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別れの理由

 8時に帰れるって素晴らしい。先輩と狩野さんも仲良くとまでいかなくても、特に問題なく仕事できてるし、ランチデートも楽しいし、今週は良い週だな……。


 木曜日の夕食中。お母さんの機嫌が良かった。最近少し早く帰るようになったからかも。お父さんは残業で遅い。最近すれ違っててあまり話してないな。


「最近日曜日によく出かけるわね。この前は仕事じゃなく、土日で遊びに行ったのでしょう?」

「うん。友達と会ってるんだ。たまには気分転換した方が、家にこもってるより息抜きになるし」

「友達って……本当? もしかして……唯に会ってるんじゃない?」


 一瞬どきっとして、目をそらした。お姉ちゃんにまだ家出した理由を聞いてない。だから親にもまだ言えないのだ。


「違うよ。ごちそうさま」


 そっけなく一言だけ返して自分の部屋に戻った。



 親に感づかれ始めてるし、早めに家出の理由を聞きたい。お姉ちゃんに連絡したら、土曜日仕事前ならと、少しだけ時間は作ってくれた。

 今日は新宿のコーヒーショップ。出勤前と言う事で、久しぶりにキャバ嬢の服のお姉ちゃんを見た。まだ化粧はしてないけど、やっぱり違和感を感じて落ち着かない。


「どうして家を出たのかよね……。萌がとても傷つくかもしれないけど、聞く覚悟はある?」


 とても真面目に問われて少し怖かった。でも気になったから頷いた。


「きっかけは志津子伯母さんだったの。伯母さん、長年子供に恵まれなかったでしょう。子供が欲しくて悩んでて、養子が欲しいって、うちの親に言ったの」


 志津子伯母さんは本気じゃなかったらしい。お父さん達も冗談のつもりで、じゃあ娘のどちらかを養子にするかと言ったそうだ。


「お父さん、養子にだすなら萌がいい。唯は自慢の娘だから手放したくないって」

「それって……私、お父さんにとって、人にあげても良い、いらない子供って事?」


 ショックすぎて思わず声が震えた。親にいらない子だと思われて傷つかない子供はいない。言われた言葉の辛さが体中に染み渡って震えた。


「私それを知って怒ったわ。娘なのに萌を簡単に手放していいというのかって。大喧嘩して、娘が一人でいいなら、私が出て行くって飛び出した。あの時は萌の為にその方がいいと思ったの。萌に理由を言ったら悲しむと思ったから言えなかった。萌に申し訳なくて連絡もできずに一年も逃げて……後から凄い後悔した」


 まだ震えが止まらない私の両手を握って、お姉ちゃんは申し訳なさそうに言った。


「萌の為……って決めた事なのに、メールに返信してもらえなくて、結局萌を傷つけたんだって思い知ったわ。とても後悔した。ごめんなさい」


 お姉ちゃんの目が潤んで、今にもこぼれそうだ。人の為になる事を考えて行動しなさい。そんな道徳の教科書みたいな事、先生も言ってた。でも……人の為だと言い訳して、本当に相手の事を考えずに行動する……それは卑怯な事かもしれない。


「お姉ちゃん。ありがとう。家出された事はショックだったけど、私の為に怒ってくれて嬉しい」


 お姉ちゃんは私をぎゅっと抱きしめた。肩に雫がこぼれ落ちる。きっと泣き顔を見られたくないだろう。お姉ちゃんが落ち着くまで、抱きしめられていた。



 お姉ちゃんと別れて、じわじわとお父さんが私をいらない子と扱った事、悲しくなってきた。冗談のつもりでも酷いよ。どんな顔して帰ればいいのかな……。

 家に着いたのは7時頃。いつもより少し早い。


「あら……早かったわね。具合悪いの?」

「ううん……仕事が早く終わっただけ。お父さんは?」

「いるわよ。リビングでテレビを見てるわ」

「そう……」

「夕飯できた所なの。一緒に食べましょう」


 お腹はすいてたし、久しぶりに両親と揃って食事だったので、断れなくて。本当は顔を合わせたくなかったけどリビングに向かった。


「萌……最近仕事が早く終われるそうになったらしいな」

「うん、忙しいのが続いてたから、少し休養を取れる様にって、配慮してもらって」

「早いって言っても、2時間は残業してるんだな」

「まあ……忙しいし仕方がないよ」

「定時であがれるようにしてもらえないのか? 土曜日もいつも仕事だし」

「これでも十分休みを取れる様に考えてもらってるの。これ以上ワガママなんて言えないよ」

「泊まり込みの時にメールすら送らずに……」

「メールする時間もないくらい忙しいの」


 お父さんの文句にイライラする。いつもなら受け流せるけど、今日は上手くできなかった。思わず禁句を口にする。


「お父さん……心配だ……って言っても、ただお姉ちゃんみたいに家を出ていかれたくないだけじゃない?」

「唯の事も心配だし、萌の事も心配だ。娘に出て行かれて辛くない親なんていない」

「嘘つき……私の事伯母さんにあげてもかまわないくらい、いらない子だと思った癖に」


 その場の空気が固まった。


「知ってたのか?」

「……」

「もしかして……唯に聞いたの? 最近会ってるんじゃない?」


 お母さんの問いをとっさに否定できなかった。もう口をききたくない程不機嫌だったから。でもそれを肯定の意味だと受け取ったらしい。お父さんは音をたてて食器を置き慌てた。


「唯と会ったのか。今何処にいるんだ。何してるんだ」

「……」

「どうして今まで隠してた。私達がどれだけ心配してたのかわかってるだろう」

「前に会いたいかって聞いたら、答えなかったじゃない。別に会いたいわけじゃないんでしょう?」


 かーっとなったお父さんが私の頬を叩いた。それが我慢の限界だった。私をいらない子扱いした事を謝りもしないで、こっちを怒って責めて、自分勝手にも程がある。

 そのまま私は部屋に戻って荷物をつめて家を出た。



 本当はお姉ちゃんに会いたかったけど、仕事中だしな。先輩にメールしても返事がない。行き場所も思いつかずに都内に出て、気がついたら職場に来てた。

 こんな時に来る場所が会社って辺りが、本当に社畜だな……。1階エントランスの喫煙スペースについたら、狩野さんがいて、私の姿を見て驚いた。


「古谷さん……どうしたの? その荷物。それに頬が赤いよ」


 狩野さんは本当に心配そうな顔をして、私の頬に触れた。


「ああ……腫れてる。冷やした方がいい」

「たいした事ないです。ちょっと親にぶたれただけなので」

「親御さんに? もしかして……お姉さんの事で何かあったのかな? よかったら話を聞くよ。だから……涙を拭いて」


 そう言ってハンカチを差し出されて気がついた。私泣いてたんだ。誰かに話したくて仕方がなかったから、狩野さんの言葉に甘えた。

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