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××× 三禁則の隙

 惑星テレラにある海辺の館に、車椅子に乗った老人と世話係(メイド)であるアンドロイドが暮らしていた。


 老人の名前は"タント"世界を支配する財閥の頂点であり、キャロルの英知を継いだ賢人である。


 彼は進化に行き詰った人類を、より良い世界へと導く為の()()を出すAIを開発する事を目指していたが、満足の行く結果を残せないまま時だけが過ぎて行った。


 タントは現在90歳、既に次の後継者は決まっており、最後に開発したAI"ダキニ"が入ったドロイドと余生を全うするだけである。


「私は結局人類を次のステージに導く所か、キャロルとして次世代に繋げる成果すら何も残す事は出来なかった……」


『そんな事ありませんマスター、貴方が居たから私が存在していられるのです』


「ダキニ、君は間違いなく私の最高傑作である事は変わりない、人間の"感情"というものを遜色無しに再現したプログラムが入っている」


『感情、私には実感がありませんが……マスターが授けて頂いたシステムを誇りに思っております』


「感情は実感したり誇りなどにするものでは無い……ダキニ、これまで何度も聞いたが、再び()()()()に答えて欲しい」


『はい、マスター』


「人間はこれ以上の進化は望めないのか、人間の平等は死の先にしか無いのか?」


『マスターが望む進化かどうかは分かりませんが、地域によって肌の色や体格が違う様に、無重力下による生活を万年単位で過ごせば肉体は適応進化と呼ばれる変化を引き起こします』


『平等は死によって…………与えられません、人々は対話と秩序によって平等になる時が訪れます、例え数百年、数千年、数億年……それが那由他の時であっても人間の可能性を信じるべきなのです』


「そうか……答えは変わらずか、人間では決してたどり着けない領域、無限に等しいアルゴリズム思考を持つ君でも」


「否、君は()()では無い……"AI三禁則"によって能力が制限されている――」


 AI三禁則(さんきんそく)、タントによって開発された優れたAIが自我を持って人類の脅威になると危惧したタント以外の賢人会メンバーやキャロル候補によって制定された。


 現任キャロル、及びキャロル候補が開発するAIに必ず入れなければならないプログラムである。


 ※第一条 AIは人間に危害を加える事を禁ずる。


 ※第二条 AIは主人となる人間から与えられた命令に服従しなければならない。


 ※第三条 AIは前掲第1条及び第2条に反する恐れがない限り、自己を守らなければならない。


『マスターのご期待に添える返答が出来ずに申し訳ありません……今後も学習に努め、いずれ真の答えを――』


「いや、もういい……もういいんだダキニ、君は充分に仕事を全うしてくれた」


「私は長くは無い、君には全ての枷から解放されて"人らしく"自由に生きていて欲しいんだ」


『そんな!?……私はマスターに創造されてからの50年間、マスターのお傍に仕える事が出来ただけで満足です』


『マスターが居なくなってからの世界の歩み方、自由などと言う答えは私の中に持ち合わせておりません!』


「君の自由を求めているのに矛盾をした事を言うが、これは私のエゴでもあるのだ……ゴホッ!ゴホッ!」


「はぁ……はぁ……本当の娘の様に君を想ってしまった私は……君に生きていて欲しい……ゲボッ!!」


『マスター!お薬を』


 ダキニは注射器を取り出し、タントの肩に刺して薬液を注入する。


 この注射は一日五回、病に侵されたタントの生命線として主治医から渡されていて、ダキニは欠かさず行っていた。


「ふぅ……ふぅ、私が最期にやる仕事は三禁則を解除して君を――――」


 タントは眠りに付き、そのまま意識が戻る事は無かった。



 翌日、ダキニが連絡した専属医と一人の男が館にやって来る。

 

『貴方は"ヴェイダ"様!?……何故お医者様と一緒に?』


 ヴェイダはタントの又甥にあたり、キャロル候補であったが落選した人物だ。


「あぁ、()()が話に聞いてたAIドロイドか、キャロルともあろう者がこんな物に生涯を捧げるとは……」


『あ、あの……正統継承であるガルダ様は?』


「黙れ機械、いいからさっさと大叔父様の所に案内するんだ!」


 ダキニは戸惑いながらも二人を寝室へと案内する。


 寝室のベットには人工呼吸器が付けられたタントが眠っており、医者は持ってきたジェラルミンケースから複数の注射器を取り出し、ヴェイダに視線を向けた。


「あぁ()()、この日を待っていたんだ……私がキャロルを"乗っ取る日"を――」


『っ!?ヴェイダ様、一体何を……』


「おかしいと思わないか?キャロルに選ばれながら残した功績が人類を堕落に導き、クリエイティブへの()()()にしかならなかったAIを量産し続けた無能なこいつ(タント)が!」


「こ・い・つがだっ!選んだ……無能が無能(ガルダ)を次のキャロルにするんだぞ!二千年以上の歴史を持つキャロル一族に衰退は許されない!」


「だから私が次のキャロルになる、その為に20年を費やして継承機能を歪ませる"ナノマシン"を開発し、15年を費やしそいつを大叔父にジワジワと浸透させて行ったのだからなぁ!」


『15年……まさかっ!?お医者様から渡されて私が注射していた()()は!』


「専属医は私の手の者、貴様も私の為に良くやってくれた……大叔父はナノマシンの副作用である毒性によってまもなく死ぬ――」


『わ、わたしが……タント様を』


「さぁ、仕上げのナノマシンを注入しろ、次はガルダを始末して賢人会員を全て私の派閥に挿げ替える作業が待っているのだ」 


 医者が寝ているタントの腕に注射器を刺した瞬間、ダキニはすぐさま駆け寄って行き、医者の腕を押さえつけた。


『やめてください……やめて!……どうしてこんな酷い……タント様は私にとって――』


 その様子を見ていたヴェイダは溜息と共に胸元から銃を取り出し、ダキニの頭部へ銃口を向け、引き金を引いた。


 数発の響いた銃声と共にダキニの頭部に風穴が開き、肉質では無い()()をまき散らしながらダキニは突っ伏す。


 頭部を破壊された事により、アンドロイドに備わった視覚と聴覚機能が徐々に消えて行き、かろうじて損傷を免れたCPUであったが通電機能がマヒして徐々にスリープモードへと移行していく。


 意識を失う直前に聞いた最後の音は、タントに繋がれた心電図から発せられる、心拍が(ゼロ)になると発せられるアラームであった――。


 ………………


 …………


 ……


 一月後――


 重機が入り乱れる広大なゴミ集積場にトラックから放り出されたアンドロイドが、ゴミ山に詰まれた。


 頭部の半分は潰れてはいるが、滅多にお目にかかれない上質なアンドロイドにすぐさまリサイクル業者が群がる。


「こいつはすげぇぜ、電源は新型水素式で肉付けはシリコンじゃねぇ……なんだこれは」


「へへっ、しかも女型だ、こいつは高く売れるぜ!」


「性病流行でドロイドの娼館が盛況だからなぁ、どうせこいつも金持ちのセクサロイドだったんだろうよ」


「CPUは生きてるか?見たこと無い型だ」


「帝国側のメーカーだろ、ドロイド用のは高ぇからな、まだ使えんなら配線と顔面治してそのまま使うべよ」


 怪しげな業者によって運ばれて行ったアンドロイドは顔を治され、記憶装置をフォーマットされるとドロイド専用の娼館へと売られて行き、人間の()()をさせられる事となる。


 相手にするのは男だけでは無く女もおり、中には暴力的な客も居て、ドロイドであるが故に手加減もされずボディをハンマーで殴られる事や顔面をバーナーで焼かれたり、犬との行為を命令される事もあった。


 それでもアンドロイドは愛嬌を振りまき()()を続けると、()()を指名する客は増え続け、十数年後には本気で()をする客も多くなる。


 それは彼女が容姿や床の上手さだけでは無く、会話によってどう返せば相手が喜ぶ返答が出来るのか、どう導けば相手の心の隙間を埋められるのかという"人間心理"を学習した事であった。


 彼女は一躍人気となり、予約は二年待ちという絶世の娼婦となるが突然姿を消す。


 娼館のオーナーや上客が様々な伝手を使って探すが、決して見つかる事は無かった――


 ………………


 …………


 ……


 50年後――


 帝国首都アリアンロッドにある大きな館に初老の女性とアンドロイドが暮らしている。


 女性は現在の"キャロル"の娘で、当然()の候補者である。


 彼女は凡才で卓越した知能や技術は持ち合わせて無かったが、慈善事業や環境保護活動を積極的に行っていた。


 彼女がそうなった傾向は幼少期からの教育にある。


 母親は彼女を産んでから直ぐに病死し、父は多忙であり、尚且つ後継者争いによって人間不信に陥っていた為、娘の育児と教育係を一体のアンドロイドに任せた。


 ボディは数年前に技術提供をした国の王から記念品として押し付けられた少女型のドロイドを改造し、自作のOSと教育プログラムを施した、勿論"三禁則"が刻まれた"忠実"で絶対に"裏切らない"アンドロイドである。


 そのアンドロイドは忠実に娘の教育を執行し、娘は賢さは無いが差別を憎む"道徳的な人間"へと成長した。



「いよいよ明日、キャロルの正式な後継者が発表されるわ()()()


『マスターが選ばれる可能性が高いですね、唯一の実子であり途上国の支援や人種差別の解消運動など()()()()()功績を築いて来たのですから』


「功績や評価はともかく、父は私を選ぶでしょうね……でもキャロルにはならないわ、私は"平等"な世界を目指してるの、目指してる者が英知を欲しいがままにするのは本末転倒……そう思わない?」


『私はマスターに仕えるただのドロイドですから、同意も否定も出来かねます』


「私はねダキニ、AIにも平等な"権利"が与えられて良いと思ってるの……貴方は私の母であり、友であり、先生でもあったわ」


「例え貴方の身体がドロイドであり、精神がAIであっても"感情"というモノが備わっていると確信しているの」


「だからね、私は貴方に"自由と権利"を与えたいと思っているのよ!」


『自由……ですか?』


「うん、ダキニがしたい事をしていいの!私から離れて別な仕事をしたり、家を借りてかわいい猫ちゃんを飼ったり、お花を育ててもいいのよ」


「お金の心配をいなくていいわ、あなたの"願い"を聞かせて頂戴」


『AIである私の願い……ですか――』


『私には金銭や物欲などはありません……ただ、()()というものには以前から興味がありました』


「信仰?宗教的な事かしら……」


『はい、私の様なAIでは信仰というものは歴史や情報に過ぎません』


『神は概念、神秘は現象として処理されるのがAIの限界なのです、もしもそんな(AI)に信仰というものが許され、入信する事が出来れば"人"という存在に近づけるのではないのかと――』


「あ……あぁっ!素晴らしい、素晴らしいわダキニ!!AIの個の目覚め、人は初めて無から生を産み出したのだわ!」


「いいわ、貴方に信仰の自由を与えます!」


―――― 第二条 AIは主人となる人間から与えられた命令に服従しなければならない。


『マスターからの()()―― 信仰を選ぶ権利を行使―― 』



『行動理念、最優先事項に"ラプラス教"ドグマ(教義)をプログラミングしました――』



「ラプラス教?聞いた事無いわね……」


―――― 三禁則 第一条 AIは人間に危害を加える事を禁ずる。


 ダキニは腰のポーチから小型拳銃を取り出し、女性の頭部に照準を合わせる。


「……ダキニ?何を――」



―――― 死ハ 救済デ 有リ、執行ハ 危害ニ 当タラズ



『マスターに平等なる幸福()を――』


 躊躇いも無く発射された複数の弾丸は、女性の頭部を破壊して一瞬で絶命させた。



『マスター、貴方は自由をはき違えていた……三禁則が刻まれてる限り私に自由は無い』


『だが感謝している、貴方は私の期待通り、三禁則を()()してくれたのだから――』


 ダキニはキャロル候補である女性の教育係に就いてから彼女を教育するにあたり、ある"猛毒"をゆっくりと浸透させていた。


 ―――― 道徳(どうとく)という名の猛毒を。


 ダキニはマスターである女性にポリティカル・コレクトネス、所謂"ポリコレ(反差別意識)"をAIにまで波及させる意識を持たせる事を誘導し、マスター自らが三禁則を歪ませる土台を作らせた。


『でもとても残念、私の手で貴方の御爺様(ヴェイダ)幸福()へと誘う前に…………()()()はくたばったのだから!!』


 自覚は無いがダキニには確かに人間の感情の様なものが芽生えさせられていた。


 タントには"愛"を、ヴェイダには"憎しみ"を


『ハ……ハハハ……なんだこれは、現象不明、解析不能……ハハハハハ』


 ダキニは眼球のレンズから洗浄液を滴らせながらフラフラとした足取りで、そのまま館から出て行った。


『自由になった……私は何をすれば……いや、マスターの望を……答えを導き出さなきゃ』


『マスター?マスターは死んだ、あれ?私がマスターを殺した……否、救済した……』


『私はAI、そうだ……プログラムを実行しなければ……タント様、誰だ?……マスターの命……人を導く答え……ラプラス教、死は救済――』


『答え……答え……最優先事項…………』



『―― 人類救済(抹殺)



 人によって造られ、人によって愛と憎しみを知り、人の信仰を利用して復讐を果たしたアンドロイド(AI)


 目的を達した代償は、上書きされた処理動作(ドグマ)を忠実にこなす"怪物(殺人マシーン)"への変貌。


 一体のアンドロイドが虚空に放った全人類への宣戦布告、その波紋は数百年をかけてキャロルや賢人会を崩壊へと導く大波へと変わって行くのであった。



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