020 兎対亀
虹の剣は直ぐに母艦に戻ると、ハッタに教えて貰った"亀甲結界"がある廃コロニーへ向けて発進させる。
惑星同盟軍が送り込んだアタック用のコロニーが狙撃手の少女が居る廃コロニーと衝突するまで時間が限られている。
俺は何時でも出撃出来るように自機に搭乗して、格納庫で待機していた。
今回の装備は"パトリオットファイア"用のアサルトライフルとビームガン1丁、ナイフ1本、、そして資金に余裕が出来たので買って貰った"ビームシールド"だ。
これがあれば黒兎が連続したビームライフルでの偏差撃ちで詰められても数発は耐えられるであろう。
【テレイア】「そろそろナノエレクト亀甲結界、探知範囲の1万km内部に入るわ!アイリスは出撃して頂戴」
テレイアの音声通信が母艦内部と自機内部に響き渡る。
【テレイア】「あくまでも探知範囲内だから直ぐに撃たれることは無いだろうけど、こちらのセンサー範囲では相手を捉えきれないから気をつけてね!」
ビームライフルの射程距離は大体300km程、狙撃手側も探知してからこちらに近づかなくてはならない、だが母艦がやられる分けには行かないから積極的に俺が的になる必要がある。
【ケレス】「亀甲結界予測範囲内に入りました」
『ホワイトポーン発進します』
ハッチが開き母艦からホワイトポーンが発進した。
《セーフティ解除開始 残り120秒》
本当は120秒間の時間をかけてから俺が相手をしたい所だが、コロニー同士との接触時間が迫っている……。
黒兎、旋回せずに最大加速で廃棄コロニーへ向かってくれ
《はい、アイリス》
大丈夫だ、相手は1機だけ、1発の閃光なら黒兎でも回避出来るし万が一のビームシールドも有る。
《発信源不明の音声通信号が来てます》
繋いでくれ
【ゲストA】「……聞こえてる?民間機なら直ぐにこの空域から立ち去って……でないと撃つことになるわ……去って、去って」
光音声通信によって小声で低血圧そうな女の子の声が自機に届く、この子が廃コロニーの狙撃手か。
俺は直ぐにでも巨大なアタックコロニーが迫っている事を話したかったが、恐らく信じては貰えないだろう。
『やぁ、私はアイリス……貴方の名前は?』
交渉術の基礎、まずは交流だ。
映画で見た知識だけど……
【ゲストA】「……クレイン」
お?答えてくれた、もしかしたら戦わずに行けるかも……とりあえず音声表示を"クレイン"に変更っと
【クレイン】「撃つわ……撃つわ……」
『え゛!?』
《座標D-21から高熱源反応》
《セーフティ解除まで残り90秒》
黒兎、回避出来るなら回避!無理ならシールドだ。
《了解 回避します》
自機は大きく左舷方面へ移動してビームライフルの閃光を回避する。
【クレイン】「警告用に足を狙ったんだけど……避けたわね……避けたわね」
『あ、えっと……私は傭兵団で、勧誘したくて、でっかいコロニーがそっちに向かってるんです!撃たないで!』
慣れない低レベルな交渉術は一瞬で崩壊した。
【クレイン】「ちょっと何言ってるか分からないわ……警告しても向かって来るってことは……撃っていいのね、撃つわ、撃つわ」
《再び熱源、来ます》
黒兎、恐らく次は連撃での偏差撃ちが来る、2発目以降は無理して回避を狙わずにシールド防御を!
《了解アイリス 残り60秒》
ドシュ!
という轟音と共にビームライフルの閃光が来る。
1撃目を躱した位置に予想通り2撃目の閃光を合わせて来たクレイン、黒兎はビームシールドでガードする。
さらにはほぼ同時に3撃目がシールドに直撃し、ガードした閃光は、まるで※光背の様に細い光を拡散させながら散って行った。(※仏像の背中、宗教画の背景によく見られる拡散された光の表現)
俺はある違和感を感じた。
ビームライフルの連撃スパンが早すぎる……"アサルトビームライフル"?そんな武器は知らないし、銃身の冷却が間に合うのか?他にもライフル持ちの機体がいる?
『あ!』
俺はあのスパンでビームライフルを放てる武器を思い出した。
『"トリプルバレルライフル"……』
ゲーム"ギガントスケアクロウ2"のストーリーモードで登場した、主人公をしつこく追い回すライバルG・S"エイトクロウ"が持っていた3連銃身のライフルだ。
ボスキャラ専用の武器を持ってるなんてズルい!
【クレイン】「まだ生きてる…そう、アレを使っているのね、アレを……アレを……」
ナノエレクト亀甲結界で正確無比な偏差撃ち、しかもトリプルバレルでの3連同時ショット……これは狙撃だけなら上位ランカークラスだぞ!
だが、自機が持っているビームシールドなら、あと5~6発の被弾に耐えられるだろう。
コロニー衝突までの時間も無いから気にせずにこのまま突っ切るべきだ。
《セーフティ解除まで残り30秒》
【クレイン】「……ギ……カチッ……」
ん?何の音だ、クレインの音声から妙な機械音が聞こえた。
《高熱源反応、再びガードします》
俺は何か嫌な予感がした……クレインは恐らくビームシールドを理解している。
あの機械音……銃砲の換装?……何に?ビームから実弾仕様……ビームシールド拡散弾、まずい!
黒兎、2撃目も躱すんだ!
《え!?》
ドスッ!
1撃目を躱し、2撃目をビームシールドでガードをした自機だが、2撃目は閃光で無く"実弾"であった。
盾に直撃したシールド拡散弾は、アンチビームコートのパウダーをまき散らし、ビームシールドを貫通、破壊して左前腕部にめり込んだ。
《3撃目来ます、ビームです》
黒兎、アサルトで撃ちまくれ!右手を前に突き出すんだ!とにかく閃光に撃ちまくれ!
黒兎は回避行動を取りつつ、ビーム拡散弾が入ったアサルトライフルを迫りくる閃光に向けて撃ちまくった。
しかし、数発かすめただけで、閃光の芯を捉えきれず、自機のアサルトと右手に閃光をかすめてしまった。
ジジッ!という音と共にライフルと手が赤く輝き溶鋼し始める。
黒兎、右手首関節から上をパージだ。
《了解アイリス》
《ビームシールド、オートライフル共にロスト》
《……申し訳ございません》
いや、俺も気づくのが遅かった。
仕方ないさ……
《3……2……1……0……セーフティ解除》
手足が自由に動くようになる。
しかし、上位ランカークラスの狙撃手を、俺はパトリオットファイアとビームシールド無しで攻略しなきゃならない
だが黒兎が頑張って突進してくれたおかげで、ナノエレクト亀甲結界が肉眼でも見える位置にまで来れた。
たしかに巨大な亀の甲羅に見えないことも無い、ワイヤーを破壊しながらセンサーを無効化して詰めて行きたい所だが……
【クレイン】「何?……こっちに向かって来る凄く大きな熱源……アナタ、何したの?何したの?」
来たか、衝突用コロニーが――
一度帰艦して装備を整える時間は無い……圧倒的不利な状況だが、俺は彼女を諦めてただ帰れば彼女は終わる。
だが俺の頭にある風景が駆け巡る――
誰かに頭を撫でられながら嬉しそうな笑顔を見せる少年
誰かとゲームを楽しそうにしている少年の姿
暗い部屋で誰かと女性が口論しいる姿を覗いて居る少年の姿
誰かが大きな荷物を持って家から出る姿を眺める少年の姿
たった一人でゲームして誰かを待ち続ける少年の姿
目の前にある亀甲結界がまるで自分の家と重なるように見えた。
そして、その中で待ち続けるクレインの姿も――
『フフフ……』
俺は悲愴で、どこか寂しそうに笑ったのだろう。
『もしもしカメよ~カメさんよ~』
【クレイン】「……カメ?、何言ってるの?何言ってるの?」
君は俺によく似ている。
左手は……、動く!
俺は、腰に装着してあった"アサルトライフル"の2つの弾倉を左手に持つと、アクセルを踏みしめ、スラストレバーを最大加速にすると亀甲結界に向かって突撃して行った。
『クレイン、君を助ける』
【クレイン】「!?」
『行くぞカメさんよ……』
【クレイン】「撃つわ……撃つわ……」
この兎は、決して眠らない――




