055 クーヤ皇女の物語
私の名前はテレイア、宇宙傭兵団"虹の剣"の団長だ。
そしてレベリオ帝国の皇女、クーヤでもある。
父は皇帝レベリオ二十六世、私の祖父に当たる二十五世が早くに亡くなり、僅か十代で皇位を継承した父は先代が作り出した"賢人会"と"ダキニ"という一族の罪に苦悩する人生を歩んだ。
母は貴族では無く司書をやっていた一般人、どんな馴初めだったかは知らないが、皇族では珍しい恋愛結婚をする。
母は病弱でなかなか子宝に恵まれなかったが、私という一人娘が産まれた。
男系重視の皇族であったが父は母以外の夫人を作らず、母の年齢や体力的にも次の子供を断念、私を女帝として次の跡取りにする事を決める。
幼少の頃から私は朝、昼には学問と帝王学をみっちり学ばされ、夜は父が直々に賢人会とダキニについての話を聞かされる毎日。
ほとんど遊ぶ事は出来ずに睡眠時間は4時間ぐらい、就寝前、母と一緒に過ごせる時間が私の楽しみであった。
母は幼少期に惑星テレラに住んでいた経験があり、コロニーでの生活しか知らない私にとって母の口から語られるテレラでの大自然や動物の話をとても興味深く聞いていた。
特にお気に入りだったのが"虹"の話、降雨後などに空気中の水滴が恒星などの光によって七色に輝く現象である。
私はネットの画像や動画で自然に出来た虹の姿を見て、その美しさの虜となった。
そして母が話してくれた虹に関する神話や逸話、そういった物によると虹には"人々や異種間を繋ぐ架橋"となる力があるらしい。
幼かった私はその虹の力を使って帝国と惑星を仲直りさせたり、ダキニという悪いAIと仲良く出来るのではないかと妄想していた。
一方で母と違って父の事は好きになれなかった。
父は皇帝としての激務で疲労してるのか、頬は痩せこけ目には生気が無く私に対して賢人会がしてきた事と、帝国の行く末、そしてダキニの恐ろしさを押し付ける様に言い聞かせる。
「私が死んだらクーヤが帝国の責任と罪を引き継がなければならない」
「賢人会としてダキニを倒せ、それが我々の宿命である」
「だが惑星との戦争は続けなければならない、それがダキニへの抑止力になるからだ」
罪を清算する為に罪を作り続ける運命、頭がおかしくなりそうだ……。
みんなが仲良くなればそれで終わりじゃないか、私は戦争などせずに人間ともAIとも仲良くなれる虹の架橋になろう。
そんな私がスクールに通い始め、様々な人間を目の当たりにすると己の考えがいかに甘かったかを実感する。
ひとクラス二十人ほどのコミュニティでも様々な人間関係が渦巻いていて、みんなが仲良くなんて不可能だという現実を理解した。
更には私に集まって来る人間は皇族に取り入ろうと作り笑顔でおべっかを使う者ばかりであり、結局私は人々の架橋どころか自らが心を閉ざす。
友達と呼べる者も幼少期から傍に居たクリスタといつも一人で機械いじりをしていた不思議な訛りがある女の子、私から声をかけて仲良くなったベスタだけである。
大きな理想は現実に押しつぶされてしまったが、この二人と過ごす時間はとても満たされていた。
レベリオの皇女という使命だの宿命だのはどうでもいい、どうせ私には何もできない、このまま流されるままに暮らして今を幸せに生きて行こう。
そう、歳相応な普通の生活を――
ドンッ!ドンッ!
大きなナイフを持った女が倒れる。
「ぐっ……夫の仇……憎きレベリオ……」
ドンッ!
女は頭を銃で撃たれ、こと切れた。
「……クリスタ」
「もう大丈夫です、お嬢様……確実に始末しました」
「そうじゃなくて」
「私の事は……役目ですから」
「………………」
普通の生活――
大きな慰霊碑の前で、大勢の軍人と私達皇族が神妙に起立している。
「三十三次ヘルコスの戦いにおいて英霊となった三千人の同士達に敬礼!!」
一斉に敬礼する軍人とすすり泣く喪服の民衆。
出来ない……理想を求める事も、普通の生活も――
夜、居間でうな垂れた父が母と話してるのを覗き見た。
「最近叔父や他の貴族の様子がおかしい……、キャロルによるとダキニによって洗脳された形跡があるらしい」
「静観をするのが良いのか粛清をすべきか、どうしたもんか……」
「君も周りの人間に気を付けるんだ、クーヤにも家族以外は信用するなと教育しておこう」
もう嫌だ――
何もかも忘れたい
そうだ、以前パーティで飲んだ白いシュワシュワを飲めば、頭がフワフワして余計な思考をしなくて済む。
私は給仕人にこっそりと頼み込んで得た白いシュワシュワを毎晩飲んでから母と一緒に過ごした。
全てを忘れて母に甘える時間だけを私の全てにしよう。
数年後――
父が公務中倒れたと連絡が入る。
脳の病気とされ緊急手術で一命を取り留め、二十日ほど入院した後、退院して家に戻った。
数日ぶりに見た父の顔はとても健康的で、穏やかな表情をしている。
私は父も様々な懸案や公務で疲弊した上での病気だと思い、療養した事によって気持ちも楽になって良かったと考えて居た。
しかしその日の夜、いつもの様に母と過ごそうと部屋に向かうと母は泣いていた……。
これは悲しみの涙、昼間は父を迎えてから特に何事も無く過ごしたのに、母の悲しみの意味をこの時の私は分からなかった。
この日から父は私に対してあれこれ指示したり、帝王学などの話をしなくなり、母はよく寝込む様になる。
公務をこなしたり父と会話する姿はどこか芝居じみてるのを感じた。
母は日に日に弱って行き、私も気を使って甘える事も出来ずに、母の手を握って一緒に寝る事しか出来ない日が続く……。
そして遂に母は入院する事になる。
入院する前夜、母は一晩中私を抱きしめ続けた――
母の快復を願いながら、孤独な夜を過ごしていると父が久しぶりに話しかけて来る。
「クーヤに、そして帝国にとっても良い話を持って来た」
「惑星同盟軍を実質支配しているマロタリ社の事は知っているな?そこの次期社長である青年がクーヤとの結婚を望んでいる」
「二人の婚姻が決まれば帝国と惑星間における百五十年の和平が約束され、この苦しい戦争を辞める事が出来るんだ、世界が平和になるんだぞ」
「どうだ……受けてみる気は無いか?」
本当は結婚なんて嫌だ……。
ただそれ以上に帝国と賢人会の罪、戦争による憎悪をおっ被せられるのに耐える精神力は残されて無く、私は静かに頷く事しか出来なかった。
その後、父に頼まれる公務の手伝いが増え、母の見舞いに行く事すら出来ない日々が続いたが、母が退院すると聞いて心が躍る。
迎えの車が家に到着し、母が出てきたら飛びつくように抱き着いた。
そんな私に母は笑顔で頭を撫でてくれたが、私はとてつもない違和感を覚える。
この人……誰?
意味が分からなかった。
声も姿も母なのに、私の心の奥底で"この人は母ではない"という警鐘を鳴らしている。
当然もう甘えたり一緒に寝る事は出来なかった。
だって他人なのだから――
自分がおかしくなったのか?会わない時間が長すぎたから?
それとも大人に近づいて来たから自然にこういう気持ちになった?
言い知れない不安と孤独に苛まれながらも、再び家族との生活を続けて行く。
朝起きて家族との会話は「おはよう」、スクールから帰って「ただいま」
食事の時は淡々と生活報告、寝る時は「おやすみなさい」
思春期を迎えたらこのぐらいが普通なんだろうと自分に言い聞かせ、ただ時だけが過ぎて行った――。
ある日、クリスタが私と二人きりで話したい人が居ると耳元で囁いて来る。
彼女に案内された場所、そこはコロニー外れにある"墓地区間"、この時点で私は背筋に寒気と動悸が起きている事を感じる。
そこに居たのは杖を付いた老人、春日十士を仕切る"ブランチ"で墓地内にある一つの大きな墓石の前まで案内された。
これは身元不明者が埋葬される無縁墓、ブランチは苦悶の表情で語り出す。
「お嬢様、お気を確かにして聞いて下され……」
やめてくれ――
「以前陛下が入院……様子が……調べを……ャロルとの連絡も途絶え……」
察していた――
「医療機関は……洗脳……陛下は……既に……お亡……」
現実を――
「皇后様も……同じように……ろされて……ドロイドの……身体」
突きつけないで――――
………………
…………
……
その後、帰宅した私に「おかえりなさい、晩御飯にしましょう」と笑顔で言う母、父もやって来て傍から見たら幸せそうな家族団欒。
私も笑顔で輪に入る。
例え偽りでも最後の晩餐を味わいたかった。
食事が終わると部屋に戻り、護衛用の銃を取り出し再び居間に戻ると、銃を構え、父の足に標準を定める。
手の震えを抑える為に深呼吸をした時、数少ない父と遊んだ思い出が頭の中で再生された。
まだ小さかった私が庭園でボールを追いかけ回していて、その姿を父は穏やかな表情で見守っている。
ボールを拾って父に見せに行くと、笑顔を見せた父……しかし、一瞬切ない顔を見せると何時ものキリッとした表情に戻った。
今なら分かる。
戦争によって散った数十万の命、その犠牲の責任がある皇帝としての自分が幸せに生きて良いのかと、笑顔になっていいのかと。
そんな苦悩を今まで理解してなくてごめんなさい、また会えるなら私の前では笑顔でいてください
神様、どうかブランチが嘘をついた結果であってください
神様、どうか私の頭がおかしくなっただけであってください――
ドンッ!
カンッ
撃っても父は表情一つ変えずに、足からは出血は無く鈍い金属音が響くだけであった。
嘘だ!
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
腹、胸、首を撃った。
嘘だ!嘘だ!嘘だ!
唇を噛みしめ母の足にも撃った――
血が出ない、痛がらない、瞳の奥に不気味な赤い光が見える。
二人は人間じゃ無かった。
嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!
あれらに対する感情はもう恐怖しか無い――
「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
叫び声を上げながら靴も履かずに家を飛び出した。
この現実を振り払うかの様に何も考えずに、ただひたすら走る。
どれだけの時間を走っては歩きを繰り返したのかは分からない、気付くと私はブランチに案内された墓地区間に来ていた。
そして一つの大きな石碑の前へと歩みを進める。
始末された父と母が身元不明者として埋葬されている無縁墓――
私はその石碑に力無くもたれ掛かると、手に持った銃を自身のこめかみに銃口を向け、引金を引く。
カシャ
弾切れ銃の空を切ったスライド音だけが虚しく響いた。
「あはは……」
死すら思い通りに行かない自分に対する悲痛な笑いが出た後、溜め込んできた感情と涙が溢れ出る。
「うわあぁぁぁぁぁ!誰か、助けて!……助けてよ!あぁ……なんで!なんで私だけっ!こんな!うわあ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
誰も居ない深夜の墓地に虚しく響き渡る叫び声
「助けてよ……」
呟き続けるが、当然誰も答えてくれない。
流す涙も枯れ果て、呆然自失に天を見上げる時間が続いた。
夜明けを知らせる人工光源によって、うっすらと空が明るくなると同時に私の中である感情が沸き上がって来る。
ダキニ対する"憎悪"と"怒り"だ。
体中の血か頭に登って行き、視界が真っ赤になるのを感じる。
「ろしてやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる殺してやる」
「殺してや!る殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!」
どす暗い恨み言を呟きながら石碑をひっかき続けた。
私が人間でよかった。
怒りという感情が残っていてよかった。
割れた爪の先から流れ出た血を眺めながら、私の中である決意が芽生える。
父の贖罪すら踏みにじり、母を奪い、私の人生を潰したダキニを、私の人生を賭けて必ず抹消してやると――
どんな手を使ってでも、異種間を繋ぐ"虹"があると言うのなら、それすら使って貴様という人工知能を見つけ出し、必ず刃を突き立ててやろう。
運命から逃げ続け、全てを失った私が原動力とした物は"復讐"であった。




