海だ!温泉だ!海辺の一恋慕
徐々に読みやすくなるように、頑張ってます
今回はあまり愛莉の出番は少ないかな
青い海、白い砂浜、そよぐ潮風!
今、車は海岸線をひた走る!
「いや~一昨日まで台風で凄かったのに、晴れてよかったな」
「本当!中止になるかと思ってましたよ」
「えっへん、晴れ女の私の力ですから」
「な~に言ってんだか!ただ単に台風一過なだけだろ」
「隆二さんすいません、ずっと運転させてしまって、疲れてないですか?」
「気にすんなって、別に運転くらいどうってことないから。柚木ちゃんは優しいね」
「まだ着かね~の?お腹空いちゃったよ」
「もうすぐだ志恩、先に海行くから、潜って食材でも獲ってこい」
「おぅ!任せとけ」
「あれ?志恩て、そんなに泳ぎ得意だった?」
「おぅ、ほら、えっと、高校のプールから目覚めたって、良くあるだろ!」
「おっ、目的地が見えて来たぞ」
「ふ~ん」
1週間前、[ティー&ムーン]には、我ら仲良し7人組が、集まっていた。
「こんなギリギリに、空いてる安宿なんてねーよなー」
「それを探す為に集まってるんでしょ!しっかり探しなさいよ」
「でも、確かになかなかみつからないですね」
「そうですね、人数も多いですからね」
今日集まっているのは、夏休み最後の旅行を皆でしようと、宿探しで集まっている。
ティー&ムーンに、何度か皆で来ており、隆二の紹介はされていた。勿論、常連とマスターの関係ではあるが。
「なんだなんだ、携帯いじって、どこか行くのか?」
「そうなんですよ隆二さん。場所はまだ決めてないんですけど、夏休み最後に皆で一泊旅行へ行こうと、泊まれる宿を探してたんです」
「でも、この時期、なかなか宿が見付からなくて」
「なぁ~隆二、どっか安くてこの人数泊まれる宿、ねぇ~かな~」
「あのなぁ志恩、そんな都合のいい話が……おっ有るよ!」
「「ええぇぇ」」
「タイミングバッチリだな、俺の昔世話になった宿屋の女将から一昨日連絡があって、今年は客足が少ないから、良かったら友達連れて来ないかって言われてたんだ」
「場所はどの辺りなんですか?」
「確か静岡の方で…地図だとこの辺かな」
「電車だと行きづらい場所ですね」
「そうだ!隆二も一緒に行こうぜ!車有ったよな?」
「おいおい、夏休みはお店の書き入れ時だぞ!」
「まぁまぁ、美女が3人も付いてくるんだから、楽しいぞ」
「勘弁しろよ、未成年に欲情するほど、俺はロリコンじゃねえって」
「最近の未成年は、発育がいいぞ」
「ちょっと、なに二人して、急にこそこそ話してるのよ」
「いや、隆二が車出してくれて、みんなを宿に連れてってくれるってさ」
「おいおい、俺はまだなにも」
「本当ですか!ありがとうございます」
「すいません、助かります」
「ありがとうございます」
「ハァー、ちょっと電話してくるわ」
「着いたぞ」
「何か、人が少ないね」
「穴場なの?」
「海の家がないね」
「だから、自給自足なんだよ!海の醍醐味ね」
着いた場所は、砂浜の両端が岩場で囲まれており、砂浜の距離もそれほど長くない。
穴場の海水浴場的な感じで、海の家もなく、地元の人が泳ぎに来るような場所になっていた。
隆二は、車を停めるとバーベキューの用意を始め、テキパキと休憩場所を設置する。
「流石、隆二は昔からこう言うの得意だったからな」
「えっ志恩て、隆二さんと良くバーベキューとかしてたの?」
「そ、それは、お店で、そう言う話を聞いてたんだよ!」
「そうだよ、そう。さっ、みんなも準備しようか!」
「「はーい」」
水着に着替えていざ海へ。
先ずは海水浴の前に、昼食の材料を手に入れるため、隆二と静香と猛は沖に潜りに行き、志恩と貴司と愛莉は浅瀬に潜って貝などを取り、柚木と政夫は荷物番をしながら、火おこし担当と、隆二の指示で割り振られた。
海は何かあると危険なので、沖は隆二が、浅瀬は志恩が何かあったときの対処にと、別けたらしい。確かに、隆二と志恩なら、周りに何かあれば対処出来るからである。
隆二は、銛や網、ゴーグルやフィンなど、用意周到であったおかげで、魚や貝など、多くの食材が確保出来た。
しかし、漁に出たメンバーが帰ってみると、パラソルは折れ、BBQのコンロもひっくり返り、炭が散乱していた。
驚いた一堂が辺りを見回すと、少し離れた場所に政夫と柚木が座り込んでいて、政夫は顔にアザを作っており、柚木が介抱していた。
慌てた志恩達は、荷物や食材をその場に落とし、急いで二人の元へ駆け着けた。
「どうした政夫!何があった?」
「柚木ちゃん大丈夫?怪我はない?」
「私は大丈夫です!政夫君が守ってくれたから」
「ごめん、みんな」
「そんなことより、どうしたんだよ」
「それが…5人の男達が急に話し掛けてきたんだ。何処から来たとか何処に泊まるのかとか。それで、《海山荘》に泊まるって、聞いたとたんそこに泊まるんじゃないとか言い出して、荷物を壊すから、止めたら殴られちゃった」
「くそっもう少し早く、戻って来れれば」
「近くで見付けたら、ただじゃおかねぇぜ」
「でも政夫は偉かったな、柚木に怪我をさせなかったんだから」
「うん、男らしいよ」
「そうかな、ヤられちゃって情けないよ」
「喧嘩なんて、勝ち負けじゃないよ。男らしい行動の方が大切だよ!」
「そっかな?」
「うん、政夫くんは私を守ってくれたし、ありがとう」
「よしっ気分を取り直して、BBQの用意をしようぜ」
「オッケー!新鮮な食材が大漁だからな」
それにしても、理由なく暴れるのはおかしい。これから行く宿に関係があるのか?
志恩が少し考えていると、隆二と目線が合い、お互い頷いた。隆二とは意志が通じた。これから宿屋まで、少し警戒が必要だな。
食事の後は海水浴に興じた。先程の事があるので、砂浜と海、二つのグループで遊び、どちらかには志恩か隆二が居るようにした。
志恩は、柚木と猛と静香で沖の方まで泳いでいた。
「柚木ちゃん大丈夫?こんな沖まで来ちゃったけど、キツかったら戻ろうか?」
「んぅーん大丈夫。皆、元気だよね」
「あの二人は運動バカだから、永遠に泳いでても平気なんだよ」
「みんな運動出来ていいな」
「柚木ちゃんだって、その気になれば、なんでも出来るよ!それに、運動以外だって、柚木ちゃんには素敵なところが一杯あるよ」
「志恩くんはいつもそうやって、私を励ましてくれるよね。それにこの前の剣道大会の時も助けてくれたし。あの時、俺の彼女だって言われて、凄くドキドキしたんだよ」
「ハハハ、つい勢いで。ごめんね、俺なんかが彼氏だ!なんて急に言って、迷惑だったよね」
「めっ迷惑だなんて……」
「本当にそうならないかなって」
ザッブーン
「えっ、何か言った?」
「ううぅんん、何でもない」
「そっか、波も出てきたし、そろそろ引き返そうか」
「うん」
「待ってて、あいつら呼んで来る」
ちょっと勇気出してみたんだけどな。志恩君には愛莉さんが居るけど、二人は兄妹なんだから、まだ、頑張れるよね。
柚木は、口に入る海水のしょっぱさを胸に感じていた。
志恩が二人に声を掛ける為柚木の元を離れ、呼びに行った二人を連れて戻ってみたとき、そこには水の揺めきしかなく、柚木の姿は見えなかった。
「あぁーあ、あんな遠くまで行っちゃてる。二人共元気だな。 もっと志恩君も私に構ってくれないかな…」
自分の元を離れて行く、志恩の泳ぐ背中を眺めながら、柚木は切なさを噛み締めていた。
痛いっ!!!
えっ足が動かない。
柚木は必死に足を動かそうとするが、痛みが激しく足が動いてくれない。水面を叩くが、浮き上がることも周りに音を伝えることも出来ず、徐々に体が海の中へと吸い込まれて行く。
ああぁぁ、どうしよう沈んでいく。折角素敵な人や仲間に巡り会えたのに、こんなところで終わりたくないよ。
柚木は何かにすがるように、手を伸ばした。
助けて…し、お、ん
「柚木ちゃん、大丈夫か?息は出来るか?」
「ケホッケホッ、志恩くん?」
「ああ、良かったよ見付かって」
「柚木、心配したよ!良かった」
「マジ、びっくりしたよ、こんな海のど真中で、志恩が居てくれて良かったぜ」
「志恩くんが助けてくれたの?」
「ああ、一瞬寿命が縮まったよ。足、動かないんだろ?力を抜いて俺にしがみ付いとくんだぞ、離すなよ」
「うん、ありがとう、絶対離さない離れないよ。うっうっ」
「どうした?泣いてるのか?足痛いか?陸までの我慢だ、頑張れ」
「うん!ありがとう」
足の痛みは取れないが、助かった安堵と志恩に背負われてる嬉しさで、涙が目を流れて波に消された。
ーーーこの時間がずっと続いたらな…
柚木を背負って海から上がり、歩いてくる志恩の姿を見つけると、砂浜で遊んでいた仲間達は、その場の行動を止め駆け付けた。
志恩は浜に上がる手前で、既に背中の柚木に対して魔法の詠唱を行っていた。仲間が集まった時には、既に治療は終了しており、足は完治していた。
車まで行き柚木を降ろしたとき、足の痛みが消えていることに柚木は気付き、不思議そうにみんなの前で歩き出した。
隆二は素早く、起きたことを理解して、クラゲが出てきたので沖での遊泳を止めることを提案した。
車の側で、1人座ってボーッとしている柚木の側に貴司が座り、話し掛けた。
「どうしたの?大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「そう?さっきから、目がずっと志恩を追い掛けているけど」
「えっ、私そんなに見てた?」
「あれっ、本当に見てたんだ!」
「あっ、もぉ~ずるい」
「ハハハ、でも志恩が気になっちゃうんだね」
「貴司くんは、そう言うのすぐ分かっちゃうんだね」
「まぁね、人のそう言うのを気にし過ぎて、人付き合いが嫌になったんだけどね」
「そうなんだ。貴司くんはモテるからね」
「見た目しか目に入らない人間は好きになれないだ。だから、ここの仲間は、みんな大好きなんだよね」
「うん、わかる。だからこそ、私がこんな気持ちになっちゃうのは、亀裂を入れるみたいで怖いんだよね」
「そうだね、もし他に柚木の事を好きな人がいたり、志恩の事が好きな人がいたら、普通に接せられなくなるかもね。 だけど、自分の気持ちを隠したり、嘘をついたりする方が、柚木が後悔って言う傷を負うことになっちゃうよ」
「うん、ありがとう。少しだけ正直になれるよう、努力してみるね」
暑さが少し和らぎ始め、波も砂浜を小さく侵食し初めた頃、遊び疲れた志恩達は引き上げの準備を始めた。
海岸沿いから少し離れた山裾に、木造2階建ての屋根瓦、昔ながら旅館が志恩達が泊まる宿である。
とても綺麗で雰囲気が良く、この時期この値段で急に泊まれるとは運が良かったとしか思えなかった。
しかし、旅館の駐車場へと入ってみると、垣根の一部が燃えた跡になっていたり、壁に落書きを消した跡も残っていた。志恩と隆二は直ぐにキナ臭さを感じ取っていた。
旅館に入り女将などの出迎えを受けて、部屋へと案内された。
男女別の二部屋だが、和室の部屋で優に8人は泊まれる広さの部屋を用意してくれて、部屋に荷物を置くと、男部屋に集まりみんなで寛いだあと、夕食を食べていた。
「どれも美味しいよね!」
「本当に!こんな素敵な旅館紹介してくれて、隆二さんには一杯感謝です」
「いやいや、俺もこの時期にたまたま、こんな良い話を連絡してくれた女将に感謝だよ」
「でも、こんな素敵な旅館で美味しい料理なのに、お客さん少ないですね」
「そうだね、空き部屋もいくつかあったしね」
コンコン「失礼します」
落ち着いた和服姿で現れたのは、歳は30代前半くらい、とても大人な雰囲気を漂わせる美しい女性である。
「この度は、遠路はるばる御越しくださいまして、誠にありがとうございます。当旅館の女将をさせて頂いております清水礼子と申します。 槙村様には、昔何度もお世話になり、こんなむさ苦しい所までおいで頂き、感謝しております」
「料理も旅館もとても素敵ですね。俺らみたいな子供が来ると、場違いな気がしてしまいます」
「とんでもございませんよ、お客様はみな同じお客様です。来ていただければ、みな同じ様におもてなしさせて頂きます。料理まで誉めて頂いて、とても嬉しく思います。ありがとうございます」
「いえ、本当に美味しくて、それに目一杯寛げています」
「そうだぜ女将、なのにどうしてこんなに客がいないんだい?昔から、繁盛してたじゃないかよ」
「ええ、まぁそうなんですが、ちょっと悪い評判が立ってしまって、客足が遠退いてしまっているんですよ」
「どんな評判なんですか?」
「いえいえ、お客様がお気になさる程の事ではございません。 それよりも、当旅館でゆっくり寛いでいってくださいませ。 そうそう、男性の露天風呂が改装中でして、21時に男性と女性のお風呂が替わりますので、露天風呂に入る際は、お気を付けください」
「では、ごゆっくりとお寛ぎ下さいませ、失礼します」
女将が出ていったあと、志恩達は女将の何か有りそうな口振りに、引っ掛かりを覚えていた。
なので、その件に関しては隆二が話を聞いてみる、と言うことで話は纏まった。
食事をしながら、隆二は地元のお酒を飲み、志恩にも勧めた。
「駄目ですよ!志恩はまだ未成年なんですから」
「あーそうだった、すっかり忘れてたよ」
「いや、忘れるの日本語おかしいだろ!」
「そっか、でも、志恩も一杯やりたいだろ?」
「まぁ~一杯くらいなら、ねぇ?」
「駄目ですよ、子供にはまだ毒です」
「志恩、残念だったな!怖いかみさんが居て」
「い、も、う、と、だ!」
「ハイハイ。 あれ…俺の酒はどこ行った?」
「えっ、そこに返しましたよ」
「どぉ~へ、わたひぃなんきゃ~ころもでしゅから~みりょきゅなんへ~ありましぇんよ~だぁ」
「「えっ!」」
「柚木?大丈夫? うわっ酒の匂いが…」
「水と間違えて、一気に飲んじゃってるよ」
「おいおい」
「しほんくぅ~ん」
柚木は志恩に抱き付き寝てしまった。
「さて、温泉でも行って来ようか」
「そうだね、お腹も一杯だし」
「じゃ~みんな行こうか」
「おっおい、俺を置いて行かないでくれ」
「志恩、柚木ちゃんに変なことしたら許さないからね」
「そうだぞ、友達の寝込みを襲うなんて、最低だからな」
「じゃっ、そう言うことで」
「お~~い」
行ってしまった。柚木も可愛い寝顔で幸せそうに眠っている。あのまま異世界にいたら、こんな風に子供が出来て、甘えん坊に育てちゃうのかな。などと、柚木の寝顔を見守り続けていた。
それからみんなが戻ってきたので、柚木を女部屋に運び、志恩もやっとお湯に浸かる事が出来た。
男性陣は、露天風呂に浸かれなかったが、志恩はちょうど入れ替えが行われた後だったので、誰もいない露天風呂を独り占めしていた。
しかし、旅館の客足と外のイタズラらしき跡は、関係しているのだろうか?可能性としては、同業者の嫌がらせか、旅館に恨みがかるかだが。
などと、考え込んでいると。
「うわーい!ひろーい!独り占め!」
ザッブーン
「熱くて気持ち良い」
聞き覚えのある女の子の声に、志恩は咄嗟に岩影へ隠れてしまった。確か今の時間は男湯のはず、俺はちゃんと暖簾を見て入ったはず。などと、自分に言い聞かせていると、入口の方から男性達の声が聞こえて来た。
志恩は、なんだ俺があってんじゃんと安堵と同時に、不味さを思い出す。
今の声は柚木ちゃん!男湯に柚木ちゃんは入り込んでしまっている。早く助け出さないと、と思った岩影の志恩の正面に柚木が現れた。
「あっ」
柚木が声を出すのを志恩の手が塞ぐ、ん~ん~と唸ってから柚木は落ちたいた。
「あれ、誰かもう先客居るみたいだぞ」
「すいませーん、お先に入ってます」
「なんだ、少年に先を越されたか、はっはっは」
なんとか遣り過ごしはしたが、背中には柚木が隠れている。
「柚木ちゃん、何とかしてみるから、隙をみて脱衣場に逃げ込んでね」
「うん、ありがとう。志恩くんは私がピンチな時は、いつも助けてくれるね」
そう言って、志恩の背中に体を預けた。
「柚木ちゃん、ちょっちょっちょっと近いよ」
「昼間背負ってくれたんだから、一緒だよ」
いやいやいやいや、全然違うでしょ!
「私って、友梨さんや愛莉さんみたいにスタイルよくないし、魅力ないかな?」
「そんなことないよ、柚木ちゃんは凄く女の子らしくて可愛いよ」
「本当?志恩くんは私のこと好き?」
「ああ、大好きだよ」
「本当!じゃあ、愛莉ちゃんは?」
「そりゃ好きだよ」
「ん~、政夫くんは?」
「好きだよ」
「もぉ~きらぁ~い」
「・・・・」
暫く、沈黙が続いたが、柚木の体が更にのし掛かって来る重さを感じ、ゆっくりと振り向いて見ると、柚木は今にも温泉に沈んでしまいそうであった。
「柚木ちゃん、起きて、大丈夫?」
「んっん」
駄目だ、まだお酒も抜けてないみたいだし、のぼせちゃってる。
志恩は柚木を抱え、周りの状況を確認して脱衣場を見た。
柚木ちゃんをこのままには出来ない、まだ客は揚がりそうにないし、チャンスは今しかない。
素早く柚木を抱え脱衣場にテレポート、すぐに脱衣場の扉をロックして柚木を浴衣に着替えさせ、扉のロックを解除して部屋の前へテレポート。この間、僅か数分でこなすと、女性部屋をノックして柚木をお願いする。勿論、柚木が風呂場の前でのぼせて座り込んでいたことにしてある。
志恩は休まることのない温泉を堪能して、部屋へと戻った。
丁度、志恩が戻った頃、隆二も女将さんから事情を聞いて戻って来たところであった。
隆二の話では、女将の旦那が去年病気で亡くなり、弱っている女将に地域旅館協会会長の若旦那が面倒を見てやると、言い寄って来たが、それを断って独りで頑張っていた。しかし、若旦那が自分の女にならないなら、旅館業をやらせないと言って迫ってきているので断り続けていると、今度は嫌がらせをし始めたとのことだ。
弱味に漬け込んで女を口説き、それが叶わないと嫌がらせに走るとは、どうしようもない奴だと志恩と隆二は憤った。
次の日の朝、志恩達は早目に旅館を発ち観光をして帰る予定だった。
旅館の入口は車寄せが出来るロータリーの様になっており、ロータリーの中心には和式の庭園を小さく造ってある。旅館の人達が見送りのために玄関ロビーまで出てきていた。隆二は車を入口に回すため、駐車場へと向かった。
玄関ロビーで荷物を並べて車を待っていると、物凄い勢いでロータリーを走ってくるワゴンが、玄関の前に来ると窓を開け、壁や入口に瓶を投げつけた。
瓶が割れると、赤や緑のペンキが弾け飛び、色とりどりに辺りを汚しそのまま走り去っていった。
「あの車に乗ってた奴、昨日砂浜に居た奴だよ!」
政夫が叫んだ。
そこへ走り去った車のあとを、物凄いスピードで隆二の車が追い掛けて行った。
それを見た志恩はその場から静かに離れると、物陰に隠れテレポートを行った。
隆二の車は旅館を出た最初の信号で急停車。そこにテレポートした志恩が現れ車に乗車、車は志恩を乗せたと同時に急発進した。
「流石隆二、分かってるな!」
「何年一緒に戦ったと思ってるんだ」
「だな! 見失うなよ、奴ら昨日政夫に絡んだ連中の仲間みたいだからな」
「そいつは更に、やる気が出て来たぜ」
追跡していた車は、追われているのに気付いたみたいだが、追跡を巻こうとはせず、人気のない海岸に停車した。
車からは、バットや木刀を持った男が5人出てきて、ニヤニヤ志恩達が車から降りてくるのを待ち構えていた。
志恩と隆二は、友達との待ち合わせに向かうかのように、自然体で車から降り5人の方へ歩み始めた。
待ち構えていた5人は、その自然な行動に一瞬
たじろいだが、すぐに余裕を取り戻した。
志恩達の後ろで車のエンジン音がするので、振り返って見ると5台の車やワゴンが砂浜に乗り入れて来た。そして、車の中から若い男達が手に武器を持って現れた。
ざっと30人前後、よくもまあ、暇な人が集まったものである。
「おいおい、こんな兄ちゃんとガキに、俺ら集めてどうすんだよ」
「こんなの2、3人居りゃあ十分だろ!」
「すいやせん、もっと居るもんだと思ったんで」
「早くお前らで絞めちまえよ」
「あんなこと言ってるけど、どうするシオン?」
「そうだな、取り敢えず、前の5人を倒して、後ろを倒すか。政夫の敵でもあるから殺しはしないが、ただじゃおかないからな」
「なんか、嘗めた口聞いてくれるな!やっちまえ」
シオンとリュウジの前に5人は1分ともたなかった。シオンとリュウジは5人が持っていた木刀とバットを手に取り、新手に振り向くと、お互い笑い顔を作り突進していった。
シオンはどんな攻撃も、軽く避けて相手を倒していったが、リュウジは相手の武器ごとバットで打ち砕き、シオンが1人倒している間に3人倒していき、そしてものの数分で全員倒すと、リーダーらしき男を締め上げ、若旦那の元へと案内させた。
若旦那こと加藤紀夫は、自宅に居るとのことで、家まで案内させ入口の門を開いた。
加藤の家は、地元の名家で山裾に広い敷地を持っている。その敷地に大きな平屋の和式で古風な家を建てていた。
紀夫を呼び出したが、入口で帰れと追い返されそうになったので、強引に家に入り居間に居た紀夫に迫った。
「お前ら何者だ。何しに来た?」
「お前が礼子さんに付きまとう虫か!彼女と彼女の旅館から手を退けば、半殺しで済ませてやる」
「ふんっ俺に何かしてみろ、親父に言って海山荘を2度と営業出来なくしてやるぞ、それでもいいのか」
確かに今紀夫を懲らしめても、根に持たれていたらこの先、海山荘や礼子さんにいいことは1つもない。その上、犯罪者でもない紀夫に手を出せば、加害者は自分達になってしまう。志恩と隆二は、お互いの顔を見合せ考え込んだ。
「はっ!やっと気付いたか。俺は礼子に結婚を申し込んでいるだけで、犯罪は犯しちゃいない。俺に手を出せば、お前らや礼子が犯罪者になるんだぞ」
奴の言う事は正しい。これには、警察の伝があろうと関係ない。
「分かったら出ていけ、この借りはただじゃ済まないけどな」
「くっ」
志恩と隆二は、奥歯を噛み締め項垂れてしまった。
「おいっ、これは何事だ!」
そこには、和服姿の恰幅のよい60近いと思われる男性が立っていた。
「親父!良いところに帰って来てくれた。こいつら、海山荘の知り合いみたいなんだけど、チンピラみたいに乗り込んで、僕に暴力を振るおうとしてたんだ」
「なんだと、性質が悪い連中だ、警察にでも連絡しておけ」
不味いことになってきてしまった。もっと考えて行動すべきだったと、志恩と隆二は後悔していた。
「ん? ーー貴殿方はもしかして、シオンさんとリュウジさんではないですか?」
「え?…確かにそうですが」
「勇者様ですよね?」
「そうですが、それを知っているあなたは?」
「やっぱり、私はファーランド城近郊の村で温泉宿をやっていた加藤清です。覚えて居ませんか?ゴブリンの集団に村が襲われたときと、野党に村が襲われたとき、2度も助けて頂いた」
「あー分かります分かります。あの世界で初めて温泉宿と言うものを造って、大繁盛していた村の村長していましたよね」
「そーですそーです。覚えていて下さってありがたいことです」
「なぁ親父、さっきから何訳分かんない事話してんだよ、さっさと警察呼んじゃおうぜ」
「ばっっっかもーーーーーん!!!!」
「勇者様が悪人の訳がないだろう!それに、この方々は、2度も私の命を助けてくれた恩人なんだぞ、下がってろ」
バカ息子と違い、親がしっかりしていて助かったと、志恩と隆二は胸を撫で下ろした。
その後、加藤清は2人の話をじっくり聞き、息子を甘やかし過ぎたと反省し、東北の知り合いの旅館に、コキ使ってくれと下働きに出した。礼子には謝罪をし、今後何か有れば全面的に助けてくれると約束してくれた。
全てが、めでたし、めでたし……
「こらーー!!二人して、ずっと連絡取れないし、心配したし、移動手段はないし、1度くらい連絡入れなさい!!」
「「すっすいません」」
静香に怒鳴られ周りには心配したと、散々怒られてしまった。
旅館の件に関しては、旅館組合会長と隆二が昔の知り合いで、若旦那に抗議に行ったら、会長と話が出来て、丸く納まった事になっている。
女将さんには感謝され、いつでも格安で泊まって下さいと言われて、みんなでまた来ようと嬉しい約束をした。
今度こそ、めでたし、めでたし……
帰りの車、みんな遊び疲れてうたた寝をしている中、志恩の隣に座る柚木が頬を染めて、小声で話し掛けてきた。
「あのね志恩くん、昨日晩、私酔っ払っちゃって記憶が途切れ途切れなんだけど、志恩くんと温泉入ってたよね?」
「えっ!え~っと、夢じゃない?」
「ん~ん、私ハッキリと覚えているよ、志恩くんが助けてくれた事。でも、私自分で着替えた記憶が無くて」
「きっと夢と混ざっちゃってるんじゃないかな?俺は、風呂場の入口で座り込んでた柚木ちゃんを部屋まで送っただけだからさ!酔った事は、あまり考えない方がいいよ!うんうん」
「うん、わかった。………志恩くん、パンティー前と後ろ逆だったよ」
「本当、ごめんね、あっ・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
車は静かに走る……
少しは良くなって来てますでしょうか?
お読みいただき、ありがとうございました。
遅くても週2回は書きたいと思ってます