萌の誕生日
「そういえば……古谷さんも21歳の女の子だったね。しっかりしすぎてて忘れてた」
「本当にな。この前はお袋とか言って悪かった」
2人の苦笑を見て私はふてくされる。
「どうせ……子供っぽいですよ。だって……ランドは中学の卒業旅行で行ったけど、シーはまだだったし、ずっと憧れてたんです」
今日は私の誕生日。私が行きたいと言ったから、ディズニーシーへやってきました。微妙な空気の2人を伴って。
「古谷って千葉県民だろう? 近いのにシーに来た事なかったのか?」
「忙しかったし、お金がなかったんです。それに千葉県民でも、逆に近すぎていつでも行かれると思うと行かないんですよ」
「良く知らないけど、確かシーはお酒飲めるんだよね?」
「良く知らないけど、チュロス美味いんだっけ?」
良く知らないのに、酒とスイーツ情報だけはしっかりチェックなんですね。流石、二人。ぶれない。
「良く知らないって……二人とも来た事ないんですか? 二人ならデートでも来てそうなのに……」
「いや……俺、ジェットコースターとかは割と好きだけど、ディズニーってそのへん温そうなイメージ。他の遊園地行くかな」
「私は……関東に来たのが社会人になってからだからね。あまり遊園地デートとかしなかったな。正直……誘われても他の所に逃げちゃう」
女の子の夢に付合う気さらさらないんですね。そんな所に連れてきてすみません。でも……二人は私がワガママを言うのが珍しいから、今日は付合うって言ってくれた。
しかも誕生日だから費用は二人が持つって。ありがた過ぎて申し訳ないくらいだ。
ディズニーシーはオフシーズンだけど、休日だから激混み。アトラクションの待ち時間とか凄そうだな。どうしよう……と思ってたら……。
「夢の国を眺めながらのお酒ってのも美味しいね」
「流石夢の国って感じのスイーツの充実ぶり。美味いな」
二人ともレストランに早速ついて、アトラクションに見向きもせず。飲食するだけなら、いつもと変わらないじゃない。
「せっかくシーに来たんだからアトラクション回りましょうよ」
「それで……古谷さんはお化け屋敷に入ったら、どっちに飛びつくの?」
「ジェットコースターを降りたら、どっちに泣きつくんだ?」
私が飛びついたり、泣きついたりする事が前提なんですね。しかもお化け屋敷とかジェットコースターとか……二人とも……まったくシーをリサーチしてないじゃない……とふるふる怒りつつ、でも怒れない。
だって……アトラクションに乗る時、どっちが隣か……とか気を使いすぎて困るのは事実だし。
「せめてゴンドラに乗りましょうよ。あれにずっと憧れてたんです」
「ヴェネツィア風の奴? ああ……聞いた事あるね。女の子らしくて、いいんじゃないかな」
「古谷が行きたいんなら行くか」
というわけで、ロマンチックなゴンドラの時間です。狩野さんと先輩が両側にって、まさに両手に花だよね。
「海外旅行ってした事ないんですけど、ヴェネツィアに来たみたいで素敵ですね……」
うっとり心はイタリア気分で景色を眺めていたら、先輩がぽつりと。
「確かに……イタリアに来た気分が味わえるな。イタリア編の仕事があれば取材になったかも」
「イタリア編はね……うちと取引のない編集プロダクションの担当だから。それとも営業に行って仕事取りに行く?」
「余所から仕事を奪うのって、業界内のトラブルになりませんか?」
「でも……出版不況で新規の仕事ってなかなか発生しないし、既存の仕事の奪いあいだしね」
夢の国のゴンドラの上で話す内容にしては、生々しすぎじゃないでしょうか、お二人とも。
「せっかくの夢の国なのに、もっとロマンチックな話題にしてくださいよ」
「ロマンチックね……愛の言葉でも囁いて欲しいの? 古谷さん」
「お姫様扱いされたいわけ? 古谷。どっちに?」
ぐは……そう言われると、すみませんとしか言いようがない。二人と恋人になるつもりがないっていうのは、私のワガママだし。
「これでもね……上司と先輩っていう立ち位置を超えない為に、全力で努力してるんだよ」
「うっかり事前情報リサーチして、期待するといけないから、全力で情報シャットダウンしたりな。デートスポットで恋愛要素切り捨てって結構苦行」
すみません、すみません。こんなデートスポットにお二人をお連れして……。二人がそういう地味な努力をしてくれてるってわかったから、これ以上ワガママ言えなくて。
結局ゴンドラに乗った後は、二人ともレストランに逆戻り。二人は居残るから一人でシーを満喫しておいでと見送られる。泣く泣く一人うろうろしながら、お土産を買いに行く。
一人でも案外楽しめる物で、それなりにシーを満喫していたら、先輩からメールが。
『ちょっと早めに帰って来られないか?』
どうしたんだろう? 何かトラブル発生? 二人がいるレストランに近づいて納得。狩野さんと先輩の周りに女性が群がってる。まあ……あれだけのイケメン二人が長時間居座ると、そうなるよね。
先輩……凄く嫌そうに不貞腐れてるな……。そういう表情も可愛い! って喜ばれてる。
狩野さん……笑顔を消して煙草のチェーンスモーカー状態ですか。怖い! でもそんな姿もクールでセクシーって、喜ばれてる。
二人が私に気がついて、ぱっと笑顔になって立ち上がる。
「助かった、古谷」
「本当にね……男二人で夢の国はキツいね」
「私って……もしかして、弾除けですか?」
二人は否定しなかった。普通弾除けって男女逆じゃないかな。そんな誕生日感のまったくない一日も終わりに近づいた頃、ベンチに座って休憩しようって、二人に挟さまれて座った。
「ごめんね。でも少しは誕生日らしい事、できないかなって、考えてはいたんだよ」
「というわけで……プレゼントな」
狩野さんは手のひらサイズの細長い包みを、先輩は平たくて大きめな四角い包みを、それぞれ差し出す。驚きで固まった。シーで遊ぶ費用=誕生日プレゼントだと思ってたから、形のあるプレゼントをもらえると思ってなかったのだ。
「ぷ、プレゼントですか。嬉しいです。ありがとうございます。空けてもいいですか?」
「「もちろん」」
恐る恐る空けてみると、ピンクシルバーの上品なデザインの万年筆と、ワインレッドの上等な皮カバーのついたスケジュール帳。スケジュール帳の中身は取り替えられるタイプだ。
「これって……これでお仕事しようねって事ですか?」
「上司と先輩らしい物って、伊瀬谷君と考えたんだよ。食事はいつも奢ってるし」
「菓子はいつもあげてるだろ」
「花は遊園地だと邪魔だし」
「アクセサリーとか束縛系は重いしな」
二人がくすっと笑って、同時に私の頭に手を置く。
「古谷さんも一つ大人になったから、大人っぽい文房具を仕事用に持つのもいいかなって思って」
「篠崎にアドバイスを貰って二人で選んだ」
二人が一生懸命私の事を考えて選んでくれたと思うと、思わず涙が出そうな程嬉しい。
「ありがとうございます。大切にします、宝物にします。いつも持ち歩きます。だって……これ、いつでも二人が一緒って感じで、お守りみたいだから」
嬉しくて、嬉しくて、頬が緩んで、ふにゃりと笑う。そうしたらなぜか二人が顔に手を当てて私に背を向けた。
「狩野さんが一緒で良かった。俺一人だったら我慢できなかったですよ」
「買いかぶり過ぎだよ、伊瀬谷君。私も一人だったら理性が飛んでたね」
「へ? どうしたんですか?」
二人の顔が赤く見えたのは、夕日のせいかな?




