道に「バールのようなもの」が突き刺さっているということ
西の森へ行くといいながら、アルハの足は東へと向かった。いったん村はずれの丘に登って森を見るのだという。遠目に見ても分かるくらい異常なことが起きているそうだ。
町の中心を東西に走るメインストリートを二人で歩く。きちんとした道が無いと落ち着かない人が昔作った道なのだけれど、いつも何らかの事件が起きているせいでこの道が綺麗に整備されていることは少ない。今日のこの道はところどころに「バールのようなもの」が突き刺さっていて歩きにくい。
「アルハはなんでいつも僕を連れ出そうとするの?」
地面から垂直に伸びる金属の棒を半身で避けながらふとアルハにたずねてみる。僕なんて何の役にも立たないのに。
「そうね、シエラと一緒にいると安心するから……かな?」
腕を組んでアルハは言う。僕は地面の「バールのようなもの」に足をぶつけそうになる。
「シエラは私みたいに他の人に強く干渉しようとしないでしょ?それに私は安心するの」
でもそれは僕に能力が無いからだ。人に何かをできるような力が無いから。
「それでも手伝いを頼んだらがんばってくれるし、今日だって一緒についてきてくれたでしょ」
「人付き合いが少ないのは、私たちに迷惑を掛けないようにとか考えているからなのも知ってる。君は優しいし、いつも私のことを考えていてくれる」
そういってアルハは近くの「バールのようなもの」を手に取る。
「私は変な魔法を身に着けちゃったもんだからね、利用しようとする人があとを立たないわけ。この村の人だけじゃなくて、わざわざ王都からもやってきて私に取り入ったり仲間に引き込もうとする」
「私が昔いた地球でも研究者だった話はした?それも異例の若さでね。高校生のときにすごい発見をして、一躍有名になった。偉い教授に認められて、特別に大学で学ばせてもらえることになって、思えばそのころが一番楽しかったかもしれない」
「でもそのうち、企業が私をスカウトしに来るようになった。私の研究は新しい素材の開発だったからね、使う方法は山のようにあったから」
「お金とかもそれなりに稼ぐようになったし、有名な賞も何個か取った」
「それで他の学生とかから妬まれてね、何かと嫌がらせをされるようになった」
「その中の一人が思い余って私を殺しちゃってね、それで今ここにいるわけ。」
アルハが持っていた「バールのようなもの」がふっと掻き消える。魔法を使ったのだろう。僕は呆然としてその場に立ちすくむ。
「思えばこんなことをしているからかもしれないね。私は間違ったことが許せないから、道に突き刺さっているバールなんてものがあると、つい抜いてしまいたくなる。邪魔なものを排除してばかりだから、恨みを買ってるんだ。他の人のためなんて知ったことじゃなかった。まずは自分のことを考えるべきだったのに。」
そういってアルハはそこらの「バールのようなもの」を抜いては消し、抜いては消しを繰り返す。
「このバールだって、誰かが何かのために刺したに決まってる。良い事かもしれないし、悪いことかもしれない」
「どうせろくなことじゃないだろうけど、勝手に抜いてしまったら恨まれるかもしれない」
「でもこのバールは邪魔だから、道にこんなものを刺すのは違うから、この道をいつも丹精込めて整備してくれてる人がいるから、私はこのバールを抜きたくなる。」
近くの「バールのようなものをすべて消してしまってから、アルハは言う。
「結局、道に刺さっている「バールのようなもの」なんてのは無視して通り過ぎるのが一番なのよ。」
それは荒らされた道を何も見ないで通り過ぎることかもしれないし、道を作った人が悲しむのを放っておく事かもしれない。でもアルハが言うからには、そのほうが正しいことなんだろう。自分の身を守るという点においては。
「君は私がこうして連れ出しても、私を嫌ったりしない。多少のいたずらは見て見ぬ振りをしてくれる。」
「それに、道に刺さっているバールなんてものをこともなげに避けることができる。君は誰とも軋轢を起こさずに生きていける。私が嫌いな人とか、私を嫌いな人ともね。」
「君といたら、私も無用な争いを避けることができる。そんな気がする。」
アルハの手が、また近くの「バールのようなもの」に伸びる。今度は少し迷ってから、そっと手を放して先へ進む。まるで、いちいち抜いていたらきりがないとでも言うように。もうすぐ目的の丘に着く。
「自分に足りないものは他所から探すしかないのかもしれないね。それが恋になるか戦争になるかの違いだけで」
「え?」
「ううん。こっちの話」
上から「バールのようなもの」が落ちてきて、地面に突き刺さった。これはどうやら雨みたいに、空から降ってくるものみたいだ。危ないからと、アルハは僕を急かして足を速める。