039 雨で汚れた言葉
俺の人生はゲームしか無かった。
それだけで良かったし、それだけで生きていた。
元の世界に居た時、俺は父と母の3人暮らしだった。
父は雑誌の編集と翻訳の仕事をしていて、母は主婦業と夕方からは祖父がやっている合気道教室の師範代をしている。
休みの日にはいつも祖父や母に合気道をやらされていて、それが嫌で逃げ出しては父と"ギガント・スケアクロウ"というゲームで遊んでいた。
同世代の子供達とうまく遊ぶことが出来なかった俺の唯一の楽しみであった。
順風満帆に暮らして居た家族であったが、父が出版会社を辞め旅行会社でガイドと通訳の仕事を始めて家をよく空ける様になると、夜中に父と母が口論する声が俺の部屋にも聞こえて来るようになる。
口論内容は子供には難しかったのでよく覚えていない、恐らく父のやりたかった仕事と母の孤独がぶつかった事の軋轢であろう。
そんな口論が数年続いたある日、父は家を出た――
俺の両親は離婚し、婿養子の様な感じで母方の父、祖父の土地で暮らして居た父は家を離れ、俺への親権は母になったからだ。
俺は唯一の理解者を失い絶望した気分となって以前よりも他人と距離を取り、小学校から帰ったら直ぐに部屋にこもると、ギガント・スケアクロウをひたすらプレイする様になる。
このゲームをしていたら父が家に戻って来て、また遊んでくれるのではないかという淡い期待と言う名の現実逃避であった。
ゲームをプレイしていても当然父は戻って来る事は無く、その内俺はゲームで"勝ち続ければ"父は俺に会ってくれて褒めてくれる……と言う様な思考へと変わって行く。
CPU戦からオンライン対戦へ、地方大会から全国大会へ、そしてついには世界大会で優勝するぐらい勝ち続けていた。
大会で優勝をして賞金と言う結果を出す様になると、ゲームばかりしている俺に説教をしていた母も何も言わなくなったが、プロゲーマーでお金を得る事に対して理解を得られる事は無かった。
そんな母も俺が中学を卒業する頃には再婚し、いよいよもって家にも居づらくなると都内の高校へ進学して一人暮らしを始める。
高校を卒業してプロゲーマーとして無敗の王者という称号、そして賞金や企業のタイアップで億にも及ぶ収入を得ていたが、18歳となった俺は今だ父と再会出来ず現在に至るのであった。
最後に父を見た日……父が出て行った日もこんな冷たい雨が降っていたな――
………………
…………
……
黒兎!こうなったら片手で操作するんだ!
来るぞ!左肩スラスター3速、腰2速、左脚3関節縦20度、右を横10度、サーボモーターをDまで加速!右脚部を
《了か……》
遅い!
顎ばかりに気を取られるな!体制を崩されてる、肩椀部からのジャブやストレートが――
ゴキッ!
食らうな!
《申しわ……》
謝るな!備えろ!動け!
【ナバイ】「ほらほらどうしたぁ?台本が無いと刹那の反応は出来ないのかなぁ!?」
ガレオスによる猛攻がホワイトポーンに畳み掛けられる。
黒兎!次は避け切るんだ、奴は顎をストレートからジャブに使う様にスイッチした。
顎を警戒しつつ、肩腕部も……いや!更にフェイント!?蹴りだ!状態を逸らして回避するんだ!
しかし黒兎は回避では無く右腕でガードした。
ゴッ!
ガレオスから放たれた強烈なハイキックは、自機右腕の駆動関節部に直撃し、切断はされなかったが皮一枚繋がっただけの様にダラリと垂れるだけでの物になってしまった。
黒兎、なんでガードに!?
《思考の処理が間に合わなく、自身で判断しました》
脳内会話で俺から黒兎に伝達して行動するまでに0.4~5秒かかってしまっている……これでは遅すぎる。
《残り30秒》
長いな、防ぎきれるか……いや絶対防ぐんだ黒兎!
【ナバイ】「あぁ~あ、右手がダメになって6対3になっちゃったねぇ」
何度も距離を取ろうとするも直ぐに詰められるホワイトポーン
右顎の横薙ぎからの左ストレート、いやフェイントで左右ローキックからの……いや、本命は掴みッ!
ガッ!
ガレオスの両手で肩を掴まれ、押さえつけられる自機
【ナバイ】「はい、これで6対1」
ズンッ!ドシュ……
左右から放たれた顎が自機の両足に直撃し、股部から下がバラバラに吹き飛び、自機は地面へと崩れ落ちた――
『ぐっ!』
【テレイア】「アイリス!……嘘」
【ナバイ】「あぁ、オモチャ壊れちゃったねぇ」
右手と両足が使い物になら無くなった自機を前に、ガレオスはもはや構える事も無く、最後に残った左手目がけて何度も軽い蹴りを放ちはじめる。
ドス!ドス!ドス!ドス!ドス!
【ナバイ】「君には期待してたんだけどねぇ~がっかりだよぉ、辺境のエース止まりがいいとこの実力だねぇ」
ドス!ドス!ドス!ドス!ドス!
蹴られまくった左手は装甲がボロボロと崩れ落ち、ちぎれかけた通電コードや可動繊維が剥きだしとなってしまった。
ふざ……けるな!最初から俺が操作していたら、お前なんて――
《4……3……2……1……0》
《セキュリティ解除》
ホワイトポーンの左手はまだ動くか?ギリギリ物は掴めるぐらいは動く……行けるか?いや、やるんだ!
俺は右手と、更には自身の口までも使ってレバーやスイッチを必死で操作する。
ボロボロの状態となった自機は唯一残った左手にナイフを持つと、残った全てのスラスターを最大噴射させてガレオスに突進した。
【ナバイ】「んん?まだ来るんだぁ」
【テレイア】「もうやめてアイリス!」
ガレオスから高速で放たれる2つの顎、俺はスラストレバーを小刻みに操作して回避行動をとる。
顎を回避した瞬間放たれたガレオスの右ストレートも風で舞った羽根の様にひらりと回避した。
【ナバイ】「おぉ!?」
負けられない……負けるわけにはいかないんだ。
ストレート後からの膝蹴りを躱すと、ガレオスの胸部にあるコクピット目がけナイフを振り下ろした。
【ナバイ】「僕のコンビネーションを躱した!?」
『とどけ!』
ガシュ!
【ナバイ】「くっ!」
しかし、負傷して駆動ワイヤーがボロボロな手からの刺突では浅く、コクピットに居るナバイまで刃が届かない。
更には振り下ろした衝撃で完全に左手の筋腱が切れて使用不能になる。
『まだだっ!!』
四肢が使えなくなったホワイトポーン、スラスターの勢いだけで身体を回転させ、釘に槌を打ち付けるかの様に頭部でガレオスのボディに浅く刺さったナイフに向かって頭突きした。
ガッ!
【ナバイ】「おぉ!?」
まだ浅い、あと1回打てば……ナバイの命に届く!
もう1度勢いをつけて頭突きを叩き込もうとした瞬間――
ズンッ!!
死角から放たれた顎が自機の頭部を吹き飛ばした。
『うっ!』
顎の威力は凄まじく、頭だけではなく胴体上部も削り取り、コクピットの天井部分は空が見られるふき抜けになってしまった。
俺の顔も吹き飛んだ時の瓦礫が直撃し、顔半分の皮がめくれて機械の頭蓋が剥き出しとなり凄惨な姿となっている。
【テレイア】「アイリス!」
全てが無くなり、ただの金属の箱と化したホワイポーンが地面へと崩れ落ちた――。
大穴が空いたコクピット上部から灰色の雨が俺の身体に降りしきる。
【ナバイ】「ふぅ……最後のは中々良かったけどねぇ、まぁ僕も油断してたし機械だから出来る自爆技だったんだろう」
『………………』
【ナバイ】「だが結果はこれだ……君は浅かったよぉ」
ガレオスが顎を上段に構え、蛇が飛び掛かる様に俺目がけ振りかぶろうとする。
【ナバイ】「さようなら、喜劇を演じて悲劇になったお人形さん!」
【テレイア】「やめてっ!!……私の名前は"クーヤ"!」
【テレイア】「レベリオ帝国第一皇女クーヤである!!」
【ケレス】「お嬢様!?」
『テレ……イア……』
帝国の皇女……俺はその様な衝撃的事実よりも自身が敗れたという事実と、身体に受けたダメージで意識が朦朧としていた。
【ナバイ】「帝国の皇女ぉ?……ははっ、くだらないねぇ、所詮は嘘つき人形の持ち主も嘘つきなのかい?」
【ナバイ】「それに例え本当だとして、何故惑星軍の僕が帝国の皇女に気を使わなきゃならないんだぁ?」
【テレイア】「惑星軍……今自分を惑星軍って言ったわね!」
【ナバイ】「……はぁ~、そんなしょうもない言葉の誘導遊びはスクール時代に卒業したまえよ」
【テレイア】「"百五十年の和平計画"」
【ナバイ】「ッ!?」
【テレイア】「帝国及び惑星軍の一部将官にしか知られてない計画、貴方はその一部の将官に入ってるのかしら?」
【ナバイ】「……何故君が知っている?」
【テレイア】「知ってると言う事はつまりはそういう事よ……」
【テレイア】「もしアイリスを殺したら私もここで自害する!」
【ケレス】「やめてくださいお嬢様!」
【テレイア】「今自分のこめかみに銃を突き付けてるわ!私が死んだら計画も無くなり、貴方は帝国どころか惑星軍からも狙われる事になる!」
暫らく沈黙が流れ、雨の音だけがシトシトと聞こえる。
【ナバイ】「なるほどね、君が"生贄"の姫君って分けか……」
ガレオスは顎を腰裏に収納すると、俺に背を向けた。
【ナバイ】「まぁいい……僕の目的は達成された」
【ナバイ】「シモクくん、撤収するよぉハッチ開けて~」
『ハァ……ハァ……』
【ナバイ】「ご主人様に助けられたね、じゃあね!僕を満足させれなかったロボ畜生くん」
そう吐き捨てたナバイは自身の艦へと飛び乗ると、艦は発進して灰色の霧の中へと消えて行ったのであった。
降りしきる雨の中、俺はコクピットのモニタをガンガンと拳で何度も叩いた。
俺にはゲーム……戦闘で勝つ事しか出来ない
それ以外何も無い
それなのに負けた俺に価値など無い――
【テレイア】「アイリス……」
『ひっ!』
テレイアの悲しそうな声を聞いた瞬間、俺は過去に期待に応えられなく落胆した母や、祖父、教師、義父などが俺の名前を呼ぶ姿が脳裏に駆け巡った。
ドン!ドン!ドン!ドン!
俺はモニタや機材に自分の頭を強く打ち付ける。
《アイリス、やめてください!》
黙れ!最初から俺が操作してたら勝てた!
《アイリス……》
この世界に来てから出撃する度に俺の中に溜まっていった闇みが一気に決壊する。
俺は空を見上げると、これまでにないぐらいの黒兎に聞こえる大きな思念を脳内に響かせてこう放った。
黒兎……君は邪魔だよ!いらないっ……!
ジジジ……――!ザザザザ!ザァァァァァァァァァァ―――!!!!!
頭の中に地響きの様な大きなノイズが響いた後、灰色の雨の軌道すら見えない真っ暗な視界となり、俺の意識は途絶えたのであった――。




