032 願い
グノンとの試合を終えてスタッフエリアの自陣営に戻り、ベスタにラスター4の整備を任せているとヘカテー陣営方面で騒ぎが起きていたので見に行ってみる。
ヘカテーの陣営の周りには人だかりが出来ており、そこにはこの世界のパトカーと思われる車両が10台ぐらいと、数十人の警察官やコロシアム運営スタッフの警備員が取り囲んで、コイウスさんらスタッフ全員を拘束していた。
「一体なんなのだ!?これから試合なのにおじさん達を捕まえて……なんで皆こんな事をするのだ!!」
自分の仲間であるスタッフを拘束している警察達に抗議の声を上げるヘカテーだが、それを無視して淡々とスタッフ達に手錠をかけ始める。
そんな中、集まった警察達のリーダーと思われるスーツを着た50代ぐらいの初老の男が数枚の紙を拘束されたコイウスさんに見せながら言う。
「逮捕状を読み上げる……コロシアムにおけるグノン陣営に行った実弾挿げ替えによる業務妨害」
「え!?」
男の逮捕状読み上げに驚きの表情を見せるヘカテー、続けて男が読み上げる。
「及び、一昨年に起きた"現金輸送車襲撃"、マロタリ社倉庫からの"オリハルコン金属窃盗"及び……」
今回の事だけじゃなかったのか……次々に罪状が読み上げられヘカテーは驚愕の表情を浮かべる。
コイウスさんは静かに俯くだけであった。
「以上の罪状により、コイウス及びコイウスカンパニースタッフ8名を逮捕する……前から目を付けていて令状を待っていたが、今回の件で上も起訴を決めた、聴取に応じて貰おう」
「う、嘘なのだ!叔父さん達がそんな事する分けないのだ!きっとマロタリ社の陰謀なのだ!叔父さん達を放すのだ悪党達め!」
そう小さな体でグイグイと警察の袖を引っ張って抗議の声を上げるヘカテー、今にも暴れ出しそうなヘカテーに様子を見に来ていたテレイアが声をかけた。
「ヘカテー、残念ながら少なくともコイウスさんがグノンが使うライフルを実弾に挿げ替えて貶めようとしたのは事実だわ、アイリスが映像記録で撮って置いたからね」
「嘘っ……嘘なのだ!虹の剣もグルなのだな!正義だって信じてたのに!……こうなったら私がヒルク1号に乗って悪を倒すのだ!」
ヒルク1号に乗り込もうとするヘカテー、周りの警官達が動揺し、腰に下げた銃を取り出そうとすると手錠をかけられたコイウスさんが声をあらげた。
「やめろヘカテー!!!!」
「叔父さん!?」
「……全部本当だ」
「え!?……そんな……いやっ!嘘なのだ…なんで!?どうしてなのだ!?……嘘だああああああぁっ!!」
信じられない様子で頭を抱えて放心したヘカテーにコイウスさんが言った。
「いいか、ヘカテー……この世界はいくら努力をしても誰かを蹴落とさないと自分の願いを叶えられないことがあるんだ!お前が見ているアニメの世界みたいな単純な世界じゃないんだよ!!」
「……っ!!」
恐らく一番信頼してたであろう保護者であるコイウスさんの言葉から出た、自身の信念を否定された言葉と行動にショックを受けるヘカテー、そんなことはお構い無しに初老の刑事はコイウスさんを護送車へと誘導した。
「もういいか?行くぞ……」
護送車に乗る寸前のコイウスさんの背中に向け、震えた声でヘカテーが呟く
「でも……私はおじさんのやった事は間違っていると思うのだ……絶対に……!!」
「……そうだな、それでいい……ヘカテー、お前は最後まで俺の事を……いや、なんでもない……達者で暮らせ、じゃあな――」
振り向かずにそう答えたコイウスさんは、警察によって護送されて行ったのであった。
自分のスタッフ達が全て警察によって逮捕されたヘカテーは、今だ数十人の警察が捜索を続けている自陣にあるベンチへとフラフラとした足取りで座ると、生気の無い目で空を見続けていた。
そんなヘカテーにテレイアが声をかけたが――
「今は……一人にして欲しいのだ……」
そう力無く答えるだけのヘカテーにテレイアもこれ以上何も言う事が出来なかった。
………………
…………
……
その後コロシアム大会の運営はてんやわんやとなり、優勝候補のスタッフが別な相手に工作活動、及び決勝前での逮捕劇という前代未聞の事態に当然ヘカテーは失格。
準決勝で敗れた選手繰上げやリザーバーによる代出決勝も出来る状況では無いと判断したのか決勝自体が中止となり、優勝者アイリスという形で閉会式を進めた。
大会運営は会場の観客に
「不測の事態によりヘカテー選手は出場出来なくなって決勝は中止です!申し訳ございませんでした。」
と言う放送をしただけなので、ざわざわとした戸惑いの雰囲気が流れる中、俺も微妙な雰囲気で優勝者として閉会式に臨んだ。
「今大会優勝者はアイリス選手ゥゥゥ!!大会初の全て素手のみでの優勝は圧倒的な強さだぁ!!文句無しの優勝者であることは間違いないっ!!!!」
「優勝選手には50億senの賞金と、優勝トロフィーが送られますゥ!!トロフィー授与はゲストの"ナバイ大佐"!!では、アイリス選手前にどうぞ!!」
俺は闘技場中央に設置されたお立ち台へと登ると、年の頃は30代後半ぐらいで白髪の長毛、顔立ちが良く、眼鏡をかけていて軍人と言うよりは知的な学者のような雰囲気がある男がトロフィーを持って近づいて来た。
この人が惑星同盟軍最強のナバイか……。
ナバイはお立ち台に上がり、静かな笑みを浮かべると俺にトロフィーを渡し、俺はそれを受け取った。
観客席は微妙な雰囲気の中でも大きな歓声と拍手が巻き起こり、トロフィーを渡された俺は観客に一礼をしていると、ナバイが右手を差し出して来たので俺は握手をした。
すると、ナバイは握手をしながら俺の耳元に顔を近づけ呟いた。
「優勝おめでとう……君は強いねぇ……近接なら僕と同じぐらいかもよぉ」
『あ、ありがとうございます』
「触ってみて分かったよぉ、君はアンドロイドなんだねぇ……」
『……はい』
もしかして、アンドロイドの出場は不味かったかな?
「戦闘アンドロイド、AIは"役に立たない"ってのが世界の定説だったけどぉ……これは考え直さないといけないねぇ……」
そうなのか、たしかに最強AIと言われている黒兎でも最低限のマニュアル通りの動きが精一杯だったな。
この世界ではAIを脅威と思うことが根付いて居ないのか?
だから俺がアンドロイドであることをチェックされずに大きな大会にも出れたんだな。
「残念だぁ……強くて美しい人だと思ったんだけど……」
『はぁ、すいません』
「君の偽りの皮を引っぺがして醜い機械の身体が見れたら……さぞかし楽しいんだろうなぁ……」
『………………』
「冗談だよ、冗談……フフ、またね」
そう、ねっとりとした声で呟いた後、ナバイは観客に一礼し会場を後にした――
閉会式を終え、自陣へと戻ると虹の剣のクルーの皆が拍手で迎えてくれた。
「優勝おめでとうアイリス!!!!」
『ありがとう御座います』
「ご褒美に何でも願いを叶えてあげるわ!」
そう言ったテレイアだが、う~ん……ご褒美かぁ、特に欲しい物も無いし
『そういえばヘカテーはどうなりました?』
「それが……」
テレイアの説明によると、暫く自陣で椅子に座っていたヘカテーは突然ヒルク1号に乗り込むと、周囲に居た警官や警備員の制止を振り切り、会場周辺にあった川へと飛び込んでどこかに居なくなってしまったらしい……。
『…………』
黒兎、俺の視界をサーマルモードにしてくれ
《了解、サーマルアイに設定しました》
よし!じゃあ超広角視野モードに……出来るか?
《了解、テレラ上空の観測衛星をハッキング、衛星からの動画を視野とリンクさせます》
俺の視界がまるでネットで見る地図をズームアウトにしたかの様に広がって行った。
大量に入って来る情報を処理しきれないのか、頭の中が熱を帯び始めて来るがそれでも構わずにあるモノを探し出す。
『見つけた!』
ここから2㎞先にある大きな川にかかった橋の下で、うずくまっているヒルク1号を熱源で確認した。
『テレイア団長』
「何?アイリス」
『ご褒美の件で……私の、"願い"を聞いてもらっていいですか?』
――――――――――――――――――――――――――――――
この日の夜――
惑星テレラにあるネット掲示板や動画サイトなどのSNSでは、今日のコロシアム大会での出来事が話題となっていた。
【匿名A】{虹の剣ハンパねぇぇぇ!!強すぎだろ!!!!}
【匿名B】{決勝なんで無くなったん?ヘカテーたん見たかったよぉ}
【匿名C】{ヘカテーの親父逮捕されたってマ!?}
【匿名D】{マジっぽい、ソースはダチの警察}
【匿名E】{マジかよ……でもヘカテーは関係無いだろ、決勝見たかったわぁ}
【匿名F】{今夜秘密裏にヘカテー対アイリスの決勝戦やるらしいぞ!!}
【匿名G】{はい釣り乙、誰も騙されないから}
【匿名F】{マジだって!虹の剣がドリマ新聞社のサイトで声明文出してるぞ!!}
【匿名達】{マ、マジでえぇぇぇぇぇぇぇぇ!?}
【匿名B】{行くしかないっしょ!}
【匿名A】{アイリス対ヘカテーが見れる!?}
【匿名E】{うおおおおおおお!!}
【匿名C】{飯食ってる場合じゃねぇ!!!!}
主要なSNSでは真意が定かでは無いが、いい意味でも悪い意味でも話題となった今回のコロシアム大会……
その幻となった決勝戦が見れるかも知れないという期待感がどんどん広がって行った――。
――――――――――――――――――――――――――――――
俺はピーターワンが停泊されている空港へと向かい、ホワイトポーンに乗り込むと他のクルーによる"工作活動"によってセキュリティーが甘くなった空港を抜け出した。
夜となった惑星テレラの街を、なるべく目立たない様に闇の中をジャンプで飛びながら"ある場所"へと向かうホワイトポーン――
コロシアム会場近くにある海へと続く大きな川にかかる橋、川を歩いて橋の下で体育座りでじっとしているヘカテーが乗ったヒルク1号へと近づいて行った。
目の前にまで見ず知らずのG・Sが近づいても何の反応も示さないヒルク1号……それだけ中のヘカテーが放心しているってことか。
黒兎、ヒルク1号に音声通信を飛ばしてくれ
《了解》
『ヘカテー、聞こえますか?』
ザ――……
【ヘカテー】「ん?……なんなのだこの変なG・S……誰ぇ?」
『アイリスです、このG・Sは私が普段乗っているホワイトポーンです』
【ヘカテー】「アイリス……、何の用なのだ?」
『まだヒルクの燃料はありますね?一緒に行きましょう!』
【ヘカテー】「んぁ……何処に?」
『コロシアム会場ですよ』
【ヘカテー】「え?……なんで?」
『決勝戦をしましょう!!』
【ヘカテー】「えぇ~!?」
ホワイトポーンを操作して右手を差し出す。
俺は所詮ただのバトル狂い、"ヘカテーを救いたい"という正義の味方的考えでここに来たわけではない。
ただこの不完全な優勝を"完全なる勝利"にしたいが為に、ご褒美としての願いを行使しただけだ。
そう自分に言い聞かせるとヒルク1号の手を掴んで無理やりに立たせ抱き寄せた。
俺の"願い"はただ一つ、ヘカテーとの決勝を実現させること――。




