後日譚、もしくは僕らの世界生成秘話
その日「神の宿る森」中心にて起こった魔力爆発は瞬く間に村全体を覆い、周囲一帯は更地と化した。すべての伏線を蹴散らすようにして発生したその爆発の音は大陸全土に響き渡り、人々の心胆を寒からしめたという。
後に「転生村の爆発」として知られることになるこの事件は、有史以来最大の魔法災害として、かなり後の世まで語り伝えられることになる。
目が覚めるとアルハが僕の顔を覗き込んでいた。
あたりは僕の知らない部屋の中。真っ白な壁に窓がひとつ。光がさしこんでいるところを見ると、どうやら今は昼らしい。
あれ?僕は確かアルハと森に行っていたはずなのに……。一本松のところに行って、そこにあった魔力を散らそうとしていたんだ。それで僕の持ってたナタが揺らぎに当たって、
そう、それですさまじい光が見えて、何も分からなくなったんだった。それが今ここにいるということは。
「アルハ、僕は死んだの?」
きっとあの時僕とアルハは死んだんだ。たぶん僕が手を滑らせたせいで。
「うん、そうなるね」
こともなげにうなずいて言う。そういえばアルハはいつもの白衣を着ている。
「じゃあここは」
「あっ 違う違う。死んで天国にいるとかじゃないから。そんなくだらない落ちで私たちの冒険が終わりなんて、あまりにもつまらないじゃない」
あっさり否定された。どうやら一度死んだのは確かみたいだけど、まだ現実世界にはいるみたいだ。
「ちょっと手を見てみて」
そう言われたので手を見てみると、そこにあったのはどうやら木製らしい人形の腕だった。球体関節がとても滑らかに動く。
「これは……シンさん?」
「そう。あの人形遣いの。私たちの魂を回収して、人形に縫い付けてくれたの」
アルハ曰く別の宇宙から来たシンさんは、僕らの魂に干渉し、それを捕まえることができる。それをシンさんお手製の人形に縫い付けてやれば、人を生き返らせることに成功する、というわけだ。
「村が爆発したのを王都にいたシンさんのスペアが気づいてね、テレポートゲートに乗ってやってきてくれたみたい。ゲートが置いてある所までは爆発は届かなかったらしいわ」
「爆発?」
「ああ、まだ言ってなかった?あのあと魔力の塊が爆発してね、私たちの村は全部吹っ飛んだわ」
驚いて窓の外を見に行く。この家は村の跡地に立てられたらしく、窓の外には一面の何かに抉り取られたかのように土だけが広がっていた。
アルハのほうを振り返ると、少し笑って手を振りながら、
「どう?すごいでしょ私たちの町。何もなくなっちゃった」
「今この向こうで復興が始まってるんだけど、見る?」
そういって扉のほうを指差した。
「もしかしてこの家はアルハが作った?」
たった今出てきたところの家を見上げて言う。見覚えのある真っ白な色。正確に90°の角度で折れ曲がる屋根。間違いなくアルハの家の隣に会ったのと同じ「豆腐ハウス」だ。
「こんなときに魔法は便利ね。みかけは気にしないでいいから家を建てろって言われたから作ったの」
「一応窓くらいはつけれるようになったのよ」
あたりには一面に豆腐ハウスが立ち並んでいる。これだけの量の家をアルハ一人で作ったというのだから、たいしたものだ。魔力素子を消費しすぎたりしないか気になるけど、きっとこのくらい魔術を使っただけではびくともしないくらいの量はあるのだろう。
「号外! 号外だよ!」
アルハが復興が始まっているというところに僕を連れて行こうとした矢先、前のほうから服を着た人形が走ってきた。
いや、よく見たら新聞屋の伊藤さんだった。伊藤さんはこの村の生まれなのだけれど、いつもはテレポートゲートに乗って世界を駆け回り、情報を集めてまわっている。伊藤さんの作る世界の情報を集めた新聞という冊子は王都でもかなり売れているらしい。
人形になっているということは、たまたまこの村に滞在していて、爆発に巻き込まれたのだろう。
「アルハさん! やっと爆発の真相が分かりましたよ!」
僕なんか眼中にない様子で、伊藤さんはアルハに一冊の新聞を手渡した。
「僕の懸命な調査のおかげですね! あの事件で唯一生き残った森番さんに話が聞けたんですよ!」
伊藤さんが必死にアピールするのをほとんど聞き流して、アルハは新聞を広げて僕に見せる。そこには、『森番が語る真実! ついに解き明かされた爆発の正体!』と書いてあった。
ざっと目を通してからアルハは新聞をとじて、
「長そうだから簡単に言ってくれる?」
と伊藤さんに言った。
「それがですね! 必死の調査の結果森番さんに面会することができてですね!」
「結局君がやったのは森番さんに聞いただけなのね」
「うっ そうなんですけれども! 森番さんは今入院してて会うのも一苦労なんですよ!」
どうやら森番さんは生き残って入院しているらしい。まさかあの森番さんが怪我でもしたのだろうか。
「とにかく! 森番さんに話を聞いたところですね!」
「それで何が分かったの?」
「つまりあの日森で爆発したのは、森番さんが昔住んでいた宇宙だったんですよ!」
伊藤さんの話はむやみに長い上にうるさかったので、要約するとこういうことになる。
森番さんのいた宇宙が限界まで縮まりきって消滅した、つまり「死んだ」ときに、この世界の「神の一本松」の根元に生まれ変わってきたものが、僕とアルハが調査しようとしていた魔力の揺らぎの正体だったようだ。
その揺らぎに飛んできたナタという刺激が加わって、この世界の中にもうひとつ別の宇宙が誕生した。これがあの日起こったことらしい。
そのとき森で獲物を探していた森番さんは、不穏な気配を察知して一本松のほうまで飛んでいった。そこでいままさに誕生しつつある宇宙を見つけ、力の限り殴りつけた。
そして森番さんは持ち前の莫大な力によってその宇宙の破壊に成功した。それに要したエネルギーの反動によって周囲が吹き飛ばされ、今回の爆発の原因となった。
「つまりですね! これは森番さんによる自分の宇宙へのリベンジなんですよ!」
そう伊藤さんは言う。
「なんだか科学的に間違ってる気がするわね」
「大丈夫ですよ! 先月の徒競走大会の記事は読んだでしょう? 森番さんなら何ができてもおかしくないですよ!」
アルハはそのあとも納得できない顔をしていたけれど、伊藤さんはこの結論を譲るつもりはないようだった。なおも騒がしくわめきたてたあと、伊藤さんは次の読者を探して走っていってしまった。
森番さんが言うのならきっとある程度は正しいのだろう。あの時あの森では、きっと何か大変なことが起こって、それを森番さんが止めたのだろう。その代償としてこの村は更地になり、森番さんは大怪我を負ったのだ。
今のところはそれが結論ということにしていいんじゃないだろうか。
この村も復興しなくてはいけないのだ。そんなことにかまっている余裕は、村人にも、そしてきっとアルハにも残っていないだろう。
復興現場に着いたといわれるまで、僕はそこが復興現場だと気づかなかった。
そこはまるで僕らの昔いた村が破壊されずに残っていたかのように、元あった姿そのままだったのだ。
「どう?私の魔法の力」
アルハが自慢げに言う。とっさに言われたことが分からなくて振りかえると、アルハがにやにやと笑っていた。白衣のポケットから小さな板を取り出して言う。
「こんなことがあろうかと、世界の情報のコピーを取っていたの。それを私の魔法で物質化して、この村を少しづつ再生しているってわけ」
アルハの持っている板の中には、この村のもとあった姿がそのまま保存されているのだという。村の端に立っているひときわ高い塔の中で魔力を集め、十分に溜まったら一区画ずつ、村を元の姿に戻している。
「そろそろ溜まっているかしらね」
そういってアルハは塔へと向かう。
塔の中でアルハが板を掲げ呪文を口ずさむと、僕らの街が端からドミノ倒しのようにして生まれてくる。これを繰り返して、いつの日か僕らの村は元の姿を取り戻すのだ。
僕らは災害を乗り越えて、今日もこうして生きている。
神様なんていらないさ。世界だって僕たちで作れそうだから。