064 帰省
ヘルコスが居る前線からコロニーへと突撃を始めた虹の剣一行。
アイリスが乗るアルミラージは容易く無人機のみを撃墜しながら突き進んでいた。
肝心のヘルコスはバーゲストで宇宙を漂う大型艦の残骸に隠れて全く動かずにいる。
虹の剣が戦闘空域にやって来た場合、前もってジョーカーがヘルコスとフレイに指示した事は"アルミラージ以外の足止めか撃墜"
バーゲストと相性最悪な電子の福音持ちで、ジョーカークラスの操縦スキルがあるアイリスに気づかれる事は避けねばならない。
そんなヘルコスが相手すべきは"クレイン"か"ヘカテー"の二択であったが、ジョーカーが予想していた事態が外れ、ヘカテーが乗る"ヒルクアビス"がアルミラージよりも先行して進んでいた。
アビスとアルミラージがコロニー方角へと進み、クレインが乗るロングイがピーターワンの護衛として留まっている。
ヘルコスはロングイ狙いに絞り、洞察を始めた。
(ジョーカーから渡されたデータによると、あの機体は春日のアレオーンを倒している、完全ステルスを探知出来る能力があるって事だ)
(電子の福音では無く、あの超機体に備わった何か……こっちの"ドッペルカーニバル"も見破れるのかどうか、それに探知距離も念頭に入れなければ――)
バーゲストの望遠カメラでロングイを観察していたヘルコスであったが、後方に居るピーターワンに意識が向く。
ピーターワンは小型艦には不釣り合いな大きなミサイルを四発、強引に増設されたランチャーに入れて牽引していた。
(あの大きさは核……?先行させた二機が敗れた時用の保険かな?少数精鋭って聞いてたけど、安っぽい手でガッカリだなぁ)
ヘルコスが呆れ始めた瞬間、ピーターワンは大きなミサイルを三発発射した。
(今っ!?)
まさかの一手に驚愕するヘルコスだったが瞬時に思考を巡らし、様々な可能性から最善の行動を模索する。
(先行した二機ごと吹き飛ばす作戦とは思えない、だとするとあの二機は偽物?)
(だが今そこは棚上げ、好機は逃さない、やるべき事はここで核を爆破させて母艦と超機体を巻き込ます――)
バーゲストは近くの無人機と共にライフルを構え、最後尾のミサイルに向けて射撃を始めた。
しかしヘルコスはあのミサイルは"核で無い"事を即座に気づく。
護衛であるはずのロングイが、ミサイルを守る行動を一切行わなかったからである。
狙撃されたミサイルは小さく破裂し、キラキラ光る粉末をまき散らすだけであった。
(チャフ弾?……いや、あれは)
ロングイを操作するクレインが音声通信を飛ばす。
【クレイン】「誰か知らないけど、"パウダー"をバラ撒く手間を省いてくれてありがとう……ありがとう」
(武器を造形する超兵器……"ミラージュリングプリンタシステム"、それの具が詰まったミサイルだったのか)
【クレイン】「そして、さよなら……さようなら――」
ロングイは"三連ライフル"を正確にバーゲストに向けて構え狙撃を開始し、バーゲストはあたふたと無人機を盾にしながら回避行動を始めた。
「だ~か~ら~なんでバレるんだよ!」
【クレイン】「ミサイルを狙った数ある射撃の中、一機だけ"癖"がある撃ち方をする機体があったから……オート操縦機のパターンは一緒なの」
「やれやれ、これだから玄人は……とっ!?」
バーゲストは矢継ぎ早に狙撃を繰り出すロングイから全速力で離れながら、ドッペルカーニバルによって数百のG・Sを映写させる。
【クレイン】「あなたがデコイを出していたのね、でも一度ロックした本体から絶対に目は離さない……撃つわ、撃つ」
「君は優れた狙撃手だが、母艦を護りながら攻撃一辺倒で行けるかな?」
【クレイン】「っ!?」
デコイと無人機がピーターワンとロングイを包囲し、一斉射撃を始めた。
ロングイはピーターワンの甲板に乗って素粒子シールドを展開し、ライフルを構えて無人機に反撃を始める。
無人機から撃ち出された実弾やビームはシールドによって弾かれ、ロングイからのカウンタースナイプによって無人機は次々と撃墜されて行った。
(あの機体が強力なシールド兵器を持つ事は過去の戦闘データからで知っていた)
(だが小型艦程ならシールドで覆って援護出来る事は知らなかった、遠距離に探知、護衛までも出来て至れり尽くせりだなぁ)
攻撃が無駄だと分かりながらもヘルコスは無人機に攻撃をさせ続けた、数少ない貴重な手駒を次々堕とされながらもロングイの情報を集める事に重視する。
(分かった事はシールドは付けっぱじゃ無い、攻撃が範囲に入った瞬間に作動している、エネルギー消費が激しい旨の省エネだろう)
(シールドを形成しているのは背中にある六角形の装置、分り易くシールド発動と共に光っている、フェイクにしてはデカくて邪魔だ)
(だがシールドエネルギーが尽きるまでの消耗戦は厳しい、先にこっちの手駒が尽きるし帝国軍が再び前線を上げて来ている)
(あいつを潰す手段は超兵器イチゴイチエだけ、そうなると重要なのは探知能力の方……)
無人機とデコイによる波状攻撃は、ロングイの探知能力、機体の尻尾として存在している"ナノエレクトワイヤー"の探知距離を測る目的となった。
ヘルコスは本物と偽物の攻撃を等間隔で繰り出させ、本物の攻撃に反応したシールド展開と反撃、偽物と確信を得てスルーする動きを観察して探知距離の割り出しを行った。
(触角の様に動くあの尻尾が探知機臭い……探知距離は250~300m、低く見積もってもイチゴイチエの斬撃射程222mより上回るが)
(こっちは斬る動作のみで向こうは"探知→乗り手が認識→行動"によるタイムロスがあるから僅かな差異は気にしなくていい)
(だがイチゴイチエは一度斬撃を繰り出したら鞘に戻して10秒のチャージが必要で連撃は出来ない、相手は凄腕、一度機能を見せたら対応されちゃうから実質一発勝負)
(射程内に入れるとしてもこちらから近づくわけには行かない)
(強力なシールドがあるのにわざわざ近づく機体=それに対応出来る何かを持ち得ると、アレオーンとの戦闘経験があるあの子なら勘付くからだ)
(だとすると……)
必要な情報を得たヘルコスは無人機の攻撃を止めさせ、部隊を散開させる。
「はぁ~止めた止めたぁ!」
【クレイン】「え?」
「戦いが噛み合わない、このままじゃ千日手だよ……だから今ここは放置して"二対一"を二回やる事にした」
バーゲストは踵を返してコロニー方面に向かってスラスターを吹かした。
【クレイン】「どういう事……?あなたのボスはアイリスとの決闘を望んでるんでしょ?」
「その通り、行っても邪魔になるだけだよ、じゃあもう片方はどうかな?」
【クレイン】「っ!?……ヘカテー」
「あっちを堕とすまで護衛がんばって、じゃあねぇ~」
デコイと無人機で牽制をしながら前線空域を離れるバーゲストを行かせまいとクレインは狙撃をしようとするが、ライフルの射程圏外へ離脱されてしまう。
暫くピーターワンの上で無人機を相手取っていたロングイだったが、周辺の敵機を一掃するとバーゲストが飛び去った方角目掛け、全速力で飛び始めた。
ヘルコスは後方から追って来るロングイを捉えていたが、そのまま飛び続ける。
(来る事は分かっていた、母艦ともう一体の方とでは天秤掛けにはなる様でならない)
(母艦に乗ってる虹の剣団長テレイアはレベリオにとって重要な存在、表面上は関係を切っていても帝国軍は援護するだろう)
(あの機体での護衛はあくまでも保険、テレイアもこの状況になったら帝国軍勢まで撤退してこちらを討つ事を命じると踏んだ)
ロングイがライフルの射程距離まで追いついた瞬間、バーゲストは大型艦の残骸に隠れて射線を切りながらバーゲスト型のデコイを複数体作り出した。
(こっからがしんどい、狙撃の名手をイチゴイチエの射程まで近づけさせなきゃならない)
(自分の力量じゃ普通に逃げても狙い撃ちや偏差撃を躱せるのは500メートル圏外が限度)
大型艦の残骸に近づくロングイは出て来た瞬間バーゲストを狙撃しようとライフルを構える。
しかし残骸からは蜘蛛の子を散らす様に複数体のバーゲストが現れ、編隊を組んで飛び去った。
【クレイン】「そういう事、やるでしょうね……でしょうね」
単横陣になって逃げるバーゲストの群れ、クレインは自動操縦っぽくないと感じた一機に向けて狙撃したが、その機体に弾は当たらずにすり抜けデコイである事を示す。
【クレイン】「あれ?……勘が外れた……の?」
(操縦の癖で見抜くならばそれを利用する、本体の方を自動操縦にしてデコイの一体をリモート操縦で動かした)
(リモートのデコイが消されたと同時に新たなデコイを作り出す、狙撃の時は必ず視野を絞らなければならない、隊全体を見渡せない以上デコイを出した本体の特定は無理)
次々と狙撃を繰り出すが一向に本体に当たらずデコイも減らない状態に焦りを感じ始めるクレインは視野を広角にした狙撃を行うが、正確な狙撃が出来ずに弾を外す様になった。
(この距離を腰だめ撃ちで当てられるのはジョーカーぐらい、射撃じゃ現状打破は厳しいと充分に感じたはずだ)
ヘルコスは部隊を斜線陣にして進行スピードを僅かに下げる。
(君なら気づくだろう、射撃による"線"での確認よりも探知能力による"範"での検知の方が確実で効率的だと)
(己には無敵のシールドがあり推力でも上、相手は逃げるだけのサポートタイプ、近づく事に躊躇う理由は無い……だろ?)
ヘルコスの思惑通りにロングイは狙撃態勢を止め、全速力で部隊への接近を始めた。
接近されナノエレクトワイヤーの範囲内に入ったデコイは次々と見破られて行き、本体であるバーゲストにも追いつこうとしている。
(300mまで近づいた瞬間に逆噴射をして一気に距離を詰める、超音速移動で追ってる相手が逆噴射をして来たら100mの距離など刹那、反応は出来ない)
(急停止からの逆噴射後、振り向きざまにイチゴイチエを叩き込む、あと600m……500……400……今っ!)
ロングイが300m圏内に入った瞬間、バーゲストは逆噴射と同時に振り返り、イチゴイチエの柄を右手で掴んで抜刀体制を取った。
「イチゴイチエの――……えっ!?」
ヘルコスが見た物はバーゲストとほぼ同時に逆噴射によって後ろに下がったロングイの姿であった。
(一体なぜ……探知範囲を見誤った?いや、そんなはずは――)
【クレイン】「なに?……こ、怖い……」
(気づいて無い!?……微小な違和感による脊髄反射、なるほど……あの子は"臆病"なんだ――)
(生前、似た様な反応をする人間と何度か戦った事がある)
(革命家を名乗る個人やどこにも属さない傭兵、長い事一人で戦ってきた者達)
(助けてくれる仲間が居ないから僅かでもダメージが致命傷となり得る、故に生き残る為に過敏にならざるを得ない"孤独な野良犬"の戦い方)
バーゲストが振り向いてから一秒にも満たない思考巡りによって、ヘルコスが選択した次の行動は――
「一の太刀――」
射程外でも構わず、今の位置でイチゴイチエを振り抜く事であった。
【クレイン】「……え?」
当然ロングイは無傷、周辺に漂っていた小惑星や宇宙船の残骸などをえぐり取っただけである。
視力と空間把握能力に優れたクレインは直ぐに"視えない横薙ぎ"がバーゲストから放たれた事を察した。
【クレイン】「斬撃を飛ばす超兵器?……漂流物の断面が切れたと言うより削り落とした感じ……なんだか危ない感じがするわ……」
得体の知れない超兵器に対して警戒するクレイン、既存兵器には出せない未知の斬撃は"粒子シールド"ですら防ぎきれない物であると結論付ける。
動きを止めたロングイに背を向け、バーゲストは再びコロニー方面に向かって加速を始めた。
(イチゴイチエの能力も射程も全てバレた、だがそれでいい……それがいいんだ)
暫く唖然としてたクレインであったが、バーゲストがより危険な相手でますます向かわせてはならないと悟り、今の空域で止める覚悟を決める。
再び追い始めるとバーゲストは大型戦艦サイズほどの小惑星裏へと隠れ始めた。
【クレイン】「また隠れてデコイを沢山散らす気……?」
先ほどと違い、イチゴイチエの脅威を知ったクレインは真っ直ぐ近づいて探知する事を躊躇っている。
MRPでロケットなどを造形して小惑星ごと覆う範囲攻撃も考えたが、爆破時の粉塵によって逃げられる可能性がある事と
強敵と認識したヘルコス相手に慣れ親しんだ武器以外を使う事に億劫になって出来なかった。
クレインが選択した戦法は小惑星を中心軸に旋回し、渦を巻く軌道で近づきながら探知と狙撃でバーゲストを追い詰める事である。
ライフルを小惑星に向けて構え、衛星の様に周回し始めたロングイ、半周して星の真裏側に来た瞬間であった。
【クレイン】「えっ!?」
相手が逃げ一辺倒で動いていると判断していたクレインは意表を突かれる。
小惑星の死角からたった一機のバーゲストがロングイに向かって飛び出して来たのだ。
間合に入られれば見えない斬撃を繰り出して来ると、緊張が走ったクレインは直ぐにライフルを構えて狙い撃った。
弾丸はバーゲストの下腹部に命中するが、霧の様に消え去りデコイである事を示す。
「いいのかなぁ~、そんなよそ見して走ってさぁ」
【クレイン】「あっ…‥‥!」
クレインは小惑星の周回軌道上にバーゲストが待ち伏せしている事に気づき、同時にあのバーゲストが本物である事もシステムによって確信を得た。
それ即ち、ナノエレクト範囲内に近づかれた……否、自分から近づいてしまったという事である。
(想定通り旋回しながらの狙撃、照準は小惑星に絞られ視野は狭くなり、移動しながらの狙撃態勢によって上体も横向きに固定された)
(そこから広角視界にさせないようにあえてデコイも一機だけ作り、少し遅れたタイミングで突撃させる)
(上体と視野は狙撃の為に後方を向く状態となって、進路は死角となる……本物のバーゲストは少し先の周回軌道上に待ち構えるだけだ)
(レーダーによって気づいた時には既に、自ら飛び込んだ射程内)
「イチゴイチエの……」
ロングイの上体を前に戻しての狙撃では当然間に合わない、逆噴射による緊急停止も既に射程内となるので無意味。
確実にイチゴイチエによる斬撃と対峙しなければならない極限状況になったクレインだが、神経は研ぎ澄まされていた。
たった一人で惑星軍と戦ってきた経験、アイリスやグラーネなどの猛者と戦った実績によって染みついた戦闘スキルと土壇場で発揮される集中力によってアイリスやエボニーに匹敵する操縦技術を見せる。
「一の太刀――」
バーゲストの右腕による抜刀、横薙ぎによる動きに合わせて下半身のスラスターは通常に吹かし、上半身のスラスターを逆噴射させて足元からの縦回転。
所謂"クルビット機動"によって横薙ぎを回避したのであった。
【クレイン】「このまま撃つわ……二の太刀はさせない、この距離なら避けられない!」
回避と同時に狙撃態勢に入ったロングイ、クレインは即座にトリガーボタンを押す。
【クレイン】「……あれ?」
しかし何度ボタンを押しても弾丸は発射されないでいる。
クレインは確認の為に自機を映すカメラモニタを見た瞬間に驚愕した。
【クレイン】「そんな!……嘘、避けたはずなのに……どうして……どうして!?」
額から汗がにじみ出し呼吸が荒くなるクレインが見た物は、右肩から右の太股にかけて縦に切裂かれたロングイの姿であった――。
「君が避けたのはドッペルカーニバルよって映写された右腕からの偽の抜刀斬りだよ」
「偽の斬撃の後に本物の左腕、逆手持ちによる切上げ抜刀を行った――」
【クレイン】「はっ!?」
バーゲストの様子を見ると右腕が無く、イチゴイチエを持った左手は真上に掲げられている。
「君はパイロットとして腕が良すぎた、だから探知システムよりも自身の反応速度を優先した」
「もし君がシステムの解答を待って動けば、右が偽である事が解り、左の斬撃を躱す事が出来たかもね」
「小惑星に隠れた時に本物の右腕をわざわざ切り離したのは、デコイと本物が二重になる違和感を無くす為とシステムのプロセスを少しでも増やして遅らせる為……まぁこれが効いてたかは知らないけどね」
【クレイン】「随分饒舌にタネを明かすのね……片腕を飛ばしたぐらいで勝ちを確信してるの……?」
「まぁ詰みが見えてるから否定はしないよ……"ぐらい"と言うならMRPで右腕を再生させたらどうだ?」
【クレイン】「…………」
「出来ないんだろ?MRPで裂傷を直接修復する事は」
「破壊された腕や脚などを一度造形しパージ可能なジョイントにハメ込まなければならない……その機体の切断部はボディ部位の肩にまでに及んでる」
【クレイン】「あなたの仮説が正しいとしても、ボディ……機体ごと再生して乗り換えればいいだけじゃないの?」
「超機体の重要部にあたるボディは再生出来ないと踏んでる、一般機体なら出来るがね、技術や素材的な問題だろうが粋を極めた緻密部の量産は不可能な物だ」
「それは超兵器にも言える、出来るなら他の機体の超兵器も造形して併用するはずだからね、君の機体のシールド兵器、それももう治せないねぇ……」
【クレイン】「っ!?」
クレインはロングイの腕だけでなく背部にあった素粒子シールドを発現させる装備まで切裂かれている事に気づいた。
「ほら違うのならさっさと再生して見せてくれ、ん?」
クレインはMRPシステムを作動させない、その"沈黙"こそヘルコスの問いが図星である事を示した。
【クレイン】「貴方は一体何者なの……過去の戦闘データだけでここまでの答えを?」
「データと"心理学"だよ、戦場で敵の行動や言動を分析して情報を得たり、性格の隙を付いて行動を操る」
【クレイン】「ダキニと同じ類――」
「似てはいるが違うかな、ダキニは多数派の俗物、凡人を操って目標を追い込むが、自分は異端や天才と呼ばれる者と直接やり合って潰して来た」
「今から数百年前……生前は名将を喰らう"帝国の猟犬"なんてダサい異名も付いた、軍師だった者の成れの果てさ――」
今まで戦った者達とはまるで違うヘルコスに対して、心を見透かされて掌で踊らされている恐怖を感じるクレインであったが、逃げ出したい気持ちを抑える様に呼吸を整えながら啖呵を切った。
【クレイン】「こうなった上で重ねて言うわ……右腕とシールドを壊しただけで、私からの勝ちを確信しているの?……いるの?」
ロングイは左手だけでライフルを持って構える。
「君の機体は右手でライフルを固定する事が出来なくなって移動射撃での照準が大きくブレる様になり」
「強力なシールドが無くなった事によってイチゴイチエ以外の攻撃も入る様になった」
「確かに……それでもだ!一対一で戦ったら君が勝つだろう、悲しいかなそれほどの差がある」
「でもさぁ……誰が一対一でやるって言った?ようやく追い付いて来た――」
バーゲストは右手でロングイの後方を指し示す。
クレインがレーダーを確認すると百機近くの機影が迫って来るのが見えた。
【クレイン】「無人機?……いえ、デコイの可能性も……でも何だろう、あの動き、個々にある癖は"人間"……!?」
「正真正銘肉入りの機体、テレラ惑星軍の敗残兵だよ、無人機とデコイで追い回して連れて来た」
【クレイン】「なんの意味が?……この戦いでの惑星軍は一応味方側なはず……」
「向こうは君を味方と思うかな……ドッペルカーニバル展開」
ロングイの廻りに数十機分のデコイが現れる。
しかしデコイはロングイの方向を向かずに追われて向かって来る惑星軍に銃を構えた。
【クレイン】「まさか……!」
【惑星軍A】「こいつらいつまで追ってくんだよ!」
【惑星軍B】「た、助けてくれぇ!!」
【惑星軍C】「おい前見ろ!敵部隊、挟まれた……」
【惑星軍D】「畜生、死にたくねぇ!前方部隊のが数は少ねぇ……撃て!突破するぞ!」
敗残兵達が一斉にデコイとロングイが居る部隊目掛けて射撃を始める。
パニックに陥った敗残兵は敵軍の中に居るロングイを味方だという認識は一切持っていなく、容赦なく弾幕を放つ。
【クレイン】「やっぱりダキニと一緒じゃない……くっ!」
「棋盤上の駒を使うだけなら、自分はセーフだと思ってるよ」
ロングイは左手でライフルを持つと、前屈の様な体勢をとってライフルの先を両足で挟んで固定した。
【クレイン】「来ないで……撃つわ、撃つ!」
「なるほど、間抜けな姿勢だがブレの問題を解消か……でもそれだと吹かせるスラスターが限定されて細かな動きが出来なくなるね」
パニックに陥って襲って来る惑星軍相手に狙撃を繰り出すロングイ、次々と惑星軍機のメインスラスターにヒットさせ行動不能にして行く。
「君って"不殺"に拘る系?」
【クレイン】「出来る事ならってぐらいの気持ち……どうしようもなくなったらヤルわ……」
「なるほど、半端であったからこそ心理を読めなかったな、不殺の隙を付かないにしても詰めたわけだから今更別にって感じだけどさぁ」
【クレイン】「うるさい……まだ詰んでいない……詰んでない!」
そう向こう意気を放つクレインであったが、前方の惑星軍と後方のバーゲストに神経を巡らす事になり、集中力の摩耗によってイチゴイチエの二の太刀を浴びる隙を作るのは時間の問題であった。
バーゲストは再び小惑星に隠れ、ヘルコスはその隙が来るのを待つだけである。
「………………」
ヘルコスはこの空域から比較的近くにある惑星テレラを眺めていた。
(生前、あんなにも求めていたテレラがこんなにも近くに――)
………………
…………
……
今から数百年前、まだG・Sでは無く艦隊戦が主流だった時代――
レベリオ帝国首都アリアンロッドコロニー、下級貴族の子としてヘルコスは生を受ける。
豪商だった曾祖父が寄付金によって買った貴族の地位であったが、兄二人を含めた家族五人で充分な暮らしをしていた。
しかし、ヘルコスが10歳の時にレベリオ皇帝が崩御、新たに即位した皇帝は緊縮財政を掲げ、増えすぎた貴族の称号剥奪を厳しく行う様になる。
ヘルコスの父は真っ先に対象となるのは自分の様な平民から成った下級貴族だと恐れ、皇族や官僚に必要以上に媚びて地位にしがみ付こうとした。
最初の内は接待や賄賂であったが、一族の資金が尽きて来ると二人の息子を士官学校に入学させて軍派閥のパイプも得ようとする。
ヘルコスの兄二人は一族の為にと承諾し、ヘルコスも軍に行くと言ったが父はヘルコスが"娘"であった事から戦に行かせるよりも政略結婚させるべきと考え、士官学校には行かせなかった。
父に不信感を持ちつつも運命だと受け入れていたが、決定的な亀裂を生んだ出来事が起こる。
ある飲みの席で他の貴族から「お前の妻はテレラ出身だ、スパイなんじゃないのか?」と言われ、惑星テレラ出身である母と一方的に離婚して母をテレラへ強制送還したのであった。
母が好きであったヘルコスは激怒し、父の命令を無視して当て付けの様に士官学校に入学する。
ヘルコスは類稀なる頭脳によって戦略指揮学部と心理学部を首席で卒業、帝国軍少佐として大隊の指揮をとる事になった。
最初は帝国に仇なす革命軍の討伐を任されたが、上官達は若い女であるヘルコスに期待は持っておらず"五年でそれなりの結果が出れば御の字だ"としか思っていなかった。
しかし、ヘルコスの軍は十日で革命軍を壊滅させ上官を驚愕させる。
上官がヘルコスの部下に話を聞くと「少佐は敵艦が次に行う動きが全て分かっていた、まるで予知能力だ」と答えた。
実力を評価されたヘルコスは対惑星同盟軍の前線指揮を任され、難攻不落とされた要塞や名将と呼ばれた者が指揮する部隊を次々と落として行った。
怒涛の快進撃を見せるヘルコスであったが"愛国心"は無く、帝国が宇宙を統一すれば"テレラに居る母と自由に会える"という想いで突き進む。
ヘルコスは皇帝から伯爵の称号を与えられるまでになったが、戦闘機乗りとなった二人の兄は戦死した。
授与式の為に帰省したヘルコスは父と会ったが精神を病んで入院しており、娘と一切目も合わせず兄二人の遺影を見ながらこう言った。
「お前は戦士などでは無い、我が子なら"姑息な一族"から抜け出させてくれると……思っていたのに」と――
ヘルコスの活躍を妬んだ一部の貴族が、"上官と寝て得たコネで偽りの英雄となった"などと浮評を流し、父の耳にも入っていたのであった。
授与式の晩餐会後、ヘルコスは皇帝直々に呼び出され指定の部屋に行くと五人の老齢な男女が円卓を囲んでいる。
"賢人会"と呼ばれる者達であった。
皇帝を含めたその者達はヘルコスにこれ以上、惑星同盟領土を侵攻してはならないと命令を下す。
この世界の理を知ったヘルコスは絶望と同時に自暴自棄な感情が沸き上がった。
賢人会の前では了承の態度を見せたが、侵攻予定であった第七恒星へと軍を進める。
事前に察知した賢人会はテレラ領に居たキャロル候補数名を使い、オーバーテクノロジーである超戦艦を使って迎え撃たせた。
しかし結果はヘルコス軍の圧勝、親族を殺された現行のキャロルは激怒し皇帝は自国の英雄を始末せざるを得なくなる。
皇帝は春日十士の暗殺担当者を派遣、ヘルコスは旗艦の自室で睡眠中にダクトからガスを流し込まれ静かな最期を迎えた。
享年三十三歳、一度も肉眼で惑星テレラを見る事は叶わなかった――
………………
…………
……
現在、バーゲストの中から惑星テレラを眺めるヘルコスだが、もうあの星には母は居ない――
「…………」
【クレイン】「はぁ……はぁ……貴方、聞こえる?」
テレラ軍や無人機と戦いながら通信を飛ばしたクレイン、呼吸が荒く体力と集中力は限界に近づいていた。
「何?……わざわざ隙が出来ましたと教えてくれたのかな?」
【クレイン】「貴方はテレラ出身なの?」
「……何故そう思った?」
【クレイン】「ロングイに備わった脳波コントロールシステムに、貴方の強い想いが干渉した……はっきりとは分からないけど"懐かしい"感覚が私の意識に流れ込んできた――」
「AIである自分の脳波!?……ハハッ!色々ツッコミ所があるけど、まぁキャロルの超機体だしなんでもありか」
唐突なクレインの問いに、最後のあがきとして精神的な揺さぶりをかけて来ていると思ったヘルコスは下手に嘘を付くより正直な一言で会話を終わらせる。
「故郷では無い、家族が居ただけだよ――」
【クレイン】「そう……、私は何かを考えて想像するのが苦手……でも貴方の想いが"ヒント"をくれた」
「意味が分からない返しだ、程度が低い論点ずらしで時間稼ぎかな?見苦しい……そろそろ斬りに行くよ」
【クレイン】「MRPシステム、リミッター解除――」
ロングイが激しく光り始め、周囲に夥しい数の蛍の様な光が渦を巻き始める。
「こ、これは!?」
やがて光が線状に集まり糸を形作り、糸が絡み合ってこの空域を覆わんばかりの巨大な籠を造形した。
【クレイン】「私が離れたかった場所、出れなかった籠……でも、少しだけ"帰省"しても……いいよね、いいよね」
【クレイン】「ただいまお父さん、お母さん、私の故郷"ナノエレクト亀甲結界"――――」
「あの糸は"尻尾"と同じ、超兵器じゃ無かったのか!?この展開範囲……つまりはマズイ!!」
【クレイン】「偽物は全て分かったわ、貴方の位置も」
バーゲストはこれまでの布石を捨てでも一目散に逃走を始める。
(この距離間で相手は疲労している、充分逃げ切れるはずだ)
そう考えた矢先、バーゲストの左脚が狙撃によって吹き飛ばされた。
「なにっ!?」
【クレイン】「ナノエレクトの完全体である亀甲結界は、相手の少し先の行動を"予知"出来る!」
「ちっ!そんなのもう超兵器の域、キャロルは一般に追いつかれたんだ!」
ヘルコスは我武者羅に逃げた。
もはやそこに謀や心理学など通用しない、己の技量だけでどうにかしなければならない状況である。
(もう無理かなぁ……機体でも技量でも上な相手にここまでやれた、充分だろ……充分だ)
そんな思いとは裏腹に回避行動は決して辞める事は無かった。
(充分やれた、もう終わりでいい……過去の戦いでも過った事はある)
(ここからだ……ここからだろう!これまでは頭でどうにかなったのに初めて通用しない状況が来た)
(他人の隙を付けないのなら、自分を"咲かせる"時だ――)
銃弾を掠らせ過ぎて半壊したバーゲストであったが、ここに来て動きが変わった。
結界によってより精密になったクレインの狙撃を回避し始めたのである。
(機体を流れる光が見える……あぁそうか、これが"電子の福音")
土壇場による覚醒によって、再びヘルコスに勝利の光が差し込み始めた。
「結界はいつまでも持たないだろう?大質量にMRPの産物である以上は、現に外周ワイヤが崩れ散り始めてる」
「タイムアップまで逃げ切れば勝ちだ!」
【クレイン】「そうね……崩れる様も再現しているの、私は"狙って"はいなかった」
【クレイン】「誘導しただけ、そう貴方が今居る場所……本物が崩れた時そこには"私"が居た」
「なにが言いたい?」
【クレイン】「私の思い出は私だけのもの、誰にも読む事は出来ない――」
「だから!何が言いた…………なっ!?」
突如バーゲストに向かって高速で突進する白いG・Sが現れる。
「なんだこの機体!?どっから来た!くっ速い……イチゴイチエの」
【クレイン】「私が造形したのは亀甲結界じゃなくてあの時の風景模様、アイリスが乗る"ホワイトポーン"も含まれている」
間合を詰めるホワイトポーンに対してバーゲストはイチゴイチエを放とうとするが、ホワイトポーンは一瞬で背後に回り込み、バーゲストの残った手足を切裂き、残った胴体を抱きかかえた。
【クレイン】「これが私の"イマジネーションバースト"――――」
最後はロングイからの狙撃によって背部の丸い玉、超兵器ドッペルカーニバルが砕かれた。
亀甲結界とホワイトポーンが灰の様に崩れ散り、行動不能となったバーゲストが残される。
(完全に動かない……もう何も出来ないのか!?)
【クレイン】「はぁ……はぁ……強かった、私は規格外の機能で何とか出来ただけ」
【クレイン】「うまくは言えないけど"戦士"として尊敬に値するわ」
「…………戦士」
この時、ヘルコスに初めて敗北を受け入れるという感情が沸き上がった。
「あったんだな、自分にもこんな気持ち」
「なるほど、求めてたのは母だけでは…………いや、自分が帰れる場所が欲しかったんだな――」
【クレイン】「浸ってる所、良い言葉かけれずに悪いけど、私は母艦に帰るわ……帰る」
【クレイン】「脳波コントロール、イマジネーションバーストのせいで頭痛すぎ……もうこの戦いでの戦闘は無理ね」
「そっか、ん?……命令された役割は足止め、って事は……この結果は自分の"勝ち"だねぇ!アハハハ」
【クレイン】「一生言ってなさい、おバカバカ……全ての戦いが終わったら捕まえに戻るわ、じゃあね」
「AI相手の自分にまで不殺かよ……甘いな、まぁそれまでテレラの景色でも眺めているよ」
しかしその時、一発のビームがバーゲストのボディを貫いた。
【クレイン】「っ!?」
【惑星軍A】「し、死にたくない、死にたくない……!やった!やったぞぉ……ひ、ひぃぃぃぃ!!!!」
惑星軍のG・Sはビームライフルを投げ捨てて、そのまま逃げて行く。
直撃を受けたバーゲストは熱によって徐々に崩れ落ち始める。
【クレイン】「これじゃ……もう……ごめんなさい」
「いいんだよ……ザザザ……因果応ほ…………ザ…………あぁ」
「もう少し見たかったけど……楽観しちゃったなぁ……ザザザッ……」
「なぁ……本物のヘルコス……君は……ザザ……故郷に……か……た……ザ――――……」
バーゲストは光り輝きながら散った。
その姿は惑星テレラと重なり、まるでテレラが流した涙の様であった。
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超機体バーゲスト 【破壊】 搭載AI ヘルコス 【消滅】
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