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ふう、息を吐いた後一拍置いて走り出す。
アレクの、もっと言えば四捨五入しても六歳児の速さである。自分の目には周囲の光景が早送りになったとしても、大人の目はしっかりと私の全身を映し、ただ構えることもなく私が兄に寄るまで待っている。
走りながら考える。あの忌々しいゴリラ兄にどうやって一本取ろうか。ボコボコにされる前に、もっと言えば兄が構えず油断している今! 今がチャンスなのだ。
アレクの小さい身体では兄の鼻っ面目掛けて剣を振り下ろす事は不可能。じゃあ胴体を狙う、としても忌々しくも脚の長い兄の胴体に突きを入れたところで体重が乗らず苦しめられない。
あと多分私の腕が力負けする気がする。
ああでもない、こうでもないと考えを纏めて。
そうして私が導き出した答えは、単純だった。
武器を持ってる手首を狙おう!
ついでに二撃目で兄の兄に斬りかかろう。
人間の急所は世界が変わっても変わらず、核となる心臓を壊されれば動物は死ぬし、脳に衝撃を与えればそれなりの障害を持たせることが出来る。
そして男女関係なく陰部もまた急所となり得るのである。
おじさまとのお勉強はそういう身を守る術も教えてくれる。貴族生まれの黒髪は下町出身の平民と比べて護身の知識が足りてなく、簡単に殺されてしまうのだとか。
猟奇殺人鬼が現れても黒髪の平民を狙う分には捜査など有ってないものだと、悲しそうな目をしていたのを覚えている。
もうそろそろだ。
手首狙いだと悟られないよう突きの構えを取る。ぎゅっと握った左手を少し浮かせる。勢いが殺されないようにほんの少しだけだけど、歴戦の剣士である兄にはこれだけで突きを警戒する体勢が出来るだろう、多分。
素人目には何も変わった感じはないが、知ったことではない。
もう辿り着く。兄の左手にある木剣に意識を向けすぎないよう注意しながら、突進とも取れる勢いを殺さず最小限の力で剣先を上げる。
そして全体重と勢いを乗せながら振り下ろす!
「ッ! カハッ」
痛い、痛い苦しい、燃える痛い、どこが? どこが痛いんだ全身だ全身が燃えるほど痛い!
「な、で……?」
何が起きたのだと咳き込みながら思考する。
横っ腹がとにかく痛い、苦しい。でも考えないと、考えを止めたら殺される!
「アレク、お前教わらなかったのか?」
ヒュッヒュッと喉が鳴って空気が漏れる。呼吸をすると全身に痛みが走る。肺がまるで空気を拒絶しているようだ。
「攻撃するときに、油断したらいけないって」
蹲る私の髪を無造作に掴み上げ、まるでオモチャを扱うように上を向かされる。
顔を覗いてきた兄の顔には──
「お前、前より弱くなったな」
──嘲笑が浮かんでいた。
その後は剣で殴られ足で蹴られ、気絶したいのに痛みからか生存本能からか気絶は出来ず。本当に死ぬんじゃないかと思う程の暴行を受け続けた。
私が死ななかったのはおじさまが駆けつけてくれたからだ。性悪メイドさんの杜撰な仕事からアレクの着る服はおじさまが洗っていたのだが、洗い場から帰る途中で訓練場の方から騒ぎが聞こえ気になって見にきたらしい。そしたらアレクが嬲られていたと言うことだ。
「見た瞬間心臓が止まりましたよ」なんて怒り顔で言われてしまった。可愛いもっと怒って。
正直おじさまが止めに入ってくれた辺りで気を失ってしまったのでその後どんなやり取りがあったのかは分からない。
でもおじさまが無理に助け出してくれたんじゃないかと思っている。何でか顔辺りに切り傷が増えているし、私が目を覚ましてからずっと撫で続けてくれる腕も少しぎこちない動きなのだ。
「食事は? とれそうですか?」
「んー……スープなら」
「わかりました、少し一人になりますが」
「大丈夫です……ありがとう」
私の頭を一撫でしたあと、おじさまは食事の準備をするために部屋から出ていった。
「はぁ……」
あぁ、最悪だ。こんなに心配をかけてしまうなんて考えてもいなかった。二番目の兄にはどう落とし前を付けてもらおうか。
頭を抱えながら思い出す。先ほど──と言っても数時間は経っているみたいだが──の戦闘にも訓練にもなっていないあの無謀な時間の事。
あいつ、完全に私の動きを読んでいた。いや、読んでいたと言うよりか誘導されていた……?
そもそもあいつは剣を振るうのが本当に好きな、犬が気に入った棒切れをずっと放さないで咥えている様を思い出させる人間なのだ。
そんなやつが訓練とはいえ構えもせず棒立ちして私が向かってくるのをただ待っているなんて、いつからそんな可愛い性格になったのか。あの時もうちょっと考えれば良かった。あいつをボコボコにすることしか考えてなかった私の馬鹿が。
はあ、と溜め息を吐いて肺にあった空気を取り替える。
無性に頭を掻きむしって大声で叫びたい衝動を何とか抑えて、おじさまが帰ってくるまでの間ボーとしてよう。
……、あー、ダメだ。無茶苦茶悔しい。イライラする。私があのゴリラ兄の掌でコロコロと転がされていたなんて、悔しくて仕方がない。
負ける事はわかっていた。手も足も出なくて笑われる事なんて分かりきっていたのに。
手の甲に落ちた生暖かさに、涙を流していることに気がつく。
ああ、悔しい! 一番目も二番目の兄もどちらにも腹が立つ。強くなってボコボコにしたい。甚振ってこんな痛みにも耐えられないのかと笑ってやりたい。
布団をボフボフと叩きながら、堪えきれなかった涙を飲む。
私に、アレクに魔法が使えたら、兄たちに勝つ事も叶ったのだろうか。
今話後書
女騎士がその気配に気がついたのは、もうそれが背後に来た時だった。
咄嗟に剣を抜こうとするも、背後を取った相手の方が速く、首に刃物があてられたその冷たさに、警戒心を高め両手を剣から放す。
「お前、何処から入ってきた?」
そう問いかける声は若い男のものだ。蛇の腹の中に住んでいる時点で相当頭のイカれた人間。もしくは人の言語を話す化物かもしれない。
女騎士はこの状況をどう脱するか考えながら言葉を紡ぐ。
「気がついたら隣の部屋にいてね、少し部屋を物色させてもらったよ、誘拐犯くん?」
首筋にあてられた刃が鈍く光った。
お待たせいたしました。
書いているときめちゃくちゃ楽しくて楽しいが故にめちゃくちゃ書き直しました。
作者ページに青い鳥のURL貼りましたので、いつ頃更新か等そちらに呟いたり呟かなかったりします。
次話更新予定 三月にあげられたら良いなぁ(番外編となります)




