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2週目突入・ブラックな事情

 月曜日……もうずっと前から通ってる様な錯覚も覚える程慣れた職場で、朝掃除をする。やっぱりできるだけこの習慣続けた方がいいな。……私が掃除しないと誰も掃除しないし、衛生的に耐えられない。


 今週も相変わらず写真のスキャンと、データ入れ込みの仕事が続く。さらに新しい仕事も頼まれるようになった。


「古谷さん、この原稿届けてもらえる? その後帰りがけにお昼食べてきていいから」


 原稿と名刺を渡された。この名刺の人に届ける……という事らしい。原稿の入稿は色々あって、印刷所の人が取りにきたり、こちらから渡しに行ったり、バイク便で送ったり。


「古谷が届けてくれるなら、ほんと助かる。徹夜明けで電車乗ると、立ってても寝過ごしそうだったからな……」


 先輩の溜息に納得。私も終電帰りの時、どんなに疲れてても座らない事にしている。寝過ごしそうで怖いからだ。こんなささやかなお手伝いでも、役にたつ事が増えるのが嬉しい。

 原稿を届ける時ちょっと緊張した。初めて取引先の人に一人で会うのだから。でも……拍子抜けする程あっさり終わって、久しぶりにマックで食事した。職場の近くにマックがないから。

 学生時代はマックによく行ってたのに、もうずいぶん昔の事みたいに思える。狩野さんや先輩に、青山近辺のおしゃれな店で、美味しいもの奢ってもらえるし、なんだか遠くにきたな。これも社会人になったって事かな。


「ただいま戻りました」

「お疲れさま。仕事の続きだね。15時に来客があるから、お茶だしもお願いね。軽く挨拶するだけだから」


 おおう……今日二度目の取引先との顔合わせ。といっても、打ち合わせは狩野さんがするんだし、私はやっぱりたいした仕事じゃないよね。

 15時に編集さんがやってきて、私はお茶出しをする時に軽く挨拶した。すぐに編集さんは狩野さんとの雑談に戻って私に興味をなくしたみたい。

 ほっとしつつデスクに戻って仕事を続ける。私のデスクの左側にソファ席があるので、横目でチラ見すると打ち合わせの様子がわかる。

 和やかに雑談をして盛り上げつつ、仕事の話はてきぱきと、でも相手を不快にさせない物腰の柔らかさ。狩野さんはやっぱり凄いな。


「今回の特集はこういう感じにしたいんですよね」


 編集さんがそう言いながら何かの雑誌を取り出して狩野さんに見せてた。


「良いですね。今回は少し大人っぽく綺麗めな路線……ですか?」

「はい、そういう感じで」


「では……これと同じ様なデザインと、念のためもう一つこちらでもデザインを考えますので、出来上がったら比較して検討お願い致します」

「わかりました。それでお願いします」


 打ち合わせが終わって編集さんが帰ったら、狩野さんと先輩がソファ席のテーブルに原稿を並べ、それを見ながら相談してた。


「じゃあ……今回も伊勢崎君にデザイン任せるね」

「わかりました。……それ、どうします?」


 編集さんの持ってきた雑誌を見つつ、先輩はちょっと顔をしかめた。


「私がやるよ。没になるとわかってても、手は抜けないしね」


 思わず私は振り向いた。没になるってわかってて作るってどういう事? 私の驚きに気がついた狩野さんが説明してくれた。


「この雑誌のデザイン。どう思う?」


 見せられて素直に綺麗だな……と思った。大きく引き延ばされた、夕焼けに染まる海とオシャレな建物の写真。そこにシンプルに上品な文字が配置されている。良いデザインだと思う。


「そのデザインは写真がとても良いから、文字をシンプルにした方がぐっと引き立つんだ」

「だけど用意されたこの写真。悪すぎ。とてもそんな大きさに引き延ばし耐えられない。文字がシンプルな分ごまかしできないし。予算なくてプロのカメラマン連れて行けなかったんですかね」

「そうだろうね。自分で撮ったんだろうね。今はどこも予算厳しいから」


 な……なるほど。用意された素材が悪すぎたらどうしようもできない。


「でも……それならどうしてそれ、打ち合わせの時言わないんですか?」


 2人はちょっとだけ困った顔で目線を合わせて溜息をつく。


「この写真でこのデザインは無理って……気づく様な人なら最初からそんな提案しないよ。こちらが説明しても納得してもらえない。機嫌を損ねるだけだね」


 それから狩野さんはいつもうちが作ってる雑誌を持ってきて、奥付の所を見せた。


「出版会社はここになってる。でもこのシリーズすごい沢山発行してるでしょう? 制作はほとんど外部の編集プロダクションに外注してるんだ。そしてその編集プロダクションがうちにデザインだけ外注している。孫請けって……事だね。編集さんは仕事のパートナーでもあるけど、仕事をもらってる相手だから、機嫌を損ねて仕事を回してもらえなくならないように、気をつけないといけない」


 なるほど。取引先との力関係が私にも飲み込めた。相手の機嫌を損ねない為に、没になるデザインをわざわざ作り、それと一緒に本命のデザインを見せて選ばせる。

 没になるとわかってても手は抜けないと言ってたし、ちゃんと時間かけて作るんだろうな。それでも無駄な仕事だ。大人の事情って解ってもせつない。

 私が大量の写真をスキャンしても、使われるのはごく一部。最初から編集さんが写真を絞って選んでくれてたら、スキャンする量も減るし、時間も短縮できる。編集さんの都合でどんどんうちの仕事は増えて行く。

 うちが弱小だから仕方が無いのかもしれないけど、ブラックな仕事になるのは、うちが悪いんじゃなくて、取引先の問題なんだな。

 まあ……編集さんって、一口に言っても色々な人がいるけど。篠原さんの原稿は、無駄が無くてすっきりしてわかりやすいし。そういう人ばっかりだったら、もっと楽なのにな。


 2週目は仕事に慣れてきたのもあって余裕がでてきた。私の教育に時間をかける為に、余裕のあるスケジュールを組んでたみたいだけど、私の飲み込みが狩野さんの予想以上だったみたいで、今週は割とのんびりできた。

 仕事も8時くらいで皆終われたし、楽だったな。

 新しく解った事といったら、狩野さんは二日に一度はコンビニでアメリカンドックを食べ、先輩はスイーツの中でもチョコが一番好きで、自分の引き出しにチョコの備蓄を用意している事くらい。


「時間もできたし、金曜の夜に古谷さんの歓迎会しようか」


 や、やったー。飲み会とか初めてだ。今まで時間に追われて夜はのんびり食事できなかったけど、飲み会なら色々おしゃべりできるよね。私はそんなにお酒を飲まないけど、嫌いじゃないし、イケメン2人と飲みというのは役得だ。狩野さんはおしゃべり上手だし、先輩は可愛いし。


「じゃあ……伊瀬谷君。鳥澄の予約しておいてくれる?」


 それを聞いて先輩が明らかに動揺したように、大きく椅子の音をたてた。


「わ……わかりました」


 なんだろう? よくないお店なのかな? 鳥って……事は、焼き鳥屋さん? サラリーマンのオジさんが行く様な、古くて小汚い店を想像してちょっとがっかりした。

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