066 曲げられない
今から数百年前、人型二足歩行兵器"G・S"が開発され、戦場に配置がされたばかりの時代――
世界を牛耳る大財閥、キャロル一族の家系にフレイは産まれた。
一族全ての統括である現任のキャロルは、生前の内に血族から後継者を選出しなければならない。
方法としては候補者にある程度"キャロルの英知"を与え、様々な分野で新たなる知識の発見や技術の開発を行わせて、最も優れた者が次世代のキャロルとして選ばれる。
候補者の誰がどの分野をあてがわれるかは現任キャロルの気分によるもの、過去にはくじ引きで決めた例もあった。
フレイが任命された分野は"人間学"、この世界においても人体・脳・細胞・進化・老いなどの構造システムの全ては解明されていない。
候補に与えられる課題としはキャロル史の中でも初であり、フレイは候補者内で最大の難題を与えられたと言える。
しかし、それは決して"期待"されての事では無い――
フレイの大叔父にあたる現キャロルは保守的な人物で、次のキャロルは血の繋がりが近い孫である"タント"を選ぶ事ありきで形骸的に候補者選びを行っているだけであった。
それでもフレイは全身全霊で人間についての研究を始める。
医療から始まり、細胞・生物学だけで無く、キャロル内でもオカルトと揶揄されていた魂の存在や新人類への進化法なども独自に調べ始めた。
研究から十数年が経った頃、フレイは人類が新たなステージへと向かう進化が可能である確信を得る。
人類を革新に導けば様々な苦悩から救えると考えたフレイであったが、二つの問題が立ちはだかった。
一つは人類の自意識を目覚めさせる為にキャロルや賢人会からの支配解放という皮肉的なもの。
二つ目は進化する為の知識や意識改革、特殊な技術力が必要であり、それらを一般の人間に身に付けさせるのには膨大な時間を要する事である。
フレイはいずれ賢人会の体制を滅ぼす事を決め、革命家として裏で軍備も始めた。
そして人に進化を促す為の教えも学術的に全てを詰め込むのでは無く、あえてスピリチュアルな様式で行う事をする。
要点だけを儀式的に行わせれば、難しい考慮を無くして大幅に短縮出来ると思ったからだ。
フレイは部下であった研究者と共に"ラプラス教"という宗教を立ち上げ、信者を集め始めて、二年で万を超す信者を得る。
現キャロルはオカルトに走ったフレイを小馬鹿にしていたが、フレイが賢人会を倒して革命を起こす準備を始めているという不確定情報が入り始め、一抹の不安を感じ始めていた。
それでも暫くは静観する意向であった現キャロルだが、看過できない事態が起きる。
溺愛する孫のタントが、元々兄の様に慕っていたフレイの人間進化論に興味を示しラプラス教に入信したのだ。
孫が洗脳されていると危惧した現キャロルはタントを軟禁、フレイにラプラス教の解散を要求するがフレイからの返答は「一族から追放しても構わない、私は好きにやる」というものであった為、現キャロルは激怒する。
現キャロルは賢人会の力を使ってラプラス教の弾圧を始め、フレイも対抗する為に進化の探求を幹部に任せ、軍略を優先する様になった。
しかし、教団を任せた幹部達がフレイの意思と違った方向に舵を切り始める。
あえて"神父"を名乗り、いち指導者としての立場にあろうとしたフレイを教祖や神の様に奉ると、まだ不確定であった"魂"の存在がある前提とした教えを広め始めたのだ。
肉体を離れて魂だけとなる事も人の革新、病や苦悩から解放される死こそが救済という経典にする事によって、信者を死をも恐れない戦士にする事が目的である。
幹部達はその本音を伏せたままフレイに報告すると、フレイは困惑するが今は協調して一つにまとまらなければ打開できないと考え一時的に受け入れた。
やがてラプラス教と賢人会の軍事衝突が始まると、幹部の思惑通りに信者達は少数で大隊に立ち向かったり自爆攻撃も行う兵となる。
戦いが激しくなり凄惨に散る信徒達を目の当たりにしたフレイは自身も前線で戦う事を希望したが、信者は殺人を不浄とし、崇めているフレイに行わせない事を歎願した。
ラプラス教における"死の救済"と"殺人の不浄"という矛盾――
フレイが作った宗教理念は既に自身の手から離れ、信徒による都合の良い独自解釈によって制御不能な暴走状態と化していたのだ。
戦いは圧倒的な物量差によりラプラス教の拠点は次々と制圧されて行き、フレイと信者は一つの小さな星に籠城するしか無い状況となる。
星は幾つもの戦艦やG・Sに取り囲まれるが、フレイは自身が開発した超機体に自ら搭乗、出撃するとたった一人で軍を退けた。
信徒の期待に応える為に、不殺を貫きながら――
予想外の奮闘に現キャロルは、今から百年前にキャロルや賢人会を翻弄した"ヘルコスの乱"と同等、又はそれ以上の危機と認め、キャロル候補を総動員して討伐を命じる。
刺客として星に向かった超戦艦と超機体は合わせて十三、誰もが半刻で星が制圧されると思っていた。
しかし、多数相手の実戦経験を積み、三つの超越能力を覚醒させたフレイによって十二の超戦艦、機体共に行動不能に追い込まれる。
刺客のキャロル候補達には油断があり、パイロットとしての力量差もあった。
それでもキャロルの粋を集めた機体達、十二の機体を倒した頃にはフレイの超機体も半壊状態となり、致命的な一撃を与えたのが最後の一機、弟の様に接して来たタントが乗る超機体であった。
タントは音声通信で説得を試みる。
【タント】「勝負は決しました、ボディに浅く刺した槍、超兵器"メギド"」
【タント】「私がトリガーを引くか少しでも動いたら槍先から炎が出て、内部を伝って操者を焼き尽くす事が出来ます」
「そうか……成長したな、タント」
【タント】「降伏してくださいフレイさん!残された信者の方々も命だけは助かる様に掛け合いますから!」
「いいんだ……もういい、あの星に生きてる人間は居ない……」
「先の包囲戦、出撃した私が星に戻ったら……信徒らは全員自殺していたんだ――」
【タント】「そんな……」
「ガスに服毒、首吊りに拳銃……老人も子供もみんな死んだ、軍に殺されるより己で救済執行を選んだ」
「誰も私が勝ち、生きて戻ることを信じなかったんだ……私を担いだ信徒がだ、滑稽だろう?」
【タント】「人の革新を目指した者達が、どうしてこんな事に……」
「信徒は自身の革新など求めていなかったのだ、欲したのは縋れる者と逃避を正当化する為のきっかけ」
「私は支配者からの解放が人々の縛りを解くと考えていた、だが"逆"だった……人々がキャロルや賢人会の支配体制を創ったのだ」
「ラプラス教を作っても、結局はこの世界の理を小さな世界で繰り返しただけであった――」
【タント】「もう人は次への段階に向かう事は出来ないのですか?私やフレイさんだけでも――」
「それでは意味が無いのだ、革新者が優性、現状人が劣性という隔たりが出来て、先話した事が繰り返されるだけだ」
「人が平等に次へと向かうには、やはり"死"……しか無いのか――」
【タント】「賛同できません、それは危険な発想ですよ!」
「そうだ、私も人の願望によって壊れ始めているんだ……タント、そろそろ私に止めを刺せ」
【タント】「っ!?私が……」
「私を討伐しに来たのだろう?君になら良い、信徒達の元に送ってくれ」
長い沈黙が続き、タントの機体は一向に動く気配が無い。
「…………どうした?人を殺すのは初めてか……そうか、なるほど……信徒達もこの気持ちだったのだ」
「新たな発見をしたのに、出撃前に更新した記憶データには残らない情報だな……どうでもよいが――」
そう言ったフレイは自機を操作してタントの機体を突き飛ばした。
【タント】「何をっ!?動いたらメギドが――」
「次のキャロルに託そう、希望と……――――」
機体の胴体に刺さった超兵器メギドが発動し、フレイの居るコクピットを激しい炎が駆け巡り、骨も残さず焼き尽くす。
享年三十九歳、人の可能性を探求する事に憑りつかれ、盲信者の希望と願望に翻弄された人生であった――
【タント】「ぐっ!……この様な悲劇を何度繰り返す、人がテレラから出て数百年経とうが何も変わっていない!」
【タント】「我々キャロルでも人は変えられない!…………人間の可能性、もはや頭打ちなのか」
【タント】「人………そうか、人以外の者ならその答えを――――」
………………
…………
……
時は現在に戻る。
ヘカテーが乗るヒルクアビスは、超兵器インフェルノによって足元から徐々に崩壊が始まっていた。
ヘカテーはアイリスに通信を繋ぐが、それは救援や最期の言葉を伝える為では無い。
【アイリス】『ヘカテー?どうした』
「アイリス、私はどうしたらいいのだ……アビスはもう動いてくれない、MRPも使えない」
【アイリス】『やられたのか、MRPでも修復は……使えない?機体搭載分が尽きてもミサイルで運ばれた具搭載のポットは近くにあるんだろ?』
「敵の超兵器、物質を解析されたら燃やされる……使って盗られたらみんなに迷惑が!」
【アイリス】『でも今のままじゃ負ける、死ぬかもしれないんだ』
「負けたくない……でもお父さんの機体じゃ勝てない!約束したのに……うぅ」
【アイリス】『ヘカテーが優先するのは勝ちなのか、コイウスさんへの想い……それとも虹の剣としての役割』
「どの選択をしたら良いのか分からないのだ……どれを選んでも自分の中にある正義が欠けてしまう気がするから」
【アイリス】『求めるなら直ぐに助けに行く、どんな選択をしても誰も攻めない、自分で考え決めるんだ』
「うぅ……でも、分かんないのだよ…………」
【アイリス】『あぁそうだ……分らないよな!』
「えっ!?」
【アイリス】『"自分の事は自分で考えろ"だの"責任のある選択は己でしろ"だの、きっかけが揺らいでる時に言われても出せない人間も居るんだ――』
【アイリス】『分かるよ……だからあえてこの言葉を君に贈る』
【アイリス】『ヘカテー、何も考えるな!何も顧みるな!全てを使ってそういつをやっつけちまえ!!!!」
アイリスの言葉は窮地となり混乱して枝分かれしたヘカテーの思考を一つに戻す。
傍から見たら命令とも呼べるその言葉こそ、彼女が一番求めていた返答であった。
「…………うん……うん!もう大丈夫、ありがとうアイリス…………ぜったいに――――」
その言葉と共に、ヒルクアビスの全身はインフェルノに包まれる。
――――――――――――――――――――――――――
半超機体ヒルクアビス【完全消滅】
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フレイはインフェルノの残光が舞うアビスの燃え跡からヘカテーの行方を捜す。
(エイブの例もある、機体が消滅してもパイロットスーツが延焼対象外で生き残る可能性がある)
(確実に息の根を止めて浄化を完了する、それが今の私が出来る務め)
(たとえどんな者であろうともラプラス教の信徒が現在してる限りは――)
ブルスティは光を手でかき分けるがヘカテーの姿は見当たらない、それ所か本来消えるはずの小さな光が増殖を始めた。
「この光は、インフェルノでは無い……なんだっ!?」
光はイワシの群れの様に渦を巻き、強い発光によってフレイの視界を数秒塞ぐ。
「くっ!……光は治まったか、データで視たMRPの光に似ていたが一体…………はっ!?」
フレイはレーダーに突如、G・Sの機影が現れた事に気づき、機影がある方向を見る。
するとそこには重装甲G・Sであるブルスティの三倍はあろうかという巨大なG・Sが、腕組みをしながら仁王立ちでブルスティを睨んでいた。
「な……なんだあのG・Sは!?……新手の超機体?何時この空域に現れた、ジョーカーから渡されたデータには無い機体だ」
【ゲストA】「この機体は宇宙防衛軍、複座型G・S"スターケロヨン"なのだ――」
「その声……やはり生きていたかヘカテー」
(だとするとあの機体はMRPで造形されたG・Sで間違いない、ならば縛りによって超機体の水準に満た無い物……量産機か、キャロル一族以外による個人が造ったG・Sだ)
(念のためにデータの検索をしておこう、スターケロヨンと言ったな……軍、及びGSメーカー内検索ヒット0?……いや、一般検索ヒットで3,070,000件!?)
(アニメ"宇宙ヒーロー・2人はゲコピョコ"に登場する人型搭乗兵器……)
「なんだそれは、空想上のG・Sではないか!」
【ヘカテー】「構えろフレイ、スターケロヨンは"正義の機体"、不意打ち無しで全て正面から技をぶつけるのだ――」
(正面から……それが何等かの条件や縛りになってるのか?)
(いや、落ち着け……あれは超機体では無い、恐らく量産機にアニメ機体のガワを被せただけのハリボテだ)
「そんな物で何が出来る、地獄の様な今生からの解放を受け入れ、新たなステージへの進化を向かえよ!」
【ヘカテー】「何が進化なのだ……生きる事から逃げる為の言い訳だ!」
「何も知らないからそんな事が言える!お前たちみたいな無知で弱い奴隷を装った…………ちっ!もういい、何度でも焼き尽くしてやる――」
ブルスティは後の先向けの構えをし、スターケロヨンは左足を折り曲げ右脚をブルスティに向けて突き出す、飛び蹴りの様な構えを見せた。
【ヘカテー】「光の速さの蹴りを食らえ、ウルトラ・ライジング・ゲコピョコキック!!!!」
(あの質量で光速移動?……荒唐無稽な事を、そんなもの歴代の超機体でも出来た試しは無――)
「――いっ!?」
ブルスティの上半身に鋭い衝撃が走る。
500メートル先にいたはずのスターケロヨンが、まるで瞬間移動をしたかの様に突然目前に現れ、ガードをしていた左手に飛び蹴りを直撃させていた。
ブルスティの左上腕から先は粉々に砕け、本体も衝撃によって回転しながら後方に吹き飛ぶ。
「ぐおぉぉぉぉぉっ!?ば、馬鹿な!!全身光速移動など、超機体に匹敵――」
「いや、数段上回っている!造形した機体で……こんな事がっ!?」
――――――――――――――――――――――――――――――――
決戦前日
ピーターワンの食堂でテレイアとコハクが二人きりで話をしている。
内容はMRPシステムの裏機能である"イマジネーションバースト"についての事で、テレイアは戦いに向けて少しでも三人に有利になるような運用が出来ないかをコハクに聞いていた。
「あの機能は想像力を使うデスので、正直言うと積極的に推すのは反対デスねー」
「どうして?夢の様な性能じゃない」
「そう……その"夢の様な"制限の無さが恐ろしいのデス、僅かな時間ながら現世に科学を逸脱した力を降臨させる――」
「この世界全体をも危険にさらすかもしれない諸刃の剣って事ね……でも今回の相手はアイリスと互角の実力かもしれない、切り札として使う可能性が高いの」
「アイリスのバースト能力は安定してる方だから大丈夫デス、イマジネーションバーストの枷でもあり舵でもあるのは写実主義な思考と成熟した精神」
「無知と無垢によって常識の型に嵌らない子供こそがイマジネーションバーストを強力に発現して猛威を振るいマス」
「なるほどねぇ……うちのパイロット三人の中で、誰が一番イマジネーションバーストによって力を発揮するのかしら?」
「うーん、そうデスねぇ――……」
――――――――――――――――――――――――――――――――
【ヘカテー】「ハイパー・ジャスティス・ゲコピョコパンチ!!」
吹き飛んだブルスティとの間合いを一瞬で詰め、大振りの右ストレートを放つスターケロヨン。
(回避不可、ガードだ!残った右腕を失う訳にはいかない、左脚で――)
ガードに使ったブルスティの左脚は粉々に砕け散り、フレイは衝撃を逃がすためにわざと後方へ吹き飛ぶ操作を行った。
(速過ぎる、四肢のどれかを犠牲にした防御が精一杯)
(それすらも対面だからギリギリ出来ている事、背後に廻られたらいくら末那の智であっても振り返る一手が増える事によって対応出来ない)
(正面からの攻撃のみ……超兵器の様に条件があるのか?)
(そして光速移動の"違和感"、たしかに速さは光の速度……いや、それ以上と言ってもいい、だが衝突時の威力が極めて低い)
(本来ならジョーカーが使う"王者の銃弾"の様に光速で物体に衝突したら膨大な放出エネルギーによって核クラスの衝撃が発生する)
(あの質量の光速移動による攻撃、重装甲のブルスティでもガードを易々貫通して全身が粉々に吹き飛ぶはず)
(光速であって光速では無い、つまりあの機体は"この世の理"から外れているのだ)
ヘカテーのイマジネーションバーストは空想科学機体の再現。
映像で見たままを再現するが無知なヘカテーが主観的に思う機体の再現である為、現実世界の化学現象に齟齬が発生した場合、アニメで見た物とは違う機体性能となってしまうので無意識による威力の削減が行われる。
(圧倒的な機体差だが相手の縛りと私の超越能力によって二度の攻撃による致命打を抑えられた)
(しかしブルスティに残ったのは右腕と右脚のみ、攻撃を防ぐ対価として消耗したらあと二手で詰む)
(はっきりと確定してないが賭けるしか無い……攻撃の前に"技を叫ぶ"という縛りに乗じる――)
(一手でしか対応出来ないのであればその一手に全てをまとめる……防御と反撃の動きを"先行入力"プログラムによって一つの動きに完結)
(ヘカテーが何某パンチだのキックだの叫んだ瞬間に発動、右足の防御と同時に右腕によるパンチによって機体の一部を削り、ボディに取り込む)
(MRPの産物であるならば全身が同じ物質構成、僅かな外殻からでも解析して焼き尽くせる――)
フレイは電脳を駆使してスターケロヨンから放たれる打撃や組技における攻撃を想定し、防御からカウンターへの行動を一つの意思で行動できるプログラムの構築を始めた。
「恐るべき機体であるが幾重にも縛りが科せられているなヘカテーよ、正義を発しながら一方的な力を振るう事への負い目にも見えるぞ」
【ヘカテー】「そうかもしれない、それでもこの縛りは私の納得の為に必要なのだ」
「そういった独善も己や周りを苦しめ、枷となって人が進化出来ない要因となっている弱さなのだ!」
【ヘカテー】「そうだ私は弱い!……でも人間って完璧じゃなきゃ駄目なのか?」
「人間に完璧など無い、資本、共産、社会、民主主義のどれであろうと結局は上下の違いが出来てしまう」
「そんな人間だからこそ、上も下も関係の無い平等を与えるのだ!人が次のステージに上がれず、延々と苦しみの螺旋を登り続けるのであれば!」
【ヘカテー】「何が進化だ!ただ人を殺す事のどこが浄化だ!……結局、強い者が弱い者を助ける事から目を背けただけだ――」
「なにっ!?」
【ヘカテー】「私はお父さんと貧しい地区で育った、いわゆる"下の人間"なのだ」
【ヘカテー】「あんた達みたいな上の人間が超機体だのAIだの進化だの言ってるが、近所で暮らすおばあちゃんは素手で畑の雑草を抜いている……悪い腰を時々撫でながら」
【ヘカテー】「それでも笑顔で生きているんだ!向かいのボケ始めたじいちゃんも、その隣に住む日雇い仕事しか無くて酒ばっか飲んでるおっちゃんも……」
【ヘカテー】「次の事よりそこからじゃないのか、強い者が考えなきゃならないのは」
「不可能だ!生ありきで全ての弱者を救済する事など!理想ばかりで現実が見えて無い子供だからそんな事をぬかせるのだ!」
【ヘカテー】「お父さんは罪を犯し、私は約束した自分の正義を貫けなかった……ただの弱くて小さな人間なのだ」
(先行入力は完了した、もう議論はいらぬ)
ブルスティは右手右脚しかない状態だが構えをとる。
「来いヘカテー、私とお前、どちらが正しいのか――」
【ヘカテー】「今ある私の正義はとても小さいもの……目に入る数少ない助けを求める人しか救えない」
【ヘカテー】「それでも……だからこそ!」
(来る、叫ぶ技を聞いて動きの推測をする)
【ヘカテー】「この小さな正義は曲げられない―――― 今は一人じゃない、行くのだピョコ姉……いや、アイリス!」
複座型G・Sスター・ケロヨン、本来なら主人公のゲコとピョコが搭乗するが、ゲコの位置にヘカテー、ピョコが乗る場所に"造形されたアイリス"が座っていた。
このアイリスに意思は無く形だけに過ぎない、しかしヘカテーにえも言われぬ勇気を与える。
【ヘカテー】「スーパー・シャイニング――――」
(さぁ何だ?技を言え――――)
【ヘカテー】「ゲコピョコ・コレダァァァァァァァァ!!!!」
(よし、コレダァーか!先行入力を――)
(……ん?ちょっと待て…………えっと)
「"コレダー"って何だ――――――」
漫画やアニメ、特撮やゲームなどの呪文や兵器、そして必殺技。
作品によってそれらの中には、何の脈絡も無い名称が付けられる場合があるのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
超機体グリンブルスティ
スーパー・シャイニング・ゲコピョコ・コレダーによって
【戦闘不能】
――――――――――――――――――――――――――――――――
【ヘカテー】「ケロっと成敗!」
「ゲコピョコ・コレダー……そ、そんな技だったとは――」
【ヘカテー】「私達の勝ちだ、あんたに誰も殺させはしない」
「……その様だ、結局は力によって倒した者が意思の与奪を可能にする摂理、生きている限り人はどこまでも獣であるのだ」
【ヘカテー】「人は一つの形じゃない、野蛮でもインテリでも人は人であるのだ」
「分かっている……ただの負け惜しみだ」
スター・ケロヨンの全身が徐々に崩れ落ち始める。
MRPシステムで機体を造形していられる限界が来ていた。
【ヘカテー】「ありがとう……スターケロヨン、もう私は大丈夫なのだ……」
スター・ケロヨンは完全に崩れ落ち、パイロットスーツを着たヘカテーだけが残る。
決着がつき、本来ならばヘカテーはこのまま救援ドローンに回収されるのを待つだけであったのだが……。
(ん?ヘカテーの身体が流れはじめている)
(流れている方向は……付近の小惑星帯か、引力領域に飲まれてしまっている……通信は繋がらないか)
(ガス噴射での脱出も不可能、このまま惑星帯に入ってしまえば石に衝突して即死、運良く避けれても救援が遅れて生命維持装置が持たんだろう)
フレイはボディだけとなったブルスティが出来る数少ないシステムを起動させた。
部位パージと脱出用に備わった噴出ガスを吹かし、小惑星帯に向けて進み始める。
(このままにしておけばヘカテーは死んで実質逆転勝ち……であるが――)
ブルスティには危険な兵器を搭載しているが故、鹵獲防止用の自己崩壊機能があった。
それはブルスティ自身の機体素材が記憶されたインフェルノを内部で解き放つ事である。
(小惑星帯の公転軌道に追いつめられた時に石の物質データは採取しておいた)
(皮肉なものだ……策の一つとして取った行動が後に――)
ブルスティが小惑星帯に入ると内部からインフェルノの光が溢れ出し、次々と廻りの小惑星を延焼させて行く。
インフェルノによる大規模な侵食の光が辺りを覆い尽くし、煉獄とも地獄とも呼べる様な絶景を産み出した。
「ヘカテー、聞こえているか?音声受信が生きているか分からんが言っておく」
「この行動は君を助ける為にしているのでは無い、君に敗れた私が最期に出来る足掻き……自分自身の浄化だ――」
「君は……正義を曲げなかった、私も……曲げられない……」
機体が完全に崩れ落ち、フレイが記録されている剥き出しとなったハードにまで延焼が及び始める。
【フレイ】「だが……君たちに…………希望を……――――」
フレイが最期に見た光景はフルフェイスのヘルメット越しに僅かに覗かせた、ヘカテーの泣き顔であった――。
――――――――――――――――――――――――――――――――
超機体グリンブルスティ【破壊】 搭載AIフレイ【消滅】
――――――――――――――――――――――――――――――――
………………
…………
……
時は僅かにさかのぼる。
ヘカテーをフレイの元に飛ばした後、手持ち無沙汰が湧きつつあったジョーカーが遠くから高速で迫る光りを捉えた。
(ちっ……やっと来たか)
「おい忘れんぼ、そこで止まれ!」
【アイリス】『ジョーカー……』
「そこからが俺達のリングだ、まぁ……やる前に少し話そう――」
アルミラージはその場で止まる。
「道が違えどもお前は俺と同じだ、戦う理由に政治だの道徳だの正義などは無い……そうだな?」
【アイリス】『そうだ、俺はいい奴なんかじゃない……戦いにスリルや承認欲求を求めてる面もあるだろう』
【アイリス】『だが今は"仲間"と居たい、仲間の為に戦いたいという気持ちがあるんだ』
「はっ!……はははははは!……いやぁ~いいねぇ、ベッタベタなマイルドヤンキー化、笑えるよ……」
「お前は変わった気になってるだけだ鍵山白華、お前にはゲームしか無い、戦いしか無い」
「たまたまそのきっかけの歯車に乗れただけだ、G・S持ちの傭兵団、虹の剣に入ったというイベント進行に……」
【アイリス】『俺は変われた……』
「変わっちゃいない!俺達は、こうなる前から……人であった時から機械だ――」
【アイリス】『あんたがそう思いたいだけだ』
「はぁ……分かって無いなぁ……まぁこれからお前の死に際を見れば解る」
「きっと戦いが始まっても"許さない"だの"殺してやる"なんて台詞も吐かず、無感情で淡々として怒りも喜びも無く、涙も流さずに消えるだろうさ」
【アイリス】『ちゃんと無念を抱いて死ぬよ……いや、絶対負けないけどさ』
「ふっ……お前に沸き上がる無念なんて、せいぜいキスやセックスもせずに死ぬ事だろ」
【アイリス】『き!……キスぐらいしたし』
「嘘つけ、お前のファーストキスは29歳の時……いい加減童貞を捨てたいと思ってコールガールを呼んだはいいが、緊張して結局何も出来ずに時間終了間際に嬢が気の毒と思ったのか、キスだけを……」
【アイリス】『やめろ!俺の今後が生々しい、聞きたくない!……こっちに来てからだよ』
「は?誰とだよ、虹の剣メンバーか?」
【アイリス】『…………べ…………ベスタと』
「ベスタ…………あぁ~イリアの偽名かぁ――――――」
「嘘つけ」
【アイリス】『別に嘘でもいいけど……』
「んん~……なるほどぉ……」
「あぁ…………まぁあれだ、この世界も元の世界でも人間ってのはアレだ……愚かでぇ~、あらそいあってえぇ……ゴミとか捨てるしぃ……スゥゥゥゥゥ――――――」
「えっ!?ほっぺとかに軽くだよね?……ガッツリ口?舌とかもアレ?」
【アイリス】『………………ま、まぁ』
「………………そっかぁ、へぇ~……イリアとねぇ…………はぁ~~~~」
「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――――――」
「てめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!ぜったい許さねぇ!!!!」
「ぶっっっっっっっ!!!!!!殺してやるうぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!」
こうして人類の存続を賭けた、最大の戦いが始まったのであった。




