065 第三の超越能力
時は遡り、ヘルコスが前線から撤退して追跡の為にクレインが母艦から飛び立った頃。
ブラックホールが生成されようとしているコロニー付近でジョーカーはアイリスの到着を待ちわびている。
しかし、最初にジョーカーが乗るゴルドレイヴンに接近して来たのはヘカテーが乗る"ヒルクアビス"であった。
「見つけたのだ、"悪のボス"ジョーカー!この正義のヒーロー虹の剣、一番槍ヘカテーが相手になるのだ!!」
【ジョーカー】「はぁ……、君は空気読めないタイプ?普通分かるよね、誰が誰と戦う流れって言うか――」
「全然おかしくないのだ!ヒーローが悪のボスを相手にする、それが自然な摂理!」
【ジョーカー】「うわっ……めんどくさいタイプだ、てかアルミラージ……アイリスは?」
「"身体用の予備冷却材"忘れたって、一度戻ったのだ」
【ジョーカー】「は?ふざけんな!ありえないだろこんな重要な時に……まぁベストコンディションで来て欲しいけどさぁ!」
【ジョーカー】「神父も指示待ちしてないでこっち来いよ……なんで毎回段取り通りにうまく行かないんだ、これだから人間は……まったく」
ぶつぶつ愚痴るジョーカーを無視してアビスはレイヴンに向けてドロップキックを放とうとする。
「問答無用!うりゃあぁぁぁぁぁ!!」
レイヴンは向かって来るアビスの進路上に無名羽(大)を一枚、ダーツを放つ様に投げた。
突如目の前に現れた異世界への穴に、アビスは全身ごとゴルフでカップインするが如く飛び込んでしまう。
「ぬわあぁぁぁぁぁ!?」
【ジョーカー】「じゃあな……真っ直ぐ一キロ先に進んだら銀の羽が浮いてるから、近づけば元の世界に戻れる」
異世界への穴は閉じ、コロニー周辺空域に静寂が戻った。
【ジョーカー】「あぁ、しょうもない事で貴重な羽(大)が――」
第四世界へと飛ばされたヘカテーはジョーカーが言った通りの場所に、大型車サイズほどある銀の羽を見つける。
「嘘をついてる感じはしなかったのだ……あいつは悪い奴だけど、自分なりの"ルール"があるタイプ」
アビスが羽に近づくと羽は光りながら砕け散り、空間にG・S一機分が通れるほどの穴が開いた。
アビスはその穴を潜る様に飛び込む。
(これで元の世界に戻れたはず……でもこの位置座標は入って来た場所と違うのだ)
アビスが現れた場所はヘルコスが居た前線から真逆の位置、近くではダイヤモンド以上の硬度がある小惑星帯が渦巻いていており、それらが天然の防壁となって帝国軍の進軍を阻んでいる。
(割とコロニー側に近い位置、どうせ飛ばすなら石ころ地帯の外にすれば良かったのに……この場所ならすぐにあいつの所まで――)
しかしヘカテーはレーダーに一機のGS機影がある事に気づく。
【ゲストA】「小惑星帯を突破したのかと思ったが違う……ジョーカーが移転させたのだな」
その機体はフレイが乗る"グリンブルスティ"、小惑星帯を突破した機体を倒す為に配置に付いていた。
「ぬっ!?ジョーカーの仲間……名を名乗るのだ」
【ゲストA】「名乗り?……遊びでやってるのか少女よ、家に帰って穏やかな救済を待つがいい」
「大真面目にやってるのだ!遊びでここまで来れるほど甘い場所じゃない!」
【ゲストA】「……その通りだな、敬意を忘れていた」
【ゲストA】「私の名は"フレイ"、いや……複製型AIフレイモデルとでも呼ぶべきか」
「そうなのか、では私と戦うのだフレイ!」
【フレイ】「まるで"試合"をするかの様だな、闘争に己の作法を持って挑み正当化を図る……それもこの地獄での苦悩であろう……来るが良い、浄化してやる」
「行くのだ!!うりゃあぁぁぁぁ!!」
アビスは前傾姿勢になり最大加速でブルスティに接近すると、頭部に向けて回転蹴りを放つ。
ブルスティはその場から動かず、右腕だけを動かして蹴りを防いだ。
(力を乗せた蹴りを片手で……この人は強い、でも――)
「アイリスほどじゃない、爆ぜろ!スネークメント!!」
【フレイ】「――っ!」
ガードをして運動エネルギーを散らしたはずの蹴り脚から空気が爆発する様な衝撃波が現れ、ブルスティは後方へと吹き飛ばされた。
ガードが開いたボディへ目掛け、アビスは右ストレートを振りぬ――……かずに寸止めをする。
ブルスティはその行動に何の反応も示さなかった。
「寸止めだと気付いてたから避けなかった、フレイは電子の福音を持っているのだな?」
【フレイ】「驚いたな……ゼロ距離から衝撃を放てる事は知っていたが、ここまでの威力とは]
【フレイ】「そして私が電子の福音を持つ事を見破った」
【フレイ】「寸止めは確信を得る為、それ以前から感じ取れる力が君にあるという事――」
「アイリスと沢山模擬戦をやって来た成果なのだ!」
【フレイ】「アイリス、ジョーカーと"同モデル"のAIか……合点である」
ブルスティは無型の直立をやめ、掌を開いたまま両手を軽く突き出す構えをする。
【フレイ】「本気でやろう――」
「そう言いつつも、電子の福音に有利な後の先スタイル……でも別にいいのだ、あえて飛び込んで打つ!」
アビスは構えをボクシングスタイルにし、身体ごとぶつかる様な勢いでブルスティに向けて急接近した。
フレイは相手のパンチに合わせた掌底打ちで頭部を破壊する事を考え、機体に流れる福音の光を注視する。
アビスのボディから左手に繋がる"光の線"が刹那的に見えたフレイであったが、行動する前に左ジャブがブルスティ頭部へと直撃した。
【フレイ】「は、速い!?」
威力よりスピードを重視したジャブであった事と重装甲タイプであるブルスティは無傷であったが、アビスの二の打撃である零距離からの衝撃波が直撃したら無傷では済まない。
ブルスティはガードで固めたスタイルを崩して小刻みなバックステップで下がらざるを得ない体勢となる。
「逃がすかぁ!徹底的に引っ付く!」
アビスは前へ前へと詰め、拳が届く距離を徹底した。
【フレイ】「福音の光は見えるのに反応出来ぬ!」
電子の福音の存在を知ったヘカテーは、アイリスと模擬戦をやるにあたって福音対策を考えていた。
彼女が出した答えは"分かっていても食らう攻撃"である。
普通の人間は銃口を向けられて撃たれると分かっていても避ける事は出来ないし、ボクシングチャンピオンに殴られると感じても躱す事は出来ない。
ヒルクアビスの腕を極力軽量化しスピードだけを追求、ヘカテーは最速最短で繰り出す直突きのタイミングを習練してアイリスに挑んだ。
今までの模擬戦ではパンチやケリを繰り出してもその力を利用されて捻られたりしたが、アビスの攻撃が初めてアルミラージの顔面を捉えた。
ダメージは微弱であったが、今まで手心を加えていたアイリスを近接戦において本気にさせる。
(それでも結局模擬戦でアイリスに勝てた事は無い、ただ少しずつだけどアイリスの"域"にまで近づいてるのを感じられるのだ――)
アビスから放たれるマシンガンの様な連続パンチにガードを固めて後ずさる事しか出来ないブルスティ。
【フレイ】「くっ!……シンプルだが効果的だ、普通じゃ出来ない、技術力以外にも迷い無き純然たる即決力が必要だ」
【フレイ】「しかしパンチ自体の威力も低いし、僅かだが溜めがいるゼロ距離衝撃との併用は無理な様であるな、シンプルな故にタイミングも徐々に掴み始めているぞ――」
ブルスティはアビスからのパンチをダッキングで躱し始めた。
「知ってる、これだけじゃ勝てないって……"対策"は一つだけじゃないのだ!」
ブルスティの左脚に鋭い衝撃が走る。
スピード重視では無い"力が乗った"ローキックがブルスティの脚に直撃、装甲の一部を破壊した。
【フレイ】「馬鹿な!?放たれた足からは、福音の光は全く見えなかったのに……」
ヘカテーはコハクに頼み、アビスの右脚からコクピットに繋がるリンク回線を切断させ、アビスの上半身が一定の行動を行ったらランダムな確立によって"自動で右脚から蹴りが放たれる"プログラムを組み込んだ。
ヘカテーの意識は上半身の操作へと向かい、尚且つ蹴りを放つ確率をランダムにする事でヘカテーからの意識伝達が右脚に流れる事を防ぐのである。
【フレイ】「脚部だけ他者からのリモート?それともタイマー式で蹴りが出るのか……?」
【フレイ】「どちらにせよ福音による先見が通用しない……このままでは――」
再び下がる事しか出来なくなったブルスティ、フレイは後退した先に小惑星帯がある事に気づいた。
核や王者の銃弾によって発生した重力場による影響で魚群の様に流れる小惑星帯に入ってしまったら、いくら超機体であろうとも動きを著しく制限されてしまう。
ボクシングでコーナーに追い込まれる様な状態となったブルスティ、有利な態勢となったヘカテーであったが、えも言われぬ"違和感"を感じていた。
(絶対にこっちが押している状況、でも……何なのだ、この妙な感じは)
(相手の超兵器もまだ見て無い、いや……考えるな、迷えば技が遅れる、今はこのまま突っ切れ!)
【フレイ】「やむを得ないがあれを使う、この戦いが終わった後にジョーカーを浄化する為に温存していたが――」
「ジョーカーを浄……つまんないダジャレ言ってんじゃないのだ!」
【フレイ】「…………それは狙ってない」
ブルスティは正面を向いたまま逆噴射を行い、自ら小惑星帯へと沈み込んで行った。
「んなっ!?」
【フレイ】「望通りの形になったぞ、さぁここからどうする?」
(この余裕、罠なのか?ハッタリで心理を揺さぶるタイプかもしれない……引いちゃ駄目だ!)
(でも少し変化を、相手が来ると思っている打撃から組技に変える)
(石の群れのせいで大きく動けないからタックルも入る、組んでから各部のスラスターを捻じり壊す)
(関節技とも呼べるこれも分かっていても避けれない部類なのだ――)
アビスが上体を低くしてタックルの態勢に入ろうとした瞬間、何者かの音声通信が干渉した。
【ゲストA】「おい!聞こえるかキモ機体のクソガキ!」
「きもくないのだ!誰だお前は、どっかで聞いた事ある声なのだ」
【ゲストA】「"エイブ"だよ、春日十士のエイブ!」
【フレイ】「生きていたのか――」
【エイブ】「ハヌマーンは燃えたが俺自身とパイロットスーツは無事だったんだ」
「撃墜されたって事なのか?すまんが今は救助出来ないのだ……」
【エイブ】「スマホで無人救援ドローンを要請したから救助はいい、それよりも聞け!」
【エイブ】「お前が戦っているその機体の頭部には何でも砕いちまう強靭な顎を持っている」
「教えてくれるのはありがたいけど、コロシアムではゲテモノ改造されてる機体も多かったから」
「頭部に噛みつきレンチや仕込み槍を付けた機体とも戦った事がある、それぐらい対応は出来るのだ」
【エイブ】「そうじゃない、聞け!そいつの両手には炎を出す超兵器があって――」
【エイブ】「機体の一部を喰ったら触れただけで消し炭になるまで延焼させる能力があるんだ!」
「えっ!?」
【エイブ】「最初に炎を食らった時にハヌマーンは燃えなかった、奴は"オリハルコンでは無いのか"と言った」
【エイブ】「お前も知ってる通りハヌマーンは特殊な繊維装甲の機体、右腕を喰われたら機体が燃える様になった」
【エイブ】「ハッキリとはしてないが、恐らく口内に入れた素材を解析して燃える様に炎を進化させているんだ!」
【フレイ】「……流石春日、だが時すでに遅し――」
エイブの話に聞き入るヘカテーの隙をフレイは見逃さない、ブルスティは一瞬でアビスとの間合いを詰めると両手を前に伸ばして突き飛ばした。
「ぐぬっ!?」
【フレイ】「超兵器"インフェルノ"、浄化の炎は燈された――」
ブルスティは突き飛ばす瞬間に両手の平に炎をまとわせていた。
アビスに両肩に赤い灯が揺らめきはじめ、ヘカテーは慌てて払う動作をする。
「ほんとに宇宙で炎が!?」
しかし、炎はアビスを延焼させずにすぐに消えた。
【フレイ】「やはり駄目か、装甲の仕様データがある帝国や惑星軍の量産機なら燃えるのだが」
【フレイ】「恐らくその機体はオリハルコンでも他の素材が混じっている合金なのだろう、ちゃんと喰らって"解析"せねば――」
超兵器インフェルノ
ブルスティの両手の平にある穴から火炎放射の様に炎を出す。
正確に言えば出るのは"炎"では無く、物質を喰らう"微生物"の集合体、その性質は獰猛で短命。
"食料"と認識した物質に張り付き、喰らいながら単体生殖によって物質が消滅するまで増殖と食事を繰り返し、数秒間の寿命が来たら赤、又はオレンジ色に発光して死に至る――
元はあるキャロル候補が廃棄物処理用に開発した生き物であったが、惑星やコロニーなど簡単に滅ぼしてしまう規模の超危険生物へと進化してしまったのでキャロル一族専用の研究所で保管された。
しかし百年後、リメインが微生物を無断で持ち出して兵器として転用。
グリンブルスティに搭載され、吸引部から得た物質を解析してボディに格納されている微生物の遺伝子を書き換えて変異種を誕生させ、両手に備わった発射口から噴射して敵機に纏わりつかせ侵食させる超兵器である。
「ぐぬっ!」
アビスは全速力のバックステップでブルスティとの距離を開け、背部に搭載された"シャゴッタン"を三機全て射出した。
断片的だがインフェルノの能力を知ってしまったヘカテーは、距離を詰めたインファイトから慎重な立ち廻りをせざるを得なくなる。
ヘカテーの脳裏に過った最悪の結末は、自機が燃やされて命を失う事でな無く。
MRPシステムの"具"が喰われ、炎が各空域に散布された具に延焼する事であった――。
(MRPの物質が解析されてフレイに敗れれば、物質が散布されたアイリスやクレインの戦闘空域にも炎が放たれる)
(この戦いで、MRPシステムは使えない――)
フレイもヘルコス同様、敵側機体の戦闘データは予習済みで、ヘカテーが何を恐れているかも瞬時に悟る。
放たれた三機のシャゴッタンは距離を取りつつブルスティの廻りを旋回し始めた。
【フレイ】「球体型の黒いドローン、攻撃方法は体当たりと機体が持つ能力と同じセロ距離からの衝撃波」
【フレイ】「己を信じた近接からドローンによる牽制に移行するか……思考の迷い、純度が淀んだな――」
フレイの失望と嘲笑を孕んだ言葉に萎縮しそうになるヘカテーだが、呼吸を整えシャゴッタンの操作に集中する。
「中距離でも……、シャゴッタンを使った福音対策を味合わせてやるのだ!」
シャゴッタンは旋回のスピードを上げながらブルスティに近づいて行き、距離間が6メートルになる頃には残像によって一つの線にしか見えないぐらいの速度となった。
「この距離なら福音で先が見えても反応出来るのは一つの動作のみ」
「実質"三対一"の状況で近距離からの同時攻撃は絶対避けれない、後の先に拘るのが仇となったのだ!」
ヘカテーは脳波コントロールによって三機同時に攻撃命令を出し、一機は避けられるかガードされ、残り二機での衝撃波でダメージを与えれると確信を持っていたが――
「んなっ!?」
ブルスティは四肢と胴を捻り、最小限の動きで三機全てを回避した。
【フレイ】「たしかに常人……いや、福音持ちであっても躱せない三角陣による同時攻撃である――」
ヘカテーは"何かの間違い"と言わんばかりに何度も旋回からの体当たりの命令を出すが、ブルスティはヒラリヒラリと蝶の様に躱し続ける。
【フレイ】「人間には"次の革新"へと進むための、段階的な"超越能力"を覚醒させる事がある」
【フレイ】「脳信号による遅延、0.3秒の壁を越えた"超神経発火"、人が物を操作する時に発生する疑似神経回路の可視化、"電子の福音"」
【フレイ】「そして第三の能力、眼による限定された視野からの脱却……、意識の一部を肉体から"離脱"させる事で得る"俯瞰視点"」
【フレイ】「その名も"末那の智"――――」
「ふ、俯瞰視点……?」
【フレイ】「自分の遥か上空でもう一人の自分が見ている様な視点だ……例えるなら人工衛星やドローンからの映像を脳内に送り込む能力、ゲームで例えるなら"TPP視点"と言える」
【フレイ】「当然ドローンから送られる映像と違って遅延は無い、電子の福音との併用も可能……この意味が分かるな?」
「"死角が無い"って事なのだ……」
【フレイ】「正解―― 多数機相手はもちろん、ジョーカーの使う羽やエボニーが操っていた阿修羅などの多死角攻撃に効果的、そして私の周りに集る黒い玉にもだ」
【フレイ】「事実、既に動きは見切った――」
その瞬間ブルスティは両手を掲げ、旋回していたシャゴッタンの一機をゴールからこぼれたバスケットボールをキャッチするかの様に捕えた。
(速度が乗ったシャゴッタンを素手でキャッチ!?何故、叩き落すでも無く掴んだのだ?)
(掴んだのならこのまま衝撃波で両手を吹っ飛ばして―――― えっ!?)
唖然としたヘカテーが見た光景は、ブルスティがシャゴッタンを掴んだまま、まるでバーテンダーがカクテルを作るかの如く、両手首を回転させながら上下に振る姿であった。
【フレイ】「玉から発せられる衝撃波は、内部で加速された二つの物質を衝突させる事によって作り出している」
【フレイ】「恐らく球体の"タキオン物質"を回転による遠心力によって加速、ならば外殻が行ってる回転と逆に回してしまえば――」
「命令を飛ばしてるのに衝撃波が発動しない!?超兵器の構造を一瞬で……」
【フレイ】「言って無かったか?私もキャロル候補だったのだ――」
「っ!?」
ブルスティは大きく口を広げると、手に持ったシャゴッタンを丸かじりにして飲み込む。
【フレイ】「これで味も覚えた、今後その玉は火の粉に振れただけでも延焼する――」
シャゴッタンのみに頼ってしまった戦略をヘカテーは後悔した。
(なんでアビスと同時攻撃しなかった……超兵器とフレイに恐れて手札を減らす結果になってしまった)
(リスクを考えて勝てる相手じゃない事は感じていたのに……ここからは一発でも食らえば終わる覚悟で――)
「いくのだっ!!!!」
アビスは再びブルスティに向けて加速、接近して残された二機のシャゴッタンの特攻と共にパンチやケリの連撃を繰り出し始めた。
【フレイ】「再び素早いパンチと無意識の蹴りに戻ったか……、だが打撃の型は把握した、末那の智も発動した今、決して攻撃が当たる事は無い」
フレイの言う通り素早いジャブやストレートも、福音対策の蹴りまでも擦る事すらしなくなり、ブルスティの手から放たれた炎によるカウンターがシャゴッタンを炙り、消滅させる。
【フレイ】「これで玉は残り一機、もはや戦況は覆らない、最後の玉を潰すか、それとも本丸を喰って浄化に入るか――」
絶体絶命な状況下の中、ヘカテーもフレイと同様に相手の動きを洞察していた。
(フレイとの戦が始まってから感じていた"違和感"の正体が分かって来たのだ)
(それは超兵器でも末那の智でも無い――)
「食えるもんなら……食ってみるのだ!」
アビスはパンチによって前に突き出した拳を下げると同時に胸部を突き出し、そのままボディをブルスティの頭部に向けて打ち付ける。
【フレイ】「何をっ!?」
常人なら強靭な顎がある頭部にコクピットがあるボディを押し付けるなど自殺行為―― なのだが。
("私だから"……"同じ"だからこそ気づいた違和感の正体――)
想定外過ぎる行動で一瞬動きが止まったブルスティであったが、充分にボディに喰らい付いてコクピット内のヘカテーごと噛み砕く事は可能であった。
しかし、ブルスティは何時までも牙を立てる事は無い。
「フレイ、あなたは一度も"人を殺した事"が無い!!」
【フレイ】「――――ッッッ!!!!」
今までの無感情な声色から一転、フレイは激しく動揺し、機械では起こるはずの無い幻肢痛の様な過呼吸が現れた。
【フレイ】「ハァ……ハァ……ち、違う!……私は……ハァ……数千人もの……ハァ」
蝶の様な回避能力を見せたブルスティの動きが完全に止まる。
(予感以外にもボディを狙ったカウンターを避けた動きや、エイブが生きていた事を呟いた時、どこか安堵が混じっていた気がした)
虹の剣におけるパイロットで、戦闘における"縛り"を一番受けているのはヘカテーである。
搭乗機のヒルクアビスはコハクによる改良は受けているものの、元々は一般人であるコイウスが造った機体で完全な超機体とは言えない、一枚落と呼べる機体だ。
そして"不殺意思"の高さ、兵では無く競技者の延長としてこの場にいるヘカテーはどんな敵が相手でもコクピットを狙う戦い方はしない、それが例えAIであったとしても――
しかし、だからこそ―― 縛られた同条件という公平な意識あるが故に、隙を見せれば躊躇なく冷徹に突く事が出来る。
「取った――」
ブルスティの動きが止まった瞬間、残った一機のシャゴッタンが後方からブルスティのうなじに突っ込み、衝撃波を食らわせた。
【フレイ】「ぐっ!?」
激しい衝撃がブルスティの頭部を襲うが、重装甲タイプであるが故に外殻に幾つかの亀裂を与えただけである。
だが、衝撃波だけでは崩せない事はこの機体と戦っていたヘカテーは重々承知であった。
衝撃波を食らわせたと同時にアビスはブルスティの頭部を両手で掴み、自身の身体を反らし、反動によって力が乗った膝蹴りを叩き込んだ――
―― グリンブルスティ 頭部破壊 ――
「これでMRPを自由に!」
【フレイ】「う゛う゛う゛…………うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「――っ!?」
フレイが耳をつんざく様な唸り声を上げたと同時に、ブルスティは膝蹴り後の態勢から戻っていないアビスのボディに両手を回して締め上げ始めた。
【フレイ】「なぜ……何故!信徒は私に矛盾した潔癖を求めた……何故だ!」
両腕も巻き込まれたアビスの身体は完全に固定された状態となり、ブルスティの強力なパワープレスによってコクピットに鈍い軋みが響き渡る。
(このままだと圧壊する……フレイの錯乱っぷりからして本気で殺しにかかって来るかもしれないのだ)
ヘカテーは両手を操作するホイールを限界まで押し込み脱出を試みるが、パワー負けしているせいで僅かな隙間すら作れない。
「ぐぬぬぬぬ!開けえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
そこから更にブルスティは前腕部位を高速で回転させ始めた。
(一体何を……機体から火花が!?あの機体の腕、よく見たら小さな凹凸があったのか)
(プレスと同時に研磨される様に装甲が削られてる、更にまずい、直ぐに出なきゃ!)
(でもどうやって……そうだ!今はMRPが――)
アビスは両手の平を内側に向けて折ると、フルチャージしたスネークメントを自らの腕に叩き込む。
アビスの両肩から先が粉々に砕け、腕の消失によって出来た"隙間"から一瞬で這いずって抱き着きから脱出を成功させた。
「ハァ……ハァ……危なかったのだ」
「両腕はMRPで修復出来る!こっちは戦術の幅が広がって、フレイは超兵器を封じられたのだ」
アビスは両腕修復の為に距離を広く取るが、ブルスティは全く追う動作をしないでいる。
【フレイ】「そうだ……私はオリジナルでは無い、ラプラス教の神父であったあの男とは違うただのシステム……」
【フレイ】「一介の信徒として浄化に手を染める事は、殉した者達への裏切りにあらず!」
【フレイ】「少女よ、君を浄化する―― 苦しまずに逝かせてやろう、言い残す言葉はあるか?」
「悪党らしい台詞を吐く様になったのだ、そういうのは勝ちを確信した時に言うのだ」
【フレイ】「既に業火は燈された―――― 私の勝ちだ」
「ん?……何を…………はっ!?」
モニタを確認したヘカテーが見た物は、アビスの下半身から胴体にかけて炎の様な光に覆われた姿であった。
「嘘―― なんで……頭は潰したのにっ!」
「一度も食べられて無いのに!?……おかしいよ!!!!」
【フレイ】「物質を取り込める穴は口だけでは無い――」
ブルスティは前腕部分をアビスに見せつける様に突き出す。
【フレイ】「前腕を回転させて備わった小さなスパイクによって装甲を削り、粉末にした物質を肘のジョイントに備わった穴から吸引する事が出来る」
【フレイ】「口とは違って一度に取り込む量は減るから数十秒の削りを要するが、締め技に見せる事でその条件は成された」
「そんな……」
【フレイ】「エイブからの情報でインフェルノの能力を知り、戦略的優位を得たが」
【フレイ】「見識を狭め、口でしか物質を取り込めないという固定概念を植え付けてしまった様だな」
アビスは纏わり付く光を払う動作をするが、爆発的に増殖するインフェルノを取り除く事は不可能であった。
(消えない、なんとかしなきゃ!MRPで別な機体を作って脱出を……いや、だから使えないんだって!)
(負けるのか、負けたくない!でも……どうする、どうしよう!私は、どうしたらいいのだ!?)
「はぁ……はぁ……誰か、アイリス――」
ヘカテーは絶望した表情を浮かべながら、震えた手でアルミラージに向けての通信を繋ぐ。
【アイリス】『ヘカテー?どうした』
「うっ……うぅ……アイリス、私は――――」
光はアビス全体を覆い始め、機体は足元から徐々に灰の様になって崩れ始めて行った。
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半超機体ヒルクアビス 【行動不能】
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