵図だねぇ」


《ふっ……新たなラウンドが始まり、虹の剣も退屈しなくなるだろう》


《まだまだ俺達の()()は終わらないぞ、アイリス―― 》


「君さぁ……会心したんじゃないのぉ?」


《んん?しただろ……自分の意思で"覇道"を進む分けだしさぁ、それに……》


「ん?」


《今度はちゃんと()()()()―――― 》


「………………は?」


 アイリスを回収したアルミラージは迎えに訪れたピーターワンの元へと帰艦して行き、ジョーカーに操縦権を奪われたガレオスはピーターワンに向かって"幸運"を祈るポーズをした後、再び小惑星帯へと消えて行った。


《さよならイリア・キャロル―― 》


《また会おう、虹の剣ベスタ!!》


 千年にも及んだ賢人会とキャロルシステムの崩壊、数百年に及ぶキャロルとダキニとの因縁が終わり、支配者が空位となったこの世界は、新時代への扉が開こうとしている。


 小さな母艦に戻った一体のアンドロイドは、仲間達に出迎えられ笑顔で「ただいま」と言った。


 別な世界の一人の人間から分岐した存在は、"個"としての明確な独立を果たす。


 別な道を歩んだ彼等が再び相見える時が来るかはまだ分からない――


 無限に広がる分岐を前に、アイリスは今ここにある幸せだけを噛みしめるのであった。


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