狩野さんの意外な趣味
私のカラオケ、先輩の料理……と意外な趣味? が解った所で。
「狩野さんの趣味ってなんですか?」
カラオケが音痴なのは予想外だったけど、大抵の事は何でも上手にこなせそうな狩野さん。どんな特技があるのかと、ワクワクしてしまう。
「趣味……か。子供の頃から絵を描くのが好きだったけど、もうそれは仕事だしね」
デザインの仕事を選ぶくらいだから、だいたい皆、子供の頃から絵を描くのが得意だったり好きだったり、それはこの業界では当たり前で趣味とは言いづらい。
「最近運転しないけど、昔はドライブ好きだったかな……」
ドライブというのは、男の人らしくてカッコいい趣味だ。とても狩野さんに似合うな……と思った所で先輩がぽつりと。
「かっこよさそうな趣味を言って、ごまかそうとしてません?」
「……」
たまに感が鋭い先輩の予想的中か。流石狩野さん狡い。自分の趣味を隠そうとして他の事でごまかそうとするとは。そこまで隠したがる趣味が逆に知りたい。
私が期待の目でじーっと狩野さんを見つめると、とても恥ずかしそうに顔をそむけ、今にも消え入りそうな声でぽつり……と。
「……ジブリ映画鑑賞」
ぶばっ! 思わず吹いた。可愛い。ギャップ萌え。まさかのアニメオタク?
「アニメ好きなんですか? ディズニーシーはあまり興味なさそうでしたけど」
「アメリカ人の感性は、私にはよくわからないよ。ジブリが最高だね」
ジブリ限定なんだ。一度狩野さんの家にお邪魔したけど、ジブリグッズは見当たらなかったな……隠してたのかな?
「本当は三鷹の美術館行きたいんだけど、あそこ完全予約制でチケット取りづらいし。期間限定の大人のネコバス乗りたかったな」
とても残念そうに呟くその姿が、可愛すぎて爆笑だ。だって……狩野さんがネコバスに乗って大喜びする姿を想像しただけで可愛い。
家にはジブリ作品のDVD全部揃ってて、時間があれば新作は映画館に見に行くとか。もしやいつも一人で自宅で、トトロを見てるのかな……もう想像しただけで可愛くて可愛くて。
私の反応を見て、恥ずかしくていたたまれない……という風情で私に背を向ける。
「だから言いたくなかったんだ。良い年をしたオジさんが……こんな趣味はね」
「そ、そんな事ないです。ジブリは日本の宝ですよ。私も好きです」
くるっと振り向いて、とても良い笑顔で「だよね」という姿が、本当にジブリ好きなんだな……という感じがして可愛い。
聞けば最初はジブリに入りたくて、美大に進学したけど、アニメーターになれる程イラストの才能がないって諦めて、デザイン業界に就職したらしい。今これだけバリバリ仕事できてるし、適材適所なんだろうけど……。狩野さんが可愛すぎて悶える。
「自分では絵が上手いつもりで美大に入ったけど……現実甘くないよね」
「わかります! 私も最初イラストレーター志望で専門学校に入って、でも周りが絵が上手過ぎてイラストで仕事していけないって思って、デザインの授業を優先して選択したので」
「早めに自分の才能に気づいて、頭を切り替えられた古谷さんは凄いと思うよ。美大より専門学校の方が短期間だしね」
高校時代に他の人より絵が上手いって褒められて、そこそこ自分で描けるつもりで進学する。でも美大もデザイン系専門学校も、絵が上手いと思ってる人が集まる学校だから、当然レベルが違って、それで最初に自信喪失するんだよね。
中学で学校トップクラスの成績だからって、進学校の高校に入ったら授業について行けなくてドロップアウト……みたいな感じで挫折して学校辞めちゃう人も結構いる。
「私より古谷さんの方が絵の才能あると思うな。専門学校じゃなく美大でじっくり勉強してたら、もっとぐっと伸びたかもしれないね」
「そ……そうですか? 私、デッサンの授業それほど得意でもなかったので、美大の受験通らなさそうですけど」
「デッサンって訓練だから、美大の受験するなら絵の塾に通う人多いし、勉強しだいだと思うよ」
先輩が羨ましそうに、私達を見つめてる。
「俺……まったく絵の才能ないしな……。高校時代、美術部で頑張ったけど、一番絵が下手だったし。デッサンの試験とか絶対無理だから、試験の無い専門行った」
「デッサンができなくても、先輩のデザイン素敵ですし、いいじゃないですか。努力でそこまで実力を身につけるほうがカッコいいですよ」
私にフォローされて、ちょっと嬉しそうな先輩が可愛い。絵を書くのが苦手なのに、デザインの仕事目指す方が珍しい気もする。イラストが書けるかどうかと、美的センスは一致しないんだな。
「最近はデザインの仕事、だいぶ伊瀬谷君に任せっきりだし、私より伊瀬谷君の方が上手いんじゃないかな」
「そんな事ないです。狩野さん。俺……まだ狩野さんのチェックでダメだしされる事多いし」
「見栄えの美しさなら十分できてるよ。後はクライアントの要望とか、大人の事情を考慮できるかどうか。打ち合わせは私がほとんどやってるから、編集さんの意図が掴めないんじゃないかな。今後打ち合わせを自分でやる事増えたら、チェック無しに伊瀬谷君一人に任せても良いと思うよ」
褒められて先輩照れ隠しに俯いてる。可愛い。俯きながら「俺何てまだまだダメで……」と呟いてる。先輩ってなぜか自己評価低いんだよね。
狩野さんは褒め上手だけど、今の言葉はお世辞じゃないんだろうな……と思った。私の目で見ても先輩のデザインって凄いなって思うもん。綺麗なの、可愛いの、かっこいいの、渋いの。幅広いレパートリーで、どれもセンス良い。
私が入社したての頃は、私の質問とかで仕事の手が止まって、デザインを考えるのに時間がかかってたみたいだけど、最近は私の質問に答えながらも、出来上がるのが早くなった。打ち合わせも少しづつ増えてデザインの仕事に使える時間も減ってるはずなのに、どんどんデザインができあがってく。
私が新人でデザイン考えるのに時間がかかってるのもあるけど、先輩が新しい仕事に取りかかって、できあがるまでの早さって驚く程早くて、先輩に追いつける日が来るのかな……って不安になるくらい。
先輩ぐんぐん自分が成長してる事、気づいてないんじゃないかな。
ちなみに狩野さんが、さらさらっと描いたトトロやネコバスが激ウマで、子供の頃からずっと描いてたんだな……というのがよくわかった。
これも意外な特技かもしれない。
狩野さんに今度ネコバスグッズとかプレゼントしてみようかな。すっごい恥ずかしがりながら、影でこっそり喜んでたら悶える。
狩野さんだけ4年の美大卒。伊瀬谷君と萌は2年の専門卒。
学校でしっかり基礎固めした狩野さんの方がオールラウンダーだけど、自分の得意分野に特化して集中して勉強し、早い段階で社会に出て現場で揉まれた伊瀬谷君と萌は、得意分野では狩野さんの上をいく。




