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剣に溺れ剣に学ぶ

2018.6.1 誤字脱字修正 表現一部挿入修正

 ピンポーン


「はーい」


 夏は夕方過ぎだと言うのに、外はまだ明るく日差しが高い。


 甲斐家には、部活帰りで学生服姿の猛や静香、家から直接やって来た私服姿の政夫や柚木など、いつものメンバーが続々と集まり出している。


「お邪魔しまーす」

「おおぉぉ!これが二人の愛の巣か」

「おーい、貴司!誤解を生む言い方はやめろ~」


 ピンポーン


「はーい、はいはい」

「こんばんは」

「柚木ちゃんいらっしゃい。おっ政夫も一緒だったんだね、いらっしゃい」

「うん、そこで会ったの」

「こんばんは、おじゃまします」

「どうぞ、どうぞ」

「へぇーこれが‥」

「ストップ!何か嫌な台詞が出て来そうだから、さっさとリビングへどうぞ」


 リビングでは人数が多いので、ソファーをさげ床座りして、ソファーテーブルを囲んでいた。

 愛莉は料理を仕上げ、静香は料理を運び、志恩はみんなのドリンクを用意する。


「美味しそう!」

「これ、愛莉が作ったの?」


「今日は量が多いから、志恩と一緒だよ。普段は交代で作ってるの」

 菜箸(さいばし)を片手に、愛莉が応える。


「するって~と、今日は夫婦協同作業か」

「いや~ん♪」

 貴司の言葉に、愛莉が変なリアクションで応えた。


「おいおい、何か言葉が違くないか!愛莉も乗っかって照れてないで、反論しなさい」

 志恩は、腕組みをしながら、呆れて怒る。


「愛莉はいいお嫁さんになるよ」

「私、お嫁に行けるかな?」

「もう嫁いでるみたいなもんか!」

「あらーん」

「おーまーえーらー!!」


 料理を出し終え、全員の準備が整い、グラスにジュースが注がれると、貴司が音頭を取り、ジュースの入ったグラスを掲げ「では、剣道部全国大会出場おめでとう!」との掛け声に合わせ、全員がグラスをを合わせる。


「「おめでとう」」


「「いただきまーす」」


 話は弾み、食事会の時間が過ぎて行く。

 1時間もしない内に粗方の食事は片付き、空いた皿を重ねながら話をしていく。そして食事を終え、みんなで片付けを済ませると、リビングから志恩の部屋へと場所を移した。


「志恩の部屋って何にもないな」

「本当!殺風景だね」

「俺の部屋の感想はいいよ」

「ここで夜を共にしてるのか」

「いや~ん、エロチック」

「共にしてたのは、去年までだよ!」

「あら、今は別居中?」

「そうなんですよ、ひとり寝は寂しくて…うるうる」

「あらあら、旦那さん、寂しがってますよ」

「こらっ!愛莉もバカ話に乗るな!」

「えへっ」


 ーー異世界(むこう)で、命のやり取りをしていた日常に比べ、平和で楽しいこんな一時(ひととき)が、幸せに思う。


 志恩は、しんみりと胸に込み上げるものを感じていた。



 志恩の部屋で最初に上った話題は、前回のプール事件についてである。みんなには「警察の追っていたストーカーが、友梨に目を付けており、足取りを追っていた」と説明し、追っていた警察の人とその後、顔見知りになった。と言うことにした。


 それと、秋葉原に知り合いのカフェがあり、今度、みんなで遊びに行こうとはなしておいた。


 それぞれ、細かい質問などもあったが、事件が解決し、怪我人もいなかった事もあり、皆それ以上は事件への興味を示さなかった。


 その後は直ぐに、次の夏休み中での遊び計画を話し、皆で楽しく盛り上がり、甲斐宅食事会は幕を閉じるのであった。





 あちらこちらで、運動部の元気な掛け声が聞こえる夏休みの高校。

 蝉の声が止むことなく、少しの風さえ涼しく感じてしまう程の熱気が籠った体育館。


 今日は志恩も剣道部の練習に朝から付き合わされていた。


「何で俺も練習に出なくちゃいけないの?」

 志恩の愚痴に愛莉は叱り口調で話す。


「当たり前でしょ!今は一応、剣道部なんだから」

「試合が終わったら、練習には来ないからな」

「折角の機会なんだから、このまま剣道始めたら」

「真夏にこんなサウナスーツ着ないといけない部活なんて、今回だけにしてくれよ」

「だらしないな~、若者がこれくらいの暑さでへこたれないの」


 志恩は「若いのは身体だけなんですけど~」と、叫びたい気持ちを抑えていた。


 そんなとき、志恩の目前に、猛が竹刀を肩に担ぎながら現れる。

「志恩、取り敢えず、打ち合い稽古しようぜ」

「えぇ~嫌だよ猛。痛いのは嫌だし、動くと暑いじゃん」

「子供か志恩。格好だけでもマシにしないと、大将なんだから怪しまれちまうだろ」

「かかしって、バレたら反則なのか?」

「そうじゃなくて対策立てられちまうってこと、基本は一番強い奴が大将ってのが、セオリーなんだからさ」

「なら、様になってる格好だけ教えろよ」

「おまえな、やる気ないだろ」


 そんなやる気のない会話に、横から愛莉が竹刀を打ち鳴らす。


 バシッ


「しーおーん!!」


「や・り・ま・す・よ」


 志恩がそんなやり取りをし、サウナを満喫させられている時、体育館の裏口に5人の男の影。その姿は、志恩の高校とは違う学生服で腰からシャツをはみ出させ、夏の暑さのせいとは違うだらしのない格好。手には竹刀を握り、土足のまま体育館へ入って来るのが伺えた。

 そして、その男達は剣道の練習をしている志恩らの元へ近付いて来る。そんな彼らの前に剣道部の部長が立ち塞がり、声を掛けた。

「なんだお前ら、どこの高校だ?」


 男達はニヤニヤイヤらしい口元で、軽く応えてきた。

「ここが剣道部か?今度の大会の選手はどいつだ?俺達が腕試ししてやるよ」


 部長は「お前ら、今度の対戦相手の生徒だな?」と指を指す。


「そんなこたぁーどーでもいいだろう」

 男達は聞く耳を持たぬと言わんばかりに、ぞろぞろと足を止めない。


「正規の申込み以外、うちは試合を受けていない。帰って貰おう」


 部長は、腕を伸ばして、男達の行く手を遮るが「うるせぇ!どうせ防具着けてる奴は5人しかいないんだから、お前らが選手だろ」と言い放ち、5人が一斉に竹刀を振り上げて襲いかかってきた。


 剣道部4人は相手と上手い立ち回りで、打ち合っている。

 志恩は相手の竹刀をかわすので精一杯で、打ち合うことすら出来ない‥様に見せてかわしていた。


 そのうち、剣道部の先輩に前蹴りを入れて転ばせ、竹刀で打ちのめしているのが志恩の目に入った。


「試合ではなく、反則上等ってことね」

 志恩はそう呟くと、スライディングするように相手の足元へ滑り込み、そのまま足の脛を思い切り打ち抜く。志恩の相手はもんどり打って倒れた。

 志恩はそのまま、他の場所でも素早く足元に潜り込み、次々相手生徒を倒して行った。


 「くそっ、反則だろ!いってぇー」乱入してきた男達が、志恩に打たれた脛を擦りながら不満を溢している。


「お前らが反則言うか」

 猛が呆れたように言い返していた。


「誰か、早く先生達呼んできて」

 女子の剣道部員が周りの生徒に叫んでいる。


「ちっ、お前ら、帰るぞ!いってぇー」

 男達は、脛を擦りながらピョンピョン出口へ逃げていく。


「待ちなさいよ」

 猛は静香の手を引っ張り。

「いや、いい、行かせてしまえ」

「なんで?これって、喧嘩しにきたのと同じでしょ?」

「今、下手に関わって、あることないこと言われでもして、大会出場に何かあったら困るんだ」

「えぇぇ、でもぉ」

「誰も怪我してないようだし問題ないよ。それにしても志恩、凄いな」

「試合では使えないけどね」

「いや、あんな素早い動き、本気で剣道やったら良いところまで行けるんじゃないか」

「それは、お断りします。争い事が嫌いなんで」


 それから2日後、高校生剣道全国大会の当日がやってきた。




 雲ひとつない染み渡った空、暑さには悩まされるが気分は爽快、全国の高校剣士、応援団が続々と集まっていた。


 試合会場は二つの体育館で、男女別々に行われており、志恩達の試合にはまだ時間があるため、志恩は呑気に試合会場の外を散歩していた。

 すると、人気のない横道で壁ドンしている男女。うんうん青春だね、などと志恩が呑気に通り過ぎていると…


「止めて下さい!」


 揉めてる?しかし、この声、聞き覚えがある。


 志恩は声の主が気になり横道に引き返してみると、男の方は何処かの生徒らしく見覚えはないが、声の主と思われる女性には見覚えがある‥どころではない。有森柚木、志恩の大切な友達である。


 志恩は急ぎ側まで行き声を掛ける。

「どうしたの柚木ちゃん、お困りですか?」


 柚木はこちらに振り返り、志恩に気づくと満面の笑みになり。

「あっ志恩くん、この人が急に」


 壁ドン男は、不満そうにこちらを向く。

「おいおい、どいつだ、俺の恋の語らいを邪魔する奴は」


「相手が嫌そうにしてるのは、恋の語らいとは言わないんだよ」

 生意気そうな相手に、志恩は喧嘩腰に言い返す。


「偉そうに、お前この子のなんなんだ?」

 相手の言葉に、志恩は柚木の顔を1度見てから少し考えて応えた。

「う~んそうだな、世間的には彼氏かな」


「えっ?!」

 柚木が思わず声を上げてしまった。


「なに!おいっ柚木、本当か?」

 相手の男は、柚木に詰め寄りながら質問する。


 すると柚木は、驚きの顔からちょっと頬を染めてうつむきかげんに‥「うんっそうだよ。私の彼氏」と小さい声で呟いた。


「はっそうか、こんなひ弱そうなのがね」

 その男子生徒は柚木から離れ志恩の側まで来ると、嘗めるように志恩の全身を見てから「ここに居るってことは、お前は大会選手か?」

と、睨み付けた。


「ああ、そうだ」

 志恩は気負うことなく、普通に応える。


「そうかそうか、お前の高校と名前は?」


「青空ヶ塔高校甲斐志恩だ」


「そうか、俺は静岡代表、海剣高校藤堂剣馬だ。おい、柚木!俺がこの志恩を倒したら俺と付き合ってもらうからな、忘れるなよ」

 一方的に話すと、藤堂は足早に去って行ってしまった。


 その様子を呆気に取られながら眺めていた志恩だったが、ふと、我に帰ると柚木の側へ駆け寄る。

「柚木ちゃん、大丈夫?どうしたの?」


「うん、大丈夫」

「さっきの男とは知り合いだったの?」

「ううぅん知らない。えっとね、最初、入口の場所を聞かれてから、教えてあげたんだけど、そうしたら突然、「剣道大会の選手なんだけど君の名前を教えて」って言われて、関係者ならいいかなって教えちゃったの。そしたら、急に気に入ったから付き合えって、OKするまで逃がさないって迫られてたの」


「あらあら、変な奴に気に入られちゃったって訳だ」

「怖かった。でも志恩くんが来てくれて、本当に助かったよ」

「なんか、話的にああ言った方が、面倒事は俺に向くと思って言っちゃったけど。ごめんね」

「とんでもない!彼氏だなんて言うから、ちょっとドキドキしちゃった」

「ドキドキって…まぁ、早く他の人と合流しよう、貴司や政夫も来てるんでしょ?」

「うん、女子の試合の方が早いから先に会場にいると思う」

「よし、そこまで送ろう」

「はいっ」



  柚木を送り、自分の出番の場所へと志恩は戻った。


「どこいってたんだよ志恩、早く用意しろ。そろそろ試合だぞ」

「悪い、悪い。ちょっと喧嘩売られちゃって」

「どこで、誰にだよ?まったく」

「それがさぁ、静岡代表の藤堂って奴に大会で勝負だー、とか言われちゃってさ」

「はぁ?今、藤堂って言わなかったか?」

「言ったよ、藤堂、えっと、け、け、剣馬だ!藤堂剣馬って言ってたよ」

「おいおい、そいつって、全国大会個人準優勝の奴だぞ」

「あら、それは参ったね」

「おいおい」



 男子剣道部は対戦相手にも恵まれ、1回戦、志恩の大将戦が来るときには、既に4勝しており、2回戦では、なんとか3勝していたので、志恩はただ、上手くやられるだけで済ませるのだった。


 試合を終え待機室に戻ると、猛は清々しい汗を拭いながらメンバーに向かう。

「流石全国、何とかギリギリで勝ててる感じがするがベスト4まで来れたぜ」

「ああ、みんな頑張ってるぜ」

「さっきはわりい、次鋒の俺が負けちまったから、ヒヤヒヤしちまった」


 剣道部員達の頑張りに、志恩は少し気が引けた。

「すいません、先輩、俺って居るだけなんで」


「いや、ここに来れたのも甲斐のおかげだ、ありがとう」

「そうだぜ志恩、ここまで来たら、優勝狙おうぜ!」


 剣道部一同が声を合わせ、気合いを入れる。そして待機室を出ると、そこには女子剣道部員達が来ていた。


 先輩二人は涙を流し、愛莉と静香は涙の跡を残しながら、笑顔で立っていた。


「ごめん、負けちゃった…」

「2回戦まで行ったのは過去最高だよ。胸張っとこ」

 愛莉が悲しそうに言うと、静香が肩を抱いてからお尻を叩いた。


 そんな女子を見かね、猛は元気な振る舞いで「俺達はベスト4だ、次に勝てれば決勝。女子の分も頑張ってくるぜ」とガッツポーズを決め、そんな猛に「うん、みんな頑張ってね」と、愛莉は少し涙目で応えた。


 男子選手を見送り、女子剣道部員と応援に来ている人達は、応援席に到着し、応援の準備をしていた。回りは既にベスト4に残った学校の応援団だけになっており、応援の熱もヒートアップしている。

 柚木は剣道の事はあまり知らず、静香に分からない事を質問していた。


「ねぇ静香ちゃん、次の男子の対戦相手ってどこなの?」

「次は~あっちゃ~。次の相手は、静岡の海剣高校、優勝候補の1つだよ。全国2位の藤堂ってのがいる高校なんだよ。こりゃ不味いかな」

「えっ!その藤堂さんて、そんなに強いの?」

「そうだね、うちのメンバーで敵うのはいないね」


 静香の言葉に俯き加減で柚木は呟いた。

「どーしよー」

「ん?」



 海剣高校の待機場所。

「藤堂、お前は今回副将で行け、そして全員1つ前に移動、先方の鈴木は大将だ」

「先生、俺は嫌です。大将の甲斐とやります」

「大将の甲斐はお飾りだ、そんなの分かるだろう」

「分かりますが分かりません。他の試合なら、何でも従いますが、今回の青空ヶ塔高校戦は絶対譲りません」

「お前がそんなに言うのは珍しいな、そんなに甲斐は強いのか?」

「そうかも知れませんね」

「わかった、お前がそこまで言うなら、行ってこい」

「ありがとうございます」


 ふっ、甲斐、大衆の面前で大恥かかせてやる。




 そしてついに、志恩達剣道部の準決勝が始まった。


 まず、先鋒戦は1年同士の戦い。ギリギリのところで青空ヶ塔高校に軍配が上がった。


 次鋒戦は猛が行き、迎えるは2年生。

 途中までは接戦だったのだが最後に油断が出来てしまい、敗れてしまう。

「すいません、先輩。油断したつもりは無かったんですが」

「仕方ない、相手は手練れの2年生だ。相手の隙を突くのは得意な選手だ」

「次は俺が前の試合の屈辱を晴らしてくるから、待ってろ」

「先輩!宜しくお願いします」


 猛の背中を叩き、2年剣道部の中野が竹刀を握った。


 そして中野の中堅戦は、粘りに粘り、何とか勝ちをもぎ取ることが出来た。

 そして副将戦、これに勝てば志恩の大将戦を待たずして、決勝進出を決めることが出来る。



 しかし…


「すまん、まさかあそこまで強いとは‥」


 副将戦は、ストレートで一本負けに終わってしまった。

 海剣高校も優勝候補として、初出場高に副将戦で決められる訳にはいかず、スタートから全力で襲いかかって来たのだった。


「次は藤堂か。甲斐、怪我はしないようにな。まだ3位決定戦があるんだからな、無理するな」

「志恩、すまん俺が負けたばっかりに、次は勝つから無理せず頑張って来てくれ」


 志恩は試合場に出ると2階の観覧席を見上げる。

 そこには女子剣道部、そして応援団の人達が志恩を一点に見つめていた。


 すると突然、愛莉と静香が手摺から乗り出し、志恩に叫んだ!


「こらーしおーん!ぜっーーたいかてーーー!!」

「志恩、柚木ちゃんと私達の為に、勝って」

「志恩、柚木ちゃんから聞いたぞ!そんな不埒なスケベ、ギッタンギッタンにしてやれ!!」


 そこに柚木ちゃんも顔を出し「ごめんね、志恩くん、私の事は気にしないでいいから、怪我しないで」とか細い声を掛けてきた。


 ーーしょうがないな…


 志恩は、試合場の端に立つ剣道部部長に向き直り。

「石崎先輩、お願いがあります」

「どうした?」

「これから、何が起きても、俺が剣道をするのはこの大会が最後だと約束してください」

「そうだな、今回は無理矢理だったから、いい想い出もないだろうからな。わかったよ、ありがとうな甲斐」

「志恩、怪我するなよ」


 ピィーー


「青空ヶ塔高校、早くしなさい」


「はい」

 志恩は防具を装備して、竹刀を握り締めた。


 試合場に上がりセンターラインで藤堂と向かい合う志恩。

「おい、甲斐。無様な姿を柚木や大衆に見せてやるよ」

 志恩は今までとは違う、落ち着いた鋭い声で言い返す。

「試合が終わってから言いな」


 

 体育館ホールは、両高校の声援が飛び交い、物凄い熱気に包まれていた。


 志恩と藤堂が試合場に登り、多くの声援を体に受け向き合うと、竹刀を構える。

 一瞬の静寂が訪れる中、審判の手が降りる。


「はじめ!」





「どぉーーーーーお!!」

 ホールが一瞬、静けさに包まれた。

 誰もが驚き、固唾を飲んだ。

「一本っ」






 藤堂はわざと志恩に決定打を与えないようにして、体を打ちのめすつもりでいた。お前が素人なのは、とっくにバレてるんだよ、と志恩を嘗めていたのだ。


 試合が始まると、藤堂は飛び込み面。志恩の耳から肩にかけて、強力な1打をお見舞いする…

 つもりだったのだが、志恩は紙一重でその攻撃をかわし藤堂が自分の横を通り抜ける寸前、バックステップして藤堂の肩を「面」と強打する。


「無効」


 竹刀の強打に藤堂の顔が歪む。


「うぉぉぉぉおおおお」

 藤堂は顔を赤くし、雄叫びを上げると、志恩へ乱舞する。しかし志恩は全ての攻撃をかすらせる事すら許さい。志恩にしてみれば、異世界の真剣での闘いで有効打にならないからと言って、剣や武器を体で受けるなど死を意味する。

 そして、巨大な敵を相手にしたときは、体を少しずつ切り刻み体力を削っていくなど常套手段である。

 そんな志恩に同じような手など通用するはずもない。


 それに、魔物や盗賊などの人間を志恩は切り殺している。

 それに対して、虫もろくに殺したことのない剣など志恩にとっては子供との練習試合でしかなかった。


 相手の竹刀をかわす度に、志恩は面や胴の有効打ではない場所へ、あたかも仕損じているかの如く藤堂の体を切り裂いていった。


 そして、1本目は時間切れで引き分け。


 2本目も時間切れで引き分け。


 そして、最後の3本目。


 藤堂は肩で息をし、満身創痍である。

 体には胴着を脱がないと見えない(あざ)が無数に存在し、それでも全国2位の意地なのか、一心不乱に竹刀を振り回す。ここまですれば2度と悪さはしないだろう。観客も、藤堂の哀れな姿を呆然と眺める。


 志恩は最後に藤堂との鍔迫り合いに持ち込み、力強く押し込み、自分も後ろに下がった。


 二人の距離が大人1人分程開いた瞬間、藤堂の目には志恩がその場から消えたかの様に映っただろう。

 志恩は素早い踏み込みで藤堂の左側をすり抜け、竹刀で胴体を切り裂いたかの如く、切り抜いた!!


「どぉーーーーーおぉぉぉ」


 と、声に乗せて。


 今の光景を観ていた観客や選手、審判達には、一瞬、本当に胴体を切り裂いたかの如く、目に映ったのだろう…



 藤堂は、その場に膝を着き前のめり倒れた。


 会場が静けさに包まれたとき。


「一本」の声が響き渡る。


 そして会場は、称賛の拍手や歓声に包まれた‥




 志恩が自分の陣営に戻ると、剣道部員4人は雁首揃えて何時までも立ち尽くす。


「かっ甲斐、お前は何者だ?」

 部長の第一声に志恩は頭をかきながら笑う。

「ただの後輩じゃないですか!ハハハ」


「お前が入れば、これから全国制覇も夢じゃないぞ」

 震える先輩の声に志恩は静かに答えた。

「先輩、約束したでしょ、この大会が最後ですからって」



 志恩が観客席を見上げると、満面の笑みで3人の美女が微笑んでいた。

 愛莉、静香、そして柚木などは、泣いて喜んでいる。




 こうして、夏の剣道全国大会は幕を閉じたのだった‥







 ん? 途中!


 そうそう、我ら剣道部は準優勝で終わった。

 決勝戦、善戦虚しく副将戦までストレート負けを記し、大将戦は相手選手の棄権により、志恩の不戦勝で終わった。


 猛達には散々突っ込まれたが、昔ちょっと鍛えてたと言って、あとは誤魔化している。


 柚木には抱き付いて感謝され、愛莉に細かい釈明を要求された…



 余談だが、藤堂はあのあと審判に起こされた時、試合場の真ん中で嘔吐してしまい、ゲロッターとあだ名が付いてしまったらしい。

 もう、剣道で女の子は口説けないね。



 こうして、志恩の夏の部活動は幕を閉じるのであった‥






次回は、遅れたお盆で田舎で事件です。

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