-01 めぐりめぐる
三年後――
今ではアクランドのダキニ対策スタッフは十数人となり、施設も転々として現在は名も無き小惑星に基地を作って身を潜めていた。
この小惑星に拠点を移してからは一度も襲撃は無いが、白兎は日課で周辺空域の見廻りを行っている。
『今日も近づく機影無し、人工物丸出しなコロニーより無人星のが隠れるのに良いんだな』
『星が持つ引力のせいで機体制御の演算が必要だ、実戦前に癖を知れたが……』
【シルビア】「白兎、そろそろ戻るのじゃ」
『はいよ……ん!?』
【シルビア】「どうした?」
『機体の腕部にヒビが入った、金属疲労かな?』
【シルビア】「そのラスター2は何年も酷使しとるからのぅ、戻ったら修理じゃな」
白兎は小惑星にある基地に帰還した。
格納庫でG・Sから降りると、とても小さな女の子が足元に寄って来る。
「しろうさー!」
『"イリア"こんな所に来たら危ないぞ』
イリアと呼ばれたこの少女はシルビアとラフマーの間に産まれた子、年齢は二歳。
「イリアは機械が好きみたいなんじゃ、大きなG・S見て興奮しとるのう」
「でかろぼじゃ~」
『ママの口癖が継がれてるなぁ、俺が居た世界では巫女服着た狐少女だけが語尾に"のじゃ"を付けるんだ』
「これ!娘に変な嘘教えるんじゃないぞい!」
『はいはい、ママさんは機体の修理頼むよ』
その時、格納庫の入り口が開いてラフマーが入ってきた。
「修理の必要は無い、新たな機体が手に入った」
『……新機体』
ラフマーは格納庫に置かれた巨大コンテナのスイッチを押すと、ハッチが開いて中のG・Sが露わになる。
「帝国の次世代量産機となる"ブラックポーン"、ラスター2よりも遥かに性能は上だ」
『ブラックポーン……試し乗りしていいか?』
許可を得た白兎はブラックポーンに乗って出撃し、星の周辺空域を飛行し始めた。
『確かに桁違いの出力と反応、惑星軍新型の"ラスター3"以上だ』
【ラフマー】「私がキャロル候補だった時代に作った機体だからな」
『へぇ、でも旧型と呼べるラスター2でも楽勝だったのに、敵よりも上の機体になるのか』
【ラフマー】「そうとも言えない事態になった……」
『え?』
【ラフマー】「私の叔父にあたる先々代キャロル、ルドラが作った"超機体"が惑星軍に鹵獲された」
『超機体?なにそれ』
【ラフマー】「キャロル一族に受け継がれた知識の粋や、まだ世に知られていない物質を使って開発された、所謂"オーバーテクノロジー"のG・Sだ」
『この機体は違うのか?』
【ラフマー】「それはあくまで既存の物資や技術を私が磨き上げて最適化された物、超機体とは呼べない」
『なるほど……今後、その超機体と戦うかも知れないって事か、だったらこっちも超機体を作ったらどうだ?』
【ラフマー】「それは……出来ない、先代キャロルである姉が嫁ぎ先のカー家にそそのかされて大半の科学技術を独占、私に受け継がせるのを阻止したのだ」
『この期におよんでも家督争いか、どんなエリート一族でも結局は人間だなぁ』
【ラフマー】「すまない、力になれなくて」
『いいさ、例え性能が百倍の機体でも倒して見せるよ、それよりたまには娘と遊んでやれ』
【ラフマー】「あぁ……」
その後、数か月間、新たな機体を手に入れた白兎だったが敵との戦闘は起きなかった。
表向きは平和が続いたが、ラフマーが基地を離れるのが増え、調略や情報収集に追われる日が続く。
その間白兎はイリアと遊んだり一緒に勉強をして時間を過ごし、時には叱ったりと、まるで父と娘の様な関係になって行った。
ある日、格納庫の掃除をしているとイリアがブラックポーンに白い塗料を塗り始める。
「これっ!何しとるか、イリアやめるのじゃ!」
「しろうさロボだから、しろくぬるんじゃー」
『ははっ、それだと"ホワイトポーン"になるな、いいじゃないか、塗ろう塗ろう』
呆れるシルビアを余所に、機体を白く塗り出す白兎とイリアであった。
数時間後、機体の半分を塗り終えた所でイリアがウトウトとし始める。
「そろそろ寝る時間じゃよ、また明日やればええ」
『そうだな、イリアはママとねんねだ』
「んじゃー……」
シルビアは眠い目を擦るイリアを連れて格納庫を後にした。
一人残された白兎は椅子に座って半分白に塗られた機体を眺める。
『白でも黒でも無い機体か……灰色にもなれていない、どっち付かず』
その時、基地内にアラート音と敵機接近を知らせる放送が鳴り響く。
『ついにここも見つかったか、新型の初陣だ』
白兎は塗料が乾ききってないブラックポーンに乗り込んで出撃した。
本来は憂慮する事態だが、白兎は新しい玩具を与えられた子供の様な高揚感が沸き上がる。
『スピードもセンサー有効範囲もこっちが上、いい機体だわ』
既に敵の数と距離を捉えた白兎は何時でも撃墜可能だ。
『あんま不殺には拘ってないんだが……』
白兎はライフルを構えると速攻で敵小隊G・Sの手足とスラスターを撃って行動不能にする。
『やれやれ、俺は何者を目指しているのやら』
ゲームの様な世界と割り切って自由に戦いたい自分と、中途半端にシルビアとの約束を守っている自分に対し悶々とした感情を抱えたまま基地へと帰還する白兎であった。
基地に戻るとマル所長とロネーズがここから離れるか否かを話し合っている。
「ラフマーが戻るまで待つか、それとも直ぐにでも出るか……どうしたもんかねぇ」
『俺が居るから大丈夫、全然持ちこたえられるよ』
白兎の説得によってラフマーが戻るのを待ってから決める事になるが、白兎の本心は"もしかしたら噂の超機体と戦えるかも知れない"という物であった。
そして、その願いは現実の物になろうとしていた――
基地のある星に近づいて来た機体はザトーの配下で、直ぐに近郊に居る旗艦へと連絡が入った。
「小隊とは言え一瞬で六機を行動不能に、間違いなくキャロルの"ジャバウォック"だろう」
知らせを聞いてそう確信したザトー、顔のほとんどを覆う大きなヘッドギアを付けた異様な姿と化している。
「あの星へ上陸するぞ!俺も出る」
「ですが大佐、今は分隊化してるのでチャガマ曹長や他の部隊長の到着を待った方が……」
「馬鹿野郎!超機体"カメリア30"があるこの俺が、誰にも負けるはずがねぇだろ!」
ザトーの自信と圧力にこれ以上部下達は何も言い返せなかった。
「それに奴らは拠点を転々としてる、攻めるのはちっとでも早い方が……そうだ、"獣の巣穴"を防いで退路も断たねばなぁ!陸戦部隊も来い!」
そう言ったザトーは肩で風を切るような歩で格納庫へと向かい、少数の部下だけを引き連れて出撃したのであった。
アクランド研究所では再び偵察衛星が不審な機影を捉え、白兎が出撃する。
『さっきの小隊は分隊、敵は中隊規模だったか……本隊のおでましだ』
白兎はライフルを構えると、向かってくる六機のG・S目掛けて銃弾を放った。
すると次々と行動不能になる敵機の中、一機だけ段違いに動きの良いG・Sが弾丸を躱しながら突っ込んで来る。
『偏差所か誘導狙撃すら躱すか、機動性もブラックポーンより上じゃないか?』
向かってくる敵機が望遠カメラの範囲に入り、詳細な姿が見て取れた。
ブラックポーンよりも少し大きめで、目を引くのは虚無僧が被るわら笠の様な頭部と左右大きさが非対称な手である。
左手は普通の大きさで、右手だけ三倍ぐらい大きな異様な体形、まるで"シオマネキ"だと白兎は思った。
『個性が過ぎる、あれがキャロルの超機体と見ていいだろう……ん?通信が』
件の機体から通信許可要求の信号が発せられ、白兎は少し迷ってから通信を繋ぐ。
【ゲストA】「貴様がキャロルの番犬"ジャバウォック"だな?」
『ジャバウォック?誰だそれ』
【ゲストA】「惑星軍での貴様への二つ名だ、俺は惑星軍大佐のザトー!獣を狩る勇者だ!」
『大佐?随分上の人間がわざわざご苦労な事で』
【ザトー】「ぬかせ!超機体"カメリア30"の実験台となれ獣!食らえ、超兵器"サミダレ"」
カメリアの左肩に装備されている大筒から、シャワーを浴びせる様に拡散されたレーザーがブラックポーンへと放たれた。
難なく躱した白兎であったが、辺りを漂う小惑星をえぐる威力を鑑みるに、サミダレと呼ばれた砲筒から放たれる一閃一閃がビームライフルクラスだと白兎は実感する。
『散弾でこの威力……やはりキャロルの超機体だの超兵器とやらは桁違いか』
白兎もライフルから二丁拳銃に持ち替え、カメリアに向けて連射を始めた。
カメリアの動きを読み、将棋で相手を詰む様に弾幕を放つも尽く回避される。
【ザトー】「サミダレを躱しながら攻め返すとは、やるなぁ!獣が!」
『あんたもな!』
数十手、数百手先の動きすら読むカメリアに白兎はザトーの技術は己と互角クラスと最初は感じ昂っていたが、徐々に違和感を覚えた。
カメリアとそれを操作するザトー、電子の福音で見た"光る神経"が機体と乗り手の動きと一致しない時があったのだ。
『自動操縦システムか、ガッカリだ』
【ザトー】「あぁ!?これはそんな小さな物では無い!カメリアに搭載された殺気を探知、演算して最適な行動で回避するシステムだ!」
『そこが論点じゃないんだけどな……楽しいのか?システムに頼った戦い方で』
【ザトー】「楽しいかだと……?はっ!これは戦争だ、何をしてでも勝てばいいのだ!」
将や兵として真っ当な事を言うザトーだが、白兎の奥底では怒りの感情が沸き上がる。
『この"チーター"が』
カメリアは弾幕を躱しながら一気に距離を詰めると、大きな右手を前に掲げた。
【ザトー】「超兵器はサミダレだけでは無い!」
カメリアの腰には鞘に納まった刀の様なものが携えられている。
『刀?……その構え、居合抜きってやつか』
白兎は二つ目の超兵器がどの様な物かをなんとなく察した。
カメリアの不自然に大きい右腕、恐らくそれでの高速抜刀による斬撃であろうと……。
しかし、明らかに鞘から放たれるであろう刀身よりも遠い間合いから抜刀斬りをする動きを見せる。
【ザトー】「超兵器"イチゴイチエ"の……一の太刀!」
自機から敵機との距離がおよそ200m、決して届きようも無い距離であるが白兎は背筋が凍る感覚が現れ、カメリアの抜刀した手の動きに合わせる様に自機をバク宙させて回避行動を取った。
ザシュッ――
確かに白兎でも感じる恐ろしい速さの抜刀であった。
だが抜かれた獲物を見てみると、柄の先には刃どころか何も無かったのである。
『ただの素振り?……なっ!?』
白兎は驚愕した。
自機の右足、踵から膝までがパックリと縦に裂けていたのである。
『馬鹿な!何かに当たった感触や振動が無かったのに……断面を見てもレーザーやビーム粒子で溶かされた形跡も無い、この傷口、食らったというより消滅させられた!?』
【ザトー】「避けた!?……いや偶然だ、"空間を断絶させる"イチゴイチエからは防御も回避も出来っこねぇ!」
ベラベラと能力を喋ってくれて有難いと思いつつも、カメリアの底知れなさに、どう攻略していいのかと白兎を悩ませた。
機体が持つ"殺気を読む"能力と攻撃が見えない"空間断絶"の兵器。
抽象的で魔法の様な機能な上に基本的なスペックがブラックポーンの十倍以上、その差を埋めるのはいかに白兎でも容易で無いのである。
再びサミダレでけん制しつつ距離を詰めて来るカメリアに白兎は後退しながら突破口を探ろうとした。
『意識外からなら』
白兎は近くの小惑星帯まで誘導すると、一つだけ常備しているスモークグレネードをカメリアの進行線上に放り投げる。
【ザトー】「馬鹿が、そんな物で超機体の探知能力を誤魔化せると思ってんのか!?」
カメリアは粉末を吹き出すグレネードを裏拳で払う。
白兎の狙いは、ザトーがグレネードに向けた一瞬の意識――
その刹那の時間で散らばった小惑星に隠れながらカメリアの背後に回り込み、ライフルを撃ち込んだが容易く回避された。
【ザトー】「無駄!無駄!俺にはカメリアの能力だけじゃねぇ!サイボーグ手術によって脳の肥大化!眼球移植による複眼化で視野は360度だ!」
ザトーは度重なる手術により、被っているヘッドギアの中身はもはや人間と呼べる姿では無くなっている。
【ザトー】「カメリアにある機能と合いまった俺は誰にも負けねぇんだよ!」
『勝ちと言う結果だけの為にチートにチートを重ねたのか……末期だな』
【ザトー】「ぬかすな逃げてるだけの雑魚が!」
再び距離を詰めて来たカメリア、抜刀の構えを見せたその時、白兎はザトーに対して不自然な言葉を発した。
『おい、来るな、危ないぞ!』
ブラックポーンがクルリと旋回すると、カメリアの目の前にはG・Sと同じサイズの小惑星が現れる。
【ザトー】「ふんっ!」
カメリアは蠅を払う様に大きな右手を振るうと、小惑星は粉々に砕け散った。
【ザトー】「これが超機体のパワァー!危ないのは貴様の命だ!……ん?」
ザトーは近くに漂っているナイフを見つけ、カメリアで摘まむ。
【ザトー】「少しでも軽くする為に捨てたのか……がっははは!逃げる為の無駄なあがきよ」
『…………』
白兎はナイフを放り捨てたのでは無く、砕かれた小惑星に刺し込んでいた。
一見して無意味とも思える白兎の行動や言動だが、無敵と思われたカメリアの攻略を着実に進めている。
カメリアの右手に負ったナイフによるとても小さな傷を確認した白兎は精神内でほくそ笑み、数百パターンによる詰み手を巡らせていた。
しかし、突如入った基地からの音声通信によって状況が変わる。
【マル所長】「白兎!今すぐ基地の援護に来れないかい!?」
『え!?どうしたの』
【マル所長】「小型の揚陸艦が星に上陸して、武装した何人かがこっちに向かって来てるんだよ!」
『陸戦部隊か、出来るだけ早く戻る!何とか時間を稼いで!』
通常はG・Sや戦艦、戦闘機などの航空戦力を削いでから陸戦部隊を投入するものだと思っていた白兎は意表を突かれた。
『シルビア……イリア……』
ゆっくりと確実にカメリアを追いつめる気でいた白兎は、リスクを冒す最短での攻略に舵を切らざるを得なくなる。
基地のある星へと機体を進めようとしたその時――
【ザトー】「間合いだ!イチゴイチエのぉ……一の太刀ィ!」
『くっ!!』
再び放たれる見えざる超速の斬撃、白兎は上体を倒しながら左手で小銃を構えて弾丸によるカウンターを狙ったが。
ザシュッ――
撃つよりも先に斬撃によって左腕の肩から先が吹き飛んだ。
【ザトー】「クソッ!胴体を狙ったんだが……まぁいい、次で終わらせてやる」
衝撃波によって機体を揺らされながらも、そのままの勢いで星へと突き進んだ白兎の機体をカメリアは猛追する。
『……は、掴んだ…‥後は……技、俺に出来るか……いや、やるんだ!』
【ザトー】「何ぶつぶつ言ってやがる!恐怖でいかれちまったのかぁ?お前の機体じゃ逃げ切れ無ねぇんだよ!いい加減諦めろ!」
『やめろ!くっ……来るなぁ!』
ドンッ!
まるで溺れているかの様にジタバタと動き、明後日の方向へと銃弾を放ったブラックポーンを見たザトーは苦笑し、勝利を確信した。
『待て!』
【ザトー】「あぁ!?」
白兎は手に持った小銃も含め、全ての武装を解除する。
【ザトー】「降伏かぁ?くっくっくっく……駄目だね、お前はここで死ぬ!」
『あんたに二枚の"カード"を与えよう』
【ザトー】「は?」
『一つは後退してこの空域から去れ、二つ目はつまらないシステムなんて切って自分の力で俺と戦う事……でなけりゃあんたは死ぬ事になる』
【ザトー】「……はぁ、もういい!噂のジャバウォックとやらも追いつめられたらこんなものか」
右手を腰の前に掲げ、居合の構えをしながら突進するカメリア。
【ザトー】「震えながら空間断絶に裂かれて死ねい!イチゴイチエのォ!」
『最初に縦に裂かれたのが良かった……二回見て、そいつの距離を確実に把握した』
イチゴイチエの柄に手をかけた瞬間、ザトーの複眼は前方横から小さな何かが飛んで来るのを捉えた。
【ザトー】「何だ……弾丸!?馬鹿な!」
『"殺気"は無い、あんたが自分から弾丸に突っ込むんだ』
【ザトー】「か、解除だ!間に合わな――」
『ゲームを楽しめない奴は、"円環の弾道"に巻き込まれて死ね』
ドシュ――……
カメリアのボディに大穴が空き、ザトーであった物が赤色の噴射となって宇宙にまき散らされる。
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超機体カメリア30 【行動不能】 惑星軍大佐ザトー 【死亡】
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ザトーの敗因は自動操縦システムの多様と依存。
殺気を読んで回避するシステムの他、イチゴイチエを振るう右手も相手の動きによって自動で上段、中段、下段と型を変えていた事に電子の福音を持つ白兎は気づいた。
通常時は殺気を読むシステムが優先され、イチゴイチエを放つときだけは攻撃をするシステムが優先される。
そうしないと銃撃によっていつまでも回避行動が行われてしまい、反撃が出来ないからだ。
イチゴイチエの射程距離は222メートル、近接でのカウンターは不可能、この距離では発動に合わせての銃撃を行っても躱されてしまう。
白兎は"殺気を読む"システムを攻略する事に決め、その隙を見つけた。
持ち主から離れ、ただの障害物となった物を自身から進んで触れに行った場合ではカメリアにダメージを与える事が出来るという事。
そこからさらに『来るな!』『危ない!』と言った警告を出すことで、殺気が無い事を示す。
以上の事を踏まえ、トラップなどでじっくりと追いつめる事を考えた白兎であったが早急な対応を迫られ、ある技でザトーを倒す事を決意する。
基地がある星に逃げ帰ると見せかけ、右手に持った実弾の小銃によって放たれた一発の弾丸。
ザトーは白兎がパニックに陥り、見当違いの方向に撃ったと判断したが、この一撃は実弾に拘り続けた白兎にしか出来ない神憑り的な"技"であった。
星の引力と遠心力がつり合うゼロ地点に弾丸を滑り込ませ、星の周辺空域を回り続ける衛星化とさせたのである。
弾丸の周回軌道とイチゴイチエの射程距離を完璧に把握した白兎によって誘われたザトーは、炎に飛び込む虫の様に自ら弾丸へと飛び込んだのであった――。
星に上陸し、基地から上がる噴煙や激しい銃声と閃光を見た白兎は動揺する。
『既に突入されている……白兵戦、俺に出来る事はあるのか?』
G・Sでの戦闘において無敵を誇った白兎だが、自らが人と対峙した場合は思考が真っ白になってしまい、まともに戦う事が出来ない性分であった。
それでも機体から降りると、基地内部へと走り出す。
『うっ!?』
施設内部での銃撃戦によって死亡した職員や陸戦部隊の死体があちこちに転がってるのを見た白兎、シルビアやイリアで無い事を確認しながら銃声が鳴っている方向へと向かう。
食堂室から居住区へと続く通路まで行くと、生き残った職員と陸戦部隊との間で激しい銃撃戦が行われていた。
陸戦部隊は二十人、背後を取っている白兎だったが立ち向かいたい意思はあっても身体が動かないでいる。
『くそっ!なんで俺は生の人間相手だとこうなんだ……』
陸戦部隊が手に持った何かを部屋の奥に放り投げ、身を屈めた。
「グレネード!」
ドンッ!!!!
破裂音と巻き上がる粉塵、爆心地付近に倒れていた人物を見た白兎は絶句する。
『シル……ビア?』
うつ伏せで顔は見えないが白兎にはハッキリと分かった。
そして、倒れたシルビアの頭部に赤黒い血液の水溜まりが出来ている事――
『あっ……あぁ……あぁぁぁぁ!!!!』
その瞬間、白兎が溜め込んでいた負の感情が一気に爆発した。
鍵山白華として生きて来た人生、この世界でも残酷に訪れる現状、そして何も変えられなかった自分自身への怒り。
許容量を超え、決壊した負の感情は自分を邪魔する人間への憎悪となる。
『ふざけるな!公平に戦わずに……お前らの方が殺人マシーンだ!』
白兎は自身のデータに即興で新たなプログラムを構築し始めた。
己の視界をまるでG・Sのコクピットから周りを見る様にし、人間はG・Sの姿に映る様にすると武装した陸戦部隊に向かって走り出す。
『もう何も人とは思わん――』
「なんだ!?貴様!」
ドガッ!ゴキッ――
白兎は陸戦兵の一人に接近すると、万力の様なパワーでヘルメットを掴み、そのまま一回転させて首の骨をへし折った。
『一機撃墜』
「あの身体、アンドロイドか!?」
「撃て!撃て!」
兵達は一斉に背後にいる白兎に向けて銃を構え、白兎も手に持った死体を盾にしながら落ちていた小銃で応戦し始める。
『ゲームを始めよう、悪いがあんたらにはカードは与えない』
一対二十人の銃撃戦、身体は人間であった時よりも自由に動けた。
飛んで来る弾丸をも躱し、正確に兵士の頭や心臓を打ち抜く。
十人を殺害したぐらいには弾丸を弾丸で撃ち落とす技術も覚え、もはや戦闘では無く一方的な虐殺となった。
………………
…………
……
「シルビア……あぁ、なんて事だ」
銃撃が治まった所内、マル所長が倒れたシルビアの様子を見て愕然とする。
「まだ息がある……!白兎、白兎はどこだい!シルビアを医務室に運ぶから手伝っておくれ!」
隣の部屋からズルズルと赤黒い何かを引きずりながら白兎がやって来た。
『あっ所長、一人逃げられちゃいました』
「白兎……あんた」
『全員撃墜しようと思ったけど、シルビアの言った事思い出して、せめて鹵獲だけはしたくて、最後の機体の手足もいで行動不能にして、ボディをこじ開けたんですが、パイロットが居なくて、どこに行ったのやら』
『でもこれって一応は"ステージクリア"になりますよね?初見だったけど、もうちょっと上手くやれたなぁ~、次はもっとオブジェクト利用したり、角待ちしてる機体を近接でやれればタイム短縮できるな、うん』
戦闘AI白兎、弱点を克服した代償として、人間でも機械でも無い"壊れた何か"に成りつつあるのであった。




