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初詣デート・後編

「古谷さんのデート服を初めて見た。とても可愛らしくて……触れたいなって思ったんだ」


 狩野さんの掠れた声が耳に響いて、くらくら目眩がする程魅惑的だ。狩野さんと目があって、顔が近づいてくる。ああ……キスされるのかな? そう思った時にふっと、先輩の顔が頭に浮かんだ。もし……こうしている姿、先輩が見たらどう思うのかなって。ありえないけど……先輩を悲しませそうで、そう思うと後ろめたくて震えた。

 私が震えてるのに気づいたのかもしれない。狩野さんの動きが止まって、私の顔を覗き込んでせつなく微笑む。


「伊瀬谷君?」

「……ど、どうして……わかったんですか?」

「私も同じ事、考えたから」


 そう言って苦い笑みを浮かべた。その笑みから目をそらしたくて、俯いて狩野さんの胸で顔を隠す。狩野さんはそのまま無言で私をぎゅっと抱きしめた。


「……すみません」

「仕方が無いよ……」


 そう……囁く声が、全然仕方なく聞こえなくて苦しい。狩野さんも、こうして私と過ごす時間を後ろめたいって思うのかな? 狩野さんは私を好きだというけれど、同じくらい先輩の事が好きなんじゃないかな……って思う。三人が三人とも残された一人の事を想って立ち止まってしまう。いつまでたっても答えのでない三角関係。

 しばらくして狩野さんは離れて行った。ちょっと名残惜し気な表情で、私の頬に触れる。


「冷たいね。流石の古谷さんでも冷えたかな。温かいもの食べに行こうか」


 そう言ってそっと頬から手を離す。そうしたら……もう狩野さんはいつもの余裕の笑顔。甘い空気は冬の冷たい風に消えて行く。

 ああ……狩野さんらしい、心のシャッターが下りたような距離の置き方。ぴしゃりと締め出されたのに、私はほっとした。内心を隠しただけで、笑顔の仮面の下できっと思い悩んでいるだろうに。距離を置かれて安心する私って狡いな……と、思いつつ狩野さんの優しさに甘える。



 狩野さんが連れていってくれたのは、オシャレなカフェ風のスープカレーの店。お店がおしゃれだし、スープカレーって流行っぽいし、年末年始で和食に飽きた舌にカレーは嬉しい。流石狩野さんチョイス。

 カレーをワクワク待つ間、狩野さんが穏やかに微笑んだ。


「古谷さん……恋愛経験少ないよね? それでいきなり上司と先輩二人から、好きだ……なんて言われたら困るよね?」

「……はい」


 失礼かもしれないけど、嘘で誤摩化す事もできずに、正直に返事する。好きだと言ってもらえるのは、嬉しいけど、どちらか一人と言われると困るのだ。二人とも幸せになってほしい。


「大丈夫。私も伊勢崎君も、古谷さんの気持ちわかってるから。だから焦らなくていいんだ。恋愛に慣れないなら、少しづつ慣れていけばいい。焦らなくても、いずれ古谷さんも好きな人がわかるようになるよ」


 噛んで含める様な丁寧な言葉が心に染みた。私は知ってる。あの墓場の側で、キツく抱きしめられた記憶。あの時どれほど自分が愛されてるか思い知らされた。それでも、こうして私の為に気持ちを抑えてあわせてくれるんだ。狩野さんも、先輩も。こんな二人に愛されるなんて、幸せ者で贅沢だな……と思う。

 スープカレーがやってきて、温かさと辛さで、体がぽかぽか暖まって行く。出汁の効いたさらりとしたカレースープが美味しい。


「スープカレーって初めて食べました。野菜たっぷり具沢山ですね」

「色々あるけど普通のカレーと具材が違って面白いよね」

「オクラとかベビーコーンとか、歯触りが面白いです。きのこや茄子も素揚げしてるし、手間がかかってますよね」

「スープカレー発祥は北海道らしいね」

「北海道! 私行った事ないけど、一度遊びに行ってみたいです」

「社員旅行でいけたらいいけど……確実に泊まりだし、泊まりの旅行できる程時間無いしね」


 デスヨネーと笑って、長期の休み取れるくらい、余裕のある仕事がしたいって二人で話した。なにげない雑談が楽しい。

 食後のチャイがやってきて、辛くなった口の中を、スパイスの効いた甘いミルクティーが和らげてくれる。ほっと一息ついた。狩野さんはブラック珈琲。甘いの苦手だしな……と思うとくすりと笑ってしまう。


「この後どうしようか。もう帰る?」


 そう聞かれて、正直とても名残惜しかった。もうちょっと楽しくおしゃべりしたいなって。私の甘えが顔にでてたかもしれない。狩野さんが嬉しそうに笑った。狩野さんももうちょっと一緒にいたいって思ってくれたんだなって、目でわかる。


「寒いし外は歩き回りたくないよね。かといって正月はどこも混んでるし」

「あんまり混んでる所に行って疲れるのも厭ですよね」

「混んでなくて、寒くない所か……家かな?」


 狩野さんがぽつりと呟いた。その言葉に、今更ながらお泊まりした日の事を思い出す。あの時なんであんなに無防備で鈍感でいられたのか……と、思い返すだけで、頭を豆腐の角にぶつけたい。


「冗談だよ。ゴメンね。困らせて」

「いえ……冗談だってわかってます。あの時と違って、今は無理ですから」

「うん。無理だって言うのはわかってる。正直に言うと、私はデートってどこかに出かけるより、家でのんびりする方が好きなほうなんだ。でもそれは私の勝手な願望。古谷さんの希望にあわせて行きたい所にいこう」


 家でのんびりが好きって……納得するような意外なような。きっと狩野さんなら、私が望めばどんなデートだってリードして、楽しい一日にしてくれる。でも……狩野さん自身は、そんな特別な日じゃない、ただ当たり前の日常が落ち着いて好き。そういう人なんだな。

 私の望みをなんでも叶えてくれる、頼りになる大人の男。そういうのも嬉しいけれど、私一人が楽しいより、狩野さんと二人で楽しい方がいいな。


「私の希望……ですか? 私のワガママだけじゃなく、狩野さんも一緒に楽しい所がいいです」

「私は古谷さんとこうして休日に会えるだけで何をしても楽しいよ」


 柔らかな微笑みを浮かべた狩野さんが、手を伸ばして私の頭を撫でる。


「私が正月を一人で過ごすの心配してくれたんだよね?」

「余計な……お節介……でしたか? その……同情とかそういう事じゃなく……」

「余計だなんて思わない。私の事を心配してくれる古谷さんの優しさが好きだし、嬉しい。ただ……もうちょっと男だと意識して欲しいかな……とは思うけどね。今日は仕事じゃないから」


 狩野さんの艶っぽい笑みにドキドキして、頭から離れて行く手が名残惜しい。大人の対応の合間に垣間見える本音のギャップに心がぐらぐらする。狩野さんに本気で口説かれたらあっという間に流されそうだ。

 カレーで熱くなった体に、お冷やを流し込んで深呼吸。狩野さんはとても素敵な人だけど、やっぱりまだ先輩の事が頭を過ってしまう。

 今日の事を先輩に言う気はないし、狩野さんだって言わないだろう。言わなきゃ先輩はまったく気づかないだろうし、もし何か感づいても、狩野さんがうまくごまかして終わりそうだ。

 それがわかってても、狩野さんとキスしようとして罪悪感を感じてしまう。狩野さんと先輩、どっちを選ぶのか……悩んで一歩踏み出せない。

 狩野さんと一緒に食事はいつもの事でも、今日は休日で、二人だけだから特別。当たり前の日常だけど特別な事……。


「狩野さん。まだ昼間ですけど、飲みにいきませんか? 昼間にお酒が飲めるって、凄い贅沢気分じゃないですか」


 私の言葉に一瞬きょとんとしてから、狩野さんがとても嬉しそうに笑った。


「そうだね。昼飲みって贅沢だ。正月だしそういうのもいいね」

「でも……熱燗はダメですよ」

「もちろん。せっかくの正月休みなのに、明日二日酔いで潰れるのはもったいない」


 どこに飲みに行こうかって相談するの、結局いつもの仕事中と変わらない。でも、狩野さんと二人きりで、先輩はここにいなくて。それを嬉しいと思う気持ち半分、寂しいと思う気持ち半分。まだまだ心はアンビバレンスで割り切れない。

 中途半端で優柔不断な自分が嫌だな……と、思いつつ、そんな気持ちも全部ビールと一緒に飲み込んで酒に酔う。昼から飲むビールって美味しいけど、やっぱり苦いな。

本編でまともに狩野さんと萌のデートシーンかけなかったのが悔しいので書きました。

本編で二人きりで食事やお泊まりはあっても、上司と部下の立ち位置こさないように狩野さんがセーブしてたので。

告白しても、まだ本気出さない、チキンハートで消極的な狩野さん。

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