狩野さんが甘すぎる件
お砂糖だばだば、狩野さん編。
本編の「狩野デザイン事務所は通常営業(サービス残業あり)」でさらりと触れたワンシーン。
狩野さんを元気づけたくて、久しぶりに鳥澄で熱燗を飲んだ。今回は私も先輩も酔い潰される覚悟できたから……飲まされすぎるのはよいのだけど……。
「伊瀬谷君寝ちゃったね。可愛い寝顔だよね」
「先輩可愛いですよね。そんな事言ったら怒るでしょうけど」
先輩の顔立ちって綺麗に整ってて、寝顔がちょっと無邪気で無防備で可愛い。
よし、これで心強い援軍はなくなった。ここからは私と狩野さんさし飲みを覚悟しなきゃ。
右手でお銚子の縁をつまんで、左手で傾ける。このお酌ももう慣れた物だ。お銚子を置く時、狩野さんの大きな手が私の左手に触れた。
「前に……伊勢崎君に指輪が欲しいって話した事あったね。もし……私があげたら受け取ってくれる?」
そう言いながら左手の薬指を撫でられて、酔いも吹っ飛ぶ程に驚いた。
「そ……それ、プロポーズじゃ……」
「まさか。そんな気が早い事言わないよ。だけど……」
そう言いながら、私の左手を包み込む様に優しく握る。
「前に家に来てくれた事があったね。あの時は嬉しかったな。あんな風に、一緒に同じ部屋で食事して、一緒に家事をして、そんな当たり前の日常が過ごせたら……幸せだな……と思うだけで」
それ完全にプロポーズです。なんでいきなり? 酒じゃなく体が火照りつつ狩野さんの顔を凝視する。機嫌良さそうな笑顔なんだけど、ちょっと目がとろんとして、色っぽくてドキドキする。
これ……完全に酔っぱらってるよね。酔っぱらって冗談で口説いてるのかな? でも絶対明日覚えてないよね。
「あ……あの……私なんかじゃ、狩野さんと釣り合わないですし」
「釣り合うとか……他人の目はどうでもいいんだよ。重要なのは、私にとって君は好きになるだけの魅力があるって事なんだから」
そう言いながら、左手の指に指を絡め始める。撫でる様な触れ方がゾクゾクする程魅惑的で怖い。
そこでぴたっと手を止めて、狩野さんの笑顔が陰った。
「釣り合うかどうか……って話なら、私の方が釣り合わないよ。12も年上のオジさんだしね」
寂しげな微笑と共に手が離れて行って、それがあまりにせつなく見えて、思わず前のめりで言ってしまった。
「狩野さんはオジさんじゃないです。とてもかっこよくて魅力的な男性だと思います」
私の言葉に嬉しそうに破顔して、手をぎゅっと握って引き寄せられた。テーブルを挟んでいたけれど至近距離で目と目があって囁かれる。
「それって……期待していいの?」
耳に響く掠れたバリトンの魅力に、危ない空気を感じて、酔っぱらいの戯言だとしても本気にしそうで。慌てて手を振り払って熱燗をぐいっと飲む。
「良い飲みっぷりだね。でもあんまり飲みすぎちゃダメだよ」
言葉とは裏腹に、空になったおちょこに熱燗が注がれる。私も全てを忘れるくらいに酔っぱらってしまいたい。一応おちょこに注ぎ返しながら言った。
「狩野さんも程々に……ですよ」
「そうだね。あんまり飲み過ぎると、また君を連れて帰りたくなっちゃうね」
思わずお銚子を取り落とした。中身がほぼ空でよかった。また左手をぎゅっと握られる。
「大丈夫。君の事は大切にしたいから……嫌がる事を無理強いしたりしないから」
狩野さんの大丈夫程当てにならない物は無い。いつの間にか左手が恋人繋ぎになってるし……。
「嫌だと言わなかったら手加減しないけど。溺れるくらい甘やかして逃がさない。覚悟してね」
狩野さんの酔っぱらいが酷すぎる。こんな甘い言葉を繰り返されたら、月曜からどんな顔して会えば良いのか……今日の事を思い出しただけで、もう仕事にならない。本当に酒で全てを忘れてしまいたい。
また私は狩野さんの手を振り払って熱燗をぐいっと飲み干した。
その後しばらく狩野さんの甘い口説き文句が続いて、手に触れられて、もう本当にこのままお持ち帰りされてもいいかもしれない……と思うくらい理性が飛んだ。
酒ではなく、狩野さんの甘い言葉に酔った。
空けて月曜日。狩野さんに確認したら、本人はさっぱり覚えてなかった。でも私はばっちり覚えてる。忘れられない。
自分がどれだけ普段、手加減されてるのか良くわかった。あれが全て本音だったら嬉しいけれど……怖くもある。本気になった狩野さんは殺人的に魅惑的だ。
本当は狩野さんの口説き文句、もっと色々思いついたんですが、書けば書く程「酔っぱらい親父のセクハラ感」が拭えなくて辞めました。
今度はしらふの狩野さんの口説き文句を描きたい……。
でもこの人素面だと絶対本気出さない。
だって12歳も年下の、恋愛経験少ない女の子に本気だすとか、大人げないじゃないですか。




