029 従者か友か
G・Sコロシアム大会を明日に控えた俺は毎日コロシアムに訪れてはラスター4に乗り、コロシアム会場とは別にあるG・S操縦テスト用のグラウンドで動きの練習をしていた。
大会前に狂った様に練習に励むのは前の世界にいた時と変わらないなぁ……。
俺が大会に向けてやっている練習はG・Sでの格闘戦スキルの向上、最終的な目的はG・Sでの"寸勁"をマスターすることだ。
本当はヘカテーが乗るヒルク1号の様に"零勁"をやってみたかったが、ラスター4では機能的限界があるので、一寸空間を開けてでの寸勁を目指すことにした。
【ベスタ】「アイリス練習熱心は良い事じゃが、毎日ラスターに乗って変な踊りをさせて……何をやっとるんじゃ?」
練習の為の整備として手伝ってもらっているベスタが音声通信で疑問を投げかける。
確かにG・Sで、お婆さんが公園でやっている様な太極拳の動きをやられても、ただ踊っているだけにしか見られないだろう。
『これはワンインチパンチを行う為の体重移動と拳にモーメントを集約する為の演舞練習ですよ』
【ベスタ】「う~ん、よく分からんがアイリスが言うなら、何か意味があるんじゃなぁ!」
そんな感じで朝から昼まで動きの練習をして、G・Sから降りて休憩をしているとテレイアとケレスがやって来た。
「アイリス、ベスタ!お疲れさま~!」
そう言いベスタに持ってきたジュースを渡すテレイア
「アイリスは本当に練習熱心なのじゃ、戦闘AIの鏡じゃの!」
「でも明日なんだから、今日はもう切り上げましょう!あまり根を詰めすぎると疲れちゃうでしょ?」
『そうですね、ベスタにも長時間付き合わせてしまっていますし……この辺でお暇するとします』
と言う事なので、G・Sをコロシアムの格納庫に返却してホテルへと帰路へ付くこととなったが、テレイアとベスタが買いたい物があるらしいので途中にあったショッピングモールへと立ち寄った。
テレイアとベスタは各々買う物が売っているコーナーへと向かい、残された俺とケレスはテレイアが見える位置の廊下で買い物を待っている。
「………………」
『………………』
2人ともあまり積極的に話す方では無いので、気まずい沈黙が流れる。
しかし何かを見つけたのか、ケレスはフラフラと近くのオモチャコーナーへと歩いて行くと、入り口で展示されてあった子供が遊ぶためと思われる女の子の姿をした"遊戯用アンドロイド"に近づくと、そのアンドロイドの頭を優しくなで始めた。
俺もそのオモチャ売り場に向かい、ケレスに声をかける。
『ケレスはアンドロイドが好きなのですか?』
女の子のアンドロイドを撫でながらケレスは答えた。
「そうね……私はね、生きている者を愛でることを禁止されていたの」
『え!?』
「私の"一族"の習わしでね、護衛や暗殺で生命に対する感情を持たずに滅私に徹して行動する為らしいわ……」
突然のケレスの過去と出自の告白に驚いた。
ただのメイドじゃなかったのか?一族に護衛に暗殺……まるで"忍者"の様な人生を歩んでいたのか。
「だから友達も作るとこも許されなかったわ……小さい時、土竜を拾って隠れて飼っていたけど、見つかって川に捨てられたりもした」
『……つらいですね』
「そうね、性欲の方もアンドロイドで発散しなきゃならなかったわ」
重い話の流れから妙な方向に話が逸れたが……。
『テレイアとはお友達では無いのですか?』
「お嬢様とはあくまでも主従の関係……私がお嬢様の担当になってから、私を"人間"らしく扱て頂いたのは感謝しているけど」
テレイアはどこかの有力な貴族でケレスは代々その貴族に使える従者、そんな二人の関係が見えて来た会話だ。
『今のケレスは自由なのですか?』
「そうね、私はもうあの地から離れた身よ……」
『では何故、テレイアのメイドとして一緒に行動を?』
「そ、それは……」
『主従では無く"友達"だから一緒に居るんですよね?』
「アイリスうるさいわね……えいっ!」
『わっ!?』
ケレスに股間をギュッと握られ、前のめりで後退りした。
ちょっと2人の関係に対して詰め寄りぎてしまった様だ。
そのまま廊下にまで戻ってテレイアの買い物を待とうとしたその時だった――
《アイリス、危険です》
『え!?』
急に廊下を歩いていた3人組のマスクを被った男達が、手に持った角材や鉄パイプで俺に向かって殴りかかって来た!
なんなんだ!?どういう状況だ!?
なんとかしなきゃ……いつもG・Sでやってる動きを――
でも身体が動かない!何時も生身の肉体(今はアンドロイドだが)だと素早く、最適な動きが出来ないのが俺の短所だ。
意識だけがスローモーションで流れ、男が振った鉄パイプが俺の左腕に直撃すると思われたその時――
ゴスッ!!!!
鉄パイプを持ったマスク男の顔面にケレスの膝蹴りが炸裂した――
気を失い、前のめりに倒れ込むマスクの男……一瞬たじろいた残り2人の男だが武器を構える。
『ケレス、危ないです!』
「大丈夫よ……慣れてるから」
角材を持った男がケレス……ではなく、やはり俺に向かって振り下ろして来る――が
ケレスは素早く振り下ろして来た男の右手首を後ろ手に捻って関節を外した。
「ぐあっ!」
脱臼した右手を抑え、苦悶に喘ぐマスクの男、もう一人の男はすっかり及び腰になってしまい
「ず、ずらかろう!」
と言い、膝蹴りを食らって意識が朦朧としている男に肩を貸して逃げ出した。
「痛ってぇ……お前ら、コロシアムに出るならずっと付け狙ってやるからな!」
そんな捨て台詞を残して右手を脱臼した男の方も逃げ出すが、男のポケットから財布が落ちた。
「あの男達はアイリスを狙ってましたね……ってきり私達を狙った"刺客"だと思いましたが、素人丸出しな動きだった」
『た、助かりましたケレス』
まさかケレスがこんなにも強かったなんて……
「アイリスはG・S戦闘以外はからっきしなのね、まぁそうい所も味があるのだけど」
そう言いながら男が落した財布を拾って中身を検めるケレス、中から身分証明書の様なカードを発見する。
「社員証ね、サイモン、32歳……マロタリ社総務部」
マロタリ社!?確か同盟軍最大のG・S開発企業、"ラスターシリーズ"の開発元だ。
『マロタリ社が何故私を狙ったのでしょう?』
「分からないわ……"コロシアムには出るな"みたいな事言っていたけど、何か引っかかるわね……誰かを襲撃する時に身分がバレる物を身に着けるかしら?間抜け過ぎて素人のレベルを超えてるわ」
確かにマロタリ社が自分を襲うメリットはあまり無い気がするが……。
などと2人で話をしていると
「ちょっとぉ!アイリスもケレスも私を置いてどこ行ってたのよぉ!」
買い物を終えたテレイアが少し涙目になりながら駆け寄って来た。
「申し訳ございません、お嬢様」
拗ねてフグみたいに頬を膨らませるテレイアにケレスがなだめながらベスタとの待ち合わせ場所へ向かう、待ち合わせ場所であるショッピングモールのロビーにはまだベスタは来ていなかった。
先ほどの襲撃がベスタの方にも及んで無いかと心配したケレスがベスタに電話をかけてみたが、どうやら何事もなく買い物を進めている様だ。
ロビーで暫く待つことになり、テレイアは疲れた様子でベンチに腰掛ける。
俺は周りを見渡してみると、ロビーの近くにペットショップを見つけた。
この世界にもペットショップがあるんだな……などと思い近づいてみると、入り口に天井が無いゲージに入った兎が展示されている。
見た所、ピンと立った耳に茶色い毛、種類的に"ネザーランド・ドワーフ"かな?
元の世界にいた時に飼いたいと思って調べていたけど、海外での大会やゲーム関係の仕事とかも入るようになって諦めたんだっけな――
俺はゆっくりと手をゲージ内に入れると、兎の頭や背中を撫でた。
触れ合えるコーナーで人馴れしているのか、特に怯えることなく気持ちよさそうに目をつむって撫でられている兎、可愛らしい!
兎の丸みと毛のふかふか感を味わっていると、後ろからケレスが声をかけて来た。
「アイリス、何をしているのですか?」
『展示コーナーの兎を撫でてるんです、ケレスも撫でますか?』
「でも……私は……」
『もう生き物と触れ合えない掟は関係ないのですよね?柔らかくて、ふかふかしててかわいいですよ』
「……そうね、触ってみたいわ」
『お尻からじゃなくてゆっくりと優しく頭から撫でてあげるといいですよ』
恐る恐る手を伸ばし兎を撫で始めたケレス、鼻をヒクヒクさせて目を閉じて撫でられる兎を見て、何時も無表情なケレスの表情も少しだけ緩んだように見える。
「かわいいわね……生き物も」
モグラを隠れて飼ってたぐらいだ、本当は生き物に触れ合いたかったし主従ではない友達も作りたかったんじゃないだろうか……。
「おーい、いやぁ~待たせてすまんのじゃ!」
買い物を終えたベスタがロビーへとやって来た。
「ちょっとベスタ聞いてよ!アイリスとケレスが友達である私をほっといてどっか行っちゃってたのよ~!」
テレイアがベスタに不満を投げかけた言葉の中で出た"友達"と言う言葉にピクリと反応したケレス、俺はその後一瞬だけケレスが瞳を潤ませ笑顔になった表情を垣間見た――
「少しだけ……濡れたわ」
ケレスはそう呟いて目を手で拭うと、何時ものクールな表情に戻って兎にバイバイと手を振ると
「戻りましょうアイリス、お嬢様の元に……」
そう言い、俺の手を握ると"友達"の元へと向かう俺とケレスであった――。




