033 とても大きな井の中で
※このお話しは別人視点になります。
私の名前はヘカテー
街中やショッピングモールで歩いていると、よく年齢一桁の子供が迷子になったと思われて声をかけられるが、れっきとした16歳なのだ。
私の両親は2人共惑星同盟軍の軍人だったらしく、共に私が2歳の頃に戦死している。
あまりに子供の頃の出来事だったからなのか、悲壮感や怒りなどは実感出来ていないのだ。
両親が亡くなってからは父の義兄弟であるコイウスおじさんの元で育てられた。
コイウスおじさんは元々大手のマロタリ社に関節部品を納入している下請け工場の開発者兼、社長であったが、G・S乗りであった父が亡くなってからマロタリ社に対する不信感があったらしく、独自にG・Sを開発して世間に広めようとする様になる。
おじさんにはとても可愛がられ、時に厳しく怒られるが……恐らくは実の親子と変わらないように接してくれていたのだろう。
でも私はおじさんを「お父さん」とは呼ぶことが出来なかった。
自分に自信が無く、もしそう呼んで拒絶されたらと思うと怖かったから……
そんな私だったが小学校に入ると、体が小さくて両親が居なかったからなのか、それとも性格に難があったからなのかは知らないが、いじめを受ける様になった――
私は学校に行かずに自宅に引きこもる様になり、部屋でテレビやネットばかりの生活になる。
そんな生活の中で私を夢中にさせたのがアニメ、"宇宙ヒーロー・2人はゲコピョコ"なのだ。
このアニメは2人の少女が素性を隠して大きなG・Sに乗り込み、惑星に侵略してくる宇宙人"スラグ"軍団を倒すアニメだ。
家がG・S工場なのと主人公の歳が近いからなのか、私はこのアニメの主人公に自分を重ね合わせ、いつか彼女達みたいな正義のヒーローになりたいと思う様になる。
おじさんに私がG・S乗りになりたいと言うと、最初は大反対されたが何度もしつこく頼み込んだ結果――
「軍人では無くアマチュアとしてコロシアム大会に出るぐらいならいい!」
という許可を貰え、おじさんが開発したG・Sのテストパイロットをしながらコロシアムの選手を目指すことになった。
最初はG・Sに乗って歩くことさえ怖かったが、挫けそうになったらゲコピョコを見て自分を鼓舞し
ほとんど学校にも通わずG・Sに乗って操作訓練、戦闘訓練を受けた私は、10代のみが出場出来る"G・Sジュニアレスリング大会"で優勝した。
その後3年間(3大会)"無敗"で優勝し続けると、ジュニア大会とは違い打撃有、銃撃有で元軍人やプロチームが参加する"コロシアムリーグ戦"のエキシビジョンマッチに呼ばれる様になる。
その頃ぐらいからおじさんも積極的に私を支援する様になり、コイウスカンパニーが独自に開発した私専用のG・S"ヒルク1号"を与えてくれたり、専属の整備員やマネージャーを付けてくれたりした。
おじさんの夢である"自分が作ったG・Sを世間に広める"という願いを叶えるチャンスにもなったので、おじさんもどこか嬉しそうだった……
そんなヒルク1号でエキシビジョンマッチに参加したのであったが、対戦相手が後日行われる大会の優勝候補で、どうやら私は"噛ませ犬"要因として当てがわれた様だ。
対戦が始まると確かに相手の実力の方が上であったが、私は近接での泥仕合に持ち込み、なんとか空気を読まない勝利を収める。
当時13歳であった私のまさかの勝利に世間やマスコミの間で話題となり、コロシアムのリーグ戦や本大会にも呼ばれる様になったのだ。
しかし、流石にプロのリーグ戦や大会に出ても直ぐには安定した勝利を得られる事は出来ず、血が滲む様な操作練習と、おじさんやスタッフ達によるG・Sの改造や情報収集によって2年後――
遂に年に1度開催されるG・S乗りナンバー1を決める大会で優勝を果たした!
これで私はゲコピョコみたいな正義のヒーローに近づき、おじさんも自身の作ったG・Sが世間で認められる様になるだろう……
そう思って居た――
大会で優勝した後、何故か私に対するマスコミの取材や地方大会などのエキシビジョン要請が無くなり、普段おじさんの会社に依頼が来る工事用G・Sの開発やメンテナンス依頼が無くなった……。
「マロタリ社がG・S関係各所に圧力をかけた!コイウスカンパニーは仕事を干されたんだ!!」
と言うおじさんの話を聞いた私はマロタリ社というものを"悪"と認識する様になる。
私はマロタリ社という悪が作ったG・S達をコロシアムでひさすら倒し続ける事が"正義"であると考え、無敗のチャンピオンとして君臨し続けたのだ。
正義は必ず勝つのだ!
勝ち続ければマロタリ社の圧力なんて屈せず、おじさんの会社に仕事を依頼してくれる人が現れるはず……
一時期仕事が無く、夕飯も卵とモヤシだけの日々も続いたが、おじさんの会社も羽振りが良くなりヒルク1号の改造も順調に進んでいたので、私の思惑通り仕事の依頼がまた軌道に乗って来たのだと思っていた。
この時、私はおじさんが深夜や明け方に家を出て何処かに行って居た事と、近隣で現金輸送車強盗や、金属の窃盗事件が頻発していた事を気に留めて置けばよかった……。
いや、私にはどうにも出来なかった……結果論で言い訳してるだけだ。
そして、前回優勝した大会の連覇をかけたその日がやって来た――
今大会はマロタリ社も最新型G・Sであるラスター5を投入、パイロットも軍の養成所でトップだったグノンという猛者をスカウトして来て本気度が伝わってくる。
さらには最近話題となっている宇宙傭兵団"虹の剣"のエースパイロットが出場するというのだ。
虹の剣は悪名高い宇宙マフィアの"ムジナファミリー"を少数で壊滅させたという、まるでアニメの世界から出て来た様な、正に私が目指すべき"正義のヒーロー"そのものである。
そんな虹の剣の人達と大会前に会うことが出来たが、私が想像していた様な正義のヒーロー像とは少し違い、使命で悪を倒しているだけでは無く、どこか仕事的な面も持ち合わせていた。
虹の剣エースパイロットの"アイリス"はエースとは思えないぐらいオドオドとしていて気弱そうな女性だったが、一緒にゲコピョコを見てくれたからなかなか好感を持てた。
元々ぼっちな私はチョロイ人間なのかもしれない……
だがそんなアイリスが大会予選で戦っている映像を見た私は驚愕した。
円盾を2つぶん投げただけで、相手G・Sの頭を吹き飛ばしたのだ――
G・Sでの体重移動、それに空間把握能力が優れていないと出来ない神業に、アイリスは近接戦及び遠距離攻撃も私を超えてるのでは無いかと考える。
一緒に映像を見ていたおじさんも絶句した様子であったが、今思うとその時既に"大会で優勝する"とは別の"思惑"で動いていたからなのか、私とヒルク1号が敗れるという焦りの感情は見られなかった。
そして、直前に私のスタッフ数人が謎の怪我をするというハプニングがあったがコロシアム大会が始まった。
始まって……
勝ち上がって……
準決勝にこれから行くはずだったのに……
おじさんやスタッフが全員逮捕されて……
なんだ……これ……
………………
…………
……
現在――
私はヒルク1号に乗ってスポットライトが当たるコロシアム会場では無く、橋の下の薄暗い場所で人目を避ける様に座っていた。
まるでいじめられて部屋の中で引きこもっていた時の様に――
だがあの時みたいにゲコピョコを観て逃げる事が出来ない、何故なら私が"悪党側"の人間である事が分かったからだ。
おじさんもスタッフも皆やさしかったが、物を盗んだり、人を貶めようとしていた悪党であった。
だがマロタリ社も私達を"干す"行為をして追い込んだ悪党である事には変わりない、結局は蛇同士がお互いの尻尾を食い合っていただけだったのだ……。
私がコロシアムで戦っていた事は一体何だったんだろう……
などと思い感傷に浸りながらボーとしていると、目の前に全身が白く、角(?)が生えたG・Sがのっそのっそと近づいて来る。
警察のG・Sか惑星同盟軍のG・Sが私を捕まえに来たと思ったが、音声通信を繋いでみると、どうやら乗っているのは虹の剣の"アイリス"であった。
そんなアイリスからは『今からコロシアムで決勝をしましょう!』などと言われ、無理やりヒルク1号の手を取られ、まるで散歩を嫌がる犬をズルズルと引きずりまわすかの様な感じでコロシアム会場へと連れて行かれる。
「放すのだぁ……私はもうコロシアムで戦う資格なんてないのだぁ」
『資格なんていりませんよ、無許可でやるんですから』
「いやいや!そう言う問題じゃないのだ!他人を貶めていた悪のチームだから……アイリスにも迷惑かけたし」
『まぁ確かにコイウスさんは卑劣だったね』
「…………」
『でもヘカテーがやって来たコロシアムで相手を倒して勝ち進む事も"相手の夢や願を蹴落とす事"じゃ無かったのかな?』
「それは……マロタリ社は私達を貶めた悪だったから」
『確かにあんだけデカい会社ならそれなりの悪事もやってるんだろうけど、少なくとも私と戦ったグノンは正々堂々と戦ってたよ』
それ以上、私は何も言い返せなくなった――。
そのままコロシアム会場の闘技場入り口まで連れて来られる。
『ヘカテーは楽しく無かったのですか?G・Sでの試合が』
「え?……私はゲコピョコみたいな正義のヒーローになりたくて……」
『本当にそれだけですか?』
「分からないのだ……でも、もうどうでもいいのだ!結局何も意味が無かった!私がやってきた事は無駄だったのだ!!」
アイリスのしつこい追及に、私の思いが爆発した。
『私にも"正義"と何なのか、どれが正しいという事なのか分りかねます……ただ、ヘカテーがやって来た事が無駄だったとは思いません――』
そう言ったアイリスが自身が乗る白いG・Sを操作して闘技場の扉を開くと――……
ワアアアアアアアアアアァァァ!!!!!!
信じられない光景が目に入った――
闘技場には輝くスポットライト、観客席には満員の人、まるで今日の大会がそのままの状態でこの時間まで続いてたかの様に……
「本当に来た!?ヘカテーのヒルク1号だ!」
「うおおおお!やっぱ来て正解だったなぁ!」
「もう1機のG・Sがアイリスのかぁ?」
「あれブラックポーンタイプだろ!帝国機がコロシアムで見れちゃうのか!」
「チャンプと虹の剣との決勝だぁ!アイリスが勝ちだと思うがな」
「いやいやヘカテーでしょ!」
「「「 アイリス!アイリス!アイリス! 」」」
「「「 ヘカテー!ヘカテー!ヘカテー! 」」」
大きな歓声が会場を包み込む――
『見てくださいヘカテー、ここに居る人達からしたら貴方は"ヒーロー"であり、"ヒール"なんですよ』
「私が……ヒーローで、ヒール?」
『はい、ヘカテーが"ゲコピョコ"に憧れていた様に、ヘカテーは既に特別な存在に見られてるのです』
『もしまだヘカテーが"正義のヒーロー"と言う存在を目指す願いがあるのなら……"コロシアムのヒーロー"としてここで戦うのが、見てる人達への正しい義理、"正義"だと思います!』
私がG・S選手になったのは、ゲコピョコみたいな正義のヒーローになりたかったから……
でも、それだけでは無くて心の奥底で"1人の私を誰かに見て貰いたい"、"誰かに認められたい"という物もあったのだろう。
勝ち続けてチャンピオンになった事での慢心と、マロタリ社に対する怒りで私は自分しか見て居なかった……。
マロタリ社というものを純粋な"悪"と認識して、その悪を倒して自己欲求を満たすだけの存在になったのだ。
これのどこが正義のヒーローなのだ、ははっ……失笑でしか無い――
「「「 ヘカテー!ヘカテー!ヘカテー! 」」」
そんな私をコロシアムのヒーローとして見てくれてる人が……私を認めてくれてる人がこんなにも居る!
ゲコピョコは正義のヒーローとしての役割を決して逃げたりはしない、だから私も私をヒーローとして見てくれている人達の正義として
私は逃げない!!!!
ヒルク1号を操作して、アイリスのG・Sとは逆側にある闘技場の戦闘開始位置まで移動する。
「アイリス!」
『はい、ヘカテー』
「私はコロシアムのヒーローとして皆の期待に応え、そして私の為にアイリスを倒すのだ!」
『やる気になってくれて何よりです……では、開始のブザーを鳴らす合図を仲間に送ります』
そう言ったアイリスは白い機体を操縦して右手を掲げると、闘技場内に聞きなれた試合開始のブザーが鳴らされた。
プオォォォォォォォォォォン!!!!
「アイリス!行くのだ!」
ヒルク1号は真っすぐにアイリスのG・S目がけて駆け抜ける。
一切の迷いが無く、不格好でも真っすぐに――
………………
…………
……
闘技場へと向かうG・S用搬入廊下、両手と頭部が無くなったヒルク1号の中で私は泣いていた……。
結論から言うと、私は負けた――
近距離でのパンチや蹴りは全て躱され、なんとかアイリス機の両手をつかんで、手四つの態勢に持ち込み、そのままスネークメントを放ったが。
謎の技術で衝撃をそのまま返され、ヒルク1号の両手がバラバラになった。
そのままヒルク1号はアイリス機に逆さまに抱えられると、地面に向かって脳天砕きの様に叩きつけられたのであった。
圧倒的敗北、悔しい――
私をヒーローとして見てくれていた人達の期待に応える事が出来なかった。
いや、それだけじゃないこの悔しさと涙は……
私は純粋にG・Sで戦うことが好きだし、誇りだったんだ。
正義のヒーローという仮面で隠した1人の競技者としての私の姿、今日の出来事はそんな自分を見つめ直すことが出来たのだと思う。
『ヘカテー、私の急な願いを叶えてくれてありがとうございます』
音声通信でテレイアが話しかけて来た。
『近接はとても強かったですよ!虹の剣に入ってから戦った中で1番ぐらいに』
「うるさいのだ……敗者に慰めは野暮なのだ……ぐすっ」
『うーん、それもそうですね……では失礼します!』
「ちょっと待つのだ!」
『ん?』
「ん?じゃなくて!負けたら虹の剣に入る約束はいいのか!?」
『そうですねぇ……、ほら、やっぱ無理やり入れるのは良くないし』
ここまで無理やりやらせといて今更何を言ってるのだ!
まったく……、強い癖して相手の気持ちと空気を読めないヤツなのだ。
『でも、私と同じでG・Sとの戦いが好きなヘカテーには来てほしいですね!』
「ふぅ……、約束を守ると言う事も"正義"、来てほしい時に行くのが"ヒーロー"だから、行ってあげるのだ!」
『ふふ……では、今後よろしくお願いします』
「アイリスの事を徹底的に研究して来年の大会ではボッコボコにしてやるのだ!!」
『えぇ!?』
私は傭兵団としてコロシアムから出て、広い宇宙全域を見て回ろうと思う。
本当の正義のヒーローとは何かという考えを広い見識で見定める事と、G・Sに乗って戦いたいという思いを両生させながら――
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惑星テレラにある拘置所の面会室で、1人の男が弁護士から渡された手紙を読んでいた。
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ヘカテーです、元気ですか?ご飯はちゃんと食べてますか?
私はあの後、虹の剣のアイリスとG・Sで戦いました。
でも私とヒルク1号はボコボコにやられました。
世の中強い人や機体が多いです、私もまだまだなのです。
負けたので、約束通り私は虹の剣に入る事になりました。
でも私の意思でもあるので心配しないでください、外の世界を色々見て回り、技術的にも精神的にも強くなります。
虹の剣でヒルク1号が活躍すれば惑星テレラだけじゃなくて、全宇宙でお父さんが作ったG・Sが有名になって沢山仕事が入るかもしれないのです。
お父さんがそこから出る頃には本物の正義のヒーローとして、会いに行きますので上を向いて生きてください
出来るだけ今後も手紙を送ります。
娘のヘカテーより
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手紙を読んだ男が俯きながら震えだした。
「うっ……う゛う……っ!」
大きな身体を丸め、嗚咽する男はとても小さく見えた。
敵を倒すだけでは無く、失敗した誰かを救う事も正義という思いも芽生えた彼女は、"大きな井戸"から大海原へと飛び立つのであった。
コロシアム編 完結




