051 虹の剣
テレイアが虹の剣を去って数日後――
今日はコリンが退院する日、彼女を迎えに行く3人で病院近くのホテルに宿泊していたが、俺は早朝に抜け出して近くのゲームセンターでいつものゲームをしていた。
完全な現実逃避、これでは元の世界に居た時と同じである。
何も感情を持たず、刑務作業をするように淡々とゲームをしていると背後から声をかけられた。
「おや、これはこれはあの時の若人じゃないか!また会えるとはねぇ」
以前このゲームを一緒にやったお婆さんだ。
『あ、どうも……』
「なんだい、元気ないねぇ!若いんだからもっと楽しくゲームするもんだよ」
俺は無言でゲームを続ける。
「……まぁ会ったのは実は偶然では無いのだよ」
「我が調べていた案件でお主を見つけた時は驚いたぞ、傭兵団虹の剣のアイリスよ」
特に驚く事では無い、取材やコロシアムで優勝しているから、たまたま記事を目にする事もあるだろう。
「そしてヘルコスでの白い機体とお主の立ち回り、我が入ったと確信した一の太刀を防いだのはお主が初めてであるぞ」
えっ!?あの黒い機体に乗っていたのは
『帝国の……春日十士』
「左様、我は春日G・S部隊長"エボニー"」
『女王エボニー、あまり世を知らない自分でもよく耳にしてました』
「もう古い話だよ!今はほとんど引退しとるが、なかなか後任になる様な者がおらん」
『そうなのですか……それで自分に何かご用ですか?』
「クーヤ様についてだがなぁ」
『!?』
「ほう、主が元気無い理由はやはりそこか」
『…………』
「せっかく優秀な機体と腕があるのに、お主はお嬢様を救いに行かんのかえ?」
『俺とテレイアだけの問題では済まないのです、軽率な行動で他の仲間の命を落とすかもしれないんです!』
分かり切った事を言われ、思わず大きな声を張り上げる。
「……ヘルコスで一部の隊が不審な行動をした事や、コロニーでのテロが関係あるのだな?」
春日でもダキニの事は伝えられていないのか。
「10年ほど前、帝と皇后様の様子が突然変わられたが、まるで"人では無くなった"かの様に――」
『え?テレイアの両親は死んだのではないのですか?』
「いいや、生きておるぞ」
どういう事だ……、テレイアは「両親は殺された」と言ってた。
ダキニ、乗っ取り、アンドロイド……まさかっ!!
『皇帝と皇后はダキニが用意したアンドロイドと挿げ替えられている……』
「やはりそうであったか……となるとお嬢様も挿げ替えられるであろう」
そんな!?
そういえば手紙で今度会った時は私が私で無くなるなどと書いてあったが、テレイアはその事も覚悟していたのか。
『あの……エボニーさん、テレイアを救ってあげる事は出来ないですか?』
「我が?何故だい?」
『え?』
「我は所詮"兵"よ、皇位の継承が例え機械であろうとも覇者に付くまでの事」
『そんな……』
「だからこそ独立愚連隊である虹の剣の出番なのではないのか?」
『先ほど言った様にそれで仲間が危険に晒されるかも知れないし、テレイアもそれに耐えられずに選んだ選択なんですよ!』
「廻りの考えばかりに縛られて、お主の考えで行動出来ぬのか小僧がっ!!」
『っ…!』
2人しか居ない早朝のゲームセンターで老婆の声が響き渡る。
「ふぅ……、お主の仲間達も同じ気持ちで何も言えないでいるのではないのか?お嬢様、いやテレイアは今まで頭目として仲間の命の責任を背負って来た」
「お主が本当にテレイアを助けたいのであれば、主も我儘に、そして仲間を戦火に導いてまでも我武者羅に救って見せよ!」
「最悪を想定せずに顧みない、それが人間であろう!」
何も言い返せない――
元の世界で俺が父に会いに行けなかった理由の1つに、父以外にも母や祖父に迷惑がかかるのではないか、という感情もあった。
俺は自分が傷つきたくない、誰かを傷つけたくないという理由を付けて己の本心から逃げて来ただけ……、だがテレイアは今まで、その責任を1人で受け続けて来た。
レベリオ皇族の罪と呪い、そして虹の剣としての団長としての責任を……。
今の俺がテレイアに出来る事、それは――
俺はゲームの筐体から立ち上がる。
「カカッ!決意したか、良い顔になっておる」
「あぁ、これは独り言だがなぁ……明日の午後に帝国と惑星軍による"150年の和平"なる調印式がある」
「それと同時にお嬢様とマロタリ社のおぼっちゃんとの婚姻も発表されるらしい、恐らくこの日がお嬢様を連れ戻せる最後の好機であろうよ」
『俺、行きます……エボニーさん、ありがとう!』
そう言うとエボニーさんは笑顔を見せ答えた。
「気にするな若人、青春を楽しめ!楽しい時の行動力は無限だ!」
『この借りは返します……俺の本気を、貴方が誘った戦場で――』
「んふふっ……察しておったか我が修羅の欲求を」
『それではまた……』
「宇宙で会おうぞ……」
………………
…………
……
コリンを迎えに行って惑星セレーネに戻ると、ピーターワンのブリッジでささやかな退院祝いを催していた。
宴もたけなわとなった時に俺は皆に呼び掛ける。
『皆、俺の話を聞いて欲しい!』
「なんじゃアイリス、珍しく自分から呼びかけて」
「それに自分を"俺"って……まぁそれはそれでいいわ……いいわ……」
俺はこの良い雰囲気をぶち壊す事をこれから言う。
これまで議論や否定、拒絶から逃げて来た俺の言葉で――
『俺はテレイアを助けたい!明日彼女は無理やり婚姻をさせられる!』
皆の表情が曇り、場が凍り付く
「アイリス、あなた何を言ってるの……」
ケレスが迫って来る、いつも無表情だがその瞳は静かな怒りに満ちているのが分かる。
『それだけじゃなく、ダキニによってアンドロイドと身体を挿げ替えられ、テレイアは殺さるかも知れないんだ!』
「それ以上何も言わないで……」
『彼女が原因で傷ついた事もあるかも知れないけど、彼女に救われた事もあったはずだ!』
『仲間1人守れない傭兵団が、今後なにを成すと言うんだよ!』
パンッ!
ケレスの平手が俺の頬を打つ
「わかってるわよ……、皆分かってるのよ!アイリス、貴方の行動によってお嬢様が更に傷つき、仲間の命も危険になるのよ!」
普段、感情を表さないケレスの震えた声と怒りの表情、だが俺は引かない、絶対に――
『それでもだ!コリンみたいに怪我を負うかも知れない、誰かが死ぬかも知れない!でもそれじゃ……それじゃ何も出来ないじゃないか』
「…………」
俺への好感度なんて糞くらえ、俺が背負う。
テレイアが背負っていた物の一部を!
『理屈も効率もいらない……ただ俺は、またテレイアの笑顔を、そして虹の剣の皆が本当に笑ってる姿が見たいんだ……』
涙がこぼれ出した。
俺は膝を付くと、皆に向けて額を床に付けて頼み込む。
『ちくしょう……俺が普段から人と話せる様な奴だったら、もっと上手い言葉が出たかもしれないのに……』
『全部俺の我儘だ、俺一人じゃ無理なんだ、テレイアを……俺を助けて欲しい、お願いだ』
暫らくブリッジ内に沈黙が流れたが、コリンが言葉を発した。
「あぁ~あ、これじゃ私のせいで助けに行けないみたいじゃない!」
『そんな事は……』
「私もアイリスお姉ちゃんとテレイア艦長を助けにいくわ!」
『コリン……』
「僕やお姉ちゃんは借りもあるし、この道に入る時に引金を引いた」
「他人を裁いといて自分は安全に暮らそうなんて考えていないよ、アイリスお姉ちゃん」
『カイリ……』
「わしが居ないと機体は出せないじゃろう!帝国軍全機を相手にするG・Sのメンテ、いやぁ~整備士として武者震いがするのう!」
「悪を倒してテレイアを救う、ただそれだけっ!なのだ!」
「うっふふ……ここでアイリスに貸を作って、終わったら……ちょめ……ちょめ……させるから、行くわ……行くわ……」
『みんな……』
「わたしは反対!お嬢様の決意と、アロイ様が命を賭けた意思を無駄に出来ない」
『ケレスの本音はどうなのですか!?春日十士の"クリスタ"では無く、虹の剣の……テレイアの友達としてのケレスの意見は!』
「それはっ……」
『アロイさんの最期の言葉、"春日に縛られず自由に生きろ"……あの人の意思はそこにあるのでは無いのですか!』
「私は……お嬢様を……」
ケレスは膝を付き、顔を歪ませ涙を流した。
「私の大切な友達を……守りたい!友として傍に居たい!」
泣き崩れたケレスを俺は抱きしめる。
「貴方は勝てるの?帝国数十万の艦隊、G・S部隊に」
俺は自身の涙を拭い、立ち上がると格納庫へ向けて迷いなく歩を進める。
『勝てますとも、俺は今まで"10億機"ぐらい墜として来た――』
「え!?」
『指揮は任せます』
「……分かったわ、"団長代理"としてアイリスだけには背負わせない!」
虹の剣のメンバーの気持ちは一つとなり、"テレイア奪還作戦"が幕を開けた。
調印式が行われるのは惑星同盟領とレベリオ帝国の国境近くにある中立コロニー"カラモス"で行われる。
幸いな事に惑星セレーネから近い距離だ。
「私もブリッジで青春感ある物に混ざりたかったデース!歳行ってるからデスか!?十代の青春に混ざれないのデスかぁ!」
セレーネの格納庫でコハクさんの流れをぶち壊す叫びがこだまする。
「コハクは虹の剣のメンバーと言うよりは下請け開発者なのだ!」
「来年三十路キークッ!」
ドカッ!
「い゛だぃのだぁっ!」
ヘカテーの尻にコハクさんの蹴りが炸裂した。
「私だっておもっきし当事者デース、なんせ"キャロルの後継者"デスから~!」
「 「 『 えぇぇぇぇ!!!! 』 」 」
衝撃の事実に皆、驚きの声を上げる。
「軍事技術のバランサーとしてマロタリ社に派遣されたデスけど、あいつら開発費ケチってたから色々横領して逃げてやりマシター」
「ぶっちゃけダキニとかどうでもいいデスけど、目の上のタンコブだったダンプティン社に居る従姉の"カー・リメイン"が作った超機体をボッコボコにしてギャフンって言わせるチャンスデス!」
なんか一人だけ作戦の趣旨が違ってる人が居るが、このノリこそ俺が求めるいつもの虹の剣だ。
「貴方達は私が作った超機体でリメインの機体をボコボコにするデスよ!私も全力でサポートするデス!セレーネに隠してたミサイルサイロにある50発の星間弾道ミサイルで!」
『いやいや、テレイアごと吹っ飛ばしてどうすんですか』
「核弾頭なんてつまんねぇもん積んでねーデス!戦場となるカラモスコロニー周囲に"MRPパウダー"を散布するデスよ!」
なるほど、ほぼ無限に兵器を作り出せるって分けか、それは心強い――
【ケレス】「皆聞こえる?そろそろ出撃するわ」
【ケレス】「ここからカラモスまで近いから、母艦よりスピードが上のG・S部隊はセレーネから直接向かって頂戴」
「私は基地に残りマース、あと1人ミサイル発射と誘導でのサポートが欲しいデス」
「じゃあわしが残ろう、G・S部隊は問題があったら直接基地に帰還するのじゃ!」
『それならベスタ、ホワイトポーンをいつでも出せる様にしといてください』
「ん?なぜじゃ」
『ホワイトポーンのAIレコーダーに"黒兎"を入れておきます』
《え!?》
「黒兎はお主じゃろ?」
『俺は黒兎じゃないのです、説明は後でしますのでお願いします!』
「うーん……なんだか色々あり過ぎて頭が混乱しそうじゃが、分かった、いつでも出せる様にしとくのじゃ!」
そういう事だ、ダキニはどんな手を使って来るか分からない、ベスタとコハクさんを守ってくれ!
《……分かりましたアイリス》
《必ずテレイアを連れて、そして生きて帰って来てください》
あぁ、必ず連れ帰る。
黒兎、ここは任せた!
《了解、全うしてみせます》
一人の女の子を救うために、偽りではあるが長年の戦いを止める和平を潰す。
そして世界中の人間を敵に回すかもしれないこの戦いは、混沌をまき散らすだけの独善だ。
『一番機アルミラージナイト、アイリス発進します!』
だが俺は虹に欠けたひとすじの色を取り戻す為に、"顧みない全力"をこの世界にぶつけてやる――。




