高度に発達した筋肉は魔法と見分けがつかない
丘のふもとにはアルハの家がある。アルハの自宅兼研究室。
アルハは最初自分の家を魔法で作ろうとしたらしい。その結果できたのが、今の家の隣に有る、白くてのっぺりとした建物だ。家一つを作るだけの想像力が足りなかったらしく、魔法といえども万能ではないのだと言っていた。今ある家を作ったのは森番さんだ。いまから森番さんについての話をしようと思う。
森番さんは東の森に住んで、狩をしている人だ。元いた世界では名前が無かったらしく、皆からは森番と呼ばれている。
強い人、森番さんを一言で表すとしたら、そういうことになるだろう。おそらく村の中では森番さんに勝てる人は誰もいない。一人で武器も持たずに森へ踏み込んでいって、村人全員分の獣を獲って戻ってくる。森から魔物とか盗賊とかが襲ってきたときも、たいてい森番さんが一人で倒してしまう。驚くのは、そのすべてがただ殴り倒しているだけに見えることだ。
森番さんはいつもこの世界の生き物は弱いと言う。でもそのほうが本当は正しいのだそうだ。森番さんの元いた世界は過酷だったらしい。宇宙が終わる直前だった、といっていた。僕には宇宙が終わるとはどういうことか分からないけど、アルハは話を聞きたがっていた。
そんな世界で生きていくためだろうか、森番さんは異様に力が強い。アルハの家を作ったときも、そこらの木を殴り倒して、道具も使わず加工して積み上げ、あっという間に家を作ってしまった。マインクラフトみたい、とアルハは言っていた。地球ジョーク。村中の力仕事はたいてい森番さんが請け負っている。
僕が仕事をしているのも、何を隠そう森番さんのところだ。それくらいしかできないからでもあるけれど、狩の手伝いをさせてもらっている。森番さんには遠く及ばないけれど、僕も手伝いをしているうちにそれなりに狩ができるようになった。
森番さんから僕は「軟弱」と呼ばれている。人に名前をつける習慣の無かった森番さんは、僕らの名前をおぼえていないと思われる節がある。かわりに森番さんは人をその人の特徴で呼ぶ。僕だったら「軟弱」アルハなら「白衣」。何で僕を「軟弱」と呼ぶのか、森番さんに聞いてみたことがある。「軟弱が軟弱なのは仕方ねえ。そこから努力しないやつが悪いんだ」これが森番さんの答えだった。
獣を狩るなら森番さんだけで十分なのに、なぜ僕まで手伝っているのか、そう思っている人もいるだろう。僕もそう思わないこともない。でもこの村では僕のできることなんてほとんど残っていないのだ。道を作るなら道を作る人が、植物を育てるならそれを専門にしている人がいて、みんな一人で大体のことはできてしまうからだ。だから僕が何かをしようとしても、もっと効率のいいやり方で、そのことをしている人がいて、結局僕は何もすることができないことになったりする。
でもその中で森番さんだけは違った。森番さんは自分で獣を狩りつくしてしまったりせずに、僕にも少し残してくれたりする。そして僕がうまいことそれを仕留めたりしたら、まるで自分のことのように喜んでくれるのだ。それに、僕か作った料理をうまいうまいといって食べてくれる。「一人でいるんじゃつまらねえ。お前を育ててみるのも面白そうだ」そういって、森番さんは僕がそこで働くことを許してくれた。
おかげで僕は朝から晩まで森にいる日々をすごしている。家に帰ってから何かをするということがないのは、アルハが思っているような理由だけじゃないのだ。