伊瀬谷君の意外な趣味
修羅場も過ぎて、仕事も落ち着いて、久しぶりの二連休にわくわくする週末。金曜は軽く飲んで帰って、3人とも土日はのんびり休みたいね……と話してた時。
「伊瀬谷君。月曜日に頼むよ。久しぶりに、アレ」
「……まあ、時間あるし、俺も好きですし、いいですけど……」
ちらっと私を見て照れつつ頷く。アレってなんだろう? 狩野さんは上機嫌だけど教えてくれないし、先輩も月曜まで待てって言うし。気になるな……。
空けて月曜日のランチタイム。お昼の買い出しか、それとも今日はそんなに忙しくないしランチにでかけるのか……三人でランチ食べに行くの、楽しいんだよね……とそわそわしてたら。
「今日のランチは弁当な。俺の」
「へ?」
そういえば先輩がいつもより、随分大きなバックを持ってきたな……と思ったけど。バックの中からたくさんのタッパーが、どんどん出てくる。
「せめて……電子レンジが欲しいな。温める様に」
そう……この職場には電子レンジがない。キッチンにスペースが無いというのもあるのだけど、ブレーカー落ちが怖いのが大きい。
築37年の年期が入ったワンルームマンションに、パソコン3台、大型コピー機とモノクロレーザープリンターとスキャナーと……他にも色々電子機器満載。万が一電子レンジ使用で、ブレーカー落ちしてパソコンダウンとかなったら怖いから使うの辞めようって。
忙しくてコンビニ行けない時は、冷たい常備食をひたすら食べ続けるわけで、唯一の温もりがインスタントコーヒーかカップラーメンってところが、もう泣ける。未だに調理器具がやかんしかないのが……せつない。他の調理器具あっても使う暇もないから、買わないのだけど。
先輩が電子レンジが無い事を嘆きながら、空けたタッパー。筑前煮、かぼちゃの煮物、にんじんとごぼうのきんぴら、里芋のにっころがし、ひじきの煮物……と、次々とでてくる、おふくろの味。
「今日はアドボもどきないの?」
「……茹で卵と手羽元だけを酢や醤油で煮込んだあの煮物……ですか? 狩野さん野菜食べなさすぎだから、野菜多いメニューしか作りませんでした」
とても残念そうに「好物なのにな……」と狩野さんが呟く。流石肉食系狩野さん。そして狩野さんの野菜不足を心配する先輩も流石。これだけ野菜の煮物いっぱいだと、栄養満点って感じがするよね。
「作った……って、まさか……これ全部先輩が作ったんですか?」
「そうだな。料理するのは好きなんだけど、普段時間が無くて作れなくて。たまの休みに作りだめ。煮物にして冷凍庫に入れておけば長期保存できるし、野菜不足を補える」
温めた方が美味いのに……と残念そうに呟くが、冷めててもとても美味しそうだ。恐る恐る筑前煮に手を伸ばしてぱくり。
「こ……これ、お母さんが作るのより、美味しいんですけど」
「だよね。すごいよね。伊瀬谷君、良いお嫁さんになりそうだよね」
「俺……男なんで、嬉しくないです、その言葉」
煮物って冷めててもこんなに美味しいんだ……と実感する驚きの美味しさ。しかも作ったのがこのイケメン……と思うと、さらに美味しさ2倍マシ。うわ……本当に先輩と結婚する人、絶対幸せだよね。この料理で胃袋掴めそう。
聞けば私が来る前は時々作って持ってきてたらしいけど、私が入社してからは私の教育や仕事の忙しさで余裕が無くて持って来なかったと。う……ん。仕事以外でも結構ゴタゴタしてたし、三人仲良く仕事できるようになって、地獄の年末年始も終わって、やっと一息つけたからかも。
ああ……こういうご褒美がたまにあると思えば、社畜も悪くないって思っちゃう。
煮物以外も色々作れるけど、普段は野菜たっぷりの煮物1品を大きな鍋いっぱいにどさっと作って、何日もかけて食べ続ける……というパターン。それで一番煮物が慣れているらしい。
狩野さんは野菜ばかりの割に、嬉しそうにガツガツ食べてる。その勢いに、早く食べないとなくなりそう! と慌てたら、先輩が全種類私の分をキープで取り分けてくれた。ありがたい。
「久しぶりに作ったけど楽しかった。市販の総菜の煮物は甘すぎるし、食べ慣れた味ってほっとするしな」
先輩も機嫌良さげに食べてる。料理を作るのが本当に好きなんだな。
「先輩……料理作るの好きなんですか? 面倒だったりしません?」
「ん……まあ、忙しい時は面倒だけど……似てるんだよ。なんか。料理とデザインって。素材を生かしてどうアレンジするか、出来上がりを想像してチャレンジする感じが……」
料理とデザインの似てる所、楽しい所、先輩がぽつぽつと話したけど、ファジーすぎる先輩の感性はよくわからなかった。料理もデザインも言葉では語れない何かを表現する手段らしい。口べたな先輩だから……言葉以外の感性でなのかな?
睡眠不足や過労は仕事上どうしようもできないから、せめて食事の栄養バランスに気を使って、体調管理してる。体調不良で仕事休めるか! と断言する辺り、流石先輩、仕事人間、生真面目。狩野さんもそこだけは見習ってほしい。
「先輩……もしかして、スイーツも作れます?」
「……作れるけど……作る端から、俺が全部食べるから残らないぞ」
「デスヨネー」
「それに素人の菓子より、市販の菓子の方がクオリティ高くてコスパいいだろう。わざわざ作らなくても、とも思うな」
「伊瀬谷君、おかわり」
「かぼちゃを食べてからにしてください」
……狩野さんがしゅんとしてる。かぼちゃの煮物甘いもんね。
なんだろう……この餌付けされてる感。珍しく狩野さんと先輩の上下関係が逆転してる。狩野さん凄い美味しそうに食べるし、作りがいがあるのか、先輩も嬉しそう。
スイーツ大好きで料理上手、本気で女子力高いよね先輩。
デザインの仕事するくらいだからこだわりがあるのか、持ち物もさりげなくオシャレだし。
狩野さんみたいにアクセサリーとか、そういう飾り気はないけど、スマホやヘッドフォンとか、機械類の選び方がデザインセンス良い。文房具類も機能美を追求した新しもの好き。
「使わない物はいらない。でも必要な物ならデザイン重視で選んでもいいだろう。どんな物でもデザインの勉強になるしな」
先輩曰く、日常的に使う物は機能性も重視する。だからシンプルで使いやすくなおかつ美しい、機能美が重要なんだとか。買い物でも仕事、流石先輩。
甘い物は買い過ぎだけど、それ以外はあまり無駄遣いせずにコツコツ貯金してるって言ってるし、栄養バランス取れた食事作れるし……ほんと主夫向き。
「狩野さんが先輩をお嫁さんにしたら、狩野さんの健康的な食生活も保証されますよね……」
そんな馬鹿な呟きをしたら、全力で2人に睨まれた。ごめんなさい。
狩野さんのオシャレが見せる為の華やかさがあるとしたら、伊瀬谷君のは機能美を重視したシンプルなオシャレ。萌もなんだかんだで、何か買う時同じ値段ならデザインで選んでるはず。




