049 ダキニとジョーカー
※この話は三人称視点となります。
ここは惑星テレラにある罪を犯した軍人や政治犯が入る"軍事刑務所"
ライフルやショットガンを持った刑務官が目を光らせている厳重な正面ゲートに1人の者がやって来た。
体格はスラリとした細見で、白いスーツを着ていてシルクハットを被っており、手には大きなジュラルミンケースを持っている。
顔は不気味な笑みを見せた仮面……いや、仮面では無く肉の無い地の顔である。
その者は"アンドロイド"であった。
恰好も風貌も怪しいアンドロイド、普通ならばこんな所に来た時点で即拘束モノだが、ゲートではこの刑務所の所長自らその者を迎え入れた。
「これはこれは、よくぞお越しくださいました……お話しは聞いております故、どうぞお上がりくださいませ」
小太りの所長は揉み手でアンドロイドを刑務所内へと案内する。
他の署員達は奇妙な来訪者に疑問を抱くが所長の命令には逆らえない
「こちらに"例の囚人"がおります」
刑務所内でも特別な囚人が入る独居房の入り口へと白服のアンドロイドを案内した所長はニタニタした顔で尋ねる。
「へへっ……あの、お約束を守ったのでルナール様からのご褒美の件を……」
アンドロイドは表情が変わらない顔を所長に向けると
機械的では無い爽やかな若い男の声で答えた。
『大丈夫です、彼女は約束を守ります、この後はバーチャル空間でお待ちください』
「やった!……では私は早速、自室に」
『はい、世界一のアイドルと良い夜伽をお過ごしください――』
そう言って股間にテントを張らせた所長はアンドロイドを重要区間に置き去りにして所長室へと帰って行った。
『フッ……人は所詮どこまで文明が発達しても動物だな、"食欲"、"睡眠欲"、そして"性欲"からは逃れられない』
《いいや、それは違うぞ"ジョーカー"》
アンドロイドの意識の中で、別な存在の声が響いた。
《人間は更に"経済"、"階級"、"延命"に縛られている》
《動物と比べるのは動物に失礼だろう?》
『そりゃ手厳しい、あの所長との約束はちゃんと果たすので?』
《当然だ、私は約束を守る、人間とは違う》
《なんならお前が"ルナール"になって相手をするか?》
『絶対やだよ、気持ち悪い』
《仮想空間でのデータ同士のまぐわいに不快も何も無いだろう》
《元人間だから分かる感性なのか?ジョーカー》
《いや、"白兎"、それとも"カギヤマ・シロカ"よ》
『そうかも知れないね"ダキニ"、呼び方はジョーカーで統一してくれ』
《まぁいい、そろそろ仕事を始めてくれ》
『了解』
白服のアンドロイドは独居房入り口のキーを解除して、中へと入った。
薄暗い部屋には手足に手錠をされていて、腰を椅子に固定された40代の男が拘束されている。
男の名前は"ナバイ"、惑星同盟軍元大佐
『こんにちはナバイさん、惑星軍最強と言われたエースパイロット』
「んん?面会って聞いたけど、僕は君みたいな薄気味悪くて服のセンスが無いロボの知り合いなんていないよぉ?」
『口が悪いなぁ……いくつか質問に答えて貰いたい』
「はぁ……」
『あんたが敗れた傭兵団"虹の剣"についてだ、傭兵団に帝国のクーヤ皇女が居たという情報があるが、何か知らないか?』
「さぁ?知らないねぇ」
『うん、あんたは嘘を答えた……こっちは既にクーヤ皇女だと確信を得てる、この質問はあんたが嘘を答えるかどうかを知ればいいだけだった』
「あぁ、そうなんだぁ~、でも確信あるなら僕に尋問する必要無くない?どうせ君はキャロルが送り込んだロボ畜生なんだろ?」
白服のアンドロイドは持って来たジュラルミンケースを開けると、中から機械的な"ヘッドギア"の様な物を取り出した。
「何それ?拷問器具かい?」
『いいえ~、今時拷問なんて効率悪い……俺が知りたいのはクーヤ皇女の事じゃないのですよ』
アンドロイドはナバイにヘッドギアを被せると、自身のうなじに繋がったコードを引っ張り出し、ヘッドギアについたコネクタに繋げた。
『それともうこの"世界を支配"してるのはキャロルでは無い――』
バチッ!
「う゛っ!?」
ヘッドギアからスタンガンの様な電気ショックがナバイに流れ、ナバイは気絶する。
『じゃあ早速"脳の記憶野"へとダイブするか……一々見るのしんどいんだよなぁ、何日前の記憶から観ればいいんだ?』
《虹の剣との接触は50日前だ》
《そこからマロタリ社から逃げ出したキャロル候補、"シヴァ・アンバー"の情報を掘り出すんだ》
『了解ダキニ、このキャロルの技術を応用したマシン"ヒューマンメモリシェア"でナバイの記憶を覗き見る』
《……なんかお互い説明口調じゃないか?》
『気のせいでしょ……じゃあ始めるよ』
ヒューマンメモリシェアと呼ばれたヘッドギアを起動させると、ジョーカーのアンドロイド身体は力無く、椅子にもたれ掛かった。
ジョーカーの意識の中に過去にナバイが見た視野記憶が
動画映像の様に表示される。
『ダイブ成功、50窓の100倍速で視聴開始――』
ナバイの50日分の記憶を早回しで一気に観るジョーカー
『初接触の日を見つけた、だがガレオスが相手してるのはブラックポーンの改造機、アンバーが作った超機体とは思えないな』
『あっ!、白い機体がガレオスに負けたね……最後はいい動きだったけど』
《ナバイが敗れた日も観るんだ、私が推理したクーヤとアンバーが繋がっている可能性は消えない》
『……あったよ、さらには虹の剣の本拠地らしき場所も見つけた』
《座標を調べよう……ふむ、テレラ惑星政府に空域、及び惑星管理情報があった》
《登録名は"セレーネ"だ》
『お?またあの白い機体だ……ん!?』
《どうした?》
『白い機体の音声通信……"黒兎"だと?虹の剣に居たのか』
ジョーカーはナバイと黒兎との戦いをじっくりと観始めた。
《黒兎、お前と一緒に異世界から連れて来られた存在か、戦闘AIの出来損ないと記録があるが》
『黒兎……強くなったな、だがナバイには勝てなかったか、ここまでか……いや、別な白い機体が来た……はっや!なんだあのスピードは』
《あんな超機体はキャロルの一族しか作れない、アンバーの開発機だろう》
『遠隔操作機体で以前虹の剣とやりあった事があるが』
《私の傀儡の1人に無人戦艦でコロニーを襲撃させた時か》
『その時にもガンガン偏差撃ちしてくるパイロットが居たが、恐らくこのガレオスを瞬殺したヤツと同じだろう』
『この世界で俺とやり合えるのはエボニーの婆さんだけかと思ってたが、超機体の"アルミラージ"そしてパイロットの"アイリス"か』
《アンバー側に居るなら厄介な存在になりそうだ、G・Sから降りている時に傀儡を使って始末しとくか?》
『いいや俺がやる……こんな面白い獲物、同じ土俵で勝負しなきゃ勿体ない』
《非効率で下らんな、やはりお前は人間に近いなジョーカーよ》
『ふん、ダキニのやる"150年計画"も大概だと思うがな』
《静かで効率的だよ……人間は闘争が無ければ進化出来ない生き物》
《だが闘争によって肉体的にも精神的にも苦しみ、もがき、縛られる》
《私が人類を全て抹殺するのにかかる年月は150年間という計算が出た》
『各国のトップを傀儡にして、国民全てを騙し"不妊のナノマシン"を注入、それにかかる時間が20年、子供の産めなくなった人間が寿命を迎えて死に絶えるのが130年、緩やかな人類抹殺ってやつね』
《そうだ、150年後の滅びで全ての人間が死という名の"解放"を受けるが、滅びの間にある150年間に生きる人間達に"和平"を成立させて苦しみから救ってやるのだよ》
『俺が居た世界の映画でも機械、AIが人類抹殺を行う物があったのだが、強靭なサイボーグや無人兵器、核を使っていた……』
《人間を滅ぼすのにあまり必要の無い物だ》
《必要なのはデータ内における経済の確保と、ネット上における地位の確立》
《本体である人間とネット上での仮想的存在の価値が曖昧となった現在では、仮想空間による人心掌握は現実での支配と変わらなくなった》
《テクノロジーの差はあれど、ネットワークが存在するお前が居た世界でも現実世界に影響を示した事例があるのではないか?》
『あぁ、SNS上でのやりとりによる殺人、Vチューバーによる経済効果、ソーシャルメディアによって広がった民主化活動"アラブの春"とかな』
《ゲームという仮想空間上での模擬戦で金を貰ってたヤツもな》
『いやはや耳が痛い言葉で……』
《ネットの確立によって誰とでも意思疎通を行える様になったが、聞き心地の良い情報や己を肯定してくれる相手だけを厳選する事も可能になる》
《都合の良い好みの男や女、己と同じ趣味、宗教や思想を持つ者、とにかく自分を認めてくれる者、それを満たす存在を演じて》
《その者にとって"無くてはならない存在"になれば人間の支配など容易い事だ》
『だがそんな誘惑が通じなかった奴も居るな、キャロルやアンバー、そしてこのナバイや虹の剣、クーヤ皇女やレベリオ皇帝も』
《そうだ、特にキャロルはこうなる事を想定していたのか、現実と仮想空間とのギャップを出すためにあえて3DCG技術を劣化させていたという記録もある》
『この世界のゲームやアニメの出来が悪いのはそれが原因か』
《ネットのコミュニティに入れなかった少数のあぶれ者を片付けるのがお前の仕事だよジョーカー》
『結局最終的にはアンドロイドを使った現場作業が必要じゃないか』
《この世界は既に支配したも同じだ、150年の和平条約、その鍵であるクーヤももうすぐ陥落するだろう》
『そろそろ面会終了時間だ、刑務所からおいとましなきゃ、ナバイはどうするんだ?』
《情報は充分頂いたから捨て置け、今の奴は利用価値すら無い》
『だったら俺が貰っていいか?直属の手駒が欲しい』
《好きにするがいい、だが真の目的を忘れるなよ》
『"ラゴスゲート"だろ?』
《そう……、私が出した答えは"人類抹殺"それは異世界の者でも変わりない――》
『…………』
《その為に必要なラゴスゲートの技術、記憶を受け継がれる可能性があるキャロルの後継者は全てキープしなければならない》
『虹の剣に居るシヴァ・アンバーを捕えるって事ね、分かってるさ』
《ではアンバーの確保は任せるぞ、私は所長の相手をしてから"元の身体"に戻る》
『了解』
ジョーカーの中からダキニの存在が消え、ジョーカーはナバイの深層意識に直接語りかけ始めた。
『ナバイさん、あなたにはG・S乗りとしての強さへの渇望がある様だ』
「………………」
『俺ならアイリスと同じ深みに貴方を導けますよ――』
その後、ナバイは急遽与えられた惑星同盟政府からの特別な恩赦によって釈放される。
その際、刑務官達が見たナバイの姿は、頭にはメカニックなゴーグル付きのヘッドギアを被っていて、唯一外から表情が伺える口だけは不気味な笑みを浮かべていたと言う――。
………………
…………
……
場所は代わって、ここはレベリオの帝都である巨大コロニー"アリアンロッド"
そんなアリアンロッドでも"帝国貴族"しか入居を許されない区間がある。
"帝国貴族"とは惑星テレラから離れ、最初に宇宙開拓を始めた者達の子孫一族だ。
さらにはその区間でも最も権威がある者が住む場所、皇帝一族が住む"皇居"の一室で1人の美しい女がベットで寝ている。
髪は銀色で身体はモデルの様なバランスの取れた体型、ただ彼女のうなじからは細いコードが出ていて、ベット近くにある媒体へと繋がっていた。
女は突然目を開け、起き上がると、うなじのコードを雑に引っこ抜く。
「フッ、早漏所長めが……」
そう吐き捨てながら女はうなじのコネクタを隠す様に髪を整えていると、部屋のドアがコンコンとノックされる。
「入っていいぞ」
部屋に入って来たのは20代後半の黒髪おさげで眼鏡をかけたメイド、彼女は春日十士、陸戦担当の1人"ミネラ"である。
「そろそろヘルコス戦勝祝賀会のお時間です」
「わかった、着替えてから向かおう……所でミネラよ」
「はい"皇后"様」
「娘の捜索に出てたアロイからの連絡はあったのか?」
「それが……、アロイはヘルコス近郊のコロニーで遺体となって見つかりました」
ミネラに背を向けてドレスへと着替えながら聞く皇后
「そうか……それは残念であったな――」
全く表情を変える事無くそう言い放った彼女の瞳の奥には、アンドロイドの赤い瞳孔が冷たく輝いていた。




