太古の巨人
「森番さんの話をしましょうか」
次の日西の森に向かって歩いていると、アルハが突然そう切り出した。
「どうしたの急に」
「いやね、そういえばシエラに私がどんな研究をしているかって言ったことがないなと思って……」
「私はこの世界の仕組みとか構造について研究しているの。その過程で森番さんのすんでた世界のことを調べてたんだけどね、」
「森番さんの昔話は君も聞いたことがあると思うけど、あの人の住んでた世界って明らかにここと物理法則が違うと思わなかった?」
それは僕も思ったことがある。あの超人的なパワーもそうだし、空に色がなかったり太陽の色が青かったりと、まったく別物の世界だと思われる節がある。
「森番さんだけじゃないわ。植物生命のティアさんに、人形遣いのシンさん。この三人は私たちの住んでる世界とは別の宇宙から来たみたいなの」
「三人とも、ただの魔法じゃ説明がつかないことをするでしょ?あれはどうやらもといた世界の物理法則がこことは違うからみたい。だから習慣も違うし、文化も違うからみんなこの村にあまりなじめないでいる」
「ティアさんとシンさんはまだだけど、森番さんの住んでいた宇宙の分析が終わったから、簡単に話しておくわ。」
「森番さんの住んでいた宇宙は滅びようとしている末期の宇宙だったようね。それこそ私たちの住んでる宇宙が数億年後そうなるみたいな。今頃にはもうなくなっていてもおかしくないわ」
「森番さんの祖先は濃密な魔力雲の分布する地域に生まれた。だから最初、森番さんの種族は魔法を主に技術として使う魔法文明として発展したらしいの。今の森番さんを見てると信じられないことだけどね」
その話は僕も聞いたことがある。森番さんが昔話として語ってくれたのだ。森番さんはそのころの人々のことを「太古の巨人」と呼んでいた。肉体的な力はほとんどなくても、その知の力は巨人と呼ぶに値するものだったと。
「魔力素子が密に集まっていたおかげで、森番さんの祖先は急速な発展を遂げた。大型の魔力機関を使って星と星をテレポートゲートで繋ぎ、あたりの宇宙を瞬く間に支配した。」
太古の巨人は空の支配者であった。惑星間を自在に飛びまわり、より住みよい場所を目指して冒険の旅を続けた。その向かう先に征服できぬところはなく、降り立つ地に支配できない自然はなかった。
「彼らはより多くの魔力雲の集まる場所を目指して移動を続けた。そして莫大な魔力を消費しながら夜空に思い思いの夢を描いた」
ひとつの星に隠居し静かにすごす者、数人で集まって何かを作ろうとする者、あらゆる人がいたという。そのころには世界政府が食料の量産体制を整えていて、好きなものを好きなように食べれたと森番さんは言っていた。
「でもその状態も長くは続かなかった」
「魔力素子が私たちの世界で言うダークマターだという話はした?つまり魔力素子はこの宇宙が広がる原動力となっているの。知ってると思うけどこの宇宙は外側に向けて膨張を続けていて、それに力を提供しているのが魔力素子だったというわけ」
「魔力素子は使ったらもう戻らない有限資源だったから、それを使いすぎた森番さんの世界はやがて広がるためのエネルギーを失ってしまった」
「化学の発展のなかった森番さんの民族はそのことが実際に起きるまで、宇宙が縮まる可能性があることに気づかなかった」
「宇宙は何もない状態で生じた魔力的揺らぎに、何らかの刺激が加わることで発生した。それと同じように、宇宙が縮小を始めるにはほんの少しの原因があるだけで十分だったの」
「やがて縮小を始めた世界に気づいたときにはもう遅かった。魔法を使うことしかできなかった世界政府には、魔力素子の不足によって世界が終わるなんてこと、考え付くこともできなかった」
「あわてて魔法の使用を制限し、宇宙の縮小に対抗するための研究に世界のすべての力が注がれた。でも何をしようと失ってしまったエネルギーは戻らない。世界は破滅へと向かっていくしかなかった」
唐突に魔力の使用が禁止され、このままでは世界が終わると知らされた太古の巨人たちの間には恐慌が巻き起こった。世界政府に対するクーデターが頻発し、怪しげな宗教の類も後を絶たなかった。
「やがて宇宙の縮小による影響が目に見えて起こるようになった。物質が圧縮されることで気温が高くなり、天体間の衝突なども頻繁に起こるようになった」
「そんな中で開発された最終手段が、『森番さん』を作る技術。つまり、人体の魔力的改造により、人体そのものの耐久力を高める手法よ」
「宇宙の末期ではその当時の文明もすべて崩壊することが予想されたから、その中でも生きていける強い力を、世界政府は最終手段として求めたの」
「太古の巨人によって作られた森番さんたちは製作者の望みどおり、文明の崩壊後も生存を続けた。とくに森番さんはその中でも最後までしぶとく生き残り続けた一人だったみたい。最後のほうはもう、想像を絶するつらさだったと思うわ」
「これが森番さんの力の正体。あの人は世界の崩壊に耐えるために設計された人造人間だったのよ。」
ひとしきり語り終えるとアルハはこちらを振り返って「どう?」と言った。よく分からないところも多かったけれど、とりあえず「すごかった」と言っておく。
森番さんの昔話は抽象的で、記憶のあいまいなところも多かったのに、それからこれだけのストーリーを作り上げてしまうアルハはやっぱりすごいと思う。
もうすぐ森番さんの住む、西の森へと着く。森番さんならこの先待ち受けているかもしれないどんな困難でも、乗り切ってしまうことができるのだろうか。
そういえば森番さんは草花を眺めるのが好きだったなと、ふと思い出した。