050 いまはとて
ヘルコスの戦いから数日後――
コリンは惑星セレーネから近い民間コロニーにある病院へと移され、治療とリハビリをしている。
テレイアはこの世界で出来る細胞培養による再生治療を進めたが
「それだと仕事復帰に1年かかるから大丈夫!それに……こういう道を選んだ時点で死や怪我の覚悟はしてたから」
コリンはそう言って機械の義足にする事を選択し、たった数週間のリハビリで杖を使って歩けるようになっていた。
「でも……ゆっくり休んでてもいいのよ、それに本当にしんどかったら学校に通って普通の生活だってしてもいいし」
テレイアのらしくない提案にもコリンとカイリは断り、二人の必要以上に明るく振る舞う様が逆に切ない気持ちにさせられる。
ヘルコスの戦いから傭兵団としての仕事は一切受けてない、今までも忙しさなどで長期間仕事をしない事があったが、今回は団長であるテレイアの心身が萎え果てていて何も出来ない状況だろう。
常にテキパキと動いてたテレイアだったが、ピーターワン艦内やセレーネの基地に居る時もぼーっとしてる事が多くなった。
コリンの見舞いが終わると、俺とテレイアは近くの公園へと歩き始める。
ケレスも病院に来ていたが
「元気の無いお嬢様をアイリスが癒して欲しいの、私よりもあなたのが一緒に居てリラックス出来ると思うし……」
そんな事は無い、と俺は言ったが押し切られる形で2人きりで過ごす事になる。
木々に囲まれて芝生と大きな噴水だけがあるシンプルな公園へと来たが、テレイアは力無くベンチにもたれ掛かって噴水をぼーと眺めるだけだ。
俺はなんとか明るい会話をしてテレイアを元気づけたかったが、こういう時の話の流れを作るのが一番苦手だな。
「………………」
『……今日は晴ですね』
「コロニーに天候は無いわよ、人工の陽射し」
『あっ……、うん……はい』
なんてこった、会話苦手者にとって数少ない手札である"天気の話"が出来ないなんて……テクノロジーの進化と共に弱者への優しさが抜けているぞ
「…………はぁ~」
テレイアがため息を付いている。
何か無いか?楽しい会話に繋がる何かが――
俺は噴水の廻りを見渡すと、ある生き物がこっちに向かってノシノシ歩いて来るのに気づいた。
黒と白のハチワレ柄をした太った猫が俺の傍に近づいて来て、足元で顔をスリスリして来る。
そういえば動物との触れ合いで元気を出させる"アニマルセラピー"ってものがあったな……よしっ!
猫を持ち上げてテレイアの方へと持って行く
『テレイア!』
「ん?……わっ!でっか」
テレイアがこちらに両手を伸ばしたので猫を渡すと、太ももの上に乗せて撫で始める。
「んにゃぁ~」
大きな身体なのに子猫の様な鳴き声で気持ちよさそうにうっとりする猫
「フフッ……変な顔」
微笑ではあるがテレイアに笑顔が戻った。
彼女の笑顔は俺にとっても安心を与えてくれる。
しばらく太ももの上でスヤスヤ寝始めたデカ猫の背中を撫でたり、尻尾をいじったりしたテレイアは静かに語り始めた。
「アイリスはやさしいのね」
『はい……あ、いえ』
「フフッ、やっぱ最近のアイリスはAIとは思えないわ、人間みたいに曖昧で器用なのか不器用なのか分からない」
『それは褒めてるので?』
「一応は褒め寄りよ!ただ、曖昧な人間が正しいのか機械の様に白黒はっきりさせるのが正しいのか分からなくなってるだけ」
『………………』
「レベリオの皇族、キャロル一族、そして惑星同盟を支配しているマロタリ社は"賢人会"という物を作り、戦争を操作して2つの勢力の決着を曖昧、そして先送りにして戦争経済という汁をすすりながら」
「民衆に向けて派手に戦争をしている事をアピール出来る艦隊、G・Sで戦闘を起こしてでの人間の間引きというシステムを作り出したわ」
この世界にはそんな裏があったのか。
「長年そういう事を続けて来たけど、私達の高祖父の世代、前任のキャロルや賢人会のメンバーは良心の呵責、経済成長や人類の進化の停滞を憂い、"答え"を求めて議論を続けたけど導き出せないでいた」
『それで作られたのがAI"ダキニ"ですね』
「そう……愚かね、人間は己の革新すら先送りした挙句、機械に頼ったんだから」
「その結果がこのザマ、帝国、マロタリ社は乗っ取られ現役のキャロルは行方不明になって賢人会は崩壊、父や私達の世代は人類抹殺に動き出したダキニを抹消しなければならないと言う使命……いや"呪い"を背負った」
「それも詰みかかってるわね、ダキニの影響が少ない傭兵団をやって兵力を集めながら、アクランドのコロニーを調べれば何かしらの突破口を作れると思ったんだけどね……あ~ぁ上手くいかないなぁ」
『諦めるんですか?ダキニを倒す事を……』
「言ったでしょ、私の命を賭けてでもダキニは消滅させるって!」
声を張り上げたテレイアにびっくりした猫がむくりと起きて、膝から降りて目を丸めて眺めている。
「でも……実際に目の前で仲間が傷ついたり、私の影響で関係の無い普通の市民が殺されて行くのを見ると……」
テレイアは俯いて身体を震わせた。
「私も機械の様に冷徹に淡々と出来たら良かったのに――」
『テレイア!』
「あっ!ごめんなさいアイリスの事を言ったんじゃなくて……」
『私は、恐らくケレスやベスタもテレイアの"人間味"がある所が好きで付いて行ってるんだと思います!』
『だからテレイアは今までのテレイアで居てください……俺はもうG・Sでの戦いは負けないので、一緒にダキニを倒しましょう!』
「アイリス……」
すっと立ち上がったテレイアは両手を広げて空を見上げ、スゥ……と深呼吸をする。
「そうねアイリス、私も覚悟を決めたわ!」
そう力強く答え、笑顔を見せたテレイアだが、俺はどこか悲壮な表情にも見えた。
「ふぅ……奮起したらなんだか喉乾いちゃったわね」
『何か買ってきましょうか?』
「直ぐそこに売店があるし、少し歩きたい気分だから自分で行くわ、アイリスは猫ちゃんと遊んでて」
『はい!』
小走りでキオスクに向かったテレイアの様子を見ながらデカ猫のお腹を撫でてて待つことにした。
気持ちよさそうにゴロゴロしてるデカ猫
とりあえずテレイアの気力は戻ったと見るべきか、後はダキニの攻略方法だが、どうしたものか……。
ゲームでの敵ボスみたいにバカデカいG・Sにでも乗って襲ってきてくれた方がまだ楽だったのに、電子戦に調略戦か。
テレイアが飲み物と小さな箱を買って戻って来た。
「ついでに猫ちゃんのおやつも買って来たの」
スティック状の袋から液状餌をニュルニュル出すと、デカ猫は飛び起きてがっつき食い始める。
「フフッ……いい食べっぷり」
テレイアは満足そうに缶ジュースを飲みながら猫を眺めていた。
ん?ジュース?この缶は……
『テレイア、それって』
「あぁ、前アイリスから貰った時美味しかったから」
エールだこれぇ!
「んっ……なんだか身体が熱くなって、眠くなってきたわね、アイリスちょっと肩かして……」
テレイアの隣に座ると、彼女は眠る様に俺の肩にもたれ掛かった。
これは酒を飲んだことによる"幼児退行"、通称"バブちゃんモード"が来てしまう。
しばらく俯いてたテレイアが顔を上げると、俺に抱き着いて来た。
俺は以前の様に甘えられたり身体を弄ばれる覚悟をしていたが。
「ひっく……ひっく……」
テレイアは俺の胸に顔を埋めて泣いていた……。
「う゛あ゛あぁぁぁぁぁぁぁあ゛ぁぁぁ!」
彼女はひたすら泣いた――
今のテレイアが普段の彼女なのか幼児退行した姿なのかは分からない、ただどちらの内面であってもこの姿が今の"本音"なのだろう。
俺はテレイアをゆっくり抱きしめて、その涙をひたすら胸で受け止めたのだった――。
数時間ほど経って徐々にテレイアは落ち着きを取り戻し、俺から離れてベンチから立つと、右手を差し出す。
「そろそろ戻りましょう!」
まるで何事も無かったかの様に笑顔で答えたテレイアに俺は無言で頷いて手を繋いだ。
「じゃあね、猫ちゃん」
テレイアはベンチの下で寝ているデカ猫に別れの挨拶を告げると、猫は「にゃん」と小さく鳴いて太い尻尾を振って答える。
歩いてコロニーにある空港へと向かうが、辺りは暗くなっていた。
コロニーは太陽では無く人工で作られた照明なのだが、省エネと日光によって影響される人間の体内時計や自律神経に配慮して照明操作にる"朝"と"夜"を作り出されているからだ。
「やっぱコロニーでも夜は冷えるわね……でもアイリスから貰ったマフラーがあるから少しは温まるわ」
『気に入って貰えて何よりです』
「センスが子供っぽいけどね!兎の刺繍が入ってて」
『そうですか?』
「でも可愛いから許す!」
『許された、よかった』
放課後、家路につく学生の様な他愛の無い会話をする2人、つらい事があったがここからまた虹の剣としての再出発が始まると感じた。
空港に停泊しているピーターワンへと戻り、格納庫で充電をしながらスリープモードに入ろうとしたらテレイアが自室に戻らずについて来た。
『どうしたのですか?』
「ふふっ、アイリスの寝顔が見てみたくて」
『えぇ……眺めても楽しく無いですよ』
「いいから、いいから~」
そう笑顔で答えるテレイアに恥ずかしさはあったが悪い気分では無かった。
椅子に座り、充電用のコードをうなじのコネクタに繋げると神経回路を流れる電子を徐々に弱めてスリープモードへと移行する。
『もうすぐ意識が無くなります……おやすみなさいテレイア』
薄れゆく意識の中でテレイアが顔を近づけるのを感じた。
というか近すぎる……あれ、これって互いの唇が付いてないか?
だが既に顔の神経も無く、視界も消えかかっていたので分からない……。
目の前が真っ暗になり、完全に意識を失う瞬間、テレイアの言葉だけが小さく聞こえた。
「ありがとうアイリス」
「そして、さようなら――」
………………
…………
……
《アイリス、起きてください》
……ん?黒兎、充電終わったか
《スリープモード入った直後に外部から"シャットダウン"モードにされた形跡があります》
え!?直後と言ったらテレイアがか?一体なぜそんな事を……。
《恐らく任意に再起動させないつもりだったと思われます》
黒兎、どれぐらい電源が切られてた?
《時刻、日時を艦内データと同期中――》
《シャットダウンしてから10日が経ってます》
10日も!?……すごく嫌な予感がする。
「アイリス……」
背後からの声にふり返るとケレスが居た。
『ケレス、なぜ私は10日も電源を切られていたのですか?』
「お嬢様の命令よ、アイリスは10日後に再起動しろと言う」
『テレイアが?』
「お嬢様は……虹の剣の団長を私に譲って"退団"したの」
『なっ!』
頭の中が真っ白になって、視界が激しくぼやける。
「他の皆には9日前にお嬢様が直接話してるわ、何故かアイリスにだけは私が去ってから伝えてくれと」
『そんな……テレイアは今どこにいるのですか!?』
「既に帝国の首都"アリアンロッド"に向かったわ」
唖然として、何も言葉が出なくなった。
新機体配備にコリンの怪我も治って、テレイアと共に新たな再出発を果たし、一緒にダキニを倒すことを想像していた俺の気持ちが完全に裏切られた――。
「お嬢様からアイリスに"手紙"を渡す様に頼まれたわ」
ケレスから封に入った手紙を渡される。
「"封蝋"がしてあるからアイリス以外に知られたく無い事ね……私はブリッジに行ってるから」
ケレスは格納庫を後にし、俺は封蝋を外して中の手紙を取り出して読み始めた。
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アイリスへ――
貴方がこれを読んでいる時、既に私は故郷に帰っているのね、私は虹の剣を抜けて自分の手で"ダキニとの決着"を付ける事を決意したの
なぜその事をアイリスにだけ言わずに去ったか、それは言って制止されたら私の決意が揺らいでしまうかも知れない事と……。
今まで貴方を"騙して"戦わせていたから――
私はダキニに両親を殺されてから復讐心にかられ、人間同士を戦わせるダキニに対して同じ目を合わせる為に"AI同士で戦わせる"事を考えた。
そこで目を付けたのが"黒兎"、ベスタから聞いて知ったアクランド工学で作られた戦闘AI、そう……アイリスの事よ。
貴方を手に入れて、その強さを目の当たりにした時、私はどす黒くほくそ笑んでいたの
この"機械"なら何の躊躇いも無く"道具"として戦場に送り出せると――
でも貴方と過ごす日々の中で、AIである貴方はまるで"人間の様な"内面や感情がある事を感じさせてくれた。
貴方の活躍で傭兵団として名声が上がるのと同時に罪悪感も膨れ上がっていくのが辛かった――
そしてヘルコスでのあの一件……。
傭兵団としてダキニを攻略する事の手詰まりを感じてた事もあるけど、私はもう貴方と虹の剣の皆を"手駒"として見る事が出来なくなった。
これ以上私と、一族の復讐に貴方達を巻きこめない
私は虹の剣を抜けるけど、レベリオの"女帝"として必ず貴方達を支援するわ
そしてダキニも私が倒す。
もしかしたらアイリスと会えるかもしれないけど、その時は私が私じゃ無いかもしれないわね
長文になっちゃってるからそろそろ締めるわ
アイリスとお別れしても、貴方から貰ったマフラーをいつでも付けておく、辛い事や悲しい事があったらマフラーを触れるたびに貴方を思い出す。
私の大切な友達、そして大好きな人だったアイリス
ごめんなさい、そしてさようなら――
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手紙を読み終えた俺は、色々な感情が錯綜しながら天を仰いだ。
"怒り"も"虚しさ"もあった。
それは彼女が俺を利用していた事に対するものでは無く、自分の力不足と彼女の自己犠牲精神にだ。
『テレイア……』
天に向けて力無く放たれた言葉と、ひとすじの涙が頬を伝う。
俺は異世界に来ても、再び大切な人が目の前から去ってしまった現実を受け入れられずに彼女の名前をつぶやき続けるのだった――。




