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頑張れ勇者!

2018.5.25 誤字脱字修正


「彼には今日会う予定です」

「そうか、まだ、私のことは伏せておいてくれ、彼とはいずれ会うことになると思うのでな」

「畏まりました。例の件はもう彼に依頼した方が良いでしょうか?」

「まだいいだろう。いずれ望まなくとも、彼の方からその渦中に飛び込んで来るだろうしな」

「分かりました。彼には、お互い協力し合えるよう話を進めておきます」

「頼む」






 甲斐家の朝はいつもながら騒々しい。


 バタバタバタ


「ちょっと志恩、今日のお昼からだからね、遅れないようにね」

「わかってるって」

「それに今日の話、私にもしっかり聞かせてね」

「はいはい」

「もぉ~宜しくね!いってきます」


 今日の午前中に葛城刑事と秋葉原の隆二の店で、話をすることになっている。その後、お昼過ぎから剣道の試合があり、夕方はいつものメンバー達にプールでの事件の結末を話す予定となっており、夏休みだと言うのに多忙な1日である。

 お気付きだと思うが、なぜ剣道の試合?それには色々な事情があり…また後程。




 志恩は、約束の時間よりだいぶ早目に隆二の店「ティー&ムーン」へ来ていた。


「よぉ、お疲れ」

 志恩は慣れた様子で、店内へ入ってくる。


「お疲れじゃねぇーよ。店を使ってくれるのは嬉しいが、内容と面子に問題がねぇか?」

 隆二は呆れた表情で志恩に不満を洩らした。


「たぶん、隆二の事は向こうさんにはバレているだろうから、問題ないだろ。それよりその後、何か分かった事はないか?」

 カウンターに座り話題をすり替え、身を乗り出しながら隆二に次の話を促した。


「あぁ、ネットとかでは、ちょこちょこ魔法の事は載ってるぜ。超能力だったり、霊能力だったりな。だが、直ぐにそう言う情報は消去されちまうんだ」


「誰か上の人間が話の拡散を抑えてるって訳だ」


「まぁ、そんなところだろ。それを言ったら、今日会う、警察関係が一番濃厚だな!」


「他には?」


「そおそお、鍛冶屋のアンドリュー覚えてるか?」


「居たね。確か、結構鍛冶屋極めてたよな、隆二と仲良かった人だろ?」


「そう、本名、安西龍一。下町の工場で鉄工業をやってる。1度会いに行ってな色々話したんだが、材料次第で向こうの武器なんかも作れるらしぞ」


「別に武器はいいよ。流石に日本で武器を持ち歩く訳にはいかないだろ」


「まぁな、でも魔法の起動媒体の指輪位だったら、有っても損はないだろ?」


「そりゃあ有ればあったでいいけどな」



 カラン カラン


 お店のドアが開きスーツ姿の男女が入ってきた。店内を見回し、志恩の側まで来る。

「お待たせ、そこのテーブルにしようか」

「はい、構いません」


 テーブル席にまず志恩が座り、その正面に葛城刑事と三上刑事が並んで座った。


「さてと、なにから話そうか?」


「この前のプールの件を教えてください」


「その前に軽く我々の事を説明しておいた方が、話しやすいと思うんだ。我々は警視庁で最近発足された第6課と言う新しい部署で、通称、異界事件対策課って言うんだ。君なら、何となく意味は分かるよね?」


「どれくらいの規模なんですか?」

「少数しかいないよ。僕と彼女を入れて8人だけだよ。でも、結構大きな権限はあるんだ」


「バックがでかいって事ですか?」

「そこは機密と言うことで。では、プールの件だよね。犯人の出川龍一は、君と同じ異世界からの帰還者であるのは、分かるよね?我々は、彼の様に異世界からの帰還者を調べて、犯罪に走らないか調査するのが仕事なんだ」


「俺のことも最初から知ってたんですか?」

「君とは始めて会ったときは、何も分からなかったんだよ。その後、名前から、心当たりがある人が居てね、それでずっと調べてはいたよ。勇者らしく、こちらの世界でも悪を退治して暴れてたみたいだけどね」


「あは、バレてました」


「まぁ、後処理は我々がしておいたよ。それに君が私に近い年齢ってことも、知ってるから子供ぶらなくても大丈夫だからね」


「驚きました!なんでも知ってるんですね」


「とは言っても、君程、異世界の事については知識はないがね」


「それで、出川を調べていたんですか?」

「そうそう、話が飛んだね。出川は調査対象だったんだが、調べていくうちに犯罪行為が見えてきてね。その対象が君も知っている、荻野友梨さんと判明し、彼女の周りを警戒していたと言う訳なんだ」


「それって、彼女を囮に使ったってことですか?」

「それは違う。我々では、出口を捕らえる手段を用意せねばならなかった。それまでの間、荻野さんの周りを警護してたんだよ。ただ、その荻野さんの前に君が現れた時は、正直利用させてもらったがね」


「彼女に何かあったら、どうしたんですか?」

「君が居れば、その心配はないだろ?それに我々には、彼女の周りを監視するくらいしか、対策のしようがなかったのも事実なんだよ」


「確かにそうですが…」


「出川は、向こうの世界では盗賊をしていたみたいなんだ。それに、向こうに行った転生者は、皆魔法の素質があったそうだね?」

「そうですね、普通、魔力の素質がないと魔法は練習しても使えないようなんですが、向こうに行った人達は全員がその素質だけはあったそうです。ただ、個人差もありますし、修行しないと使えませんでしたけどね」


「成る程ね、向こうからの帰還者は一様に魔法が使えるって事だ」


「まぁ、覚える気がなかった人は、使えませんけど」


「うんうん。だからこそ、出川の様にこちらの世界に魔法と言う力を持ち帰った人間が、犯罪に手を染めないように監視するのが、我々6課の仕事なんだ」


「それにしては、俺には何でも話して不味いんじゃないですか?」

「君が勇者ってのは知っている。勇者ってのは正義の味方だろ?それに君の力で、本気で犯罪を行われたら、我々では手の打ちようがないよ」


「何か複雑な気分です」


「そこでなんだが、我々では手に負えない事件があったとき、君に手伝って貰いたいんだよ。勿論、我々が協力出来ることは何でもすらから、こちらの世界の平和も守って貰いたい」


「何か、ズルい言い方ですね。手伝うって言っても、時と場合に寄りますよ」


「それはわかっている。何でも任せるって訳ではないからな。そして、ここが君にとって都合がいい場所ってのも知ってる。だから、君との連絡はここを使わせて貰うよ」


 志恩は少し思案してから、葛城に聞いた。


「それと聞きたいのが、異世界から戻った人って、どれくらいいるんですか?あの旅客機の乗員だけじゃないですよね?それに、亡くなった方もいると言う話は?」


「よく知ってるね。そう、あの旅客機だけで乗員乗客合わせて347人、変電所と周りに居た人数は定かではなく、100人は居たと思われる。その内、確認出来た死亡者が143人居たんだ。ただ、死亡者の死体はみな綺麗なままだった。そして、解剖の結果がまた奇妙で、殆どの人間はただの心肺停止だったんだが、何人かが毒物による死亡や餓死による死亡と、変わった死に方をしていた。調査の結果、異世界で死亡した人達がこちらでも死亡していた事が分かってね、その際の異世界での死因が、こちらの世界での死因に影響しているようだ。旅客機の乗員乗客について、調べは付いたのだが、近隣での正確な調査は出来ていないのが現状だ」


「旅客機の調べは付いたって言ってましたが、アリサって名前の女性は居ませんでしたか?」

「う~ん、一人一人の名前までは覚えてないからね、今度調べておくよ」

「宜しくお願いします」


「取り敢えず、今のところはこんな感じかな。どうだい、何か他に聞きたいことはあるかね?」

「今のところはありません。また、何か有れば連絡します」


「うん、今日はこのくらいかな」


 志恩はお代を払ってもらい、葛城達と店を出た。


 まだ夏、真っ只中と言う事もあり、外を少し歩くだけで汗が滲み出てくる。平日でもあるため、人通りは少なく辺りは静かだった。


 大通りに出た3人が別れようとしたとき、けたたましいサイレン音を鳴らし、5台以上のパトカーが目の前を通り過ぎて行く。


 3人は顔を見合せてから頷き、パトカーの走り去った方角へと向かう。目的地はそれほど遠くなく、直ぐに追い付き現場へと到着した。


 パトカーは近くの幼稚園に集まっており、沢山の警官が防弾チョッキを着用して取り囲んでいた。


 葛城刑事はすぐに指揮車と思われる車の元へ向かい、そこにいた警官をみつけ話掛けた。


「ここで指揮をとっているのは誰かな?」

 そう言って警察手帳を出す。


 それを見た警官は姿勢を正し敬礼をする。

「はっ、自分、佐藤巡査部長であります」


「何があったんだね?」

「はっ、現金輸送車を襲った犯人が逃走に失敗し、この幼稚園に逃げ込み立て籠っている状況であります」


「何か対策は出来ているのかね?」

「いえ、今、説得を試みておりますが効果がなく、本部からの応援、対策を待っている状況です」


「犯人と人質の数はどれくらいかな?」

「はっ人質は、園児、保育士合わせて28名。犯人は4名と思われますが確証は得ておりません」


 パンッ  バリン


 その時、発砲音と思われる音と窓ガラスの割れる音がした。


 葛城は他の警官達と同じように、少し身を伏せながら質問した。


「犯人は、拳銃を所持しているのかね?」

「はっ、拳銃数丁と日本刀、ナイフを所持していると思われます」


 葛城は志恩に向き直り、聞いた話をする。

「不味い状況みたいだね」


 葛城の思わせ振りな言い方に、志恩は苦笑いで問いかける。

「それは、俺に何かをもてめてます?」


 葛城は苦笑いをして、志恩にすり寄った。


「おっ感がするどいね。どうだろう?この状況では、長引けば園児達の体力も持たんし、逆上した犯人が何をするか分からない。それにそれだけ武器を所持していると、迂闊に突入出来そうにないからね」


「‥‥分かりました。子供達も心配ですし、何とかしてみます」


「流石勇者」


「からかってます?」


「いやいや、そんな不謹慎な」


「取り敢えず、犯人を倒して来ます。中で大きな音がしても、我慢しておくように警官達に伝えて下さい。突入のタイミングは俺の方から伝えますから」


「分かった。何か他に必要な物とかはないかね?」


「そうですね、じゃあ、手錠を3つ程、貸しておいて下さい」


「分かった、直ぐに手配しよう」



 葛城は警官達に警視庁からの特別部隊が動くので、指示が有るまで静かにしてるよう伝えた。



 ーー約束の時間に間に合うかな?間に合わなかったら、愛莉さん鬼に変身したりして…


 などと呑気に考え事をしながら、志恩は姿を消す魔法を施して幼稚園へと歩いて近付いた。

 

 幼稚園の裏口へ行き扉をそっと開ける。鍵が掛けられていたが、志恩の前には通常の鍵は意味をなさない。廊下には見張りの男が小型拳銃とナイフを持って、目を光らせていた。


 見張りの横の教室には園児らが集められ泣きじゃくっていて、それを先生達が落ち着かせるよう懸命に励ましていた。


 …まずは犯人を確認しよう。数は4人と聞いているが確実ではない情報なので自分の目で確認しなければならない。廊下に1人、室内の窓に1人、人質側に1人、部屋の中央で携帯に叫んでいる男1人、計4人か!


 志恩はすぐ動く。何があっても人質が優先なので、子供達を囲むように

『スペースプロテクション ストレング』[空間物理的防御壁 強]

 これで子供達がこの場所を動かなければ、ちょっとの爆発や銃弾だったら大丈夫だ。


 念のために、園児達のところへ行き、《みつこせんせい》と名札を付けている先生に小声で話し掛ける。

「満子先生、静かに聞いてください」

「はひっっ」


 突然の声に驚き、辺りを見回す。そんな先生を園児達が見上げていた。


「静かに、警察の特殊部隊です。今から、何があっても園児達とこの場所を動かないで下さいね」


「はっはい!」


 その声に見張りの犯人が反応する。

「あ″あ″、何がハイだ先生」


「すいません、子供達と話をしてました」


「ちっ」


 志恩は直ぐに行動し始める。

 まずは、廊下に出て男を麻痺させ動かなくし手錠をかける。次に教室に戻り、園児達の側の男を麻痺させ、動かない様にした。


 そこまで行動した時、突然廊下から1人の男が教室に飛び込んで来て

「そこに誰か居るなっ」

 と叫び、手に持ったカラーボールを2つ同時に、志恩の居ると思われる方向へ投げつけた。


「くそっ5人目が居たか」

 ボールは志恩の両脇を抜けてテーブルと床に落ちた。


 しかしそのボールはただのボールではなく、テーブルと床に落ちたボールはぶつかった衝撃で弾け、中から液体を撒き散らした。


 液体には色が付いていて、志恩の足と腕に付着し、その存在を(あらわ)にしたのだった。


 そうなると、志恩の姿は人の目にハッキリと映ってしまう。[インビジビルカーテン]の魔法は、生き物の目から自分の存在を意識させないで姿を消す魔法なので、その存在がそこに有ると確信し、認識した生き物には姿が見えてしまうのだ。


 するとすかさず姿が見えた志恩目掛けて、中央で電話をしていた男が日本刀を握り締めて襲いかかってきた。


 しかし、達人でもない人間の剣さばきなど、志恩に当たるはずもない。志恩は軽くかわしてから、魔法で吹き飛ばす。それを見た園児達は「おおぉぉぉ」と言って拍手して喜び、ちょっと照れ顔の志恩は「どもども」と、頭をかいていた。


 後から教室に入って来た男は、それを見ると、教室から逃げ出そうと走り出し、それを逃がすまいと、志恩は魔法を唱えようとした。


 次の瞬間。


 パンッ


「こらぁぁ、それ以上動くと、ガキ共に当てるぞ」


 窓際に居た男が威嚇発砲、銃口を園児達へと向けた。


 しかし園児達の周りには防壁の魔法が掛けてあるので、そんな脅しは、志恩に通用しない。そいつを無視し、逃亡を図っている男へ魔法を唱えようと志恩が体勢を向けたその時、1人の園児が銃声に驚き、魔法の防壁の外へと駆け出してしまった。


 咄嗟に今向けてる男から、窓際の男へと意識を切り替えて魔法を唱える。


『アッシブショット』


 咄嗟だったので力の加減が追い付かず、犯人は窓を突き破って外へと吹き飛ばされて行った。


 外の警官隊はざわついたが、命令がないので動けずにいる。それを見て志恩は外に向かって叫ぶ。


「葛城さーん」


 それを聞いた葛城はその場を仕切る佐藤巡査部長に向かい。

「今です、突入の指示を」


 それを聞いて佐藤巡査部長は無線に向かって叫んだ。

「全員ーー、突入ーーーーー!」


 警官隊は我先にと外に飛び落ちた犯人を確保、その後、園内へ雪崩れ込んだ。


 志恩も無抵抗で取り抑えられたが、直ぐに葛城が来て解放された。


「葛城さん、犯人は5人いて1人は逃亡しました」

「なにっ!三上、警官連れて追え」

「了解です」


 葛城の指示に志恩が口を挟む。

「あっ待って」

「逃げた犯人、たぶん帰還者ですね。俺の姿が見えないのを看破してきましたから」

「なんだって!では、三上と警官ではキツイか」

「いえ、大丈夫だと思います。俺の魔法に対して、物理的対応してきましたし、直ぐに逃げたところを見ると魔法は使えないか、大した魔法は使えないと思います」


 そこまで聞くと、三上は葛城に向かい。

「では、向かいます」

 そう言って数名の警官達と教室を出ていった。


「取り敢えず、私も捜査に加わって来よう」

「はい、俺も用事があって急ぎますので行きます。後の事は宜しくお願いします」


「助かったよ。ありがとな、勇者様」

「や、め、て、下さい」

「そうだ、急ぐなら特別タクシーを手配してやろう」

 

 志恩が去ろうとすると園児達が手を振ってきた。


「「正義の味方ありがとー」」


 志恩は照れ臭そうに手を振り返し、その場を後にする。




 

 愛莉は真夏の暑さが、何倍にも感じていた…

「まだなの!まだ来ないの!来る気あるの!」

 そのせいで汗を余計にかき、Tシャツはびちょびちょになっている。

「そろそろ時間だけど、愛莉、大丈夫?」

「うっうん、もう着くはずだから‥」



 志恩が向かっているのは中央区の高校で、男子女子の団体高校剣道大会の予選が執り行われている。


 志恩はプール帰りの「見えてしまった事件」の言い掛かりで、愛莉によって男子剣道団体戦のメンバーにされていた。


 男子剣道部の選手が試合前に事故で骨折してしまい、試合に出れなくなってしまったのだ。


 今年の男子剣道部は部員が少なく、その上たまたま怪我人が相次ぎ、大会参加の人数が足りなくなってしまったのである。志恩は勝たなくて良いので、人数合わせに参加してくれと言われていたのだ。


 

 愛莉の苛立ちがピークに達した瞬間、体育館から見える校庭の方で、人が集まり騒がしくなっているのに気が付く。


 嫌な予感がし、愛莉は外履きを借りて騒ぎの場所に向かう。するとそこには1台のパトカーが止まっており、その中から出てきたのは言わずと知れた人物であった。


 志恩はパトカーから出ると、運転をしていた警察官が最敬礼の姿勢で「お疲れ様でした」と、志恩を見送る。

 おいおい、葛城さんは何て言って俺を送らせたんだよ…ハァー


「志恩っ!あんた何て登場してんのよ」

「いや、こんなハズでは‥」

「何でもいいから、急いで」


 愛莉は人垣をかき分け志恩の腕を掴み、そのまま体育館へと駆けて行くのであった。


 今日は予選最終日で勝てば2回戦行われる。男子の更衣室で、志恩は剣道着に着替えていた。


「志恩、来ないのかとヒヤヒヤしたぞ」

 志恩の着替えを手伝いながら、猛は志恩の背中を叩く。


「ごめん猛、もっと早く来るはずだったんだが、事件に捲き込まれちまって」

「最近志恩て、よく事件に捲き込まれるな」

「誰も望んでないぞ」

「まぁ、間に合いさえしてくれればいいや、大将として居てくれるだけでいいからさ。今年の男子は強いから、志恩に回る前に勝負は付けておくからよ」

「頼むぞ、俺は立っているだけで精一杯だ」


 猛は志恩の防具の装着を手伝いながら言う。

「別に、勝ってくれてもいいぞ」


 それを言われ、志恩は苦笑いをしながら言い返した。

「ルールも大してしらない奴に、無茶言うな」


 

 試合は猛が自信を持って言っていた通り、志恩の大将戦が来る頃には4戦全勝で迎え、志恩は安心ストレート敗けを期すのであった。


 そんな志恩の戦いっぷりに愛莉は呆れた顔をする。


「志恩も少しは、打ち返しなさいよ」

「無茶言うなよ、防具の付け方も忘れてる位なんだから」


 そんなやり取りに愛莉の側に居た静香がフォローしてくれた。

「そうよぉ愛莉、志恩くんが居てくれるから試合に望めるんだから、感謝しないと。それに志恩の相手は、毎回相手の大将なんだからさ」


 猛が志恩の肩に手を乗せ。

「そうそう、志恩が一番強い敵を相手にしてくれるから、俺らは勝ててるんだぞ」


 志恩は猛の顔を横目で見てから。

「そこまで言うと、嘘っぽさ通り越して笑い話になるから止めてくれ」


「そっか、悪い悪い」


 ハハハハハ


 予選も無事終わり、男子、女子と今年の剣道部は優秀を納め全国大会へと駒を進めるのであった。


 志恩達はこのあと夕方から、みんなで甲斐家に集まり、祝勝会、夕食会、ミーティング会を行う予定である。



 みんなと別れ買い物をして帰る志恩と愛莉は、試合の疲れを労いながら家へと帰る。

「志恩、ありがとう。男子と女子が一緒に全国大会なんてとっても嬉しい。それに志恩と一緒に行けるなんて夢みたいだよ」

「いや、こっちこそ、ギリギリになっちゃったし、試合って言っても、俺は立ってるだけだからね」

「ううぅん、関係ないよ。それにいざとなったら志恩は愛莉を助けてくれるんでしょ?フフフ」


「いざと言うときがあればね‥」


 そう、いざと言うときがくれば…




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