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初めての休日出勤

 いつもより少し遅く起きて、窓を開けると良い天気だった。


「もう……春なんだよね」


 こんなに良い天気だと休日にお出かけ……とかしたいけど、今日も仕事だ。頑張ろう。

 いつもの定時より1時間遅く会社に到着。今日も一番乗りで軽く掃除をした。無理しなくて良いとは言われるけど、綺麗な職場で働く方が私も気持ちがよいから。


「おはよう。古谷。掃除ありがとな」

「おはようございます、先輩」

「おはよう。ああ……古谷さん掃除ありがとう。とても助かるよ」

「おはようございます。狩野さん」


 掃除して当たり前……と思わず2人ともちゃんと感謝の言葉をくれる。それって意外と大変な事だ。私なんかお母さんがご飯作ってくれるの当たり前……って感じで改めてお礼とかあんまり言わないし。せめて初給料で何か美味しいお土産でも買って帰ろうかな。


 会社としては休み扱いなので、取引先からの電話も、打ち合わせも、入稿も無い。いつもより穏やかで静かな休日出勤。なんとなく職場の空気も緩くて、仕事しながらの雑談も弾む。


「今日もよい天気だね。仕事放り出して出かけたくなっちゃうような」

「わかります。春ですし、ウキウキしますよね」

「俺はでかけるより日当りよい所で寝たい」


 ひなたぼっこしながら寝てる先輩を想像したら微笑ましい。


「今日はランチのついでに桜を見に行こうか……」


 思わず聞き逃しそうな程、掠れた狩野さんの呟きに、私は思わず振り向いた。


「え……いいんですか!」


 通勤途中の電車から眺める桜並木の光景。遠くから眺めるだけで、今年は花見なんてする余裕ないって、諦めてたから凄い嬉しい。

 なぜか先輩が小さく溜息を落として呟く。


「この近くに桜の名所があるんだ。……まあちょっと覗くだけな」


 青山に桜の名所なんてあったんだ。知らなかった。どんな所かな……と気になって仕方が無い。ランチの時間を楽しみに気分よく仕事を続けた。


 確かに桜は綺麗だった。まっすぐに続く道の両脇に桜並木がずらっと並ぶ。ちょうど見頃の満開の桜から、風に舞う様に花びらが降り注ぐ。

 でも……右を見ても墓石、左を見ても墓石。ここは墓地のど真ん中。


「青山霊園の桜も綺麗でしょ。意外と穴場だよね」


 意外すぎます。穴場な理由は考えなくてもわかります。明るい昼間だからいいけど、夜桜見物とか絶対したくない。


「もっと驚く物があそこにあるぞ」


 先輩に連れられて道を進むと愕然とした。霊園内の桜並木の下。たこ焼きや焼きそばの出店が並んでる。椅子やテーブルも少しあるが足りないようで、出店で買った料理を、誰かの墓石前の段差に座って食べる人達がちらほら。

 ちょっと待ってそこのOL風のお姉さん達、人様の墓石にお尻向けて座りながら、和やかに手作りっぽいお弁当食べるって、おかしいよね? 見知らぬ他人の墓の前で堂々と食事ってありなのか? ありなのか?


「俺も初めて見た時唖然とした」

「今日のランチここにする?」


 狩野さんの提案は、丁重にお断りした。


 桜並木に背を向けてランチへ向かう。霊園に入る時は、墓地って気味が悪いなってちょっと怖かったけど、さっきの和やかにお昼を食べる人達を見たら、怖さなんてなくなった。

 冷静な頭で改めてのんびり墓石を眺めながら歩くと、色々な事に気がつく。初めて霊園って来たけど不思議な所だな……と、思わず立ち止まって凝視してしまう。


「どうしたの? 古谷さん」

「いえ……お寺の墓地にある、普通のお墓の隣に、十字架のお墓があるなって」

「ああ……十字架って事はクリスチャンかな?」

「他にも、記念碑みたいなのとか、見た事も無いような不思議な形の墓とか。なんだか個性ありすぎっていうか……」


 今まで墓地なんて、皆同じ様な墓石がずらっと並んでて、自分の家の墓がどこだか解らなくなっちゃう様な、そんな没個性のイメージだったのに。随分印象が違う。

 前を歩いていた狩野さんが、私の隣にまで来て微笑を浮かべる。


「霊園ってね、宗教を問わないんだ。だから仏式の隣にキリスト教式があったり、故人を讃える記念碑があったり、宗教を無視してオリジナリティのある墓石だったり」

「墓石も一つの個性……デザインなんでしょうか? こうやって色んな個性を見ると、墓地ってひとくくりにしてはいけない気がして……」


 そうやって話をしながら歩いていたら、狩野さんは後ろを向いて立ち止まった。男の人らしい大きな背中だけしか見えなくて、何を考えているのわからない。どうしたんだろう?

 私も一緒に立ち止まって、墓地をぐるりと見渡す。区画は綺麗に整備されてるのに、墓石の統一感のなさが無秩序で、墓石の形一つ一つに故人の人柄が現れている気がして……だから気づいてしまった。


「当たり前ですけど、ここにある墓の数だけ、人が眠ってるんだなって感じがしますね」

「そうだね……ここに人が眠ってるんだね」


 ぽつりと呟いた、狩野さんの背が震えた気がした。 

 遠くから風に運ばれてきた桜の花びらが、私と狩野さんの間を分け隔て、まるで二人を引き裂いてる様な、そんな不思議な気持ち。

 狩野さんが遠くに行ってしまいそうな、今にも消えてしまいそうな、そんな不安を感じ、声をかけようとして……先輩に肩を叩かれた。


「古谷どうしたんだ? 立ち止まって。狩野さんもどうかしたんですか?」


 狩野さんはくるっと振り向いて、笑顔で「なんでもないよ」と言った。また風が桜の花びらを運んできて、3人の間を飛び回る。私達の間に何も隔ては無い。気のせいだって思った。


 それでやってきたのは家庭的な雰囲気の洋食屋。ちょっと古いけど、カントリー調のテーブルクロスや、棚に飾られた小物類が可愛い。今日は天気も良いし、店外席に座った。優しい春風が心地よい。

 まあ……目の前の景色は墓地なんだけどね。墓地の隣にある店だから。遠くに墓地の桜が見える所はそこはかとなく花見気分?

 メニューは何にしようかな。ハンバーグセット、パスタセット、オムライスセット……。


「石焼ビビンバ! なんでここに?」

「なぜかは解らないが美味い」


 美味しいんだ……じゃあそれにしよう。ビビンバ美味しいよね。ちなみに狩野さんはハンバーグセットのライス大盛り。先輩はパスタセットにチョコレートケーキとチーズケーキ。肉とスイーツ。うん、本当ぶれないなこの2人。


「今日は早く帰りたいね」

「あ……明日も仕事だったり……」

「安心してね。明日は休みだよ」


 その言葉にほっとした。先輩は相変わらずスイーツに夢中なようだ。狩野さんの豪快な食べっぷりも見てて気持ちがよい。

 春の麗らかな陽気の下で、墓地を眺めながら、カントリー調の洋食屋で食べる石焼ビビンバは美味しかった。イケメン2人との会話も楽しかった。でも……何かおかしいよね、この組み合わせ。



「古谷さん。今日はこの後、報告や質問は私にしてもらえるかな?」

「は、はい……?」


 先輩が教育係だから……と、できるだけ狩野さんに聞かないように言われてたのに、なんでだろう? デスクに座る先輩を見ると、ヘッドフォンを付けて、複数の雑誌や原稿を見ながら、紙にラフを書いている。


「伊勢崎君、今デザインを考えてる所だから集中させてあげたいんだ。彼、音楽聞きながらの方が集中できるんだって。今日は休みで電話もないしね」


 なるほど。私も学生時代の課題作成中音楽をかけてたな。JPOPだったけど。先輩は何を聞いてるんだろう?


「古谷さんも何か音楽を聞く?」


 今まで気づいてなかったが、本棚の横にCDコンポと何枚かCDが並んでる。


「何のCDがあるんですか?」

「ジャズやクラシックかな……」


 大人だ……さすが、かっこいい。


「ああ……ヒーリング系のCDもあるけど」


 ヒーリング系って……どんなのだろう。試しにかけてみた。水のせせらぎ、鈴の音、風が吹いた様な爽やかな音。音楽ではなくそんな綺麗な音がゆったりとしたテンポで流れて行く。

 これは……確かに癒される。癒されるけど……ランチでお腹いっぱい満たされた所でこれ聞くと異様に眠い。


「CD変えていいですか」

「どうぞ」


 ジャズはよくわからない。クラシックも曲は知らないが、モーツァルトって名前くらいは知ってるから、適当にかけてみた。どこかで聞いた事ある様な軽やかな音楽が流れる。うん、これなら大丈夫だ。仕事しよう。

 音楽が流れる中、リラックスしつつだと意外と仕事が捗った。最近残業続きで疲れがたまってピリピリしてたから、少し緩んだ方が能率も良いのかもしれない。

 狩野さんも今日はいつもより煙草休憩の回数が多い。

 のんびり仕事できるなんて……休日出勤って素晴らしい! と感動しかけて気づく。休みの日に仕事してて嬉しいなんて、社畜度があがってるな、私。


 意外と捗ったので頼まれてた仕事が終わった。さてどうしよう。狩野さんは煙草休憩中でいない。先輩は相変わらずヘッドフォンをつけつつ作業中。狩野さんはすぐ戻ってくると思うし待とう。

 先輩ってどんな曲聞きながら仕事してるのかな……と好奇心で覗き見したら吹いた。


 ポッキーを口に加え、音楽に乗ってるのか頭をゆらしながら鼻歌歌いそうな勢いで、PCに向かって製作中。すごく無防備で可愛い。ここで声をかけたらびっくりして恥ずかしがるんだろうな。


「伊瀬谷君って可愛いよね」


 先輩に見蕩れてて狩野さんが戻って来たのに気づかなかった。


「そ……そうですね。いつもこんな感じでデザインを?」

「平日の日中は色々あって集中できないから、夜や休みの日にこんな感じ。最近のうちのデザインの7割は伊瀬谷君が作ってるんだよ。彼が頑張ってくれるおかげで、私は他の仕事ができるからとても助かってるんだ」


 知らなかった。先輩この前は、もっと狩野さんの仕事手伝いたいって言ってたのに、狩野さんの気持ち気づいてないのかな?


「それ……先輩に言わないんですか?」

「言ってるよ。でも……私が言うと、気を使って褒めてると思われるみたいなんだよね」


 困ったように苦笑する狩野さんに納得。日頃から愛想が良くて褒め上手だけど、それがこういう裏目に出る事があるんだ。


「古谷さん、仕事終わったの?」


 言われて慌てた。うっかりのんびり雑談してたけど、仕事の報告しなきゃ。狩野さんにチェックしてもらって問題なくOKがでた。篠原さんの原稿はこれで最後らしい。一山超えて一安心。


「じゃあ……次はこちらをやってくれるかな?」


 渡された分厚い封筒に嫌な予感。中を空けて気がついた。ああ……あの纏まってない大量の写真と、暗号の様な手書き文字の門倉さん。


「解らない所色々でてくると思うから気軽に声かけてね。今日は時間あるけど、週明けはあまり時間ないかもしれないから」


 原稿をチェック。予想通り解りづらい。蛍光ペンとかあんまり使わず、汚い殴り書きの指示多数……それに。


「あの……1Pあたりの写真の点数が異様に多いんですけど」

「ああ……それ全部入れてページの横に置いておいて。レイアウトする時に、こっちで選ぶから」


 使わない写真まで大量にスキャンしてたのか。せめてどれ使うかくらい選んでおいて欲しい。


「あの……文字原稿が多すぎて、1Pに収まりきらないんですけど」

「ああ……彼、文章量の計算できないからね。よくあるよくある。気にせずページの外にはみ出た状態で入れておいて」


 よくあるのか。これどうやってレイアウトして収めるんだろう。魔法だ。


 門倉さんの原稿と格闘しながらその日の仕事は終わった。

 日曜日は半分寝て過ごし、少しだけ自宅で勉強した。外出する気力も無い。長い1週間だったな。

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