ミラクル・グッバイ その12
『進む希望』
静かなジャズが流れ、パーティーは終盤を迎える。
志恩達はまだ子供なので、大人な時間のパーティー会場を後にし、部屋へと戻ることにした。
待機ルームの大部屋入口まで戻った志恩達は、扉を開け室内へ入る。するとそこには、ダークブルーの妖艶な雰囲気を醸し出すドレスを身に纏ったスタイルの良い佳澄の姿があった。
佳澄を知らない者達は、
「誰だ?」
「綺麗な人だなぁ」
「あの顔って‥似てない?」
何となく気付いた者も居たようだ…
「お姉ちゃん」
「えっ」
「おおぉぉ」
「うんうん」
様々な反応である。
「佳澄さん、居てくれたんですね」
志恩は佳澄の側に歩み寄ると、手を取り喜んだ。
その後、志恩達は佳澄を交えてクリスマスホームパーティーを行うのだった。
志恩達の大部屋には、ケーキやドリンク、食べ物などが用意されており、音楽設備なども揃っていた。
みんながジュースで盛り上がる中、シェリーは隠し持っていた酒瓶片手に盛り上がり、志恩が隙を見て、ご相伴にあずかるろうと近付いた時、愛莉に素早く耳を引っ張られ、連行された…
志恩はその後、愛莉に「いつもありがとう」とプレゼントを渡し、何とか納得してもらえたようで、喜んでいた。
そして志恩は、佳澄と由依にもお揃いのプレゼントを渡す。それはとても懐かしく切ないメロディーを奏でるオルゴール。タバコサイズの木箱に不思議な模様が彫ってある。
そのメロディーを、志恩とシェリーは知っている。
遠い昔、どこかで聴いたメロディー…
「ありがとうございます」
「ありがとう」
佳澄と由依は大いに喜んだ。だが、少し申し訳なさそうな顔になり。
「とても嬉しいけど、私達に今、返せるものが何も無いの。志恩くんには、貰うばかりで、本当に申し訳なく思ってるの」
佳澄が寂しそうに言葉を洩らす…
「何言ってるんですか。こんな美人が喜んでくれるなら、見返りなんて考えてないですよ」
と、笑いながら志恩は茶化す。
すると、由依が志恩の傍らへと移動し、少しもじもじしたかと思うと「ありがとう」の一言と同時に頬へキスをした。
志恩は周りをキョロキョロと伺い「いや~美人のキスは最高のご褒美だね」と、大きな声でその場を誤魔化す。
愛莉は一瞬、動きが止まったが、まぁしょうがないと目を瞑った。
気が付くと佳澄も志恩の傍に近付き「なら私も今の感謝を贈るわね」と言ったので、志恩は「いやぁ~」と頭をかきながら頬を差し出す。
愛莉は頬を膨らませながら、不満の表情を浮かべていたが、それくらいはしょうがないと、ドリンクを飲んで気持ちを落ち着かせた。
そして佳澄は志恩の正面へ立つと、志恩の両頬を両手で挟み正面を向かせる。
志恩は「えっ?」と‥
次の瞬間、佳澄の唇は志恩の唇に重なり、数秒の時が流れる…
その光景に、愛莉は飲んでいるドリンクを吹き出し、剛と静香は食べているフォークを落とす。
シェリーは、酒瓶片手にピューピューと口笛を吹いて茶化し、柚木は「そんな!」と目を手で覆う。
そして、麗香は「こらこら、それなら私もだぁー」と、志恩に向かって行こうとするのを貴司が麗香のドレスの紐を後ろから引っ張り、止める。
固まる志恩を他所に、佳澄は唇を離し、
「今度は大人のキスをしましょうね」
と言って、志恩の唇を自分の右手の人差し指でちょんっと撫でた。
愛莉はドリンクを吹き出したまま固まり、麗香はもがいている。
由依は佳澄の元へ駆け寄り、
「なんでそんな事をするの」
と抗議をすると、
「あら、感謝の気持ちと私の気持ちが合わさっただけよ。ちなみに、さっきのキスは私の本気のファーストキスよ、うふっ」
「そんなのずるい」
ーーこの会話は聞かなかった事にしよう‥
この後、志恩が野次罵倒されたのは、言うまでもない…
その後パーティーは盛り上がり、楽しい時間は過ぎていく。
何人かは、疲れ果て、予め割り振られた自室で休んでいった。
月明かりが水面の波を静かに照らし輝いている。
佳澄が窓から海を眺めていると、志恩が傍に来て話し掛けた。
「行くんですか?」
「ええ、あなたが未来を見せてくれたから、今度は私の手で、その未来を掴むわ」
「それなら、俺にも手伝わせて下さい」
「これ以上、甘えられないわよ」
「ここまで来たんです。最後まで甘えて下さい」
「ふふ、だったら、今度はキスなんかのお礼じゃ足りないわね」
志恩はガクッとズッコケ、手を前で振りながら、
「いやいやいや、これ以上からかわないで下さいよ、さっき以上にみんなにいじめられちゃいますよ」
佳澄は志恩の肩に片手を乗せ、耳元で呟く
「あら、これは私へのご褒美でもあるのよ」
志恩は顔を赤らめ、直立不動になってしまった。
佳澄は、直ぐに真剣な面持ちで片手を前に差し出し「宜しくね」と言い、志恩は差し出された手を握りしめ「はいっ」と、佳澄の瞳を見つめた。
志恩達のパーティーも終盤に入り、各々が散らばり始めた頃、佳澄と志恩は静かに部屋から姿を消した。
佳澄はまず、自分の隠れていた部屋に向かい、装備を整え、それが終わると志恩が話を切り出した。
「佳澄さん、今回の指令はどんな内容なんですか?」
「・・・うん」少し悩んだが、話してくれた。
「今回の命令は、前回仕損じた悪徳組組長が、この船で海外マフィア《ブラックタランチュラ》の幹部と麻薬取引の契約をする予定なの。その取引を阻止する事が命令で、一番確実な方法が、組長の暗殺なの。そして、今回は絶対に失敗が許されない為、後詰めとして嘗て私に殺しの業を教えた、ドクロと言うコードネームの男が入り込んでいるわ」
佳澄は、志恩の手を握り、その手は汗をかいていた。
「ドクロと言う男は恐ろしい男よ。殺しの技では、彼に敵う者はいないと思うわ」
佳澄の緊張が手から伝わってきた。
「その男は、白人男性かな?」
志恩の質問に、佳澄は一瞬、ビクッとなった。
「志恩くん、もしかして彼に会ったの?」
志恩は首を左右に振りながら、
「いや、直接会った訳じゃないよ。ただ、佳澄さんを探しているとき、嫌な雰囲気を漂わせている男とすれ違ったから、もしかしてと思ってね」
「たぶん、間違いないわ、その男よ。そんな怪しい白人男性なんて、この船では彼位だと思うわ」
志恩は異世界で、暗殺者に命を狙われたことがあり、その時の事を思い返していた。
彼らは、人を殺すことを何とも思っていない。まるで、料理人が料理を作る様に、事務員が書類を書く様に、ただ当たり前の仕事と思って行動している。
志恩は背中に冷たい汗が流れるのを感じた…
それから佳澄と話し合った志恩は、この後の行動を考えた。
まず、悪徳組組長を殺さず、取引を失敗させ中止させる。その後、ドクロを探し出し、佳澄から手を退くように話をする。
佳澄はそんな甘い事では、ドクロは納得しないと言ったが、佳澄にこれ以上、罪を重ねさせたくないと言う志恩の譲れない思いに、佳澄も頷くのだった。
大型客船オーシャンマリーナ号の下層には、乗客用の駐車場が設置されており、今の時間、誰も居る筈のないこの場所にいくつもの人影が…
※ここからの会話は暫く、ロシア語と日本語になっておりますが、全て日本語でお送りしておりますので、読みながらご想像下さい。
「こちらがこれから取引する予定のブツになります」
そう言って、白人の大男は黒いアタッシュケースから500mlペットボトルサイズの白い粉の入った袋を取りだし、悪徳組の組員へ渡す。
受け取った組員は、組長へと袋に穴を空けて渡した。
組長と組員は粉を少し舐めると、うんうんと相槌を打ち、
「上物だ。よし、手付金を渡せ」
と言って、組員にアタッシュケースを用意させ中身を開く。中にはびっしりの札束が入っており、相手の白人の大男に中身を見せながら渡そうとした…
その時…
ボッ
ボーー
ボカンッ
何処からともなく炎の塊が飛来し、札束の入ったアタッシュケースに命中、札束が炎上する。
「誰だっ」
空かさず、悪徳組とマフィアの間へ佳澄の銃弾が火を吹く。
両者は、拳銃をお互いに構えながら距離を取り、怒鳴り合い、混乱の渦中へと落ちていくのであった。
「騙したな、お前らの仕業か」
「どこのどいつだっ。出てこいやー」
「裏切ったな」
「マッポか」
等と騒いで無差別に発砲している。
その様子を確認すると、志恩と佳澄は静かにその場を後にした。
「何とか上手く妨害することが出来たみたいですね」
「ええ、ただ今回のことで諦めてくれればいいけど、また取引の話が上がるようなら、今度こそ暗殺しなければならないわ」
「そうならないように、奴と話を付けましょう」
「えっ?」
志恩は、1つ上のフロアーの扉を開ける。
そこは、体育館程の広さがあるフロアーになっており、フロアー全体の半分程の照明が点灯していて薄暗い雰囲気だ。
志恩がフロアーの中程まで進んだ所で立ち止まり、佳澄にも止まる指示を促す。
「居るんだろ、出てきたらどうだ」
志恩の声が響き渡る。
暫しの静寂がフロアーを埋めつくし、そして誰も居なかった筈の部屋の隅から不気味な声が返ってきた。
「ふっふっふ、実に愉快だよ、志恩くん」
長くなりそうだったので途中で切れてます。
次回、決着の彼方に…