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VRゲーム開発競争

 カツカツカツと足元から音を出す。

 とあるビルの廊下を歩く俺の靴の音が響いていた。

 目的の会議室の前までやってくると、一度足を止めてネクタイを締め直してから部屋へと入る。

 すでに会議に参加するメンバーは揃っていたようだ。

 少し慌てて、指定のイスに腰を下ろす。


 「よし、これで全員揃ったな。それでは会議を始める」


 四十代後半の男性が声を発して会議の始まりを告げた。

 昔なにかのスポーツをやっていたらしく体格のいい男で声がよく通る。

 この男こそ我が社の社長の佐野寿明だ。

 彼は大学に通っているころにこの会社を立ち上げて、ここまでのし上がってきた実績を持つ。

 その彼が自らプロジェクトに参加するほどの力の入れようというわけだ。


 それもそのはずだろう。

 今から会議で話し合うのは、多くの人間が夢にまで見たVR(仮想現実)ゲームの開発なのだから。

 VRゲームはヘッドセットをかぶることで脳に信号を送り、実際に見て、肌で感じて、匂いなども嗅ぐことができる機械を使ってプレイできる。

 このシステムは米国が作り上げたものだ。

 もともとは介護分野と軍事分野に制限されて研究されていたもので、つい数年前にそれが解禁された。

 そして、米国でいち早くこのシステムを使ったゲームが作られたのだ。

 そのゲームは爆発的に売れた。

 米国に限らず世界的にVRゲームの知名度を上げたほどだ。

 もちろん日本でもそのゲームは大流行した。

 だが、それはあくまでも米国のゲームを輸入したに過ぎない。

 ぜひとも自分たちでVRゲームを作ってみたいと考えるのは至極当然の流れだった。


 今、日本国内ではいかにVRゲーム機にマッチングした面白く魅力的なゲームを作り出せるかを、多くのゲームメーカーがしのぎを削って争っている。

 最初に一発当てることができれば、この業界内ではまだ規模が大きいとまでは言えない我が社もその存在感をアピールできる。

 「どのようなVRゲームを作るか」という、まさに社運をかけた話し合いが行われようとしている。


 「では、私から報告を行います。情報を集めたところ、D社とF社はやはりロールプレイングゲームの開発に取り掛かっているようです。もともと人気のあるゲームのナンバリングとして、その知名度で一気にユーザーを取り込もうということであると考えられます」


 開発に先立って情報を集めていた片岡が全員へ説明するように話す。

 やはりそうくるか。

 元来ロールプレイングゲームは主人公になりきってゲーム世界を動き回るものだ。

 そのゲームがVRとして自分の分身そのものが没入できるとなれば、ユーザーはぜひともプレイしたいと購入することだろう。

 残念だが、それを止める手立てはない。

 対抗手段があるとすれば、そちらよりも早く開発して売り出すことだろう。


 「次にR社はオープンワールドで多人数が同時にプレイするVRMMORPGを開発するのではないかとの情報があります。こちらは今も人気のあるタイトルと同名のゲームを作り、ユーザーを移行させようと考えているようです」


 インターネット回線で繋がって同じ世界を共有してプレイするMMOならば、それも可能だろう。

 だが、その場合、メリットとデメリットが存在する。

 うまく行けば多くのユーザーを囲い込み、しかも月額料金や課金などで高い集金力を発揮できるだろう。

 しかし、オープンワールドの世界を作り出すにはかなりの時間と手間、そして金がかかる。

 うまく開発にこぎつけても一歩出遅れることになるのではないだろうか。


 「次はM社です。こちらは人気作でのアクションゲームに取り掛かるようです」


 アクションゲームか。

 確かにそれならばいま公開されている技術の中でも比較的短期間で作り上げることができるだろう。

 だが、近年のアクションゲームは軽快で派手なアクションが主流になっている。

 それをそのまま再現しようとすると、プレイヤーがその動きについていけるかどうかが問題になる。

 壁走りや空中ジャンプで縦横無尽に移動しながら、エフェクト満載のど派手な攻撃。

 うまく行けば爽快感を味わえるだろうが、もともと介護分野や軍事分野で発展したVRにはその手の非現実的な動きは存在しない。

 どれだけのアクションを仮想現実内に再現できるかが腕の見せ所だろう。


 「その他の開発では主にスポーツ分野が多い模様です。やはり定番はサッカーや野球、テニスなどが多いのではないかと思います」


 やはりそうか。

 おそらくテニスや卓球などのプレイヤー同士が接触しないタイプのゲームはすぐにでも出てくるのではないだろうか。

 とにかく定番ではあるが、一定の人気は出るだろう。

 大手のように人気ゲームの知名度だけで収益が期待できないところでは、スポーツものが次々と出てくることになるか。

 どちらかと言うと我が社もそのゲーム会社の一つに含まれるが、周りをみてもそれを良しとするものはいなさそうだった。


 「報告ご苦労。それではみんなの意見を聞かせてほしい。我が社が最初に売り出し、VRゲーム業界をリードするためにはどのようなゲームを生み出す必要があるのかを」


 佐野社長がそう言うと、すぐに会議室内は白熱していった。

 ここにいる連中は皆ゲーム好きでもあり、自分たちの手で日本VRゲーム史に名を残したいと考えているのだろう。

 次々と思いの丈をぶちまけるように発言していく。


 「やはりVRMMO一択でしょう。多様なスキルとジョブを用意し、どれだけ遊んでも遊び足りないくらいのものを作るべきです」

 「ふざけるな。それを実現するのにどれほどの開発資金が必要か分かっていて言っているのか。まずは普通に一人用のロールプレイングを作り上げるべきだろう」

 「いやいや、何を言うのですか。ここはガンアクションこそやるべきでしょう。何と言っても今流行している米国発のゲームも銃を使ったものなのですから、その流れに乗るべきです」

 「それなら、銃よりも刀の方がよくないか? 日本刀を振り回して無双するほうが絶対に楽しいと思うが」

 「どれもこれも発売までに時間がかかりすぎますね。今は国産VRゲームを待つユーザーの期待にいち早く答えるべきです。無難ですがスポーツものを出すのが最善かと」


 俺はこれらの発言を聞きながら、誰の意見もが一理あると思えた。

 その通りだとも思うし、しかし反対意見にも聞くべきところがある。

 佐野社長も同じように感じているのではないだろうか。

 一人ひとりの声に耳を傾けながら、頷いたりしている。

 と、そんな社長の顔を見ていたら俺と目があってしまった。


 「君はどう考えている? 忌憚のない意見を聞かせてくれないか」


 そう言って俺に問いかけてくる。

 それまであーだこーだと言い合っていた連中も社長の言葉を受けてこちらへと注目した。

 その一瞬の静寂を利用して、俺は立ち上がり発言する。


 「みなさんの意見はどれも参考になると感じました。そこでひとまず、どのようにゲームを開発し、他社から一歩抜きん出るかを考えなければならないと思います」


 とりあえず、そう言いながらグルリと視線を動かす。

 全員と目を合わせて、よりこちらの意見が耳に届きやすいようにしてから説明を続けた。


 「現状は少しでも早く開発を終えて市場に国産VRゲームを発表しなければなりません。そのために重要なのはスピードであり、開発時間のかかるRPGは得策とはいえないでしょう」


 俺の言葉を聞いて特にMMOを押していた串田が噛み付こうとしてくる。

 だが、左手を上げてその動きを制する。

 串田の腰が椅子から浮き上がったが、俺の動きに邪魔されて再び座ってしまった。

 それを横目で確認して俺はさらなる意見を述べる。


 「ですが、開発スピードを優先するあまりスポーツものなどを選ぶというのも面白くありません。間違いなく多くのメーカーとかぶってしまい、埋もれることになるからです」


 そう言うと、スポーツを進めていた山口も小声で「たしかにな」とつぶやいた。

 彼自身、スピードが重要ではあるがスポーツゲームが売れるかどうかは賭けに近いと考えていたのだろう。

 そして、RPGとスポーツについてダメ出しした俺の意見を受けてアクション押しの連中は勢いにのろうとする。

 だが、それも俺は受け流した。


 「かといってRPGやスポーツを外すならアクションというのも一度冷静にならなければならないかと思います。特に銃や刀を使ったゲームは従来のものとは違い、VRでは生々しいですから。ゲーム倫理委員会の動きも常に見ておかなければなりません」


 ゲーム倫理委員会。

 これはVRゲームが日本に上陸してすぐにできた組織だ。

 現実のような視覚や聴覚などの感覚を再現するVRゲームでは、場合によっては残酷なシーンで心に傷を負う可能性がある、かもしれない。

 なんと驚くべきことに本場の米国でさえまだのVR規制が日本では真剣に議論されているのだ。

 昔、VRゲームを題材にした小説などがあったため、日本では「こんな危険がある」と多くの意見が寄せられているという。

 VRゲーム機のヘッドセットを取り付けただけで死ぬ、などという馬鹿なことを信じているやつもいるらしい。

 そんなことあるわけ無いだろう、とあまりの馬鹿馬鹿しさに頭が痛くなる思いだが、いかに安全なゲームかをアピールすることも今後の社会では必須になるだろう。

 無視するわけにもいかない。


 「結局のところ、君はどんなゲームがいいと考えているんだ?」


 あれこれとダメ出しするばかりの俺に対して、少し苛立つように社長が聞いてくる。

 そうだった。

 若い頃から思いついたら即行動の佐野寿明という人間は、なんでも端的にスパッと発言するのを好む。

 あまり、あれこれ言うよりもさっさと自分の考えを述べてしまおう。


 「はい。つまり、先ほどの条件を満たしながらも売れるゲームは一つしかありません。麻雀です」


 「はあ? 麻雀? VRでか?」


 「ははあ、なるほど。社長、もしかして彼は脱衣麻雀のことを言っているのではないでしょうか。大昔に流行ったそうですが、もう一世紀以上も昔のジャンルを持ち出してくるとはセンスがありませんね」

 「そうだな。それにそもそもだ。脱衣麻雀は倫理委員会が黙っていないぞ。露出は避けるべきだとか言っているんだぞ。水着どころか、すこしでも胸元が開いていたらアウトとか頭のおかしなことを議論しているみたいだからな」


 「まあまあ、話は最後まで聞いて下さい。私が言いたいのは脱衣麻雀とは違います。そうですね。言うなれば生着替え麻雀とでも言いましょうか」


 「「「「「生着替え??」」」」」


 全員が俺の意見を聞こうと体を向けたのがわかった。

 予想外のことを言い出したからだろう。

 つかみとしては十分だと判断した俺は、俺の考えたゲームを懇切丁寧に説明し始めた。


 まず麻雀のゲームは開発スピードが早い。

 適当にどこかの屋敷のような建物データを作り、そこに卓を置いて麻雀牌を用意すればそれだけで完成だ。

 ルールを知らないものに向けて解説するキャラでも置いておくのもいいかもしれないな。

 だが、本命はプレイヤーのアバターだ。

 ゲームを始める際にプレイヤーはゲーム世界での自分の分身としてアバターを作成する。

 そして、この麻雀ゲームではその性別を女性のみにしてしまうのだ。

 女性がプロの雀士になる世界観だとでも言っておけばいい。

 あとは女性アバターを使ったプレイヤー同士で対局する。

 そして、負ければその場で服を着替えるという軽い罰ゲームを用意しておけばいい。


 「いや、ちょっと待て。規制があるだろう。アバターはむやみに肌を露出してはならないからと言って、着替えはコマンドを選べば一瞬で終わるぞ。服を脱いだりなんて動作は出来ないし、布面積の少ないものに変わることも出来ないんだってことを知っているのか?」


 もちろんだ。

 ストリップのように人前で脱ぐどころか自分でも服が脱げないようになっている。

 当然だが、プレイヤー同士で体を触って快感を得るようなこともできない。

 倫理コードに引っかかると通報されるのだ。

 本当に面倒なことになってしまったものだ。

 だが、それで諦めるにはまだ早い。


 「生着替えは麻雀卓の横に設置した試着室で行います。薄いカーテン、あるいは人の影が映るすりガラスで区切った場所に入って着替える。ここで重要なのは実際に服を脱ぎ着しないでもいい設定にすることです。あくまでも試着室に入った女性アバターがその場で脱いでいるように影が見えるようにするというのが重要です」


 ようするに、「見えなければ大丈夫」という理論だ。

 パンチラがアウトならば「履いてない」のであれば見えることはない。

 それと同じ系統の演出だ。

 やましいところなど一つもないが、多分興奮するはずだ。

 なぜならVRゲームというのはこれまでの画面上にしか表示できなかったゲームではなく、仮想現実で実際に自分の目で見ることができる仕組みだからだ。

 自分の分身となるべきアバターの近くで、服を着替える音や気配、あるいは人の匂いを感じるのでもいいかもしれない。

 薄い布を隔てた先で着替えていると思えるだけでも十分だ。

 今までとは全く異なるゲームと認識できるだろう。


 「なるほど。面白いかもしれないな。それに麻雀をやるだけならそこまで大掛かりにはならないか。かなり早く完成にこぎつける可能性が高いというわけだな」


 俺の熱い説明に社長が頷いていた。

 思った以上にいい感触で、ついガッツポーズをとりそうになる。

 結局、その後の会議では開発チームを二つに分けて取り組むことに決まった。

 俺を含めた少人数のチームが麻雀を、残りがアクションゲームを作る取り決めだ。

 俺はすぐに生着替え麻雀の開発に取り組んだ。




※ ※ ※




 その後、数カ月後に販売開始された生着替え麻雀「生ジャン」は低予算ゲーの割にはかなりのヒットを飛ばした。

 開発陣が用意した多くの衣装の他にもオンラインユーザーが持ち寄る衣装を共有できる機能をつけたことにより、おそるべきラインナップになったのだ。

 ゲーム好きというよりもネット住民がそれに飛びつき、どこまでが倫理コードに抵触しないのかに挑戦したような斬新な衣服データを作り上げていく。

 また、着替えシーンではいかに影がエロティックに映えるかを研究し始めたのだ。

 エロに対する規制が強かったところに現れた希望の彗星だと言わんばかりにユーザー数が膨れ上がっていった。

 このゲームをきっかけにして、その後の日本VRゲームはチラリズム文化を中心にして発展していったのだった。

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