勇者達[神速の剛剣リュウジ]第3話
まだ朝の涼しさが残る午前中、街道には人の気配はなく、静かな風が吹き抜けていく。
街道に迷い込んだ兎が、ゆっくりと道を横断していると、突然の駆け足の音に驚き逃げていく。
1人街道を走るのは、この世界に似つかわしくないジャージ姿の男。靴は先程の村で貰った、捨てる寸前のボロボロな皮を張り合わせただけの物を履いていた。
その男リュウジは、先程見掛けた盗賊の様な一団を追い掛け走り続けたが、馬で走る相手に距離を離され、見る影もなくなっていた。リュウジは胸のモヤモヤするやな予感を振り払う様に、休まず走り続けた。
「女、子供を森に逃がせ。男は武器になる物を持って時間を稼げ」
クルト村には、突如襲来した盗賊の一団が、略奪や殺戮を繰り返していた。
「ひゃっほー!食いもんだ、女だ!奪いまくれ!」
街のごろつきや冒険者崩れの盗賊集団は、体つきの1番大きなリーダーとおぼしき人物を先頭に、好き放題暴れていき、抵抗する村人はその場で殺し、無抵抗な村人は、村の中央へ集められていた。
「ジョシュア、大丈夫か?」
「うっうぅん」
「何だよ頼りないな。俺達は何としてでも生き延びるんだ。行くぞ」
「うっうん」
村の入口付近の小屋の陰に隠れるジャンとジョシュア。周りの様子を伺い、逃げ出すチャンスを見計らっていた。
「盗賊の奴等は、村の奥の森や村の広場に集まっているから、入口付近は手薄になってる。俺が走ったら付いて来いよ」
「わっ、分かったよ…」
弱気な返事のジョシュアの背中をジャンは強く叩き「生き延びるぞ」と、気合いを入れる。
遠くで盗賊の雄叫びが聴こえた。
「よし、今だ」
ジャンとジョシュアは、周りに誰もいないのを確認すると、後ろを振り返らず、がむしゃらに走って、村から逃げ出すのだった。
「わぁぁ」
バタンッ
「兄ちゃん」
ジャンが振り返ると、ジョシュアが転んで必死に立ち上がっているところだった。
「早くしろっ」
ジャンが立ち止まり、ジョシュアに声を掛けたその時。
村の入口付近で、馬に乗った盗賊がジャンとジョシュアに気が付くと、馬を蹴り雄叫びを上げながら剣を振り上げて駆けて来る。
その声を聞いたジョシュアは必死に走りるが、その後ろには盗賊が迫りくる。ジャンはジョシュアに手を伸ばしジョシュアの手を掴もうとする。ジャンの目には、迫り来る盗賊の姿がどんどんと大きくなり、ジョシュアの手を掴んだ時には、もう目の前まで近付き、盗賊の剣がジョシュアへと振り下ろされる。ジャンはジョシュアの手を引き寄せ、ジョシュアを庇う様に覆い被さり、グッと痛みに堪えようとした。
『ソニックレッグ』
盗賊の剣が、ジョシュアを庇ったジャンの背中に当たる寸前、真空の鎌が盗賊の体をダイレクトに捉え、盗賊は馬上から吹き飛び、手に持っていた剣も宙へと舞った。
ジャンとジョシュアは、グッと我慢していたが、何も起こらなかったので、恐る恐るゆっくりと目を開くと、目の前に空から落ちてきた剣が突き刺さり「うわぁぁ」と尻餅を着いた。
リュウジは盗賊が弾き落とされた後、走り込んできた馬の手綱を掴み、馬を宥めた。
そしてリュウジは、ジャンとジョシュアの元へ来ると、刺さった剣を抜き「大丈夫か」と声を掛けた。
ジャンは上を見上げ、そこにリュウジの姿を見ると、ジョシュアと一緒に泣きながら抱き付いた。そして涙声で咳き込みながら「村が‥村が‥」と訴え、リュウジは二人の背中をポンポンと優しく叩き「もう心配するな、俺に任せておけ」と言って二人から離れ、村へと歩み始めた。
ジャンはリュウジの手を引っ張り、
「駄目だよ1人で行ったら、殺されちゃうよ。早く一緒に助けを呼びに行かないと」
と訴えるが、リュウジはジャンの頭を荒っぽく撫でると、
「安心しろ、敵が何人居ようと、俺は負けないぜ」
そう言って歩き出し、
「その馬と一緒に、何処かに隠れといてくれ」
後ろ向きに片手をヒラヒラと振って村へと消えていった。
村の中では、盗賊が略奪や殺戮を繰り返し、無抵抗な村人を広場へと駆り立てていた。
リュウジは村の広場へと繋がる道を進み、それに気付いた盗賊が雄叫びを上げながら斬りかかってくる。しかし、リュウジにとっては動きの遅い動物がじゃれてくる程度のものである。持った剣をひと振りすれば、近付く事さえ許さなかった。
リュウジは、華麗な剣捌きで盗賊を次々薙ぎ倒し、途中、折れてしまった剣を新たに拾った剣と持ち換え、歩みを続けた。
広場が見えてくると、広場の中央に多くの村人が集められ座らされており、それを囲むように13人程の武器を持った盗賊が立ち、リュウジの姿を捉えると、一斉に武器を構え威嚇してきた。
盗賊の中から一番偉そうに立っていた、体のひと回り大きな男が、リュウジに声を掛けてきた。
「俺はこの盗賊団の頭、ザムジだ。お前は何者だ?ここまで無傷で来たって事は、かなりの腕のようだな。どうだ、俺らの仲間になるなら、それなりに優遇してやるぞ。どうだ?」
リュウジはザムジに向かい、
「優遇かぁ、悪くないかもなぁ」とのらりくらり言葉を発した。
集められた村人の中には、カタルジャ村長も居たが、リュウジに対して行った事を思い返し、苦い顔をするしかなかった。
「だが、残念だが、俺は既にジャンとジョシュアに雇われてるんだ。それに俺はお前らが嫌いみたいなんでなぁ、ここで倒させてもらうよ」
リュウジの台詞にザムジは驚き、次に怒りの表情へと変わる。そして、カタルジャ村長は、両手を合わせ、謝るとも感謝するとも見える動作で手を擦り合わせていた。
ザムジは手下に合図をし「野郎ども、一斉にかかれ」と叫び、5人の盗賊が一斉にリュウジへと襲い掛かる。5人の剣がリュウジへと迫った。だが次の瞬間、リュウジの持つ剣が光ったと見えた時には、5人の盗賊が血しぶきを上げて倒れた。
「さあ、次はどいつだ!」
リュウジは、剣をザムジに突き付け唸る。
ザムジは2mは有ろう大剣をブンブンと振り回し、目の前に突き立てると、
「くっ。なかなかやるようだな、だが粋がるのもそこまでだ。次は俺様が相手をしてやろう。後悔するなら今のうちだぞ、俺様は半年前に消えたと思われている勇者一行の戦士、神速の剛剣ことザムジ様だ。どうだ、今からでも降参したくなったか?」
リュウジは1度空を仰ぎ、視線を地面へと落とす。その姿に、ザムジは満足そうな笑みを浮かべ、
「どうした。恐ろしくなって愕然としたか」
リュウジは顔を上げ、ザムジを見ると、
「いや、何か急に疲れちまってな。さあ、その団扇は使い物になるのか?早く掛かってこいよ」
「よほど死にたいらしいなっ」
ザムジは大きな巨体を揺らしながらリュウジへと襲い掛かる。大きく頭上に振り上げた大剣をリュウジ目掛けて振り下ろし、スキルを発動した。
『乱剛斬』
振り下ろされたザムジの剣が、8方向から同時にリュウジの体を切り裂き、リュウジの体は5体全てが千切れ別れ、ザムジの口元が上がった…その次の瞬間、リュウジの姿は滲んで揺らぎ、ゆっくりと掻き消えた。
「なにっ!どこだっ」
ザムジが剣を振り回しながら叫ぶと、背後から声がする。
「どこを狙っているんだい。そんなんじゃ、俺には指一本触れられないぜ」
ザムジが振り返ると、そこには剣を肩に担ぎ欠伸をしているリュウジの姿があった。
「くそっ!逃げ足の速い野郎だ。もう容赦しねぇぞ。この技を俺に使わせたことをあの世で後悔するんだな」
ザムジが大きく背中に大剣を振りかぶり、リュウジ目掛けて高々と頭上から振り下ろし、
『剛大激』
ザムジの振り下ろす剣は、30倍程の刀身となり、リュウジの逃げ道を塞ぎ襲い掛かる。
リュウジは襲い掛かるザムジの剣を涼しげに眺めてから、剣を両手で構え横へと凪ぎ払った。
『星屑破壊』
リュウジの剣は直視出来ない程の光を放ち、辺り一面を照らし尽くした。
周りの者達の目が慣れ、光の中心に居た2人をが見えた時、リュウジの剣は柄だけ残し砕け散り、ザムジの剣は刀身が半ばで折れていた。
数秒の沈黙が過ぎたが、見ている者達には長い時を感じさせたに違いない…
ザムジが「今の技はもしや‥」と言った次の瞬間、全身からは血が吹き出しその巨体は大の字に倒れた。
その光景に盗賊達は声を失い、村人は歓声を上げて喜ぶ。しかし盗賊の1人が、村人の声に意識を戻し、その胸元へと剣を突き付ける。すると村人の声がピタリと止まり、盗賊が口を開いた。
「おいっ、少しでも抵抗するなら、こいつを殺すぞ。大人しくそこに膝まずけ」
「ひいぃぃ」村人達が震え怖がる。しかしリュウジはその姿を見てから盗賊へと視線を向け、数歩歩く。
「こらっ、動くなっ。脅しじゃねえぞ」
リュウジは、盗賊の言葉を聞き流し、先程倒した盗賊の剣を拾う。
「脅しと思ってるな。人質はまだ居るだ。見せしめにこいつをあの世へ送ってやるぜっ」
村人に剣を突き付けていた盗賊が、リュウジに怒鳴り、剣を振りかぶり村人へ‥
シュバッ
村人は震え丸まり、リュウジは剣を振り切っていた。そして盗賊の振りかぶった腕は宙に舞っていた。
盗賊の切られた腕の切り口からは血が吹き出し、盗賊は転がりながら痛がる。それを見た他の盗賊は直ぐ様逃げ出そうとしたが、その時、
「動くなっ!」
リュウジの一言と同時に放たれた斬撃に、盗賊の1人が上半身と下半身を二つに切り裂かれ、崩れ去る。
その後、村人を解放し盗賊達を拘束、森から戻って来た盗賊達も随時捕まえ、村に平和が戻るのだった。
アルビス大陸北部にある港街パルテト、この街は港町として栄えており、貿易や漁業が盛んである。街にはミスティア神の神殿があり、街の半数以上の人がミスティア神を信仰している。
ミスティア神は、この世界にいる5大神の1柱で愛情と繁栄を教義としている。そして、志恩の仲間、真里亜はミスティア神に仕えるシスターである。
ゴーン ゴーン ゴーン
街の中心、ミスティア神の神殿が朝の鐘を鳴らす。
「うぅ~ん、五月蝿いなぁー」
真里亜が神殿のベンチから起き上がると、目を擦りながら辺りを見回し、頭に手を当て「ふぅー」と、ため息を吐くのだった。
真里亜が今居る場所は、ミスティア神殿の大聖堂の中で、正面にはミスティア神の大きな像が立っており、辺りは教会の様な作りになっている。真里亜の周りでは、突然起き上がった真里亜を呆然と眺め動きを止めた、ミスティア神のシスター達が立ち尽くしていた。
ーーああぁ、やっぱりやってしまったみたいだ。昨日の初詣、多少酔っていたとは言え、願い事を深くし過ぎてミスティア神の『ウィッシュ』を無意識に使ってしまったらしい。
※『ウィッシュ』は神聖魔法の1つでミスティア神信仰者の高レベル司祭以上でなければ唱える事は出来ない。この魔法は月に1度しか唱える事が出来ず、内容もミスティア神が認めたものしか願いが叶わないが、ミスティア神が認めたものであれば、死者を蘇らせる事すら出来る、奇跡の魔法である。己の欲の為や教義に反する事は、絶対に叶わない。
真里亜が頭を抱えていると、朝の掃除をしていたシスターの1人が、真里亜に近付き声を掛けてきた。
「貴女はどなたですか?ここは神聖なミスティア神のお膝元です。ここでの雨乞いは、お断りしているんですよ」
真里亜は、今の自分の姿や格好、状況を考え、思わず吹き出してしまった。
「貴女、生活が大変ならば相談に乗りますが、今の立場を考えてみなさい、笑っているとは不謹慎ですよ。それに、どうやってここまで入って来られたのですか」
真里亜は、1度咳払いをし、姿勢を正すと、
「失礼しました。私は昔、ミスティア神に仕えていた事がありまして、お導きの元、ここへ辿り着いた様なのです」
真里亜の言葉に、声を掛けたシスターは一瞬たじろぎ暫く考えたが、今度は疑いの眼差しで真里亜を
見詰め言葉を掛ける。
「貴女、まだお若いのにミスティア神のお導きを受けられるとおっしゃるの?そんな嘘は、神を冒涜する行為ですよ。ご自分の言葉を改めなさい」
真里亜は嘘を言ってないが、確かに今の自分では信憑性に欠ける。自分が逆の立場なら、同じことを言っていただろう。真里亜は言葉を失い、暫く黙っていると、奥の扉から掃除をしていた若いシスターに連れられ、少し歳のいったシスターらしき女性が現れ真里亜に近付いて来た。
「あらあら、変わった格好をしたお嬢さんですね。どうやってここへ迷い込んでらしたのかしら」
連れて来られた女性が尋ねると、先程まで真里亜に質問をしていたシスターが口を挟んだ。
「司祭マリグラッセ、わざわざ御出にならなくても宜しかったのに。此方の女性は、言うに事欠いて、ミスティア神に導かれてここまで来たと、世迷い言を申しておりますので、直ぐに神殿から退去してもらいます。司祭はまだお休みになられてください」
真里亜を疎ましい目で見ていたシスターが、真里亜と司祭の間に立ち真里亜を拒絶する発言をし、司祭を遠ざけようとしたとき、マリグラッセの表情が厳しいものとなり、シスターの体を横にずらせ、最初に語り掛けたものとは別の厳しい声へと変わった。
「シスターツベリラ、貴女は黙ってそこを退きなさい」
真里亜と素っ気なく会話していたシスターツベリラは、マリグラッセの威風に圧され後退りをし、頭を下げた。
そして真里亜の前に威圧を持って立つマリグラッセに対して、真里亜は優しくにこりと微笑みで返し、その表情を見たマリグラッセは、同じ様に微笑みで返すのだった。
「ふふっ貴女は何か違いますね。申し遅れました、私はここで司祭をしているマリグラッセと言います。先程はそちらのシスターツベリラが失礼な事を言ってしまってご免なさいね。改めて聞きたいのだけど、貴女は本当にミスティア神に導かれてここへ来たのですか?」
「導かれたと言うのは、少し語弊が有りますが、ミスティア神の御力でここへ来たのは確かです。ですが、勝手にここへ入ってしまった事には謝罪いたします」
「貴女のお名前はなんとおっしゃるの?」
「私はマリアと申します」
真里亜が自分の名前を言った瞬間、マリグラッセの表情が驚き、周りのシスター達がざわついた。その時、真里亜はしまった…と後悔をする。
パンッパンッ マリグラッセが手を叩き。
「お静かに、皆さんお静かに。ご免なさいね、貴女はご存知かどうか知らないですが、マリアと言う名前は、ミスティア教では神聖かつ有名な名前でしてね。貴方もご存知だとは思いますが、半年前に世界各地で名のある人々が突然この世界から姿を消した事件。その時、ミスティア教の次期総大司教に成られる筈だったミスティア神に最も近しい女性の名前が、マリア様だったんですよ」
真里亜は話を聞きながら、どう答えたら良いのだろうと、照れながら真剣に悩んでしまった。そして、ハッと何かを思い付いた様に、
「あの…すいません、実は名前がマリアンヌと言いまして、人からはマリアと呼び易く縮めて呼ばれているんです」
真里亜のしどろもどろした喋りが、逆に信憑性を持たせたらしく、マリグラッセや周りのシスター達は「なんだ」と静まった。
「そうですか、ならばここではマリアンヌとちゃんと名乗りなさい。マリア様はもっと歳のいかれた方ですし、貴女の格好が昔話に聞いた異界の格好に似ているので、もしやと驚きましたよ。では、マリアンヌ、どうやってここまで入って来れたのかしら」
その質問が一番困る…と、あれこれ頭で考えていたとき、突然大聖堂の扉が音を立てて開かれ、1人のシスターが駆け込んできた。
ガタンッ
「おやおや、大聖堂の中はもっとお静かにしなさい」
マリグラッセの傍まで息を切らせながら駆け込んできたシスターは「すいません」と言って息を整え、
「大変なんです。ロレンツ司教様がマリグラッセ司祭様を御呼びです。急ぎ、一緒に来て頂けますか」
「まぁ、何が起きたのでしょう。直ぐに向かいましょう。道々、何が起きたかを聞かせてちょうだい」
マリグラッセは直ぐ様、大聖堂から出て行き、他のシスター達も慌ただしく動き始めた。
真里亜ことマリアンヌは、ポツンとその場に忘れ去られ取り残されるのだった。
遅い分、少し長目に書いていこうと思います。
書き初めの第1部分から第4部分まで書き直しします。
次回は少しお待ちを…