040 ロネーズのレポート
冷たくて深い水の中に沈んでいる感覚がある。
暗い水底でずっと横たわっていた。
いったい何時間……何日こんな状態なのか分からない、でもふと横を見ると、俺の近くに光り輝く大きな玉が幾つか寄り添い始めた。
なぜかこの玉の近くはとても温かく、心地良い気分になる。
俺は別にこのまま冷たい水底でもいいかなと思っていたが、玉の温かさに惹かれて手を伸ばし始めると……目の前が真っ白い眩しい光に覆われた――
………………
…………
……
目を開く事が出来た。
真っ白い天井に丸い照明が見える。
俺は歯医者にある様なベットに寝かされていて、うなじの穴にコードが繋がっていた。
「ワォ!?兎さん起きたデースね!!!!」
コハクさんのキンキンした声が耳に響き渡る。
俺は生きてたのか?いやアンドロイドだから生きてたって考えがおかしいのだが、とりあえずは生きていたんだろう。
徐々に頭も覚醒し始めて、最後の記憶……ナバイと戦って敗れた事、それと頭に血が上って黒兎に放った言葉を思い出し始める。
『………………』
黒兎と一つの体で共存して戦闘していく中で、いつか必ず自分の気持ちが爆発する時が来ると思っていた。
俺は所詮他人とうまく接することが出来ない人間、尚且つ唯一誇れるG・Sでの戦闘を共有する事は苦痛である。
しかし、胸の中でコールタールをぶちまけた様なドロドロとした嫌な気分がまとわりつく……。
これは黒兎に酷い言葉をぶつけた事の"罪悪感"であろう。
そんな気分があっても今は何も黒兎と脳内で会話する気になれない、罪悪感と負けた責任を感じて欲しいという叱咤の思いと気まずさで――。
俺はどのぐらい気を失っていたんだろうか?
『コハクさん、私は何日ぐらい意識不明だったのですか?』
「ここにボロボロの兎さんが運ばれて来て20日デスよ~」
20日!?そんなに……
「でも身体を修理し終えた夜、誰も見てない時に勝手に起きて格納庫で気絶してた事があったデスよ~、覚えて無いデス?その後今まで起きてまセーン」
一度起きた?俺はまったく覚えて無い……夢遊病かな?
「でもこうやって元気に再起動してよかったデスね~、兎さんに2つほど見せたい物があったし」
『見せたい物?』
そう言ったコハクさんは分厚い冊子を俺に渡した。
「以前レコードコロニーから持ち帰った媒体のセキュリティを解除したデス」
あぁ、以前ベスタが持ち帰ったヤツか
「中身を調べてみたら、二進数で表された記号の様な物がいくつも出たのデスよ」
「その記号を1つの文字として並べて解読しようと思ったデスが、この世界にある文字や暗号と照合しても全く解析できなかったデース……」
二進数って0と1で表した物か、なんだろう昔のネット掲示板では記号や数値で描かれたAAという物があったけど……。
「とりあえずそれを圧縮させてプリントアウトしてみたデース、モニタ表示だと文字化けしちゃうからネー」
それがこの冊子か
「アクランド工学と関連がある戦闘AIの兎さんなら分かると思ったデスので見てクダサーイ」
関連あるのは黒兎なんだけどな……まぁとりあえず目を通しておくか、コハクさんから渡された冊子の1ページ目を開いて見る。
『なっ!?』
驚愕した――
何故ならそこに書かれていたのは俺が元居た世界の……そして国の言葉
"日本語"であった。
思わぬ出来事に一瞬呆然となったが、元の世界に関する物を見たことで懐かしさが沸き上がる。
これなら読める、全部読むんだ。
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私の名前は"ロネーズ"
アクランド工学研究所で電脳科の副所長をしている。
この文章、文字列が読めるという事は貴方は"ゲート"の存在を知っている2人か、キャロルの遺志を継いだ関係者であることを願う。
何故この文字で記録を残したかと言うと、この世界以外にも別な世界が存在するという事実を絶対に秘匿したい為だ。
今はあちらとこちらを繋ぐ穴、"ラゴスゲート"では物質や生命その物を転送する事は出来ないが、ゲートを悪用する者に知られる訳にはいかない
いや、既に悪用と呼べることをしてしまった私が言っても説得力の無い事ではあるのだが……。
私は"ラゴスゲート"に関してあまり知っている分けではない、ゲートを作ったのはゲートを知る3人の内の1人"キャロル"であるからだ。
知っているのはキャロルがゲートを使ってあちらの世界と繋ぐネットワークを構築し、情報を集めていた事だけである。
おっと、あまり長く概要を説明するのは良くないな、ってかなんなんだあの世界の文字は、使う単語が多すぎて面倒くさい!あちらの世界の別の文字"エングリッシュ"にしとくべきだった。
うん、話がずれたから戻そう。
何故私が他の2人にも内密でこの記録を残したのか、それは私の友人である"黒兎"を救ってもらいたいからである。
黒兎は電脳科が開発した、いや"呼び寄せ"て組み込んだ戦闘AIの個体名だ。
まずは黒兎の元となった戦闘AI開発計画から記載させてもらおう。
我々が居る世界では長らく惑星同盟軍とレベリオ帝国とでの戦争が起きていて、毎年軍人だけでなく一般人や子供達が戦火の影響で亡くなっている。
そんな戦争とは無関係な市民を救う為にキャロルはアルクトスを建国したのだが、惑星同盟国も帝国も軍事力による圧力を強めて行った。
キャロルは惑星軍や帝国の主軸企業、その筆頭株主であり経済的圧力でアルクトス国の存在を容認されていたが、いずれそのバランスが崩れる時が来る事を予見した。
だが、来るべき軍事衝突の為に徴兵を行うのは市民を戦火に送らないと言うアルクトスの存在に矛盾を発生させる事になる。
その為キャロルは他国から引き抜いた軍人を兵にしたり、傭兵団を作ってその者達で自国を守らせようと考えて居たが、それでもニ国からの脅威を防ぎきれないという見解を出す。
そこで導き出した答えが"戦闘AI"を作り、無人操縦部隊を編制する事である。
事を成す為の組織としてキャロル財閥傘下のアクランド工学に白羽の矢が立った。
我々電脳科は必死に研究、開発をして広域の空間把握や行動認識を一瞬で演算するシステムを持った戦闘AIの試作品を作り出し、模擬戦を行わせたが……。
あくまでも事前にプログラムされた行動しか出来ない、ラジコンに毛の生えた様なお粗末な物であった。
戦闘による自動成長プログラムの構築をキャロルに提案したが、AIが人間に反旗を翻した時のリスクがあるとして却下されたのである。
だったら一体どうしろってんだ!
人をぶち殺す戦闘AIを作れと言っといて、でも成長させるのはNGって……パトロンだからって好き勝手注文しやがって!ふざけるな!
おっと失礼、話を戻そう。
開発に行き詰まりを感じた所長と私がキャロルに相談すると、異世界の存在とこの世界と異世界を繋ぐ"ラゴスゲート"の存在を聞かされる。
最初聞いた時はバカバカしい話だと思ったが、実際にゲートを目の当たりにしてしまったら信じるしか無かった。
あちらの異世界ではこちらほど科学技術や宇宙開拓が進んではいないが、娯楽産業がこちらの世界よりも進んでいて、特にゲームやアニメはキャロルを夢中にさせた様である。
歴代のキャロル達やキャロルに師事した開発者が作ったG・Sも、異世界のゲームやアニメを参考にして作られた物が多いらしい
歴代キャロルと言うのは、キャロルは自身の記憶の一部を自分の子供達の脳海馬に記憶させる技術を持ってるのだが、この話を細かく説明すると長くなってしまうので、この記録では残さない、知りたきゃ自分で探求してくれ。
キャロルが何故、私と所長にゲートの存在を教えたかだが、それは異世界に居るG・Sゲームの達人から戦闘、操縦技術だけを脳からこちらの世界のAIにコピーするというとんでもない発想であった。
実質不死であるキャロルならもうなんでも出来るんだろう……などと科学者として達観した気分で付き合う事になる。
異世界に居る1人のG・Sゲーム達人を検体にして、ゲートから飛ばしたレーザー回線を照射し、検体から技術をコピーすることに成功した。
しかし、2つの誤算が発生した――
一つは検体からコピーしたデータをAI化させた時に検体の記憶、及び人格が徐々に再生してしまった事だ。
二つ目はゲートを広げて検体からデータを採取する時に、ゲート内に時間軸の歪みが発生してしまい、検体の2つの異なる時代の2つのデータが採取されてしまったという事である。
この2つのAIで模擬戦を行い、ラゴスゲートから来た者、という事をかけて勝った方を"白兎"、敗れた方を"黒兎"と名付けた。
白兎の方は我々の期待を超える圧倒的な戦闘技術と、検体年齢も二十歳を超えているので成熟した精神を持っており、例え検体の記憶が戻りかけても落ち着いて我々の命令通り動いている。
しかし、黒兎の方は検体年齢が子供の時の物だったらしく、G・S操作も初期的な事しか出来ず、更には記憶が戻りかけると家族の名詞と思われる言葉を連呼し、泣き声と思われるノイズを発生させて困らせていた。
使えない黒兎の消去も考えたが、所長と私が黒兎に情が芽生えてしまい、戦闘AIとしての役目を白兎のみにして黒兎は所長のペットロボにデータを移して世話をする事にしたのである。
このまま順調に進むと思っていたが、キャロル財閥の影響を良く思っていない惑星軍や帝国軍の過激派がキャロル傘下である組織を襲撃する様になった。
当然アクランド工学も襲撃対象になり、無念にもAI開発計画は中止、研究所も解散となる。
白兎は行方不明となり、黒兎は私が引き取ってペットとして生活していたが毎晩夜泣きをし、《家族に会いたい》と呟く様になる。
記憶を何度も消去したが、1年ほどで記憶が戻ってしまい、その度に寂しそうに家族に会いたがる姿を見た私は不憫に思う。
黒兎の話から察するに検体時の年齢は9歳と思われるので仕方のない事だ。
私はせめて黒兎の人格データを元の検体に戻そうと決意し、キャロルに相談しようとしたが消息不明になってしまっていた……。
引退して現在入院中の所長を頼る分けにもいかない、
私はこれから黒兎と2人だけでキャロルがどこかのレコードコロニーに隠したゲートを開く装置を探し出し、黒兎を検体に戻す旅へと向かう。
過激派がレコードコロニーを破壊し始めてる中での危険な旅だが、異世界からまだ9歳の子供の意識を連れて来てしまった責任を取らねばならないだろう。
この記録は旅へと向かう直前に書いた物、これがまだ残っていて誰かが見てるという事は、恐らく私は失敗して拘束されたか死亡している。
最期かも知れないから正直に言おう。
私は黒兎と別れるのは寂しい――
それほど想っているからこそ、これを読んでいる人物に頼みたい
"黒兎のデータを検体へと戻して欲しい"
冒頭にも書いたが、この文字を読めるのは恐らくキャロルを継ぐ者、もしくは元の世界に戻ろうとこの手記にたどり着いた黒兎本人であると希望的観測ではあるが思っている
前者なら前任のキャロルに尽くした私のせめてもの願いを聞いてくれないだろうか?
まずは黒兎と白兎の検体となった異世界人の名前を教える。
彼の名前は"鍵山 白華"
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俺……?
黒兎は、俺が子供の時の意識データ……
思わぬ事実に動揺し過ぎて手に持ったロネーズのレポートを落す。
俺は恥も外聞も捨てて黒兎に向かって呼びかけた。
黒兎……黒兎居るか?出てくれ……黒兎!!!!
しかし、何度強い思念を送っても黒兎からの返事は無い、アンドロイドとしての機能なのか俺の直感なのかは分からないが確信した事がある。
黒兎は俺の身体から居なくなっていると――




