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遅すぎた答え

 火曜日。幸い昨日のキスマークの跡は消えていた。私の肌ってすぐ跡がつくし派手に見えるけど、治りは早いんだよね。跡がついたままだと恥ずかしいし、また狩野さんが怒りそうだしな……。よかった。


 私は定時30分前に会社に着いた。2人は定時に来ていつもの様にお仕事開始。仕事を始めてすぐに、何気ない雑談のようにさらっと狩野さんが言った。


「伊勢崎君。今度の土曜日予定があるから休むね。代わりに日曜は出勤するから」

「……わかりました。土曜日に作ったデザインはデスクに置いておくので、チェックをお願いします」


 先輩の返事に少し間があった。何もおかしな話はしてないよね? なんだか先輩がいつもより優しいような。昨日は喧嘩する程、仲が悪かったのになんでだろう?


「そっちを手伝います。今日は打ち合わせがあるから時間ないですよね?」

「ありがとう。助かるよ」

「門倉さんからメールが届いてます。原稿が1日遅れるそうです。その分、別の仕事を急ぎで進めますね」

「ありがとう。頼むよ。遅れが1日ですめばいいね」


 普通の事務連絡なんだけど、違和感を感じててやっと気づいた。いつもなら狩野さんがフォローに回るのに、今日は先輩が先回りしてる。狩野さんが調子悪い……とかじゃないよね?



 今日も先輩と2人でランチ。定食屋でサバ味噌定食。スイーツがない店を選ぶのが気になった。先輩は今日ちょっとおかしい。なんだか暗い。昨日の様子のおかしさとまた違うような。


「昨日は悪かった、酷い事して」

「びっくりしましたし、恥ずかしかったです。だから……今後は控えて欲しいな……と」

「うん。もうしない。あの時は焦ってたけど、逆効果だったし。狩野さんの背中を押しただけだったな」


 逆効果って……狩野さんのあの反応? 先輩はなんだか心ここにあらずって感じにぼんやりしてる。


「土曜日って……たぶん、奥さんの所なんだと思う」

「奥さんに会いに行くんですか? 別れ話とか?」

「……たぶんね。狩野さんが、奥さんに別れを告げたら……古谷に……だと思う」

「奥さんと別れたからって、私を好きになるとは限らないでしょう」

「好きだよ。だから別れるんだ」


 どきりとした。今まで離婚しなかったのに踏み切った理由が、他に好きな女性ができたから……というのはあり得る話で。


「そんな事ないと思いますよ。先輩の気にし過ぎですって」


 美味しいはずのサバ味噌が、なんだかお通夜みたいな暗さだな……。


「無理させて悪いけど、今週終電まで残業できるか?」

「え? いいですけど……なんでですか?」

「今週中に少しでも仕事を終わらせておきたいから」


 そういうスケジュール管理は狩野さんの判断だと思うのだけど、どうして先輩が言うのかな? 後で狩野さんに何か言われないかな……。

 不思議だったけど、狩野さんは何も言わなかった。むしろいつもなら終電の時間に狩野さんが声をかけてくれるのに、先輩が言わないと気づかないくらい。


 水曜日。先輩が打ち合わせにでかけて、狩野さんと2人で仕事をしていた。


「狩野さん。大丈夫ですか?」

「ん? 何が?」

「調子が悪そうに見えたので」

「ああ……心配かけた? ごめんね。大丈夫だから」


 この人の大丈夫ほど当てにならない物はない。


「昨日1日、煙草休憩行ってないですよね」

「ああ……禁煙しようと思って。いつまで続くかわからないけど」

「禁煙……できるといいですね。その方が健康にいいですし」

「そうだね」


 暖簾に腕押し、柳に風。あいまいなジャブは、ひらりひらりと躱わされる。それなら直球ど真ん中にストレートだ。


「土曜日の予定って、奥さんですか」

「……うん、そうだよ」


 少し躊躇うような言葉に、悲しみの色を感じて、それ以上聞けなくなった。先輩と私の事で、ストレス溜まりすぎてまいってるのかな……。

 私もかなり限界だし、狩野さんだって限界なら……先輩との事考えた方がいいかもしれない。


 その日の夜。ひさしぶりに残業の合間に、先輩と夕食に行った。私から誘うのは初めてで、先輩は戸惑っていた。

 今日は手頃な価格のイタリアンのお店。私から誘ったのに、先輩がまた奢るって言うだろうし、できるだけ負担はかけたくなかった。


「古谷……どうしたんだ? 何かあったか?」

「大事な話があって」

「大事な話?」


 私が思い詰めた表情をしてたからかもしれない。先輩はちょっと怯えた様な顔をしていた。


「前に……先輩に告白されましたよね? あの時の返事をしてなかったので」

「あ……そういえば……そうだったな。普通に付合ってたから、もうOKしてもらってたのかと思った」

「え? お付き合いしてたんですか?」


 先輩が信じられないという顔で、私の事をまじまじと見た。


「こんなに頻繁にデートに行って、キスしても抵抗しなくて、俺の事好きだって言ってたのに、付合ってたつもりがなかったのか?」

「告白の返事をしてから、お付き合い……だと思ってたので……」


 先輩が盛大な溜息をつく。呆れられたかな?


「それで……返事は?」

「……ごめんなさい」


 私は頭をさげた。恐る恐る顔をあげると、予想程、怒ってなくて、でも悲しそうに微笑してた。


「だと思った……古谷から誘うって変だし。それに……俺に気をつかって付合ってるのかな……とずっと思ってたから」

「あ、あの……気をつかって……とか……そういうわけじゃなくて……ただ、恋愛のせいで、仕事が上手く行かなくなるのが嫌で」

「それも気を使ってるんだよ。俺が嫉妬して仕事が上手くいかないのは困るから機嫌をとろう。それでも上手く行かないなら、つきあわずに会社をどうにかしようって」


 否定できずに沈黙してしまう。先輩も黙ってしまってとても悲しそう。


「結局……俺は独りよがりな恋愛をしてただけなんだな」

「ち、違います。先輩とのデートはとても楽しくて、私も最初は浮かれて仕事をミスするくらい、嬉しかったし」


 そう言ったら先輩は苦笑した。


「嬉しいけど……それもフォローか?」

「違います。本音です」


 私が拗ねたら先輩は楽しそうに笑った。それからしんみり2人で食事する。私が付合いたくないって言ったら、もっと執着するかと思ったのに、やけにあっさり引いたな……。

 夕食が終わって、会社まで歩く途中で先輩は立ち止まった。


「この前……米沢に聞いて……」


 米沢さん? そう言えば月曜日に飲みに行ったんだっけ? 何か言われたのかな?


「俺……狩野さんの事、誤解してた。それで凄い傷つけてた。狩野さんが辛い時期に我慢してたのに、自分勝手だったなって反省した。だから……古谷と付合えないのは、俺への罰なんだと思う事にするよ」


 辛い時期ってなんだろう? よくわからないけど、先輩は狩野さんへの劣等感より、気遣いが上回ったんだな。それなら仕事も上手く行くよね。

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