068 gg
自分と他人は分かり合えない
そう達観したのは何時からだろう。
父が家を出て四年後、母は後に義父となる男を連れて来た。
男は私立中学の国語教師をしているらしく、真面目さと人当たりの良さのある人物だと感じたが、考え方が古風で苦手だった。
母が男と再婚すると一緒に暮らす事となり、義父となった男は積極的に俺に絡んで来る様になる。
ゲームばかりやってる俺を義父は営業マンの様な笑みを浮かべながら釣りや登山に誘って来て、俺は行きたく無かったが母の面子を保つ為と思い渋々付き合った。
それでも異様なほどゲームばかりやる続ける俺を義父は徐々に怪訝な目で見る様になり、「ゲームという物は低俗」だと説教をしながら学業やスポーツを押し付ける様になる。
俺は義父を避けながら家族に内緒でゲームの大会にも出る様になり、勝ち続けた。
中学の頃には賞金が出る大会にも呼ばれる様になり、そこでも勝ち続けて学生ながらに大きな収入を得るが、そのせいで必要となった"確定申告"手続きにより家族にバレる事となる。
義父は静かな怒りを表しながら、俺の部屋にあったゲームの筐体を義父だけが開けられるガレージに隠してこう言った。
「君は"普通"の学生生活を送って、"普通の仕事"をしなさい――」
俺は何も反論せずに、"この人とは絶対に分かり合える時は来ない"と結論付け、中学卒業と共に家を出た。
年月は流れ、謀略によってチーターの汚名を着せられプロゲーム界隈から追放された時、実家の方にもマスコミが来る様になる。
俺は迷惑をかけた事を謝る為、母に電話をすると、母は怒る事も慰める事もせずにこう言った。
「"普通の仕事"をして下さい――」
この時から俺は他人と分かり合う事を諦めた。
血の繋がった家族でも駄目なんだ、これから出会う他人となんてとても無理である。
父ももう居ない、……いや、そもそも父とも分かり合えていたのか?過去を美化して一方的に期待しただけでは無いのか?
これはきっと俺が悪いんだと思いつつも、どす黒い被害者意識と自己嫌悪が頭の中を渦巻く。
だからこの世界に来てからは自分では無いキャラクターの仮面を被って他人と接した。
そうすれば理解者を得たいと期待しなくて済むし、裏切られてもそれは俯瞰で見たキャラクターがそうなってるだけで自分は傷付かないから……。
でも俺はシルビアと出会い、仮面の内側で"光"を求めてしまった。
そして結局はこの世界でも闇に落とされ、全てを失う結果となった――
ずっと目を閉じて闇だけに生きていたら光を知らなくて済んだ。
自分の中の鍵山白華を消去して、16進数のプログラムでしか動かない"普通"の機械になりたかった。
この世界に鍵山白華の魂が召喚された時に、神や運命を信じて無かった俺が初めてそういったモノに感謝した。
誰のせいにもしたくなかった俺が、自分自身に行き場の失った怨嗟をぶつけられるのだから――
――――――――――――――――――――――――――――――――
「鍵山白華……お前の元は、鍵山白華で合ってるんだよな!?」
【アイリス】『そうだけど……』
「じゃあ、小学生の時に給食で嫌いだった食べ物は?」
【アイリス】『レーズンパンと紅白なます』
「正解……ならば、中学の時に寝る前に妄想していたファンタジー世界で自己投影していた最強の魔法騎士の名前は?」
【アイリス】『パ……パラーディオ・シエロ』
「間違いなく鍵山白華だ……では何故、俺の知らない過去がある――」
【アイリス】『俺も知らないよ……ほら、あれじゃないか?……SF作品でよくある"パラレルワールド"』
【アイリス】『そもそも未来の鍵山白華であるあんたが、アイリスとしての記憶が無い時点で"別分岐"の存在って事じゃないか』
「分かってる!問題はこの世界に来る前の歴史が違うって事だ」
「お前は"俺の世界の鍵山白華"では無い……だったら、この戦いは……俺の策謀は何の為に――」
【アイリス】『……くだらない』
「何!?」
【アイリス】『小さな分岐があろうが俺は俺だ、芯は何も変わらない……恨みでも怒りでも全て俺にぶつけたらいい――』
【アイリス】『その代わり俺もあんたに……もう一人の鍵山白華に対して、俺が抱く様々な想いを叩き込んでやる!』
【アイリス】『あんたは自分を機械だと言いながら、中途半端に感情で動いている……これはあんたが始めた戦争だろ!それぐらいは出した答えを全うしろよ!!』
二人の戦いの手が止まり、数分間の沈黙が流れる。
「……あぁ、その通りだな、些細な問題だ」
「俺を主観とした基準世界の鍵山白華は高架上で生きていたとしても惨めにくたばるだけだし、別分岐の存在だとしてもお前はデータでは無く"魂"……オリジナルだ」
「基準の白華より少し馬鹿っぽいけど、そうだな……平行世界があるのなら、その全てに居る白華を抹消する事が俺にとっての夢なのかもしれない――」
【アイリス】『…………ん?あっ、ちょっと仲間と話してたからミュートにしてた、もう一回言って』
「…………お前はシンプルむかつくって理由で殺すとしよう」
【アイリス】『それでいいんじゃないか?あんたは考え過ぎなんだよ』
【アイリス】『ほら、戦いを中断してべらべらとお喋りしたせいで、"補給"が届いちゃったぞ』
ジョーカーはアルミラージの後方から飛翔体が接近して来るのに気づく。
「あれは……ミサイル?いや――」
飛翔体はアルミラージ付近で破裂し、宙域にキラキラと光る粉末を飛散させた。
【アイリス】『最後の散布ミサイル、俺が使う事になっちゃったな……』
「MRPの具か」
【アイリス】『爆風で散った分もある程度は引き寄せた、これでMRPに関しては問題無い』
「"無線分"のな、尻の玉は再生出来て無い、どうやら玉はただのストレージじゃなくて高速造形を可能にさせてた超兵器に匹敵する重要部位だった様だな」
【アイリス】『そうだな……だが戦いってのは消耗するもんだ、あんたの羽と一緒で、それでも全力で立ち向かうだけだ』
「痛み分けだな……じゃあそろそろ次のラウンドを始めようか――」
【アイリス】『行くぞ!』
アイリスの掛け声と共に、アルミラージはレイヴンに向けて全速力で飛び出す。
「やはり近接狙い、高速造形が無くても肉弾戦なら勝てると思っているのか」
【アイリス】『キレは俺の方が上だと確信した、あんたは遠距離と中距離戦が極まり過ぎているんだ』
【アイリス】『恐らく、大会や実戦で相手が近づく前に勝負が付く事が何年も続いたから僅かに衰えたんだろうよ』
「認めるよ……その節はある、単純に老化で鈍ってるのかも知れんが」
「逆に近接以外は俺が上って事だ、その土俵でお前を沈めてやる――」
レイヴンは背部から金の羽(中)を抜き、両手に持って作動させると、異次元の穴からGSの胴体ほどの太さがある大きな無反動砲を取り出した。
「飛散した具はある程度しか戻せないのと積載ミサイルで補充せざるを得ない事実、つまりはちゃんと吹き飛ばしが効いてたって事だわな」
レイヴンは全速力で後退しながら、両手に持ったバズーカを構えGSの頭部ほどある丸い砲弾をアルミラージに向けて発射した。
【アイリス】『あの大きさ、クラスターか小型核か』
アイリスは即座にあの砲弾を接近させてはならないと判断し、ビームライフルで砲弾を狙い撃ちする。
閃光が砲弾に当たると爆発し、小型戦艦ならば簡単に吹き飛ぶ程の衝撃波が発生した。
「こっちの世界基準なら核ほどでは無いが、原子爆弾並みの衝撃をもたらすハーツガス圧縮弾だ」
レイヴンは次々と砲弾を発射し、弾が無くなれば羽を消費して新たにバズーカを転移させて撃ち続ける。
砲弾は直接アルミラージを狙った物だけでは無く、弾幕をバラ撒く様に発射された。
【アイリス】『あくまで具を飛散させてMRPを封じる気か――』
「…………」
アイリスはジョーカーが長期的な消耗戦に持ち込むと判断し、爆破の範囲が自機に及ばない砲弾を徒に撃たずにMRPの飛散を防ぐ様舵を切る。
しかし、それは行動では無くジョーカーによってもたらされた"誘導"であった――。
(戦いが長引けばMRPを散らす事が出来るが、こちらの羽も消耗する)
(だが奴はこちらが羽も自由に補充出来ると考えるだろう、何の迷いもなくふんだんに使ってるのだから)
(いい意味では堅実、悪い意味では悲観によって相手を図る白華の戦術思考を逆手に取る)
(あいつは消耗狙いを潰す目的でこれまで以上に突っ込んで来る、だが俺は長期戦なんか考えていない)
大きなバズーカを撃ちながらである為に推力が低下しているレイヴン相手に、アルミラージは容易く距離を縮めて行く。
二機の距離が1.5キロまでになった瞬間、レイヴンはバズーカを放ると、右手は銃口に羽が刺さった短銃を構え、左腕は金の羽で開けた異空間の穴に突っ込んだ。
(残存する羽のほぼ全てを使い、この局面でケリを付ける――)
【アイリス】『ここまで無駄に飛散させてない、MRPが潤沢のまま接近戦が出来る!』
「そうかな?アイリス……お前に残された"カード"は二枚だ――」
【アイリス】『銃口に異空間の穴……あの弾か!』
「一枚目は防護壁を作って爆破させる、その場合MRPの具は飛散する」
「二枚目は純粋な回避、この距離で王者の銃弾を避けるのは五分って所か?」
【アイリス】『くっ!』
ジョーカーはアイリスの選択が回避一択である事を確信している。
消耗戦狙いというブラフを脳裏に刻ませ、確実に避けると分かっている相手に"五分"という言葉をかけて焚き付けた。
異空間の穴からアルミラージへ向けて小さな一閃が放たれる。
アルミラージは半身部のスラスターを逆噴射させ、回転しながら上部へと移動、王者の銃弾を掠る事無く回避して見せた。
「そうだ……その動き、その位置、その角度――」
アイリスがモニタでレイヴンをの姿を見ると、今度は両腕を異空間の穴にもぐらせている。
【アイリス】『一体何を?』
「進路上以外の砲弾を見逃した時点で、お前にはチェックがかけられていたんだ」
【アイリス】『……まさか!?俺が撃たなかった砲弾に入っていたモノは――』
ばら撒かれ、宙を漂っていた砲弾の外殻が砕け散ると、中からは銀の羽が出現して異空間の穴を形成し始めた。
【アイリス】『羽の包囲陣!?あれが同時に――』
(複数の物質を同時に回すと加速器がぶっ壊れて二度と使えなくなる)
「お前を倒す為だけにその犠牲を払う、これが俺の奥義、王者の銃弾二十六連発」
「キングに囲まれ絶命必至なピースはどう動く、アルミラージナイト」
【アイリス】『リミッター解除、イマジネーションバースト――』
異空間の穴が光り輝いた瞬間、アルミラージの廻りにMRPによって出来た光の渦がが発生し、構えた両手に収束し始める。
(回避も不可能、隙間無く防壁を造形する間も無いとなると、そちらも切り札を使わざるを得ないよな)
(超機体チェシャーを一撃で消滅させた巨大な反物質の槌、それならば運動エネルギーごと消し去る事が可能だろう)
(その後、さらに俺への攻撃が可能な程の射程……質量無視である故に素手と同様のスピードで振られる巨槌はこの盤面をも覆せる脅威だ)
警戒し、いつでも背部の羽を使って距離を取る準備をしていたジョーカーであったが予想外の事態を目の当たりにする。
(造形した槌が小さい、あれでは小型艦クラスだ)
(当然か、チェシャー戦ほどの巨大さと射程は必要無いし、あれクラスの造形には時間が…………いや、これは違う理由だ!)
(アルミラージは素手で持っている……そうか、"載力小太刀")
(コロニー並みにデカい槌を振れたのは重質量操作が出来る載力小太刀を柄にしていたから)
(壊れちまったんだ、チェシャー戦で使った時に……だからあんな小さな槌しか造形出来ない、アルミラージが振れる限界の大きさ)
第四世界の巨大加速器が崩壊すると同時に、光速弾の群れがアルミラージを完全に包囲する。
アルミラージはスラスターを限界以上に吹かし、メインスラスターをノッキングさせながら前進すると同時に七色に光る大槌を振り抜いた。
【アイリス】『絶対にッ!―――― 』
激しい加速度衝撃に襲われるアイリス、それでもアルミラージはスラスターの半数以上を犠牲にして、大槌の一振りによって前方の光速弾を消滅させて退路を作り出し、左右後方の光速弾を回避してのけた。
(切り札を防御のみに使った、否、そうせざるを得なかった)
(MRPでスラスターは再生可能だが、散布素材を使った造形では幾秒かの隙を晒す)
(俺の"一手"をそこまでして防いだ―― 次を顧みない堅牢、それがお前の"限界")
(easy game、残念だ――――)
「なぁアイリス知ってるか?……一つのトランプには、二枚のジョーカーが入っている事を――」
【アイリス】『……は?』
「予備加速器作動、次弾発動準備――」
【アイリス】『そんな……まさかっ!?』
「砲弾によって撒かれた羽は計五十二枚だ」
「二の矢である二十六発は例え"反物質"の大槌で数発防げたとしても、スラスターが半壊した状態の初速では左右後方からの弾丸は回避不可」
潜ませていた二十六枚の羽が光り出し、再び閃光の群れがアルミラージを包囲した。
「game over―― 黒い過去と共に滅却しろ、鍵山白華!」
【アイリス】『玉兎は"反物質"なんかじゃない――』
アルミラージは残されたスラスターを最大に吹かすと、小型艦ほどの大きさである大槌の頭(打撃部)に全身を飛び込ませた。
「なっ!?」
【アイリス】『―――――― 想いだ 』
アルミラージの全身が玉兎に入り込むと同時に、取り囲んだ二十六の閃光が玉兎に直撃した。
「機体も……消滅……するだろ?……なぁ……そうだろ?……なぁ!」
玉兎から光が消え、灰が散る様に徐々に崩壊を始めると、中からは無傷のアルミラージが姿を現す。
「嘘……だろ」
驚愕したジョーカーは思わず最後の金の羽(大)を使ってアルミラージから距離を取った。
「ふざけるなよ……なんで、意味が分からない、意味が分からない!は、はぁ?……なんでだよ!おかしいだろうが!!」
【アイリス】『――――頭、痛ッ!……ふぅ』
【アイリス】『ジョーカー、"想い"は自分を傷付けない……傷付けてはいけないものなんだ――』
「そんなご都合主義……ただの"チート"じゃないか!」
【アイリス】『ずるじゃない、想いを形にする事は、自分を信じきれ無かった……』
【アイリス】『あんたじゃ出来ない――』
「――っ!」
アイリスはイマジネーションバーストの影響で熱を持ったCPUを冷やす為の冷却材を身体に注入している。
その間ジョーカーは茫然自失となり、レイヴンは銃を構える事もせずに立ち尽くすだけであった。
【アイリス】『冷却材一本入れてもまだ熱が残るな……視界が赤くチカチカする』
「……予備持って来たんじゃないのかよ」
【アイリス】『連続では注入出来ないし、予備分は後処理の為に必要だ』
「あぁ、なるほど……」
【アイリス】『どの道、もうこの戦いでイマジネーションバーストは使えない』
「漫画やアニメと違って大技じゃ決着が付かない、か……ほんと、思った様にキマらないし、うまく行かないもんだな」
【アイリス】『お互いにな、皆そんなもんだろ現実は』
「お前はマシじゃないか、虹の剣に入って女子に囲まれながら、たまに戦って俺つえーして気持ちよくなってさぁ」
【アイリス】『そんな単純じゃなかったよ、人間関係も戦いも一筋縄では行かなかった』
【アイリス】『でもこの道は、あんたも歩めえた道ではないのか?虹の剣の一員として生きて行く未来が』
「――――っ!?」
ジョーカーの脳裏に浮かびあがったビジョンには、あの日アクランドの基地から去らずにイリアに寄りそう自身の姿。
「――有り得ない、この世界が……誰にも理解されない鍵山白華の残滓が許さない」
【アイリス】『白華の殻を破る選択肢はあったはずなんだジョーカー、白兎である自分を信じれなかったあんたが進んだ"分岐"なんだ』
「嘘だ!俺にはゲームしか無い、GSで戦う事しか出来無いアンドロイドだ!」
【アイリス】『俺があんたを筐体から叩き出してやる、白華の残滓はそこに捨てちまえ!』
アルミラージはレイヴンに向けて突き進み始める。
「鏡を壊しても映っていたものは消えない、お前を葬って初めて白華が消えるんだ!」
【アイリス】『言葉で終わらないなら始めよう―― 漫画みたいに大技じゃ決まらい、地味な泥試合で終わる最終ラウンドを――』
「あぁ来い……来いよ、俺はここに居るぞ鍵山白華ァ!」
レイヴンは両手に持った短銃でアルミラージに向けて射撃を始めるが、そこにもう技は無く、感情に任せて撃ち続けるだけである。
アルミラージは難無く躱しながら近接距離まで近づいた。
(残存する羽(小)はコクピットにある分も含めて七枚、接近戦ではあいつが上)
(その差を埋める方法はある、リスクはあるが"先行入力"による挙動によって福音による先読みを潰す)
(奴の攻撃を三手防いだ後に―― っ!?)
突っ込んできたアルミラージから廻し蹴りが放たれ、レイブンが両腕でガードをするが、廻し蹴りまでに至る福音の光が明らかに短縮されたものであった。
「お、お前……初手から先行入力を、イカレてるのか!?」
【アイリス】『冷却材を入れても頭の熱が限界に近い、接近戦で即決を繰り返せば脳が焼切れる』
【アイリス】『だから三秒前に記憶させた先行入力による全ての連撃を防ぎきればあんたの勝ちだ――』
「ふざけやがって!」
アルミラージによる手足を使った殴打がレイヴンを襲う。
ジョーカーはなんとか連撃を崩そうとするが、福音での先読みが出来ない為に衝撃を受け流す事すらままならないガードだけで精一杯であった。
(一手でいい、連撃を崩せばアルゴリズムが狂ってこっちの勝ちなのに……)
(それが出来ない―― 奴の思い通りに動くのが癪過ぎる)
(左ストレートからの右フック、左のロー、否ミドルか!くそっ、甲部以外で受けたから外殻が破壊された)
アルミラージは連撃を繰り出しながら、周囲に機体の手足を複数造形させ始める。
(ブラフだ、この速度での攻防で造形された手足を使った変則攻撃が出来るはずが無い)
(……と思っていても"何かがある"と意識を削がれてしまっている、あいつならやりかねないと――)
ジョーカーは精神的にも詰められ始めていると感じ始めていた。
猛攻によってレイヴンの外殻装甲がボロボロと崩れ始め、防御もガードが追い付かなくなり残り少ない羽による"衝撃飛ばし"をせざるを得ないほど追い込まれる。
(右肘打ちからの左の貫手―― はフェイントか!?膝蹴りの衝撃は羽で)
(膝を重く振り抜かない、羽を使うタイミングさえ予測してやがるのか!)
(崩すのは無理だ、防御に徹して終わりを待つしかない、羽の残数は四枚だが内二枚が手元だから使えるのは実質二枚だけ)
「負けられない……負けるわけにはいかないんだ!とおさんも……かあさんも選べなかったお前なんかにっ!」
「鍵山白華がやって来た事全てを漂白して初めて、俺が俺としての一歩を踏み出せるんだ!」
【アイリス】『俺が白華として生きて来たその後の事は分からない、俺の知ってる過去でも辛かった思い出が幾つもある事は知っている』
(右のボディを両手でガード、左のローの軌道上に羽を……右のカーフキック、受け失敗、左足破損)
(羽は残り一枚、明らかに意識を下に向けさせてる、俺ならあと二、三手で何らかの決定打を狙う)
(防ぎきるんだ、必ず上段の攻撃が来る、集中しろ、何が来る)
(振り下ろしの鉄槌、ガード成功、左のミドルは羽で、右ストレート、ここだ、勝負の際)
レイヴンはアルミラージの右から放たれた拳を強引に両膝を上げてガードをする。
レイヴンの両脚が砕け散るが、僅かにアルミラージの態勢が崩れた。
(このまま抱き着いて組技に持ち込んで連撃をやり過ごす)
レイヴンがタックルをしようと突っ込んだ瞬間、アルミラージは上体を反らして頭部を突き出した。
(頭突き、角での刺突か?単調だから片手で受け流せる)
レイヴンは前腕でアルミラージの角を払い除ける動きをするが、ある異変にジョーカーは戦慄する。
(レイヴンが……う、動かない――)
(この能力、外殻が欠けたアルミラージの角の内側に見えるアレは……)
("載力小太刀"、僅かに残っていた刃元を角に埋め込んでいた、あったのか……最後の最後に出せるカードが)
(固定された、まずい!腕をパージして、駄目だ1フレームの隙が――)
【アイリス】『怒りも恨みも後悔も、白華の本体でもある俺にぶつけていい』
(重撃の右ストレート、狙いはここ、確実に食らう)
【アイリス】『ただ俺が歩んで来たゲーマーの道が、黒い過去だとしても』
―― ゲームしか無い鍵山白華が嫌いだった ――
(俺が負ける……いやだ、負けたら……)
―― 父に自分から会いに行けなかった鍵山白華が嫌いだった ――
(負けたら、何なんだ……勝ち続けても何の意味も無いのに)
―― 母を選べなかった鍵山白華が嫌いだった ――
(それでも勝ちたい、どうやったらあいつに勝てるんだ、普通じゃ駄目だ)
迫りくるアルミラージの振りかぶった拳。
(とらわれるな、頭のネジを外せ!殻を……ぶち破るんだ――)
ジョーカーが瞬時に握ったのは操縦桿では無く、ハッチを開くレバー。
レバーを引くと同時にコクピット内部から蹴り上げてレイブンの胸部をこじ開ける。
―― 俺だけを見て欲しいと言えなかった、自分が大っ嫌いだ ――
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
宇宙空間に剥き出しとなったジョーカーは右手に金の羽を握りしめ、迫りくる巨大なアルミラージの拳に向かって殴りつける。
砕けるジョーカーの右腕、それを犠牲にアルミラージが振りかぶった右ストレートの衝撃を消し去った。
(連撃を止めた、どんなカウンターでも入る、俺の勝――)
【アイリス】『僅かにでもあった楽しかった日々を、忘れるな――――』
突如現れた衝撃によってレイヴンの胸部が砕け散り、ジョーカーは宇宙空間に放り出される。
「………………なっ、……何が、起きた…………」
「……衝撃は……飛ばした……はず……だろ……」
【アイリス】『"寸勁"』
【アイリス】『先行入力による連撃、終の一手、白華では無く俺の……この世界でアイリスが歩んだ分岐だ――』
呆然と宇宙に浮かぶジョーカーにはある異変が起きていた。
常にゲーム画面の様な視覚になっていた異常が治っており、彼の目の前にはMRPの素材によって幽かに造形された一人の女性が居た。
「シ、シルビア……?」
この現象はMRPイマジネーションバーストとジョーカーの脳波が混線した結果なのか、MRPの素材と彼女の灰が蒔かれた星が同じである故の奇跡なのかは分からない――
そして微笑むシルビアの隣に今度は白髪男性の姿が造形される。
「そうか……全ての媒体に魂を潜めたんだ、アンドロイドである俺の中にもあんたが――」
二人は微笑みながらジョーカーに向けて人差し指だけを広げた後、親指を立てると、ゆっくりとキラキラと光る粉末となって消えていった。
「ははっ……うぜぇ」
(そうか、俺にもあったんだ……白華では無く自分だけの――)
ジョーカーの眼から数滴の雫が宇宙に放たれる。
彼が入っているアンドロイドには本来搭載されていない、人間であれば普通である、涙を流すという異常であった。
アルミラージのハッチが開き、身体を出したアイリスがジョーカーに向けて拳を突き出し言葉を発する。
『gg』
《gg》
「はぁ――――………… gg」
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超機体ゴルドレイヴン 【行動不能】
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【ダキニ】「敗れたな、ジョーカー」
《0時の方向、角度D2から高エネルギー反応》
【ダキニ】「力の無いお前など枷でしかない、抹消する――」
「ダキニ……」
ダキニが乗る機体が持つサミダレ改から、大戦艦の主砲に匹敵する閃光がジョーカーとアルミラージに向けて放たれた。
《アイリス、直ぐに機体に戻って!》
『ジョーカー!』
アイリスは助けるつもりで手を差し伸べるが、ジョーカーは左手でアイリスを突き飛ばす。
『ぐっ!?』
「アイリス、お前にカードを与える」
アイリスはコクピット内まで飛ばされ、黒兎がアルミラージをリモート操作してハッチを閉じた。
『ジョーカー!羽は、まだあるんだろ?使わなきゃ……はっ!?』
アイリスの胸元には金色に輝く一枚の羽が浮いていた。
「使え――――」
《アイリス、回避します!》
全速力でその場から離れるアルミラージ、残されたジョーカーは巨大な閃光に覆われ、跡形も無く消えて行った。
『ジョーカー……』
『――――っ!…………あんたは俺の鏡であり、叫びでもあった――』
【ダキニ】「忌々しいのをまとめて消せなかったか、まぁジョーカーを消せただけ良いとしよう」
『ダキニ……お前!』
【ダキニ】「ブラックホールは半臨界だが、即刻バンダースナッチを起動させる」
【ダキニ】「臨界まで待ってもどの道完全に人類を殺しきれないのであれば、不完全でもここ居る貴様らだけでも殺してのける選択をするのが有意義であろう」
『負けを確信したから死なばもろともか……』
【ダキニ】「負けだと?何故私が乗るドゥルガーがブラックホールの近くで平気で居られると思っている」
【ダキニ】「超兵器"トラヴァルジン"は不可侵領域の膜を作り出せる、膜の内部に居ればブラックホールによる巨大な重力場の影響すら受けない能力だ」
【ダキニ】「ドゥルガーの周囲13キロに張られた膜はどんな攻撃をしようとも破ることは出来ない、それに対応出来る可能性があった貴様が持つ薄気味悪い能力は使えないらしいな」
【ダキニ】「ジョーカーが消えた今、このゲームを支配したのは私だ、膜によって私だけが生き延び、貴様ら虹の剣はブラックホールに飲まれて死に絶える」
【ダキニ】「邪魔者が消えれば再び私は人類抹殺の準備を始める、例え数百年、数千年、数億年……それが那由他の時であっても必ず答えを完遂するのだ――」
ダキニはバンダースナッチの最終拘束具を解除するプログラムを発動させる。
何層にも包み込まれた拘束具がまるで蕾から開花する様に開き始め、内部のブラックホールを完全に露出させようとしていた。
【ダキニ】「貴様らに残された時間は僅かだが、念の為に残った無人機を全てアルミラージを標的にする命令を出した」
【ダキニ】「人形相手に踊りながら、片割れが始めたくだらない喜劇の幕を閉じるのだ、カギヤマシロカよ」
アルミラージのレーダーは周囲に数百の機体が接近している事を捉えた。
『黒兎、バンダースナッチが開き切るまでどれぐらい猶予があるか分かるか?』
《――残り120秒》
『……そうか』
『行くぞ黒兎!この120秒はリレーじゃない、二人で戦うんだ――』
《イエス、アイリス》
《このゲームに決着を付け、明日を迎える為のエンディングを――》
アイリスの顔に焦りや迷いは無い、ジョーカーから託された小さな希望と操縦桿を握りしめ。
一人から分かれた三人の数奇な運命を決する、最後の120秒が描く軌道へと駆け出して行った。




