046 第三十七次ヘルコスの戦い(前編)
ここは惑星同盟領でもレベリオ帝国領でもアルクトス国領でも無い排他的経済空域、"恒星ヘルコス"周辺。
ヘルコスは大量のハーツガスを発生させており、資源を廻って40年近くもこの空域で惑星同盟軍と帝国軍が戦いを繰り広げていた。
慢性化した同盟軍と帝国の戦争の中で唯一決戦と呼ばれるヘルコスの戦いだが、年に一度の儀式化した戦争になりつつあると言う。
そんな三十七回目となるヘルコスの戦いに虹の剣も関わることになったのだが、この戦いでは"戦力は全て自国の軍でなければならない"と言う暗黙の了解があるらしいので、虹の剣に来た仕事は周辺コロニーの護衛任務であった。
今日は決戦前日、虹の剣は護衛依頼があったコロニー周辺の下見を行っている。
アルミラージの中から光り輝く恒星ヘルコス方面を眺めてみた。
俺の居た世界でも"太陽"という恒星があったが、太陽よりは全然小さそうだな、自ら発光する星はとても奇麗だ。
だが、既に陣取っている同盟軍や帝国の艦隊やG・S部隊を見て居ると、これから血生臭い戦いが行われると思うと複雑な気分だなぁ。
『しかし凄い数だなぁ……何万のG・Sや戦艦があるんだろう?』
【テレイア】「今年は同盟軍側が戦艦とG・S合わせて5万4千、帝国側がおよそ4万らしいわよ、パンフレットに書いてあった」
『パンフレット!?』
【テレイア】「ヘルコスの戦いは今や観光名所やお祭りみたいになっていて、私達が護衛するコロニーも戦争見物する観光客で溢れてるわ」
『私達は戦争見物しに来た人達を守るのですね……』
【テレイア】「あのコロニーに居る人達が全てそうとは言えないけど、見物に来る人達の観光資源による経済に乗っかってるのは確かな事ね、当然私達傭兵も」
そうだ、俺たちも争いによってお金を稼いでる。
あの人達を皮肉ったりツッコミを入れる資格なんて無いわな。
『でもそんなイベント化した戦争で私達みたいな護衛が必要なのですか?』
【テレイア】「イベント化や慢性的な戦争にうんざりしてる強硬派が居るのよ、ナバイみたいにね、奴等は上層部に後戻りできない火をつける為に中立国でも構わずに虐殺をし始めようとしてるわ」
『同盟軍や帝国の上層部は慢性状態の現状維持を続けたいと思ってるのですか?』
【テレイア】「そうね……いや、それ所か辞めたいと考えているのかも」
『和平ですか、傭兵としては仕事が無くなりますが、人類にとってはとても良い事ですね』
【テレイア】「それが本当に平和を望む和平だったらね、奴の狙いは人類の去勢――」
『奴?……去勢って』
【テレイア】「なんでも無いわ!そろそろコロニーに戻りましょう!」
『りょ、了解』
………………
…………
……
護衛対象のコロニー内に戻ると、空港や繁華街では人がごった返していた。
「お土産にヘルコスクッキーはいかがですかぁ?」
「今年こそ決着付くんじゃねぇか?」
「無理無理!いつもみたいにちょっとバチバチやって終わるだけだよ」
「ヘルコスTシャツあるよー!」
「今年はナバイ軍出ないらしいよ」
「えぇーつまんなぁ、塩戦争確定じゃん」
「あいつらだけガチでやっててウケたのにな」
「帝国の春日十士は出るのか?」
「噂ではG・S担当の五人が全員出るらしいぞ」
「春日の黒檀は引退したよ、てきとー言うなよ!」
まるで映画やプロレスを見る前のテンションで会話をする通行人達をすり抜けながら俺たちは滞在中に泊るホテルへと向かう。
そんな中で他の群衆とはまた雰囲気が違う集団も見かけた。
手には大きなプラカード、顔にはマスクを付けて叫んでいる。
「戦争反対!戦争反対!」「軍産複合体を恥と思え!」
「惑星同盟とレベリオ帝国はこの空域から出ていけ!」
「国民を死の商人、キャロルから解放しろ!」
反戦デモか、戦争を義務や娯楽だけで見ない人達がまだ居る証拠だ。
俺達とは逆の存在……だが居なくてはいけない存在である。
しかし、デモをしてる人達のプラカードや横断幕に書かれているのは文字以外にもアニメのキャラみたいなのが……。
ありゃ何なんだ?
《あのキャラクターはバーチャルアイドルの"ルナール"ですね》
バーチャルアイドル?
《はい、この世界で1番のネット視聴者数を持つ仮想空間アイドルです》
へぇ……そういえば俺の居た世界にも"Vチューバー"と呼ばれるアニメーションのアイドルが存在してたな。
《この世界ではバーチャルキャラクターが40年ほど前から台頭して、男性や女性向けアイドルだけでは無く》
《教育や医療や介護福祉、ビジネスにも使用されており、現在では1億キャラが存在しいると言われています》
1憶!?、凄いな……これが俺の居た世界とのテクノロジー進化の差か?
街中の電子看板にルナールが歌って踊る映像が流れた。
でもゲームやルナール自体のアニメーションはなんだが雑な作りだな、そこだけは俺の居た世界の方が上だ。
【ルナール】「いちごーまるっ♪いちごーまるっ♪世界に平和を~♪るるーん♪」
変な歌だなと思っていたが、一瞬テレイアがビクリと反応した様子がある。
そのまま何事も無くホテルに向かって歩き始めたがテレイアの表情はどこか浮か無く見えたのであった。
ホテルでの夜――
他の皆が寝静まる中、充電が終わった俺はスリープモードに入らずに部屋から抜け出すと、ホテルの1階で見つけた遊戯室へと向かった。
ロビーでチェックインしてる時に目に付いた遊戯室のゲームセンターにG・Sゲーム筐体を見つけたんだ。
今回は朝まで遊べるぞー!わ~い!
相変わらずの酷いグラフィック、カクカクのフレームレート、でもなぜかやってしまうんだよなぁ……。
ゲームをプレイして1時間ほど経った時だった。
「ンッフフフフッ!」
ん?後ろから誰かの笑い声が聞こえる。
『わっ!?』
後ろを振り返って声の主を見た時に思わず声を上げてしまった。
他の筐体の椅子に座りながらこちらを見て居る、体躯が良く、着物の様な服を着て白い髪、丸いサングラスをかけた老婆だ。
薄暗いゲームセンターの中では一瞬お化けでも出たかと思ってしまった……。
「フフフッ、驚かせちまったかい?我はモノノ怪ではありゃせんよ」
『あっ……いえ、すいません』
老婆はゆっくりと立ち上がり、杖を突きながらこちらに向かって来た。
「なに、お嬢ちゃんが余りにも楽しく遊ぶんでな、ついつい見入ってしまったのさ、邪魔だったかな?」
『全然大丈夫です、見られながらゲームする事に慣れてるので!』
「カカッ、そうかい!面白いお嬢ちゃんだねぇ~……我もそのゲームをよくやるのだが、一緒にやらないかい?」
『対戦ですか?いいですよ!』
老婆はゆったりと隣の筐体席に座り、俺とのG・Sゲーム対戦モードを始めた。
『このゲームをやってる人をあまり見る事ないので、まさか対戦出来るとは思いませんでした』
「シュミレーションとしても出来が悪いからねぇ、でも何か病み付きになる味があるんだよ」
『あっ、それは分かります!』
「趣味が合うじゃないか!じゃあ行くよぉ!」
対戦が始まり、出来の悪いポリゴンのG・S2機が銃撃戦を始める。
正直言うと早起きし過ぎたお婆さんが暇を潰す為に俺に絡んできたのかと思ったが、無茶苦茶このゲームが巧い。
こちらの攻撃が全て読まれていて、何度偏差撃ちしてもスルスル躱される。
だが俺も相手の攻撃を全て躱しているし、反応速度は俺のが上だ。
「やるじゃないかお嬢ちゃん!」
相手を徐々に崖に追い込んで退路を消して詰んで行くとするか。
相手のビームを躱しながらこちらも前進しながら応戦していたその時――
ズドーン!
『え!?』
なぜか俺のG・Sがダメージを受けてパワーゲージが減って行く
『なんで?当たってないのに……』
「カッカッカ、若い若い」
その後も何度となく相手のビームを回避しても直撃した事になり、ついにはパワーゲージが0になって俺のG・Sは爆破した。
【you died】
『負けた……どうなってるんだ!?』
「このゲームにはバグがあってなぁ……マップ上のある位置でビームを撃つと、ビームのグラフィックが消失して、透明な当たり判定だけが飛んで行くんだよ」
『えぇー!……ずるい!!!!』
「フフッ、出来る事は全て使い切るのが勝負事だよお嬢ちゃん、実戦だとしてもこの時代、透明なビームが飛んで来てもおかしくないよ!」
お婆さんの言葉に何も言い返せなかった。
俺の乗る機体にもMRPシステムという、とんでも機能がある。
もし、敵にもそんなとんでも機能や兵器があったらと思うと、俺は初手……せめて最初に食らった時点で対応しなきゃならなかった。
「なんてな……ズルを使って勝った大人げない意地悪ババアの言い訳だ、許せ!」
そう言ったお婆さんは俺の頭を力強く撫でながら笑う。
『いえ、お婆さんの言った事は正しいです……せめて最初の一撃を食らった時点で次への対応をすべきでした』
「ハッハハハ!硬い!硬いな若人よ!力を抜きな」
「ゲームはもっと楽しめ、楽しむ事で気がほぐれる、気がほぐれたら考えにも余裕が出来て"想像力"が生まれる」
「想像力は新しい物への対応、そして直感にもなる」
「限界を超えた想像力は無敵だ!!!!」
まるでオペラのワンシーンの様に両手を広げてそう声を上げたお婆さん、すごい濃いキャラだが俺は好きだな、こういう元気で力強いお婆さん
「まだ出来るなら今度は協力プレイモードでやらないか?まだまだ面白いバグやら隠しボスを見せられるぞ」
『やります!やりたいです!』
こうして俺とお婆さんは早朝までゲームをやり続けた。
「おや?もうこんな時間かい、そろそろ我は戻るとするかな」
『私もそろそろお開きにします、いや~楽しかったです!』
「我もだぞ、このゲームでこんなに熱くなれたのは初めてだよ!」
お婆さんは俺を軽く抱きしめると
「この広い宇宙では一期一会かもしれぬが、次会った時はまた遊ぼうぞ」
『はい、喜んで……』
そして、お婆さんは杖を付いてゆっくりとした足取りで遊戯室を後にしたのであった。
『……………』
いったい何年ぶりだろうか、こんなにゲームと言う物を誰かと楽しく出来たことは――
在りし日の父とゲームをやった事を思い出し、心地良さと一粒の寂しさが混ざった気持ちを胸に自室へと戻るのであった。




