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勇者達[アリサへの恨み]第15話

アデル 森のエルフに育てられた人間の少年

    シャーマン


 街道から外れた森の中にひっそりと入口を構える洞窟。

 以前は、ゴブリンなどのモンスターが住んでいた形跡を残すが、今は50人から成る盗賊の一団が住み着いていた。


 洞窟の中に作られた闘技場で、1人の少年が、剣の稽古に勤しんでいた。


「おぅジルバ、今日も稽古に精が出るな。そんなに鍛えて、何かになるつもりか?」

 少年の側を通り掛かった中年の盗賊は、朝食の残りであろう干し肉を片手に噛りながら足を止め、剣を振るう少年に声を掛けた。

「別になりたいものはないですよ。ただ、成し遂げたい事がありますから、その為に力を付けておかないといけないんです」

 ジルバは、強い意思を目に宿らせ再び剣を振るい始めた。

「盗賊やってやりたい事ねぇ~」

 男は退屈そうに干し肉をかじりながら、必死に稽古をするジルバを眺めるのであった。







「もう少しでペルソタの街に着きそうだね」

 アデルは馬の上から遠くを眺めながら、隣を馬で並んで進む亜理沙に声を掛けた。

「そっそうなの?」(とぼ)けた声で返事をする亜理沙をアデルが気になった。

「どうしたんだアリサ。さっきからぼんやりして」

 アデルの質問に亜理沙は答えに困ってしまい「別に‥疲れただけよ」と、当たり障りのない返事をするのだった。


 実は、亜理沙は周りの気配に気を向けていたのだ。

 先程から、少し離れた森の陰をいくつかの人影が亜理沙達をつけていたのだ。アデルは気が付いていない様だが、亜理沙にはハッキリと分かっていた。


 そして暫く進んでいると、道の(かたわ)らに大きな岩が道を狭めている。亜理沙達がそこへ差し掛かった時、今まで隠れて居た何者かが、道を塞ぐ様に現れるのであった。


「なっ何だこいつらっ」

 アデルは、驚き暴れる馬を抑えながら叫び、亜理沙は冷静に馬を(なだ)めていた。


「へっへっへ、ガキに綺麗な姉ちゃんが良さそうな馬に乗ってやがるな。傷物にしたかねぇからよぉ、大人しく捕まりな」

 見るからに、絵に書いた様な盗賊達が、亜理沙達の前に現れる。前方を塞ぐ様に4人の盗賊、後ろを振り向くと3人の仲間と思われる盗賊達が道を塞いでいた。


「へんっ、ガキだと思って嘗められたもんだ。アリサ、前の4人を少しだけ足止めしてよ。後ろの3人をおいらが直ぐに倒すから、そこから逃げよう」

 アデルの作戦に亜理沙は静かに頷いた。


 アデルは亜理沙が頷くのを見てから、直ぐに後ろを振り返ると精霊語を唱え始める。

 アデルが魔法を発動させると、土の大地から生まれた手が3人の足を握り締め足の自由を奪う。男達は「くそっこのガキ、シャーマンだ」と焦り顔をしてから飛び道具を持ち出そうとした。

 アデルは直ぐ様、次の魔法を唱える。アデルの唱えた精霊魔法は、真空刃を作り出し次々と3人の盗賊に襲い掛かる。足の自由を奪われている盗賊は、アデルの攻撃になす統べなく切り刻まれ悲鳴を上げ、取り出した投ナイフも落としてしまい、足の自由を取り戻すと一目散に逃げてしまった。


 アデルが仕事を終え「お待たせ、道が出来たよ」と、亜理沙を振り返ると、そこには静かに馬で佇む亜理沙と無傷のまま倒れる4人の盗賊の姿があるのだった。


「えっ‥アリサが倒したの?」

 アデルは、呆気に取られた顔で亜理沙に尋ねる。

「なんか、こっちの4人は見せ掛けだけだったみたい。少し魔法を唱えただけで気絶しちゃった」

「そうなの?」

「うん」


 亜理沙が唱えたのは、『シャドー(影)』の中級精神干渉魔法で、4人を恐慌状態にして気絶させたのだ。


 アデルは何か釈然としなかったが、直ぐに気を取り直すと、

「おいらが撃退した奴等が逃げて行ったけど、街の近くでこんな事をしてる奴等を放ってはおけない。逃げた奴等の後を追って、(ねぐら)を見付けておかないと」

 そう言って、逃げた盗賊の後を追い掛け出す。亜理沙は、少し苦笑いを浮かべ「やれやれ」と呟きながら、アデルの後を追うのだった。


 逃げた盗賊達は、傷だらけの体を庇い合いながら森の中へと逃げて行く。その後を追うアデル達は、森の入口にある木に馬の手綱を縛ると、そこからは歩いて森の中へと盗賊達の後を追う。途中盗賊達を見失ってしまうが、雑木の枝等に残った僅かな盗賊の血痕を頼りに追跡を続けたのだった。


「あれが奴等のアジトみたいだね」

 アデルが振り返り亜理沙に指し示す先には、綺麗に清掃された洞窟の入口があり、そこには2人の見張りが立っていた。

「中にはどれくらいの盗賊が居るんだろう?おいら達で退治出来ないかな」


 アデルの質問の答えだけで言えば可能である。しかしそれは、亜理沙1人であった場合であり、アデルの安全を確保しながらであれば、否である。

「そうね、見張りが居ることを考えれば、中にはそれなりの人数が居そうだわ。ここは一旦退いた方がいいと思うわよ」


 亜理沙の答えに、アデルは賛成ではあったが、納得していない表情で頷く。


 すると、洞窟の奥から数人の武器を構えた盗賊達が出てくる。きっと、傷を負った仲間が戻ったので警戒しているのだろう。それを見ては、流石のアデルも引き揚げる決心をするのだった。


「さっ、奴等に見つからない内に引き揚げましょう」

 亜理沙の言葉に、アデルも洞窟に背を向ける。


 亜理沙は引き揚げる時、洞窟から出てきた盗賊達の中に若い少年の姿を見た。それは盗賊には似つかわしくない若さと顔つきを持ち合わせ、亜理沙に何か気に掛けるものを感じさせるのだった…




 その後、引き返したアデル達は、馬に跨がり旅路に戻る。

 亜理沙に因って気絶していた盗賊も姿を消しており、アデルと亜理沙は、馬の速度を少し上げペルソタの街を目指し、その日の夕方には目的地である街への入場を果たすのであった。






 盗賊達が群がる洞窟の内部、その中でも洞窟の部屋には似つかわしくない美術品などが集められ、綺麗に装飾された一室に、少年ジルバは呼び出されていた。


「おいジルバ、お前も俺らの仲間になって大分馴れて来ただろう。そこで今度、大事な仕事を任せようと思う、しっかりこなせよ」

 部屋の主であろう大きな体つきの男が、部屋のソファーにふんぞり返りながらジルバへと話し掛けた。


「はい、分かりました。でも、女子供の殺しだけは、俺はしませんよ」

「ふんっ、言うことだけは一丁前だな。分かっている、今回の仕事は殺しなんかじゃねぇ、失敗するじゃねぇぞ」

「分かりました」

 ジルバは、そう応えると、仕事の詳細を指示されるのだった‥








 ペルソタの街へ着いたアデルと亜理沙は、その足で先ず、冒険者ギルドへと向かう。それは勿論、盗賊達の存在を報告するためである。アデルは、何度かペルソタの街を訪れた事があり、冒険者ギルドでも顔を知っている職員いて、話はスムーズに進んだ。


「分かりました。ご報告ありがとうございます。直ぐにでも、ギルド内でこの案件について協議しますので、後日にでもまたこちらにいらして頂いても宜しいでしょうか」

 アデル達の報告を真剣に取り合ってくれた職員の女性が、丁寧に対応してくれ、アデル達は明日またギルドへ出向く事にして、その日は引き揚げた。



 今日は、アデルの知っている宿屋へ泊まることにしており、既に辺りは暗くなっていたので宿屋へと向かった。

「アリサ、おいらお腹が減っちゃったよ。宿屋に帰る前に何か食べて行こうぜ」

「そうね、今日は一杯動いたし。この時間だと食堂と言うより、酒場になっちゃうのかしらね」

 そう言って、アデルと亜理沙は、宿屋の途中にある酒場へと向かった。



 2人が入ったのは『森のワイン亭』と看板の出ていた酒場で、中に入るとほんのりワインの香りが漂っていた。『森のワイン亭』は、スタンディングテーブルが4つ、大きめのテーブル席が2つ、あとはカウンター席になっており、比較的大きめの酒場となっていた。


 アデルと亜理沙は、賑わいを見せる店内へと入りカウンターへと向かう。2人が座るとカウンター越しに顔中髭で毛むくじゃらのアデルよりふたまわりは大きな男が現れ「おうっお子様は何にするだ?」と、うるさい店内でもよく聞こえるバカでかい声でオーダーを聞いてきた。


 2人はお酒は頼まず、定食の様な物を頼む。そしてオーダーが来るのを待ちながら今日の出来事等を会話している時…


「しっ」


 突然、亜理沙が会話を止めた。


「どうしたんだい?」

 アデルは、亜理沙の行動に驚きつつ質問すると、

「アデル、振り向かないで右奥のテーブルを覗いてみて、そこに居る少年の顔に見覚えない?」

 アデルは、顔を出来る限り向けない様にしながら、目だけを必死に動かして亜理沙に言われたテーブルを覗いてみると‥「あっ」、「しっ」思わず声を挙げてしまったアデルを亜理沙が静止させ、アデルは両手で口を塞いだ。


 亜理沙が小さな声でアデルに話し掛ける。

「やっぱりそうよね。周りの男は誰も分からないけど、あの男の子は盗賊の洞窟に居たわよね」

 アデルは、両手で口を塞ぎながら亜理沙の言葉に頷いた。


 亜理沙は、少年の会話を聞きたかったが、それを可能にする精霊魔法を使う事が室内では出来なかった。建物の中では、自然の風が吹いていない為、風精霊シルフが存在せず、聞き耳の魔法であるシルフの風魔法が使えないのである。


 2人は、自然を装いながら奥のテーブルに居る少年に意識を集中した。と、その時、カウンターから布地の少な目なドレスを着た店員と思われる女性が、アデルと亜理沙の前に食事を運んできた。

「お待たせしました」


 届いた食事を前にアデルは、お預けをくらった犬の様に辛そうな顔をしていると、

「食べてて大丈夫よ」

 と、亜理沙はアデルに伝える。そして、食事を運んで来た女性に話し掛けた。


「ねぇお姉さん、ちょっといいかしら」

 すると、亜理沙が話し掛けた女性は、カウンターに両肘を着いて頬杖をしながら亜理沙に顔を近付ける。

「あら、可愛いお嬢ちゃん。私を口説いてくれるのかしら」

 色っぽい顔を近付け、前屈みのせいで胸元が丸見えの状態で亜理沙は話し掛けられ、男だったら一発で参ってしまうな体勢だ。


 亜理沙は1度咳払いをしてから、片手を前に突き出して「いえ、そう言うのは大丈夫です」と一言。

 カウンターの女性は「あら残念。私は平気よ」とおどけて笑う。


 亜理沙は、少し赤らめた顔を落ち着けると、改めて1度咳払いをして

「ちょっと聞きたい事があって、いいかしら」

 そう言って、チップのコインをテーブルに置く。女性は、そのコイン受け取ると、

「あら、若いのに手馴れてるわね。私は、ナターシャ、答えられる事だったら何でも聞いて、夜の事なら言葉で教えるより実戦で教えてあげるわよ」

 と言ってから、口を閉じたまま舌で唇をひと舐めする。

 亜理沙は、「うっ」と一瞬たじろぐが、顔を引き締めてナターシャに奥のテーブルに座る少年について聞いた。


 ナターシャの話によると、あの少年は今日初めてこの店に1人で来たらしく、色々なテーブルに行ってはお酒を振舞いながら話をしているそうだ。ナターシャ曰く、少年は情報収集の為にこの店に来て居るのだろうとの事だ。亜理沙もその意見には賛成であり、少年が何を聞き回っているのか知りたかった。ナターシャもそこまでは、知らなかったが【ジェラルド伯爵】の名前がチラホラ出ていたのは聞いていた。



 ジェラルド伯爵、ペルソタの街を代表する貴族。ペルソタの街を統治しているのは、ミラルド・ラズベルク侯爵で、ジェラルド伯爵は、ラズベルク侯爵の甥にあたる。ジェラルド伯爵は、騎士の称号も持ち、ペルソタの街に進行する魔物や盗賊などを幾度と撃退している。



 亜理沙は、話を聞き終わりナターシャにお礼を言った後、手早く食事を済ませ少年の動向を探る。

 暫くすると監視していた少年は、何かをやり終えた様に店を出て行こうとしていたので、亜理沙とアデルは、少年の後を急いで追い掛け店を出る。

 少年は、店の外で辺りを警戒しながら街の中心へと歩いて行く…

 そして少年の後をつけて行くと、少年は街の中心近くにある大きな屋敷の前で足を止めるのだった。



「大きな屋敷、誰の家だろう」

 アデルは、辺りの家とは違う大きな屋敷を眺めながら呟いた。

「そうね、大体の想像は付くんだけどね」

 亜理沙は、少年の姿を見詰めながら頷いていた。


 亜理沙とアデルは、少年を屋敷の前で見張り続けたが、少年は一向に動く様子はなく、時間だけが過ぎていった。

「ねぇアリサ、全然動かないね。勘違いだった?今日は偵察だけだったりするんじゃない?」

 堪えきれなくなって、アデルが小声で亜理沙に聞いてくる。

「そうね、今日は何もないかもしれないわね」


 気が付けば、時刻は既に深夜を回っていると思われる。少年は、変わらず屋敷を見詰めるだけであった。


 と、その時…


 屋敷を囲う鉄柵の向こうに人影が、ひとつ…ふたつ…気付けば少年は鉄柵の側に居り、暗がりの人影

も少年の側に集まっていた。

 少年は、鉄柵越しに何か大きな荷物を受け取り、人影は鉄柵を乗り越えて外の道へと集まる。鉄柵を越える屋敷の敷地は、木々が月明かりを遮り、よく見えなかったが、鉄柵の外の道へと現れるとその姿がハッキリと分かる。

 少年が受け取った、荷物と思われた物は月明かりの下、その正体を現す。それはロープに縛られ猿轡(さるぐつわ)をされた5歳にも満たない子供であり、そこに現れたのは、黒装束を着た4人の男達であった。


「アデル!」

「OKアリサ!」


 その場を立ち去ろうとする誘拐犯の行く手を、アデルと亜理沙は塞いだ。


「なんだお前達」

 まだ、若さが第一印象の二人が道を塞ぎ現れた事に、少年と黒装束の男達は、驚きはしたが警戒心は緩かった。

「こっちは急いでいるんだ、痛い目に遇いたくなかったら、そこをどきなっ」


 アデルは、そんな相手の台詞を笑顔で返し、

「その肩に担いだ子供をすぐに卸して、降参するだな」

 アデルが、決め台詞を突き付けると、相手の黒装束の男達から笑いが漏れる。

「このガキ、何か言ってるぜ。誘拐がバレているなら、このガキ供は殺っちまった方がいいな」

 そう言ってアデル達へ、ジリッと男が歩を踏み出したその時、アデルの素早い魔法が完成し、アデルに近付こうとした男は後ろへと大きく吹き飛ぶ。


「へっへぇ~、甘くみない方がいいぜ」

 アデルが得意気に言って、鼻下を人差し指で擦る。


「ちっ、こいつら魔法使いだっ!おいっ俺は子供を連れていく、お前らはこいつらを足止めしてろ」

 子供を担いだ黒装束の男がそう言って走り出す。


「アデル、追って。ここは私が引き受けるから」

「えっ大丈夫?」

「任せて、足止めして逃げるから。それよりも子供を早く助けないと」

「うん、分かった。危なかったら逃げてね」

 アデルは逃げた男を追って走った。


「行かせないわよっ!」

 黒装束の男がアデルの後を追い掛け様とした時、近くに生える雑草がスルスルと伸び、男の足首を掴んだ。

「くそっこの女も魔法を使いやがる。おうっ早く殺してガキを追うぞ」

 亜理沙達がつけていた少年と、アデルに吹き飛ばされた男を含めた3人の黒装束が亜理沙を囲む。


「ガキの女だが魔法使いだ。もったいないが、時間がねぇ。こいつを使わせてもらう」

 そう言って、男は自分の指に付いた指輪を亜理沙に向け叫ぶ「スペルマジック『サイレントゾーン』」


 次の瞬間、辺りから声も雑音も一切消えた…


 全員が驚きを見せたが、すぐに気を取り直し、剣を亜理沙に構える。

 全員と言ったが、実は亜理沙は驚いた振りをしただけで、実際には驚いていなかった。敵の指にはまった指輪を見たとき、何かあることを予想し、アデルに追跡者を任せたのだからである。精霊魔法を使う時も、他の魔法と同じように一般には言葉を必要とする。精霊魔法の場合は、精霊との一時契約をする為に言葉の発生を必要とする。なので、ここをアデルに任せていたら、魔法が使えないアデルは、危なかったかもしれない。


 しかし、残ったのは亜理沙である‥


 男達が問答無用で一斉に亜理沙へ斬り掛かる。


 その時、亜理沙は斬り掛かる少年の口元が動くのをハッキリと見た『ごめんね』と‥


 亜理沙は、精霊魔法を使う魔法使いである。魔法の使えぬ接近戦で、相手が剣を使う者で複数人居た場合、勝ち目は皆無に等しい。しかし、それはあくまでも同等レベルの者が相手であった場合である。


 亜理沙は、まるで静かな舞踊を踊るかの如く、音の無い空間で男達の剣をかわしては打撃を与える。次第に男達の表情は焦りへと変化していき、ダメージと疲労により、動きを止めた。


 男達が相手の強さを知った時、既に手遅れである。

 男達は亜理沙に背を向け走り出し、それを見た亜理沙か、指を「パチンッ」と鳴らす。すると、地面から一斉に現れた土の手が4人の足首をガッチリ掴む。4人は、剣を使って必死に足の拘束を外そうとするが、信じられない様な力と固さで足を掴まれており逃れることが出来ない。やがて4人は疲れ果て抵抗するのを諦める。その頃には、敵の使ったサイレントゾーンの効果も切れ、亜理沙の周囲に音が戻ってきた。


 〓亜理沙は、最上位精霊と契約しているため、低位の精霊であれば、声を出し契約しなくても思考のみの無詠唱で魔法を使うことが出来る。



貴様(きさま)は何者だ?俺達にこんなことをして、ただで済むと思うなよ」

「なぁあんた。俺達の仲間にならないか?俺がお頭に取り持つからよぉ」

 魔法により、(つる)でぐるぐる巻きにされた男達が、亜理沙に言いたいことを言っていた。



 気が付けば、男達が出てきた屋敷に明かりが点き始め、騒がしさが伝わってきた。どうやら、子供の誘拐に気付き始めたのだろう。

 亜理沙は、敵の中に居た少年の事が気になっていて、男達の話を無視して少年に話し掛けた。


「ねぇキミ、どうしてこんなことをしているの?キミは盗賊になんか居るような子には見えないんだけどさ」

 すねた顔をしていた少年が、突如、亜理沙に話し掛けられ驚いた表情になるが、すぐにそっぽを向いて「お前も子供なのに俺を子供扱いするなっ。それに俺にはジルバって名前があるんだ」

「ふふっ」

 この場で名前を名乗ってしまっていいの?と、亜理沙は、少年の呆気(あどけ)なさに可笑しくなってしまった。

「ごめんなさいね、ジルバ。じゃあ改めて。私はアリサ、ジルバは盗賊で誘拐なんてする様には見えないんだけど、どうしてこんなことをやっているの?」

 ジルバは、亜理沙の名前を聞いた途端、顔の表情が固まり、恨みの籠った目付きになり怒鳴る。


「お前は、『精霊王の姫』アリサなのか?」


 突然の言葉の内容に、亜理沙は動揺してしまったが、気を落ち着け冷静を装い、

「そのアリサがどうしたの?」


 ジルバは少し興奮したが、落ち着きを取り戻し、

「いやっそうだよな。仇のアリサがそんな若い訳ないか‥」

「かっ仇?」

「そうだ、俺はそのアリサを倒す為に修行して、盗賊で情報を集めているんだ」


 亜理沙は、驚きを隠せず、早口でジルバに話し掛ける。

「どうしてその人が仇なの?」


「それは、奴が‥


 ジルバが語ろうとした時、屋敷から松明などの灯りを持った人達が出てきて、亜理沙達の方へと向かって来た。


「お前達、これは一体どう言う事だ」

 先頭を走ってきた中年の男が声を掛けてきた。片手には装飾のある魔法を帯びた剣を持ち、もう片方の手には灯りの松明を持つ。パジャマなのだろうか、身なりの良さそうなラフな服を着ている。


「実は、このお屋敷から出てきた怪しい輩を捕らえたところです」


 亜理沙の言葉を聞き、身なりの良さそうな中年の男が怒鳴り声を挙げた。

「なにっこいつらかっ」

 そう言って、手に持つ剣を高らかに振りかぶる。

「待ってください」

 亜理沙は、両手を広げ、男を制止する。

「どけっ。私は、この屋敷の主でジェラルド・パスティーニである。こいつらは、我が屋敷に忍び込み、命より大切な我が子を連れ去った輩だぞ、この場で斬り殺しても文句あるまい」

「いえ、退()きません。命をすぐに奪うのは、納得出来ませんし、まだお子様の消息が分からない今、無闇に殺してしまうのは得策ではございません」


 亜理沙の説得で冷静さを取り戻したジェラルドは、掲げた剣を下ろして「確かに、そなたの言うことは一利ある。私も落ち着こう」と言って、聞く姿勢を取ったその時…


「おーい」

 遠くからアデルの声が聞こえ振り返る。アデルが徐々に近付き姿が見えて来たとき、無事なアデルの姿とその背中に背負う子供の姿が見えるのだった。


「フォーデル!!」

 そう叫んだのは、ジェラルドである。ジェラルドは、剣と松明をその場に捨てアデルの元へと駆け寄ると、アデルの存在など無視する様にアデルの背負う子供を抱き抱えるのだった‥





 コンコンッ


 朝の陽射しに目を細めながらゆっくりと瞳を開き、亜理沙は返事をする。

「はーい」

 扉越しにハキハキとした女性の声で返事が返る。

「おはようございます。食堂の方に、朝食の用意が出来ております。旦那様も間もなく参られますので、アリサ様もお越し下さい」

 そう言って、扉の向こう側から人の気配が遠退いて行った。


 ここはジェラルド伯爵の屋敷である。昨晩、子供の救出に一役買った事で、亜理沙とアデルはジェラルドに半ば強引に泊められたのである。そして亜理沙は、久しぶりのふかふかベッドに沈みぐっすり寝てしまったのであった。



次回、少年の行方。ジルバと亜理沙。

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