ライアーゲーム
この後、週1で外伝が続きます。
●本編の裏側の大人の物語集
「ライアーゲーム」
「ライアーゲーム2」
「幸せになりましょう」
「変わるもの、変わらないもの」
「君を想う」
全て萌以外の別キャラ視点なので「外伝」としましたが、この5作品も含めて、本当の本編完結と考えています。
最後までお付合い頂けると嬉しいです。
初回は、唯お姉ちゃんと米原さんのお話
初めて会った印象は、あまり笑わない男だと思った。いけすかない奴。でも客だから仕方がないわよね。
「先輩。助けてください。酷いお客さんで、私の事バカだバカだって。若いだけが取り柄ならいらないって言うんですよ。先輩ならベテランだからきっと気に入られると思うんです」
本当に馬鹿な子って思いながら微笑した。
まだ二十歳前で、顔も可愛いし、細いのに胸だけ大きくて、いつも愛想良くニコニコ笑って、頭は空っぽ。こういう女が良いって男はたくさんいるわよね。だからうちの店でも、売り上げ上位なんだけど……。
助けを求めながら、24の私を年増扱いって、本当に馬鹿よね。後ろで黒服が手を合わせて頭をさげてるし、よっぽど厄介な客なのね。いつもそういう客ばかり押し付けて。苦い笑みを浮かべながら席に向かう。
意地の悪い親父かと思ったけど、予想を裏切る若さ。しかも顔立ちも悪くない。驕った男なのかしら? 退屈そうに、ロックグラスの縁をなぞってる。
「お待たせしました。若い子は好みじゃないって聞いたから来ちゃった」
男が視線をあげて、品定めするように私をじろじろ見る。そんなの慣れてるから、私は名刺を渡して軽く挨拶。でも男は名乗らなかった。
「僕……人の怒った顔を見るのが好きなんだよね。怒った時って本音が顔にでるじゃない? 生身の人間って感じで面白い。さっきの子……かなり怒ってたはずなのに、馬鹿みたいにへらへらしてて」
つまらなさそうに呟いた。呆れるくらい悪趣味で、思わず苦笑いが浮ぶ。
「ああ……いいね、そういう笑顔。ちょっと引きつってて。そっちの方が面白いよ」
変態か。本当にたちの悪い客だ。でもこれも仕事だし。軽く会話をしながら観察してたら、何度か胸ポケットに手を伸ばしかけて辞めてた。
だからそっと灰皿を差し出す。
「お煙草どうぞ」
一瞬目を瞬かせ男は苦笑した。やっと笑った。
「よくわかったね。禁煙してたんだけど……まあ、1本くらいね。ユイちゃん……だっけ? 君みたいな頭の良い子は好きだよ」
煙草を口に咥えたから、さっと胸の谷間を見せつけつつライターを取り出す。わざとの至近距離で顔を寄せて。煙草の火がつくまでのわずかな間。私は男の顔をじっくり見た。こちらに目もあわせない。色仕掛けにも乗って来ないなんて、随分遊び慣れた男なのね。
火がついたから離れようとして、ライターを持つ手首を掴まれた。ちょっと戸惑ってると、安物のジッポーを取り出す。
「ねえ……そのライターと交換してよ。今度来た時に僕のライターで、火をつけて欲しいな」
嘘。二度と来ない癖に。だってまだ名前すら名乗ってない。
「いいわ。交換しましょう。でも……あんまり来ないと捨てちゃうわよ」
私の返事が気に入ったらしい。シニカルな笑みを浮かべた。
「これ……親父の形見なんだ」
嘘。気を引く為の遊びでしょ。捨てられても惜しくもない癖に。
「あら……それってプロポーズ? 気が早すぎるんじゃない。せめて名前を名乗ってからにしてよね」
「次に来た時に名乗るよ。待ってる間、僕の事が気になって仕方が無くなるでしょう?」
「そうね……こんな色男、名前が気になって夜も眠れないかも」
嘘。明日には忘れてるわ。
男はもう1本煙草を取り出して私に勧めた。普段煙草は吸わないけど、勧められたら断らない。煙草を吸う女が好きって男はあまりいないけど。
煙草を咥えてライターを取り出そうとしたら、男の顔が近づいて来た。ああ……そういう事ね。
二つの煙草が触れ合って、火が燃え移るシガーキス。至近距離で目が合って絡み付く。すぐに離れて行って、何でもない顔。
こういう男と女の駆け引きが好きな男か……それじゃ、ああいう馬鹿な子は気に入らないわけだ。それから少し話をして「次は君を指名するよ」なんて言って帰って行った。
もう来ないで欲しい。頭を使う会話の駆け引きに疲れるもの。もっと楽な客の方が良いわ。
私の予想を裏切って、次の週も男はやってきた。しかも今度は名刺までくれる。『米沢隆』それが男の名前だった。印刷会社の営業か。なるほど……頭の回転が速くて口も上手い。きっと仕事もできるのだろう。
軽口を叩き合いながらのおしゃべり。段々この会話も慣れて来た。指名して私のドリンクも頼んでくれたし、常連になってくれたら稼げるわね。
「君の笑顔も魅力的だけど……もっと色んな表情を見てみたいな」
「あら……それなら面白い話を聞かせて。驚いたり、怒ったりするような話」
そこで米沢は私の肩を抱き寄せる。
「この前、君と良く似た女の子に出会ったんだ」
嘘。これも駆け引きのおしゃべりでしょう。
「あら……前世で会ってたのかしら? 運命ね」
私の顔を覗き込んでじっと見つめて囁く。
「年は二十歳。実家は千葉らしいね。名前は……萌……だったかな。古谷さん」
とっさに笑顔の仮面を捨てるくらいに驚いた。心臓がどくどくして、苦しい。私の驚く顔に満足したらしい。今までで一番良い笑顔を浮かべた。
「その驚いた顔。良いね。凄く良い。もっと驚かせたくなるな」
このド変態。心の中で悪態をつきながら、素早く思考を駆け巡らせる。年も名前も出身地も一致してて、私と似た顔の女の子。確実に私の妹だろう。
「私の前で他の女の話をするなんて、浮気性ね」
「でも気になるでしょう?」
「そうね……気になるわ。どこで会ったの? 私のドッペルゲンガーかもしれないもの、うっかり顔を合わせて死にたくないわ」
何でもない振りをして微笑を浮かべる。騙したつもりだけど、きっと見抜かれてるだろう。
「今度デートしてくれたら教えるよ」
「同伴なら考えても良いわ」
口説く為の餌だと、わかってて飛びついた。会いたくて仕方がなかった私の可愛い妹。少しでも何か知りたい。
しばらく米沢は来なかった。連絡先を知ったから、営業メールだけは続ける。
『貴方に会いたくて仕方がないのに、来てくれないなんて、酷い男』
嘘。貴方なんかに会いたくないわ。ただ……萌の事を知りたいだけ。
『本当は毎日だって会いたいけれど、あんまり会うと僕に飽きちゃうでしょう?』
嘘。ただお金がないだけの癖に。見栄を貼っちゃって。それとも、私をじらして楽しんでるのかしら?
そんなメールでの駆け引きの末。レストランで食事してからの同伴の日がやってきた。食事中は米沢もだいぶリラックスした表情で、駆け引きのない普通の会話を楽しんだ。
萌がデザイン事務所に勤めてる事や、自分が取引先で時々顔を合わせる事とか。
「妹さんに会いたい?」
「そうね……」
会いたい。凄く会いたい。でもメールを送り続けても、あまり返事をくれない。きっとあの子を傷つけた。だから会いたいなんて言えない。
「妹さんは無理だけど……妹さんの先輩を今度店に連れていこうか? 結構良い男だよ」
それは魅力的な提案だ。多少なりとも萌との接点が欲しい。
「良い男なら会ってみたいわね。貴方とどっちが上かしら」
「もちろん、僕の方が良い男だよ」
嘘。あんたみたいなド変態。良い男なわけないじゃない。
またしばらく、営業メールだけのやりとりで、じれじれしながら待っていた。じらして私の気を引こうって、やっぱり遊び慣れた狡い男。
「伊瀬谷君。何純情ぶってるの。こういう店、来た事ないわけじゃないでしょう。それとも……純情ぶってる方がモテるとでも思ってるの」
「うるさい。その無駄口を閉じて黙ってろ」
うわー。今まで見た事ない程の良い笑顔。本当に怒った顔を見るのが好きなのね。そして伊瀬谷を相当気に入ってるのね。虐めて揶揄っていたぶって。お気の毒様。
伊瀬谷をそれとなく観察する。綺麗な男ね。遊び慣れてなくて、きょどきょどしてる。キャバ嬢に気をつかっちゃって。真面目なのね。かなり上等な男。こんな男と一緒に働いてて、萌も惚れちゃったりしてるのかしら?
伊瀬谷は、きょどきょどしながら、私が気になるようでちらちら見てる。たぶん……萌に似てるって思って気になって、でも確認できなくて困ってる。名乗ってあげない。気になるなら通ってくれれば良いのに。米沢抜きなら教えてあげてもいいわよ。
米沢と伊瀬谷。それぞれ女の子がついて、ちょっと間があく。米沢は私の肩を抱き寄せて、至近距離で囁いた。
「どう? 良い男でしょう」
「そうね……貴方よりもずっと良い男……って言ったら嫉妬してくれる?」
嘘。嫉妬なんかしてほしくないわ。貴方に愛されるなんて、まっぴらごめん。
「妹さんの会社、狭い部屋で三人だけなんだ。もう一人の上司は彼よりさらに良い男だよ。もっとスマートで女性慣れしてて、セクシーな大人の男」
これ以上の良い男……なんて、萌は両手に花なのね。
「でも既婚者なんだ。妹さん……不倫なんてしないといいね」
たぶん私はとても怖い顔をしたと思う。米沢が凄い嬉しそうに笑ってるから。萌が不倫なんてするわけないじゃない。
でも……六年も会ってないうちに、きっと変わっているだろう。それにそれだけモテそうな男に口説かれたら、二十歳の女の子なんて簡単に過ちをおかすかもしれない。
会った事もない上司に、私は敵意を持った。
メイクも髪のセットもばっちり決めて、出勤前に鏡でチェック。そんな時間に米沢からメールが来た。
『妹さん、上司と二人だけで飲みに行くみたいだよ。酔わされてお持ち帰りされないといいね』
たぶんメールの向こうで大笑いしてる。本当に最低な男。こんな男に弄ばれるのは、腹立たしい事この上ないけれど、萌の事が心配すぎて無視できない。
私は仮病で仕事を休んで、米沢に教えてもらった店に向かった。
七月といっても、今日は風もあるし夜はちょっと肌寒いわね。薄着だと冷えそうだわ。そう思いつつ店の前で待っていた。米沢の嘘かもしれない。でも……本当かもしれないと思うと、気になって仕方がない。
しばらく待って、萌は店をでてきた。真っ赤な顔して酔った萌は、私の記憶よりずっと成長してて、泣きたいくらい嬉しい。転びかけてさっと隣の男が支える。
確かに良い男だった。ちょっと危険な香りさえ漂うくらい色気のある男。萌を酔わせてどうするつもり?
「萌!」
思わず叫んでた。振り向いた萌は驚いて硬直した後、甘えるように男を見上げる。私よりもそっちの男の方が頼りになるっていう事ね。それがとてもイライラした。
突然現れた私にまったく動じずに挨拶する所も、コーヒーショップに誘って、初対面なのにスマートな気遣いのある会話をする所も、イライラする。何より萌が完全に頼り切ってるのがイライラした。これじゃあ……いつ口説き落とされるかもわからないじゃない。
だから……意地悪をしてライターを差し出した。さすがにぎょっとしたわね。良い気味だわ。でもそれで萌を怒らせた。私もイライラしすぎてたから、言い返して喧嘩して……せっかくの再会なのに最悪で。
もう会ってもらえないかと絶望したけど、狩野という上司の勧めで渋々会うと萌は言った。
狩野に言われたから従う……っていうのはしゃくだけど、それでも萌と会えるのは嬉しい。
萌と会った日曜日。今度は失敗せずに仲直りができた。本当は狩野の事をまだ嫌ってたけど、これ以上萌の機嫌を損ねたくなかったし、一応は褒めておく。今はまた萌と笑顔で会えた事が嬉しい。
しばらくして米沢からまた同伴の誘いがあった。萌と再会できたのもこの男のおかげだし、感謝しないといけないかしら。
同伴出勤前に米沢と食事をする。私は怒ってないのに、何故か米沢は笑ってた。
「機嫌が良さそうだね」
「ええ……妹に会えたから。貴方のおかげよ。何かお礼がしたいわ」
「お礼なら……もうもらってるよ」
えっと戸惑うと、最高に良い笑顔で言った。
「君の怒った顔って本当に魅力的だよね。あんなに睨まれて……狩野さんに嫉妬しちゃうな」
言われた言葉が体に落ちて、ぞっとした。あの時見てたの? 私の怒った顔が見たくて、あんな事をしたの? 私の怒り顔を見て、ますます機嫌が良くなる米沢が憎たらしくて、思わず水を顔にぶっかけた。
「あら……水も滴る良い男……ね。今日は帰るわ。また店で会いましょう」
嘘。二度と来るな。
イライラを押さえ込んで店に向かう。それでもちょっとまだ顔にでてたかもしれない。黒服が引きつった顔で愛想笑いをしている。
「あれ……ユイちゃん、今日は同伴じゃなかったの?」
「すっぽかされたのよ」
そんな立ち話をしていたら、店の扉が開いた。顔から水を滴らせた米沢が、息を切らして入ってくる。必死に走ってきたみたいに。
「ごめんね。遅れて。同伴だから」
そう言って私の腰を抱いて席に向かった。顔も見たくない程腹立たしいけど、客だし、同伴の分稼げるし断れないわね。でもまさかこんなに早くにやってくるとは思わなかった。
「舌の根も乾かぬうちに、何の面下げてって……こういう事ね」
不機嫌さを隠しもせずに言ったのに、米沢は笑わなかった。すごく落ち込んで私の顔色を伺うみたいに見つめてる。おしぼりで滴る雫を拭いながら言った。
「謝罪はスピードが命だから。君に謝りに来たんだ。君を傷つけてごめん」
素直な謝罪が信じられなくて呆然とした。何を考えてるのか理解不能。あんな事をしておいて、あれだけ楽しそうに笑っておいて、今更殊勝な顔して謝罪?
「怒った顔は好きだけど、本気で怒らせたくはなかったんだ。だって……本気で怒らせたら、もう会ってもらえないでしょう? また君が怒る顔がみたい」
どこまでも身勝手でワガママで最低な男。でも青ざめて怯えながら私の顔色を伺ってるのがおかしくて、くすりと笑ってしまう。
「口先だけで謝ってほしくないわ。誠意を見せて。今日はちょっと高級なお酒をボトルで入れて、フルーツも頼んでね」
米沢は引きつった顔を浮かべて本気で困ってた。「印刷会社の営業なんて薄給なんだよ……」と情けない声を出しながら結局支払う。
その無様な姿が面白くて笑ってしまう。
「何度でも私を怒らせてみたら。その度にお詫びに驕ってね。貴方の財布が尽きるまでの間なら、つきあってあげてもいいわ」
私の言葉に本当に困ってうろたえて。そんな姿が見られるなら、もう少しこの男と話をしてもいいかもしれない。そんな風に思ってしまうのは、私も加虐趣味でもあるのかしら? 嫌だわ。この男と同類じゃない。
恋人なんて死んでもごめんだけど……またその無様な顔を見せに会いに来てね。




