鍵を切断して家に入ってくる少女の話
その日の夕方僕の部屋の扉の鍵を切断して部屋に入ってきたのは、この村の数少ない子供の一人、藤野有葉だった。元地球人の女の子で、みんな彼女をアルハと呼ぶ。アルハは僕が仕事の
終わったあと、部屋で何もせずにじっとしているのが気に食わないらしくて、何かと理由をつけては連れ出そうとしてくるのだ。でもそれにしても扉を壊すのはやりすぎじゃないか?
「だって魔法が便利なんだもん。」
そうなのだ。アルハはこの村に数人居る魔法使いの一人で、地球から持ってきたのではなくてどうやらこの世界に来てから身についたらしいその魔法は「物質創造」。イメージしたものをそのまま出現させることができるというその魔法を、彼女は日々便利に使っている。
さっきだって「何も無い」を作り出して鍵を切断したのだし、どんなに僕の部屋の扉が壊れても彼女なら一瞬で治してしまうだろう。
「今日は君に見てほしいものがあるの。この世界の調査の一環なんだけれどね、とにかく実際に見たほうが速いから早く用意してね。早くしないと他の人たちに先越されちゃうかもしれないから」
あっけにとられる僕を取り残してアルハの話は先へ進む。どうやら西の森で魔力の乱れが発見されたから、それを調べに行くそうだ。アルハは昔研究者だったそうで、この世界に来てからもこの世界の秘密を解明しようと日々奮闘している。成果が出ているのかどうかは知らないけれど、僕の部屋には研究の合間にアルハが作ったとかいうがらくたが時々届けられてくる。
「そうと決まったら早く着替えて外に出なさい。そんなダサい服じゃなくて、もっと余所行きの服を着るのよ。もう遅い時間だから今日は見るだけにして、明日の朝本格的に調べることにするから。」
「でも僕はまだ行くといったわけじゃ」
「大丈夫、君はきっとついて来てくれるから。じゃあ私は外に出てるから、着替えといてね」
僕は何も決めた覚えは無いのに、アルハは僕に命令して、白衣のすそをはためかせながら扉を開けて出て行ってしまった。体全体を包み込むような大きな白い布に赤いラインがところどころに入った不思議な服を、地球では白衣というらしい。魔法で何でも作れるアルハは別にして、この世界ではそんな衣装の凝った服は高くつくから、アルハの服に見合うような服なんて僕は一着しかもっていない。今日もその服を着て出かけることにする。
外に出ると、アルハが壊した鍵はもう元に戻っていた。花柄の模様がついているのは気にしないことにしよう。
「ほら、やっぱり来てくれた。さあ、急ぐよ」
アルハが僕の手を引いていきなり走り出す。僕もため息をつきながらそれを追いかける。
僕らの冒険はいつもこんな風にして始まる。なんだかんだといいながら、僕だって結構この冒険を楽しんでいるみたいだ。