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ファジーなお砂糖系男子の日常・後編

 仕事に集中しすぎて早く終わりすぎた。次の仕事に入る前に一瞬気が緩む。そうするとふっと背後に古谷の気配を感じて、それだけで思考はふらふらと余計な事を考え出す。


 古谷が入社して俺はずいぶん変わった。古谷に笑われない先輩でいようって、気合いをいれて仕事してたら、今までと仕事に対する姿勢が全然違う。

 狩野さんが俺に教育係を任せた理由ってこれかって気づいた。だって……普通に考えたら狩野さんの方が新人教育は適役だし、古谷だってやりやすい。わざわざ俺に頼んだのは……俺の為だ。俺が先輩としての覚悟を持って仕事して、成長しろって狩野さんに発破かけられたんだなって。


 古谷の先輩としてしっかりしなきゃって背伸びして、狩野さんに追いつかなきゃって背伸びして……そうやって気づけば1年前よりずいぶん自分が変わったなと思う。

 恋愛だって今まで相手にリードされるばっかりで、こんな年下で自分がリードしなきゃって、必死に背伸びしたの初めてだ。古谷は気づいてないと思うけど、ダメすぎた俺を、こんなに成長させてくれたのは古谷なんだよな。


 この一年にあった色んなシーンが、写真のように脳内に浮かび上がり、風で次々と吹き飛ばされ、流されて散らばって行く。甘い想い出、苦い想い出、楽しい想い出、悲しい想い出。たぶんもっとずっと色々ある。

 でも全部風に消えて、最後に残るのは……。笑顔の古谷の写真がたった一枚。


 だから……特別なんだ。古谷のどこが好きとか、そんなのわからないけど……特別だ。


 ちらっと古谷の横顔を見て、その後振り返って狩野さんを見る。もし、二人が付合って幸せになるなら……祝福しないといけないんだろうか……頭の中で二人の仲良さそうな写真のイメージが過って、思わずぐしゃりと握りつぶした。

 こんな事、今考えたって仕方が無い。仕事に集中しよう。チョコをひとかけら口に放り込んで、また音楽を脳内再生する。気持ちを仕事モードに切り替え、新しい仕事に手をつけた。握りつぶした写真を上書きするように、古谷の笑顔を思い浮かべて。



「そろそろお昼にしようか。今日は余裕あるし、久しぶりに三人で食べに行く?」


 狩野さんの嬉しそうな声を聞いて、反射的にぱっと言葉がでていた。


「あ……俺、今デザインに集中し始めた感じなんで、二人で行ってきてください。帰りに俺の分買ってきてもらえればいいんで」


 今やってる仕事は急ぎじゃないし、昼休み潰すまでもないんだけど、なぜか……そう答えていた。理由は自分でもわからない。なんでこんな事言ったんだろう? 自分から口にしておいて、嫌な味が口に広がる。

 狩野さんが俺の返事を聞いて、困った様な微笑を浮かべた。


「わかりました。先輩。お昼何がいいですか?」


 古谷は俺の言葉を素直に受け止めてくれたので、俺は狩野さんの微笑の謎を横に置いて考えた。何を買ってきてもらうか、少し悩んで、古谷の顔を見たら思いついた。


「焼きそばパンと、サラダと、何か大福系があったら、いくつか」


 古谷の白くて丸い頬を見たら、大福が食べたくなった……なんて言ったらきっと怒られる。

 焼きそばパンってたまに無性に食べたくなる。高校時代、購買でよく買ってたな。高校……そこまで考えてちらっと頭をよぎる、美術室の光景。その記憶を黒いペンキで塗りつぶす。苦い味が口の中に広がりそうで、思わずチョコを口に放り込んだ。

 頭の中に音楽がまた流れる。その激しい音の渦に乗って仕事に戻った。



 二人が出かけて静かな部屋。集中したら捗って、予想より早く終わった。仕事が一区切りついてしまうと余計な事を考えてしまう。

 狩野さんと一緒の昼飯。きっと古谷は今頃楽しんでるだろうな。狩野さんの話面白いし。俺だと気の聞いた事何も言えないから。

 最近……狩野さんが元気になってきた気がする。また隠したりごまかしたり、してるのかもしれないけど、なんとなくそんな気がして。それはきっと古谷のおかげで。

 狩野さんが元気になるのは俺も嬉しい。今日も二人で飯喰ったら、狩野さん喜ぶかな。少しでも奥さんの事忘れて、楽になれるのかな。


 狩野さんの事尊敬してるし、幸せになって欲しい。でも、古谷を渡したくない。

 どこまで行っても答えのでない二律背反な思考を、慌ててぶった切った。


 また音楽を脳内再生しながら、新作チョコを口にする。パクチー味って書いてあるのに、全然普通のチョコだな。美味いけど。期待ハズレでちょっとがっかり。

 その時扉が開く気配を感じて、笑い声が響いた。


「狩野さん、それおかしいですよ」

「そう? これくらい普通じゃない?」


 楽しそうに雑談しながら、帰ってきた二人の声が聞こえて、なぜか物に当たりたくなって、ボールペンを投げ出した。自分で残るって言ったのに、俺おかしいな。なんでだろう?

 俺を見る古谷の目が心配そうに揺れている。あれ……俺、心配されるような顔してたか?


「先輩。焼きそばパンとサラダと大福買ってきました」

「ん……ありがとな」


 古谷の小さな手がコンビニ袋を差し出してくる。受け取ろうとして、少しだけ触れた手に、もっと触れたいと思って我慢した。

 古谷は俺の顔を見て、くるっと笑った。……なんで急に笑ったんだ?


「抹茶味と、期間限定のマンゴー味の大福、それに普通の餡子のお大福も。それと新作チョコチェックしたら、パクチー味ってあったんですけど、はずしたら嫌だな……と思って買ってこなくて」

「はずれ。全然パクチーの味しない。食べるか?」


 無造作に差し出すと嬉しそうに古谷が食べた。凄く真剣に味わってる姿が見ていて面白い。


「全然普通のチョコですね。あ、でも、後味にかすかにパクチーの香りが……」

「俺は気づかなかったな。後味なんてあったか?」

「よくよく探さないとわからないってくらいで」

「パクチーどこに隠れてるんだよ。なぞなぞか?」


 声をあげて古谷が楽しそうに笑ってほっとする。ふと視線を感じて狩野さんをチラ見。なんか……羨ましそうに見られてる気がする。ああ……そうか。狩野さん甘いもの食べないし、こういう話題には乗れないか。俺にも狩野さんに羨ましがられる事があったのか。


「他にも新作チョコあるぞ。食べるか?」

「わあ……! 嬉しいです。あ、これ大人向けの洋酒が効いた奴ですね」

「コンビニチョコの割にはクオリティ高いよな」

「味が2種類あるのもいいな……交互に食べると飽きなくて」


 狩野さんが置き去りにされて、ちょっとしょんぼりしてる気がした。ああ……こうして、古谷をずっと独り占めできたらいいのに……。

 二人で食事して告白した日の事を思い出し、嬉しくなったけど、同時に侘しい。もうあの時には戻れない。狩野さんが既婚者のふりして、堂々と告白もできなくて、俺が古谷を独り占めできた頃。

 そういえば、あの時行ったカフェレストラン。ハーブの使い方が上手いって、古谷が喜んでたっけ。今度また誘ってみようか。

 ハーブ……パクチーどこにあるんだ? このチョコ。

 どんどん飛ぶ思考を、脳内再生のギターの音で洗い流す。ひさしぶりに食べる焼きそばパンも美味い。ちらっと見たマンゴーの大福。やっぱり古谷のイメージだよな。すべすべもちもちのあの頬に、また触れてみたいな……。


「先輩。凄い良い笑顔ですね。大福がそんなに楽しみだったんですか?」

「え……? 俺、笑ってたか?」


 古谷に指摘されるまで気づかなかった。古谷の事考えてた……なんて、言えない。

 伊瀬谷君は自分の感情や表情すら無自覚なので、伊瀬谷君視点で描くと、一番伊瀬谷君が理解できない……という特殊なキャラクターです。第三者視点の方が非常にわかりやすい。

 伊瀬谷君が、直感で何かを思いついて動く時。数学の問題を見て、公式を使って計算をする前に、いきなり答えが頭に浮かぶ様なそんな感じ。本当は一瞬のうちに脳内で計算してるんだけど、早過ぎて自分でもついていけてなくて、計算の過程を知らずにいきなり答えなので、自分でもよく理解できない。

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