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イブの忘年会

 修羅場をくぐり抜け、やっとお楽しみの忘年会。何処に行こうか色々相談して、結局何故かスイーツが豊富なしゃぶしゃぶ屋さんへ。クリスマスイヴ感は欠片も無いけど、忘年会らしいかもしれない。

 狩野さんのトレンチコート姿……大人の男って感じで凄い似合ってて見蕩れる。ボタンを空けて、風でコートが翻る感じも絵になるな……。でも先輩の口元が隠れるくらいにマフラーぐるぐる巻きも萌えツボです。コートもダウンだし寒がり?

 両手に華気分で、イヴにイケメン二人と過ごすって凄い贅沢なはずなんだけど……。


「狩野さん、お肉ばっかりじゃなくて、野菜も食べてください。あ……先輩、最初からスイーツばかり。先に食事してからですよ。せっかくの鍋が冷めちゃいます」


 一番下っ端な私が面倒な鍋の世話を色々するべきかな……と、テキパキ二人にとりわけ、頑張って気を効かせてたら……ぽつりと聞き捨てならない事を。


「……古谷って、本当にしっかりしてるよな。お袋みたい」

「本当にね。叱られるのも、ちょっと嬉しい」

「こんな年上の息子を2人も持った覚えはありません」


 忘年会だとわかっている。クリスマスイヴのロマンチックさの欠片もないのは仕方が無い。でも、私がお母さんポジションっておかしいでしょう。私がぷりぷり怒ったら、2人とも素直に謝罪してくれた。そんな甘さの欠片もない忘年会がとても楽しくて、またのんびり食事したいな……って、思って。


「クリスマスの次は、バレンタインですよね。張り切って義理チョコ用意します」

「義理でも古谷さんのチョコなら歓迎だよ。酒のつまみにできそうだし」

「義理でも古谷にチョコがもらえるなら嬉しい。チョコ好きだし」


 『義理でも』と前置きする辺り、2人とも本命が欲しい感満載。まだどちらかを選ぶ事はできなくて、申し訳ないけど義理チョコです。


「クリスマス……バレンタイン……と並んだイベントっていうと、やっぱり誕生日ですよね。先輩の誕生日は知ってますけど、狩野さんはいつなんですか?」


 狩野さんが困った様な微笑を浮かべて躊躇いがちに口にしたのは、奥さんの命日。


「うっかり忘れなくていいよ」


 一生忘れられない一日ですね。自分の誕生日が来る度に、命日を思い出すってトラウマのえぐり方が酷い。一瞬気まずい空気が流れ始めて、何でも無い事の様に笑顔で、肉を美味しそうに食べる狩野さんを励ましたくて。


「狩野さん。来年の誕生日は、奥さんのお参りの後、一緒に誕生日祝いしにいきましょう。毎年セットですよ」

「……それって、古谷さんとの誕生日デート?」


 すっごく嬉しそうな極上の笑顔を浮かべられて、しまったと思ったけどもう遅い。先輩とも誕生日デートしたしいいかな……と思いかけた頃。


「俺も一緒に祝います。3人でやりましょう。誕生日祝い」


 デスヨネー。先輩が横やりいれないわけがない。


「それなら公平に、3人の誕生日を、3人で祝いましょう」


 私がそう言ったら嬉しそうに2人は頷いた。


「それなら……古谷さんの誕生日も一緒にいられるんだ」

「例え狩野さんと一緒でも、古谷の誕生日を祝えるなら嬉しい」


 自分が祝ってもらう事より、私の誕生日祝いの方が嬉しいんだ……となんだか不思議な気分。



「たまには飲み会だけじゃなくて、二次会したいです。カラオケ行きましょうよ」


 ……たぶんこの日、私は結構酔っぱらって気が大きくなってた。今まで言った事もなかったワガママを言ってしまって、狩野さんと先輩が顔を見合わせて「どうしよう?」とアイコンタクトしてるのが解る。


「古谷さんが行きたいなら……いいけど、あまり私達歌わないよ」

「少しだけなら……な。古谷の歌う姿も見てみたいし」


 嬉しい様な、そうでもない様な、2人の微妙な空気……どうしたんだろう?

 まあ……いいか。実はかなり前から、2人とカラオケに行ってみたいな……って、思ってたんだよね。私カラオケ好きだし、それに何と言っても2人の声が良い。

 狩野さんの低音のバリトンも、先輩の高音の涼やかな美声も、どっちもイケボで、この2人の歌声ってどうなのかな……と想像しただけで悶える。わくわくしながら二次会へ。


 トップバッターは狩野さん。大人っぽいラブバラードの選曲がとても狩野さんらしくて、この曲をあのバリトンで……と思うとイントロの段階でワクワクが止まらない。


「古谷。これ……笑っていい奴だから」


 ぼそっと先輩がバラエティ番組のコメントの様な事を呟いた。それが私の限界だ。我慢を諦めて大爆笑。だって……狩野さんの歌、酷すぎる。

 とっても良い笑顔で、とっても堂々と、とってもかっこ良く、なのにメロディもリズムもまったくのでたらめで、音痴にも程がある。わざとなの? ねえ、これわざとなの?


「狩野さん、元から音痴なんだよ。諦めて開き直って、宴会芸のつもりで歌ってるらしい。実際元の職場では大盛り上がりだったしな」


 わざとじゃなくこんなに下手なんだ。狩野さんにもそんな弱点あると思わなかった。そして弱点すらも武器にできる所が流石、狩野さん。


「先輩は……どうなんです?」

「俺? 普通……上手くもなく、下手でもなく、普通」


 狩野さん程の音痴でなく、この美声なら……と今度こそ期待してそわそわ。


「古谷さん。これ笑っちゃ行けない奴だから、我慢してね」


 ぼそっと狩野さんが囁くので、奥歯に力をこめて、笑いをねじ伏せた。だって……だってなんで……先輩、デスメタル?

 確かに歌の上手さなら普通かもしれないけど、選曲がおかしいよ。テンション高すぎ。今シャウトまでしたよね。あのクールで真面目そうな先輩がこの曲って言う、ギャップがおかしくておかしくて。


「伊瀬谷君……こういう曲好きみたいだよ。デザイン考えてる時ヘッドフォンつけるじゃない? いつも聞くのメタル系だって」


 ぶふぅ! こらえていたのに吹き出した。先輩のシャウトと被ったから、気づかれなかったと思うけど。先輩……こんなテンションアゲアゲな曲で、いつもあんなに静かにデザイン作ってたんですか?

 先輩が気持ち良く3連続で歌って、喉が死んだ……と休憩の為にジュースを飲む。それは……あれだけ絶叫すれば喉壊れるよね。


「次は……古谷さんかな? 楽しみだな」

「わ、私は……普通、ですよ……でも笑わないでくださいね」

「笑わない、笑わない。古谷が歌うの楽しみに聞いてるよ」


 笑わないって約束したのに……どうして2人とも肩を振るわせて、必死に笑いをこらえてるの? 別に歌が下手なわけじゃないし、選曲だって今流行のアイドルグループの曲だし、ごく普通じゃない。


「……ふ、古谷……なんで歌う時だけアニメ声なんだ? 俺……どっちかというと年上好きで、ロリコンの趣味はなかったはずだが……」

「……いや……これは犯罪臭がするね。私みたいなオジさんが手出ししちゃいけない……と思うくらい可愛いよ。うん、かわいい……」

「どうせ子供っぽいですよ!」


 そう……なぜか私の歌声は、鼻にかかった甘い声になってしまって、年齢逆サバ読み疑惑をかけられるくらいに幼い。わかってる……わかってるんだけど、直しようがないの。JPOPでも、アニソンでも、ボカロでも、なんでも歌えるけど、何歌ってもこの声になる……なぜか。


「私の歌は宴会芸だから、1回聞けば十分だよね?」

「俺……もう喉限界だから。後は古谷が気が済むまで歌っててくれ」


 そう言われて、一人笑われながら恥ずかしく歌い続けた。カラオケ大好きだけど、もう……2人とカラオケなんかいかない。

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