スケジュール管理もお仕事です
「なんでそんなややこしい事態になってたのに、相談してくれなかったのよ。伊勢崎さんも、狩野さんも、大人げない。サイテー」
「言うと思った……だからお姉ちゃんになかなか相談できなかったんだよね」
ぽふっとクッションに顔を埋めて凹む。わかってても誰かに相談しないと、もう一人では抱えきれないし、他に相談できる人はいない。
土曜日あの後、先輩に気づかれてなかったかな……と心配で、味も感じない食事をして、お姉ちゃんに向かえにきてもらって帰った。それで土・日と泊まりでお姉ちゃんの家に来てる。
本当に便利な所に住んでるな。お姉ちゃんが働いてる新宿のキャバクラに1本、渋谷のネイルサロンに乗り換え1回という便のよさ。頑張ればうちの職場からタクシーで行かれるかも。
「私の可愛い妹にストレスを与えて病気にさせたのよ。万死に値するわ」
「どうどう……お姉ちゃん。今日は私の相談」
「わかってるわよ。萌が優しすぎるくらい優しくて、気を使いすぎちゃう子なのは。だから苦しいんでしょう」
「別に気を使って先輩と仲良くしてる……だけじゃないよ。2人きりの時は、優しいし、かっこいいし、リードしてくれるし」
「で……? せっかくの日曜日に、その素敵な先輩とデートもしないでどうしてここにいるのかしら?」
それを言われると辛い。昨日体調崩したから療養と言ったけど、逃げたのだ。
「ま……束縛男でも、萌が好きで一緒にいるなら仕方がないけど……その職場環境はヤバいでしょう」
「うん……。昨日は貧血だったけど、このままだと胃が痛くなりそう」
「今までは狩野さんが大人の余裕……を見せてたつもりだけど、我慢できなかったんでしょうね。気持ちはわからなくもないけど」
「我慢? 先輩が仕事ちゃんとしないから……?」
「違うわよ。萌よ」
「え? なんで?」
本当にわからなくて聞いたのに、盛大に溜息をつかれ「可哀想になってきた」とまで言われた。
「狩野さんって責任感の強い上司なのよね?」
「そう。前の会社でも色んな人に頼られてたらしいし」
「部下2人の恋愛に口出しするのは……と遠慮してても、その恋愛で萌が苦しんでるように見えたら放っておけないでしょう」
「あ……そういえば困ったら相談してって言われてたな。心配かけてたんだな……申し訳ない」
でも、ただの心配で抱きしめたりするかな。先輩が戻ってきたら大変な事になる事くらい、狩野さんならわかるはずなのに。
いつも穏やかで冷静なのに、イライラして不安そうな顔をして。あんなに余裕の無い狩野さんを見るのは初めてだ。
「狩野さんちょっと変なんだよね。我慢してばかりで、よく解らないんだ。先輩は解りやすいのに……」
「一つ固定概念を取り払ったらとても解りやすいと思うけどね」
「固定概念?」
「それは自分で考えなさい」
考えろってことは、すでにヒントはあるのかな?
「そういえばこの前、お姉ちゃん、狩野さんと会ったんだって? なんで? というか連絡先いつの間に交換してたの?」
「交換はしてないわよ。聞いたの。ほら……便利な人がいるじゃない」
お姉ちゃんの言葉で思い出して苦虫を潰す。
「お姉ちゃん米沢さんに口説かれてるの?」
「口説くね……どうかしらね……? 営業メールするついでに色々話しているけど……顔は悪くないし、話は面白いし、仕事はできるけど……愛されるのは嫌ね。友達どまりかな」
そこで言葉を躊躇って……何かを思い出したのか苦笑した。
「前に伊勢崎さんがお店に来た時ね」
うわ……聞きたくない。先輩のキャバクラでの話を、実姉からってなまなましいわ。
「本当に面白かったの。借りて来た野良猫と、猫を可愛がりすぎて嫌われる猫好き……みたいなコンビで」
ぶふぅっと吹いた。想像したら笑える。そうか……キャバクラでも弄られ続けたのか。御愁傷様。
「米沢さんの愛情ってかなり歪んでるわよね……でも歪んでるけど一本筋通ってるのよ。伊勢崎さんの事好きだから、萌との事応援したくなったんじゃない?」
「私と先輩との応援?」
「そう……例えばライバルになりそうな、上司と2人の食事に姉をけしかけて邪魔してやろう……ていう嫌がらせとかね」
「それ……先輩は知らないし、知っても絶対感謝しないと思うけど」
「喜ばれるかどうかはどうでもいいのよ。自分がよかれと思った事ができればそれでいいっていう、歪んでるわね」
米沢脳は理解不能。
「で……なんで狩野さんと会ったの?」
「ちょっと米沢情報の信憑性を確かめに」
「米沢情報って……なにそれ怖い。私の事も含まれるんでしょう?」
「本当にね……原稿の受け渡しくらいしか顔合わせてないのに、どうしてってくらい地獄耳よね。便利だけど」
「それでどうだったの? その米沢情報」
「ビンゴ! 狩野さんもびっくりしてたわ」
思わず前のめりになってお姉ちゃんに近づく。き、気になるその米沢情報。
「それって……どんな情報?」
「教えてあげない。狩野さんがそのうち萌に言うまで待ったら」
肩すかしをくらってむくれる。私が拗ねると、お姉ちゃんは、ぎゅーっと抱きしめたり、頭を撫でたりしてくれる。気を使わずに甘えられるのが嬉しい。
週末が終わって月曜日。定時の1時間前、一番乗りだと思ったのに、すでに狩野さんが来ていた。
「おはようございます。早いですね。泊まり……じゃないですよね?」
「おはよう。今日はちょっと早く来たんだ。古谷さんもいつもより早いんじゃない? 体調大丈夫?」
「おかげさまで日曜にゆっくり休んだらよくなりました」
狩野さんはいつもどおりビジネスモード。抱きしめた事、無かったように振る舞われると、もやっとする。
上司の顔で狩野さんにソファに座ってと指示され、大人しく従う。
「入社して半年、古谷さんが過労になってもおかしくないくらい、頑張ってもらった。相当体に無理がきてるんじゃないかな? それでスケジュールを見直して、少しでも古谷さんの負担を減らしてみたんだ」
見せられた紙は、現在私が担当してる仕事のスケジュール表。でもいくつか欠けてる。
「一部私と伊瀬谷君に回した。これくらいの仕事量なら、平日は毎日8時前、土曜は6時前に帰れると思う。日曜日は毎週休む。どうかな?」
「ありがたいですけど……お二人の負担が申し訳ないですし……これずっと続けられないですよね」
「私達の負担は元々2人でやってきたんだから、普段はどうにかできる……けど、繁忙期は古谷さんにも無理してもらわないといけなくなるね。だからしばらく様子見」
平日8時に帰るのが申し訳なくなるあたり、社畜だな。
「あ……そうだ。昨日は姉の家に泊まったんです。姉が狩野さんの秘密、何か知ってたみたいなんですけど、教えてくれなくて。何かあったんですか?」
目をぱちぱちと瞬きさせて、少し止まった後、狩野さんは微笑んだ。
「たいしたことじゃないよ。プライベートな事だから、ノーコメント」
狩野さんのプライベート情報拾ってくる米沢情報怖いな。
「おはようございま……」
先輩がやって来て、すでに私達がいた事にびっくりしたようだ。定時の30分前。いつもなら私1人が来てる時間だもんね。
「今後のスケジュールについて話してたんだ。伊瀬谷君にも協力してもらうよ」
二人が打ち合わせを始めたので、自分のデスクに戻ってほっとした。
今の所二人とも冷静だし、喧嘩もしてない。よかった。今日も頑張るぞ。
いつも通りに仕事して昼休み。先輩に二人でランチにいかないかと誘われた。
それで近くのカフェに食べに行く。大きなサラダランチがあるのがいいんだよね。今はとにかく野菜が食べたい。
「この所、休日や夜デートしてたから、仕事の疲れがとれなかったのかと反省した。だからしばらくはこうしてランチデートだけにしようと思うんだが、どうだ?」
「あ、あの……先輩が、私の事気遣ってくれるのとても嬉しいです……ご迷惑でなければ……」
先輩が苦笑してぽふっと頭に手を置く。ひさしぶりだなこの仕草。嬉しくて頬が緩む。
「さすがに締め切りに追われた日は無理だけど、できるだけランチ時間とってもらえるように、狩野さんにも頼んだ。まあ……その分帰るの遅くなるけど、どうせデートしないなら早く帰る意味もないしな」
土曜日あれだけ喧嘩してた2人が、協力して私の事を考えてくれて嬉しい。
「あ、あの。私……先輩と狩野さんの2人が、仲良く仕事してるのが嬉しいです。土曜日みたいに喧嘩しながら仕事してたら怖くて……」
思い出して手が震える。その手をそっと大きな手が包む。
「怖がらせて悪かった。俺も大人げなかった。すぐには無理かもしれないけど、もう少し努力する」
「ありがとうございます」
「古谷のこと、大切にしたいから……」
先輩の指が私の指を撫で、ちょっとかすれた囁きが耳をくすぐった。私を大切だと言ってくれる先輩の気持ちが嬉しくて、思わず頬が緩む。
今日の先輩はとっても穏やかで優しい。ずっとこうだといいのにな。




