表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/72

初詣デート・前編

 30日ギリギリまで残業して頑張って。力つきて31日の休みは寝て過ごした。夕方起きてから、お姉ちゃんと夕飯の買い物に行き、年越し蕎麦を作って食べる。

 一応……実家から正月くらい帰ってこいって言われたし、日帰りで明日は帰ろうか……なんて話しながら。


「萌の休みって3日までよね」

「そう。4連休って凄いよね。何して良いかわからないくらい」

「年末年始の休みが4日って、短いわよ。本当に社畜ね……まったく」


 お姉ちゃんに呆れられて、そんなに私おかしいかな? と首を傾げる。お姉ちゃんがちょっと寂しそう。


「私の休みはもうちょっとあるから、何して過ごそうかな……ネイルの勉強はするけど、せっかくの休みにそれだけってのもね」

「友達と遊びに行ったりしないの?」

「……」


 お姉ちゃんが微妙な顔をした。あ、あれ、友達いないとか? 私も今更休みに遊びに行こうって誘える、友達いないから人ごとじゃないな。どうしよう……と困っていたら、お姉ちゃんが眉間に皺を寄せて溜息をつく。


「……仕方が無いから、デートにでも行こうかしら」

「デート? 誰と?」

「……」


 お姉ちゃんが即答しない事で気がついた。


「まさか……米沢さんと?」

「借りがあるから仕方がなく……よ。一回きりなんだから」


 ぶつぶつ文句言ってるけど……借りがあるから仕方なくって、先輩と同じパターン。また何か借りを作って、ずるずるとデートを繰り返すんじゃないだろうか。お姉ちゃんが心配だ。


「お姉ちゃん……米沢さんと付合う気あるの?」

「まさか! あんな身勝手でワガママで悪趣味で最低な男」


 すっごく嫌そうな顔が先輩そっくりで、なんだか米沢さんに好かれる理由が解った気がした。


「自分のワガママより、相手を大切にする思いやりを優先するような男にならない限り、付合う気なんてサラサラないわね」

「それって……米沢さんが変わったら付合うって事?」

「人間そう簡単に変われるもんじゃないわよ。あの男が変わる前に、私が他に彼氏作る方が早いんじゃない」


 確かに……人の性格なんてすぐには変わらないよね。

 お姉ちゃんってこれだけ美人で優しいのに、未だに彼氏いないのって、忙しすぎるからだと思うんだ。ネイリストとキャバ嬢掛け持ちだもん。キャバクラに来るお客さんと付合うという可能性もあるかもしれないけど。

 キャバクラで変なお客さんに掴まるくらいなら、まだ米沢さんの方がマシかな……と、思わなくもない……。そう想いかけて気がついた。万が一米沢さんが私のお兄ちゃんになったりしたら……米沢さんの意地悪な笑顔を思い浮かべたらぞっとした。よし、米沢さんとお姉ちゃんの恋愛は全力で阻止しよう。


 そんなおしゃべりをしながら、年越し蕎麦を食べてたらいつの間にか日付が変わってた。お姉ちゃんとあけましておめでとう……と言い合ってからすぐに携帯を取り出す。先輩と狩野さんにあけおめメールを送ろう。


 先輩にメールをしたらすぐに返事が帰ってきた。


『あけましておめでとう。今年もよろしくな。メール嬉しかったよ。癒された。妹がうるさすぎてうんざりしてたから』


 先輩の素直すぎるメールに吹き出した。実家に帰って妹さんと喧嘩する年末年始なんだな。先輩は凄く嫌そうにしてるけど、微笑ましくて楽しそうだ。

 狩野さんからも返事が来る。


『あけましておめでとう。今年もよろしく。古谷さんも良い正月休みを過ごしてね』


 当たり障りのないメールが、ちょっと物足りない。そのメールをじっと見てふと気がついた。狩野さん……正月休みの4日間どうやって過ごすんだろう。実家に帰ってる……とかならいいけど、もし一人だったら……そう思うと途端に不安だ。


『狩野さん。正月休み、実家に帰ってるんですか?』

『東京にいるよ。のんびりしてる』


 凄くシンプルな返事。のんびりって……一人で過ごしてるんだな。

 最近思う。狩野さんは余裕の笑顔で距離を作る時、とってもおしゃべり上手だ。でも本音の狩野さんって、意外に無口な人なのかも。狩野さんと無言の時間を共有した時、いつもよりずっと距離が近くて居心地がよかった。特別気がきいた事を言わなくても、ただ側にいるだけで嬉しい……そういう事なのかな?

 側にいるだけなら、私にもできるかな? また余計なお節介かもしれないってすっごく悩んで、考えて、でも決心した。


『狩野さん。2日って用事ありますか? もしよかったら、一緒に初詣に行きませんか?』


 自分からデートのお誘いとか……大胆過ぎたかなと不安になる。返事がなかなか来なくてじれじれしたけど。待ってるうちに気がついたら寝落ちてた。

 朝起きて一番に携帯を見る。


『ありがとう。とても嬉しいよ。古谷さんがよければ、初詣一緒に行きたい』


 メールの着信時間は深夜3時過ぎ。寝るにしても、起きるにしても中途半端な時間。この返事をするのに、狩野さん悩んだのかな……とか考えてしまう。でも、嬉しいって言ってもらえてよかった。狩野さんが好きだから、ちょっとでも笑って欲しいんだ。だから初詣楽しい一日になるといいな。


 初詣……とはいえ、相手は私を女性として好きだと言ってくれた人。これはデートだよね。ちょっとはおしゃれしないと……と、お姉ちゃんから服を借りて、ちょっとだけメイクもした。

 お姉ちゃんが手伝ってくれて、おしゃれに編み込みをいれたアップスタイルの髪型。白いウールのふわふわニットワンピースに、ウエスタンブーツ。ピーコートってところが子供っぽいかな……と思うけど、あんまり背伸びしすぎない方がいいってお姉ちゃんが言った。可愛いワンピに、ブーツのカジュアル感で外すのがオシャレなのよと、お姉ちゃんのアドバイス。

 流行に疎い私だけど、確かに可愛くて、本当にお姉ちゃんはオシャレ上手だな……と思う。ありがたい。寒いからピンクのマフラーもぐるぐる巻きにしてでかけた。


 待ち合わせは解りやすい場所という事で、渋谷のモヤイ像前。ハチ公前よりまだマシだけど。正月休みの渋谷は殺人的な人の多さだ。そんな人ごみの中でも狩野さんは目立つ。背がすらりと高くて、オシャレでかっこいいトレンチコート。首に巻いたワインレッドのマフラーが風に揺れる姿が、大人で色っぽい。思わず見蕩れてぼーっとしてたら、狩野さんも私に気がついた。私を見てすっと目を細めた。柔らかな笑顔。嘘の仮面じゃない優しい笑み。そう思ったら嬉しかった。


「あけましておめでとう、古谷さん。今日は誘ってくれてありがとう」

「あけましておめでとうございます。いえ……急に誘ったのに、付合ってくださってありがとうございます」


 見上げると、とても機嫌がよさそうな狩野さんの表情にぶつかって、恥ずかしくて目をそらす。


「外は寒いし、行こうか」


 そう言って狩野さんは私の手をさらりと握って歩き出す。この人ごみだと、はぐれそうだし、手を繋いだ方が安心って……事だと思うけど、こんなさらりと握られるとドキドキする。


「古谷さんの手、冬でも温かいね」

「え……ああ……そうですね。よく言われます。私、冷え性じゃないみたいで。むしろ……火照りやすいから、夏の方が苦手なくらいで……」


 私のたどたどしい返事に、微笑ましいという雰囲気で狩野さんが笑う。それがくすぐったい。

 駅の改札まできて、手が離れて行く。ちょっと名残惜しい。そういえば……初詣に行こうと言っただけで、どこに行くかまだ決めてない。


「古谷さん、お参りしたい所ある?」

「いえ……いつも適当で、決まってなくて。狩野さんにお任せします。行った事がない所も、きっと楽しいと思うので」


 いつもお任せばかりで、何も言えない優柔不断だな……私。でも狩野さんはそんな事気にしてないみたいで、リードしてくれる。凄い安心感があって頼もしくて、居心地よくて甘えてしまう。

 電車がどんどん都心から離れて行くけど、どこに行くんだろう? だいぶ電車に揺られて、たどり着いたのは、小さくはないけれど、地味でひっそりとした神社。正月だからぽつぽつと、お参りの人を見かけるけど、人気は多くない。


「地味な所でごめんね。あんまり人の多い場所って好きじゃないんだ」

「良いと思います。私も人ごみ好きじゃないですし、のんびりできる方が嬉しいです」

「ここはね。色んな縁を運んでくれる神社なんだ。仕事の縁も運んできてくれるかもしれないよ」


 くすりと笑って狩野さんは言う。仕事運アップというのは、良いかもしれない……そう油断した所で、狩野さんが囁いた。


「色んな縁……の中には、恋愛の縁結びもあるよね」


 イタズラっぽい笑み浮かべた狩野さんの顔をまともに見られない。私と狩野さんの縁を結びたいって事? まるで口説かれてるような台詞で、私がどぎまぎしたら狩野さんが何故か楽しそう。

 神社に入って、手を清めてお参りする。そこまで一言も話さなかった。不思議だけど狩野さんと二人きりだとその沈黙を心地よいって感じる。

 何をお願いしたんですか? って……聞いてみたかったけど辞めた。奥さんの事を考えてたら傷つけそうだし、私との縁結び……なんて言われたらそれはそれで困る。

 せっかくだからと、おみくじを引いた。私は大吉で、狩野さんは大凶。しょんぼりした狩野さんの肩が可愛くて、くすくす笑った。たかがおみくじ……なのに、結構気にするのかな……と思うと可愛い。


「きっと一年の不運をここで使い果たしたから、今年は良い年になりますよ」

「大吉の古谷さんと一緒なら、運を分けてもらえそうだね」

「狩野さんの為に、頑張って運を運びます。お仕事頑張って、会社が上手くいって、そうしたら狩野さんも少しは楽になりますよね」


 正月からやる気をだしてみたら、狩野さんが困った様に苦笑した。私の頭を撫でつつゆったりと言う。


「もちろん。仕事を頑張ってもらえたら嬉しいし、大助かりだ。でもね……」


 頭を離れた手が、私の手に触れた。冷たい手が温もりを求める様に絡む。


「恋愛運を運んでもらえたら、もっと嬉しいんだけどな。上司と部下って……あんまり油断しない方がいいよ」


 ぎゅっと握られた手を引き寄せられて、優しく抱きしめられた。心臓の鼓動がうるさい。

 完全に油断してた。狩野さんのナチュラルなリードがいつも通りで、デートだって忘れて普段と同じ感覚で甘えすぎたかも。自分からデートに誘って、こんな事言われて……この先どうなるの? って考えたらドキドキして固まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ