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047 第三十七次ヘルコスの戦い(後編)

 護衛目標のコロニーから1キロ圏内の空域で、俺が乗るアルミラージとクレイン、ヘカテーの機体が警護に付いた。


 ヘルコスの戦いの規定により警護を行うG・Sはコロニーの1キロ圏内に居なければ惑星同盟、帝国軍からは敵機と判断される決まりがあるらしい。


 戦艦はコロニー外に出る事も禁止、ヘルコス周辺を少しでもうろついたら撃沈されるので、ピーターワン搭乗組はコロニー内からG・S組に指示を出す事になった。


 既にセーフティは外れていて自由に機体を操れるが、1キロ圏内という縛りではかなり動きを制限されるな……G・Sが移動砲台にしかならなそうだ。


【テレイア】「あと30秒で戦闘が始まるわ、このコロニーに近づく機体は全て撃ち落としていいから頑張ってね!」


『了解!』


 レーダーを見ると惑星軍と帝国軍の大艦隊が徐々に近づき始める。


 まるで戦列歩兵陣の様に奇麗な隊列が徐々に互いの主砲射程へと艦を進め――



【ケレス】「予測戦闘開始時刻まで残り10秒……」


【テレイア】「3……2……1……作戦行動開始!」


 遠くの宇宙(そら)で大量の閃光が飛び交う様子が伺える。


 前列第一陣が戦闘空域に入ったか、ヘルコスの戦いが始まったな。


【テレイア】「例年通りならこっから2~3時間前線の削り合いが行われて両軍撤退して行くの」


『G・Sの強襲部隊が敵陣内へと斬り込んで崩したりはしないのですか?』


【テレイア】「たまに強硬派が小隊や中隊規模で斬り込む事があるけど、両軍共そのまま大隊が引っ張られる様な英雄(えいゆう)が居ないから押し返されたり墜とされたりして終わるわ」


『そうなんですか、それだけお互いの軍が拮抗(きっこう)してるって事でもありそうですね』


【テレイア】「そうとも言えないわ……恐らく帝国が本気で惑星軍を相手にしたら惑星側は大きな損害が出るでしょうね」


『え!?それって……』


【テレイア】「帝国にはキャロルの後継者、所謂(いわゆる)"キャロルの子供達"の1人がダンプティン社のG・S、兵器開発部門に居るの」


 キャロル……ロネーズのレポートに出て来た、この世界の経済を支配していて死んでも自身の経験や記憶を子供に受け継がせる事ができる。


【テレイア】「キャロルは後継者候補の子供達に自身の経験の一部を与える、与えられた経験が研究、開発なら一般的な技術の500年先を行く物を作れると言われてるわ」


 つまりは一般人が火縄銃を開発している頃にはキャロルの一族はアサルトライフルを作れてしまっている事か。


【テレイア】「ヘルコスの戦いではそんな奴が作った超兵器、超機体は使わないわ、何故かは分からないけど、恐らく皇帝なのかキャロルなのかは知らないけど」


【テレイア】「()()()()()()によって戦局のバランスを保とうとしてるんでしょ」


 "何者"とは恐らくキャロルだ。


 経済どころか戦争すら支配している存在、そして俺をこの世界に呼び出した者でもある。


 この世界のどうしようもない強大な"黒幕"、果たしてキャロルは俺や虹の剣にとってどんな存在になるか、"ラスボス"それとも……。


『でもバランスというなら惑星軍、"マロタリ社"にはキャロルの子供は居ないのでしょうか?』


【テレイア】「マロタリ社の事はあまり分からないわ、ただ最高峰の機体がガレオスでその兵器が(アギト)だとすると、少し役不足かもね」


 うーん、ガレオスは割といい機体だと思うのだが。


【ケレス】「お嬢様、戦況が変わりました、帝国軍前衛一から三陣が引き始めています」


【テレイア】「まだ10分も経ってないのに、どう言う事?」


 自機コクピット内にあるレーダーを見ると、帝国側の艦隊表示が後方に下がって行くのが見て取れる。


 帝国が負けている?いや、見る限り特に惑星軍の攻撃で突破されたとは思えない、もう終わりにしようとしているのか?と思ったその時――


【ケレス】「惑星同盟軍旗艦が撃沈」


【テレイア】「え!?」


【ケレス】「惑星軍、陣中央付近から数百機単位で撃沈されて行ってます」


 一体何が起きてるんだ。


 レーダーを見て居ると、次々と惑星軍側の艦影、機影が消えて行ってる。


 黒兎、流石にあの距離での音声通信傍受は出来ないよな?


《可能です》


 出来るの!?凄いな……やって!


《了解、分かりやすく惑星軍、帝国軍で表示を分けます》


 ザザザザ――……


【惑星軍A】「いつ突破されたんだ!?陣を立て直せ」


【惑星軍B】「早く敵の突撃兵を倒せ!」


【惑星軍C】「レーダーに映らないんだ!ステルス機だ有視界(ゆうしかい)で倒せ!」


【惑星軍D】「とっくに索敵してる!見えないんだ……完全に透明だよ!」


【惑星軍E】「何機居るんだ!?……光、うわっ……ザ――……」


【惑星軍F】「新手のG・Sが来るぞ!あれは見える、撃て!撃て!」


【惑星軍G】「なんだあの機体!ぜんぜん攻撃が効かないぞ!」


【惑星軍H】「艦砲射撃、荷電粒子砲撃てぇ!!!!」


【惑星軍I】「直撃だ!やったか?」


【惑星軍J】「……なっ!?無傷だと、馬鹿な主砲直撃だぞ!!」


【惑星軍K】「後方なら安全って聞いてたのに……来た!ひぃっ、ザ――……」


【惑星軍L】「あいつら帝国の"春日十士(かすがじゅっし)"だろ!」


 さすがに大隊は音声通信での情報量が多すぎる。


 黒兎、頭が混乱しそうだからもう切っていいよ。


《了解》


 どうやら帝国側の凄腕、及び超機体が敵陣突破して暴れ回ってるらしい


『テレイア、春日十士(かすがじゅっし)とは何ですか?通信を傍受した所、どうやらその者が惑星軍を墜としてるらしいです』


【テレイア】「春日ッ!?……今年の帝国は本気で来てるようね」


【テレイア】「春日十士(かすがじゅっし)は皇帝を代々守る近衛氏族(このえしぞく)から選ばれた陸戦員5人、G・S乗り5人による最上位の戦闘集団よ」


『乗っている機体も完全ステルスだったり、主砲を食らっても無傷な超機体らしいです』


【テレイア】「ダンプティン社に居るキャロル候補も協力してるって事ね、帝国は均衡(きんこう)を崩す事を決めたのかしら……それとも――」


 テレイアと会話をしている間も次々と惑星軍側の機影の消失がレーダーから確認できる。


 火中の外にあるコロニー護衛が任務の俺には関係無い事なのだが。


《アイリス、陣から離れてコロニーへ向かって来る艦隊があります》


 コロニー襲撃を狙う強硬派?だが今の戦いは奴らの願う流れでは無いのか、一応音声通信で警告をしておこう。


『こちら傭兵団、貴艦は戦闘許可区域外へと侵入しようとしてます、これ以上接近する様であれば攻撃を仕掛けます、去ってください』


【惑星軍O】「ザ――……、全ての人類に青き惑星の意思を!偉大なる指導者ヴォルペ様の意思により、怠惰(たいまん)空人(そらびと)への誅罰ちゅうばつを!!」


 なに言ってるかよく分からないが、去るつもりは無い様だ。


《前方の艦隊からミサイル発射、狙いはコロニーです》


『私とクレインでミサイル迎撃を、ヘカテーはコロニー周囲に来たG・Sを行動不能にしてください』


【クレイン】「了解……了解……」


【ヘカテー】「分かったのだ!」


 俺とクレインはビームライフルを構えると、飛んできたミサイルを次々迎撃して行った。


 向かって来る敵の規模は小隊程度の数だが、コロニーから1キロ圏内という行動制限があるので相手を行動不能だけで抑えるのは難しいな


 全てのミサイルを撃ち落とすと、敵艦は主砲発射の準備をするが俺はすかさず主砲、副砲全てにビームを掠らせて潰し、使用不能にする。


 敵艦に随伴(ずいはん)していたG・S5機もヘカテーが近接戦で行動不能にした。


《更に帝国陣営側から少数の艦隊がこちらに向かって来ています》


 一体どうなってるんだ!?


【帝国軍A】「同志シッツァの元、赤い革命の炎をキャロルの犬どもに灯せ!」


 先ほどの惑星軍と同様、コロニーへ向けて攻撃を仕掛けて来た帝国軍


『テレイア、指導者ヴォルペやシッツァとは誰なんですか?』


【テレイア】「分からない……聞いた事無いわ!」


『とりあえず行動不能にしときます』


《アイリス、さらに別な艦……いや民間の小型宇宙船が近くを航行してます》


 うわ、もうカオス過ぎて頭がおかしくなりそうだ。


 音声通信を繋げて警告しよう。


『そちらの小型船、この空域は危険です、コロニーへ避難して下さい』


【ゲストA】「こちら観光船」


 え?


【ゲストA】「この辺の空域は大丈夫じゃないのか?せめてあと10分見回れば客も満足するんだが」


『何言ってるんですか!帝国軍が向かって来てるんですよ!戻って!』


【ゲストA】「わ、分かったよぉ……うるせぇなぁ」


 台風の日にサーフィンしたり軽装で雪山登山する様なノリ、どの世界にも居るんだな、この手の(やから)は。


 向かって来る帝国艦が観光船の方へと進路を向け始めた。


『まずいな……、ヘカテーとクレインはコロニーの護衛を私は観光船に随伴(ずいはん)しに行きます』


【テレイア】「1キロ圏外に出るけど、大丈夫なの?」


『あんなのでも守れるものは守らないと、直ぐに戻りますので!』


【テレイア】「分かったわ、気を付けてね!」


 この位置からでも殺すつもりで狙撃すれば敵艦は墜とせるだろう。


 だが俺でも手を汚すべき時と相手を選ぶ、決戦区域からこの空域まで距離もあるし前線は混乱状態、少しぐらいコロニーから離れても攻撃される事は無いだろう。


 アルミラージを最大加速(フルスロットル)させると、まず先に陣から離れて向かって来る帝国艦やG・Sの後方に回り込み射撃や近接攻撃で行動不能にした。


『今のうちです、早くコロニーに戻って!』


 すごすごとコロニー方面へと進む観光船の後方で警戒しながら随伴する。


 レーダーを確認したが他に攻撃して来そうな機影は無い、このまま見送って護衛任務に戻ろう……そう思った時だった――。


 ゾクッ――


 背筋に鳥肌が立つ様な悪寒が走った。


 悪寒を感じた方向を見ると1機のG・Sがこちらを見ている。


 大きさはホワイトポーンぐらい、流線的なデザインだが頭部には大きなモノアイ(単眼)が赤く不気味に光り、更に特徴的なのはG・Sなのに白い(はかま)の様な物を羽織っている。


 レーダーには全く反応しない……有視界で対応するしか無い相手だ。


 恐らく、いや間違いなくこれが帝国、ダンプティン社の超機体―― そして乗っているのは春日十士(かすがじゅっし)か。


 そのG・Sは右手を左手側の袖に突っ込むと、そこから小太刀の様な物を取り出し、一気に間合いを詰めて斬りかかって来た。


 速いッ!本気のアルミラージと互角ぐらいだ。


 今持ってるビームライフルでは躱されてカウンターを食らう。


 ライフルから手を離し、ナイフを右手に持って迎え撃つ体勢を取る。


 羽織をなびかせながら(つばめ)の様な飛行で一瞬で間合いを詰めてき、小太刀による高速の縦斬りを放ってきた。


 回避を試みたが、相手が繰り出す数多のフェイントによってナイフと小太刀による打ち合いに持ち込まれる。


 ゴキィィィン!!!!


『!?』


 小太刀に刃先が触れた瞬間、俺は異常を感じた。


 自機、アルミラージが……金縛(かなしば)りにあったかの様に動かない――


 なんだこれは、超能力?いや落ち着け、小太刀の刃がナイフに当たってから起きた現象だ。


 特殊な電磁波を食らった?本当に全身が動かないのか?


 否、ナイフだけが"固定"されている。


 ナイフを持つ右手に力を集中させてたから全身が固定されたと錯覚しただけだ。


 このままコクピットに貫手を入れて仕留めるか否か……。


 刹那(せつな)の思考を駆け巡らせる中で、ヘルコスの前線方面から大量の信号弾による閃光が上がる。


 同時にモノアイのG・Sが小太刀を下げて(つば)迫り合いをやめ、そのまま(きびす)を返して帝国陣営の方向へと飛んで行った。


 自陣に戻ったか……ん?あれは


 モノアイのG・Sに追随(ついずい)する6つの物体がある事に気づいた。


 大きな玉かと思ったが、玉の先に棒状の物が付いている。


 あれは手だ、肩から先のG・Sの手、そして手がついている玉に見覚えがあった。


 思い出した!あれは"ムジナ"の大型G・Sに付いてた遠隔自動兵器"金球(きんきゅう)"だ。


《敵機から脳波信号の様な物を探知しました》


《恐らくあの浮いた手達を脳波でコントロールしてるのだと思います》


 金球(きんきゅう)はただの自動操縦、あれは脳波コントロールで動きもモノアイのG・Sに付いて行けるほど速い……。


 もしG・S同様の手の動きが出来て6つ、いや機体の手も含めて8腕からの斬撃を食らっていたら――。


 なぜか俺との戦いでは飛ぶ腕を使わなかった。


 "触れた物を固定する小太刀"と"遠隔誘導する6つの腕"、そしてあのG・Sのパイロット……一太刀しか技術を見て無いが、俺の居た世界でも10位(トップ)ランカークラスだろう。


【テレイア】「アイリス大丈夫?どうやら惑星軍が撤退を始めたようだから戦闘は終わりそうね、アイリスも直ぐ戻って来て」


『了解、帰還します』


【テレイア】「それとヴォルペやシッツァについてネット上で調べてみたんだけど……」


『テロを主導した惑星軍と帝国軍の人間ですね、目の前の戦場で暴れればいいのに』


【テレイア】「それが()()としてこの二名は存在してないの」 


『え!?』


【テレイア】「ヴォルペやシッツァはネットに存在するる"バーチャル政治活動家"のキャラクターよ」


『でも、キャラクターなら所謂(いわゆる)()()()()が存在するのでは?』


【テレイア】「声は電子音声や音声合成による物で、裏で構成してるプロデューサーや企業の存在も今のところは確認出来てないわ、もっと深く調べる必要がありそうだけど……」


『薄気味悪いですね、均衡が破られた戦争となったのに帝国側からもテロリストが出た、なにか違和感が残ります』


【テレイア】「そうね、この戦争によって世界の何かが大きく変わろうとしているのかもしれないわ」


 この戦争では超機体と凄腕のパイロットの存在を確認出来た。


 普段の俺だったら「今後もしかしたらあんな強い奴と戦えるかもしれない」などとワクワクしていたかもしれないが。

 

 G・Sの腕だけではどうにもならない、裏で動く政治的な思想や得体の知れない者の影を不気味に感じならがコロニーへと戻るのであった――。



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